ぐでり、とテーブルに突っ伏すのは自分だけではない。機動六課隊員寮、四人で占領している食堂の一角にあるテーブル。初の出動から帰ってきて軽く反省会を終わらせると、そのまま会議の為にどこかへと向かってしまった。そうやって直ぐに次の仕事へと迎える精神力や体力が羨ましいと思いつつも、今は声が出ない。疲れたとしか言葉が頭の中に思い浮かばない。そしてそれはたぶん、一緒にテーブルに倒れている他の三人も全く同じ思いだと思う。そして全く動きも返事がないから同じ思いである事を確信する。あのスバルでさえ全く動かないのだ。
「はぁ……疲れた……。皆、お疲れ様ー」
「お疲れ様ー……」
返事には全く覇気が感じられない。それもそうだ。あんな物を経験してまだ元気そうな隊長達が底なしの化け物なのだ。正直な話何故まだ元気なのか、と思う。回復魔法で傷や体力は回復したが、それとは別に物凄い精神的疲労が誰にもあったはずだ。特になのはとフェイト、そしてはやてはかなり強い魔導師を相手にしたらしいので、自分達よりも疲れているはずなのに良くあんなに動けると思う。やはり精神構造からしてキチガイの領域にあるんだろうなぁ、と改めて自分たちの差を思い知られる。アレがSランク級である事の証明なんだろうか。
「しかし」
声を放ったのはエリオだった。疲れている感じはするが、それでもはっきりとした声を響かせてくる。元気だなぁ、とは思うが自分もそれに応対する程度の元気は残っているし、回復している。顔を持ち上げるとエリオが困った様子を浮かべている。
「思いもしませんでした―――ミッドチルダではこのレベルの事件が日常茶飯事なんですね」
「いや、おい、待っ」
ミッドチルダはそんな修羅の国ではない。確かに犯罪率は若干高いってか発生していないだけで犯罪者がアホの様に多い環境だが、あんな連中がゴロゴロいてたまるか。ミッドをそんなベルカの様な修羅の国扱いされるなんてひどい。あまりにも心外だ。というかそんな修羅の国だったら今頃ミッドは炎に沈んでネオ・ミッドとかなんか新しい姿にリフォームしている。だから否定しようとして口を開こうとすると、
「ミッドチルダの犯罪の標準レベルって高いんですねエリオ君」
ピンクロリが何故かエリオに同意してしまった。そういえば初出動、初実戦だったかこの二人は。だからと言って誤解する理由にはならない。
「僕達も早くフェイトさんみたいな立派な魔導師になってミッドチルダを守らないといけませんね」
「そうだね。私もエリオ君と一緒に頑張ろうと思うよ」
「なんでいい話になりそうなの……!」
この二人恐ろしく相性がいいのではないか。もちろんカップル的な意味で。というか心なしかキャロがエリオへと送る視線が―――まあ、別段子供だしまぁいいか、と判断する。最近の子供は色々とませているなぁ、と思いつつ自分の子供時代を思い出す。今でも十分に子供なのだが、思い出すのはもっと昔の事だ。自分がこれぐらいの年齢の頃はなぁ、と思い出しているとコトン、という音がする。
「食堂のおばさんにいいもの貰ってきちゃった」
そう言ってスバルが椅子に座りながら、トレーの上に運んできたものを置く。スバルがそうやってテーブルの上に置くのは四つのマグカップだ。それぞれ私達をイメージしてからなのか、ピンク、オレンジ、黄色、そして青色のマグカップだ。だがその中に注がれているのは白い液体で、湯気が出ているように思える。これの中身が何であるかをスバルへと確認する必要はなかった。実際、これを見ると若干懐かしいと思える気持ちが蘇る。昔もこんな感じのマグカップで温めて飲んだなぁ、と思っているとスバルがエリオとキャロに説明する。
「ホットミルクだよ。中にハチミツが混ぜてあるから飲みやすくなっているし……ね?」
そう言ってスバルが此方へとウィンクを送ってくる。その姿に苦笑してしまう。ホットミルクは陸士校で訓練生をやっている頃、徹夜のお供として何時も飲んでいた。これを飲むと色々と脳が動き回るし、疲れにも効くので色々と重宝したものだ。それを知ってか知らずか、エリオとキャロがふーふー、と息を吹かせてからホットミルクに口をつける。その後に笑顔が生まれるのでその感想がどういうものかは聞く必要はない。その代わりに自分もマグカップを手に取って、少しだけホットミルクを飲む。それだけで自分が飲んでいたホットミルクとは全く出来が違うな、と思う。
「いい牛乳と蜂蜜使っているじゃない」
「そんなこと解るんですか?」
「ギンガさんと一緒に台所に立っていたのは私よ。買い物とかするんだから色々覚えるのよねぇ、味の違いとか。味が薄いとか、触感ザラザラしているとか、結構覚えるものよそういうの。まあ、料理も買い物もしてなきゃ全く覚えないものだけど、結構いいもの使ってるわねぇちくしょう。今度から夜中起きている間は遠慮なく頼むわ。どうせ隊の方の予算に組み込まれているんだろうし食費は遠慮はいらないわよね」
「す、少しは遠慮してもいいんじゃないかな?」
貴様にだけは言われたくなかったぞスバル。
と、いう言葉をギリギリのところで飲み込んで我慢する。あぁ、解っている。この娘、自分の食べる量を普通だと思って、周りの量を少ないと判断しているのだ。そこらへんゲンヤが教える事を諦めたのと、教育係だったギンガが全く同じ量を食べていたのが原因だ。あの頃自分もスバルに教えるのに参加しておけば良かったなぁ、と今更になって激しく後悔する。この女の体は色々と燃費が悪すぎるのだ。何時か家計の為にもう少し暴食を抑えてほしい。あ、此処にいる間はもちろんどうでもいい。
「それにしてもティアナさんとスバルさんって仲がいいですけど前から知り合いでしたんだっけ?」
キャロのその言葉にそうだよ、と家の事を語れるのが嬉しいのかスバルが笑顔を浮かべながら胸を張る。
「何を隠そう、ティアナと同じ家に住んでるんだよ!」
「え、それって同棲ですか!?」
「なんでそっち!?」
キャロの発言にエリオが軽くビビって口から少しホットミルクを漏らしている。ピンクは淫乱等という不思議な発言を昔、馬鹿な水色が発言していたのを覚えている。その後すぐに王様に追いかけられて逃げてしまったが、この子の将来が激しく心配になってきた―――いや、待てピンクが淫乱という事はシグナムも―――……いや、これはおそらく考えてはいけない事の類なのだろう。一瞬愉快な事を思いついたが考えたら最後、ターミネイターシグナムに追われそうな気配がしてきた。忘れよう。
「私家族って言える人が皆死んじゃったからスバルの家に住んでるのよ。もう何年も前の話なんだけどねー……」
あ、と声を漏らしてキャロが申し訳なさそうな表情をする。そんな表情をされても彼らが死んでしまったのはもう四年前の出来事。そしてつい最近、今日、生存の可能性……いや、存在の可能性を見せられてしまった。だから悲しみを感じる前に話をして出てくるのはもっと別の感情だ。ただ、それを語る必要も見せる必要もない。思いはちゃんと理解しているのであれば言わなくていいと自分は思っている。
「ま、気にする必要はないわ。皆死んでしまったけど大事な事は忘れないし変わりはしないわ。だからほら、そんな感じに悲しい顔をしないでよ。死んだ連中てのは厄介で悲しんだ顔をしていると叱りにやって来るらしいわよ?」
そう冗談めかすと、
「そう、ですね。うん、解りました」
キャロがそう言って気持ちを切り替えてきてくれる。ちょっとおかしな部分はあるのだろうけど、やっぱり基本的にはいい子なんだろうと判断する。まあ、エリオもキャロも大事なチームメイトだ。これからも仲良くできればなぁ、と思う。ホットミルクをもう少し多く口へと運びながら今日の出来事を振り返る。
何年も前に起きた時空管理局本局襲撃事件。あの事件の顛末を、そして大体を把握している。それはゲンヤが教えてくれたからだ。そしてスバルの正体を、マテリアルズの正体を知っている。どんな研究が行われていたのかを知っている。だから、彼女の、相手の言葉が何であるかを大体、察せる。
もし、もしそれが真実だとしたら―――今度は自分の番、なのだろう。
◆
「―――さて、どうするの?」
「具体的な案はヘリの中でもう既に固めてるで。まず第一にウチの情報がどこから漏れているか調べる為にヴェロッサを”陸の手回し”っつー事にしてアラ探しをさせるで。まぁ、これも確認や。スタッフに関しては一人一人自分でチェックしたからありえない、って断言したいんやけどそうも言っておれん状況やしな。そんなわけで今日から数日はちぃとゴタゴタすっで」
「気にしなくていいよ。スパイがいるのならこれ以上情報が漏れる前にどうにかしなきゃいけないんだし。実際に思考調査の使えるヴェロッサはこういう捜査にはうってつけの人物なんじゃないかな?」
「身内だから怖いんよ」
そう言ってはやてが苦笑する姿を見る。機動六課隊舎会議室、手元の珈琲に一度も手を付ける事無く会話は続いている。この場にいるのは自分を含めたフォワード陣の隊長、そしてはやてとツヴァイだけだ。他に関しては後で情報を共有すればいい。
ともあれ、レイジングハートにホロウィンドウを出現させ、その中にはやての発言を書きこんだり纏めたりして、状況の整理を行う。昔は苦手だった書類作業もコツを教えて貰ったりで大分慣れたものだと思う。自分の教え子たちも近いうちに書類仕事の仕方を教えなきゃいけないなぁ、と教える項目を脳内で増やしながら作業を進める。
「なのはちゃん?」
はやてが此方へと話しを振ってくる。そしてその意味が何であるのかを自分は理解している。
「ん、シュテルの事かな?」
「せや」
はやての肯定を得たので口にする。
「リミッターなしで互角、って言ったら自惚れているのかな」
シュテルと今の己が同格かどうかは、正直判断し辛い。なにせリミッターによる制限はかなり大きい。基本的な能力や魔法の出力まで、多くの部分で制限が出てきてしまう。それが解除された自分のフルスペックの状態でどこまで行けるかを想定して考えるとシュテルと同格……であればいいと思う。少なくともあのユニゾン前の状態であればまだ届くような気がする。だが相手も十分隠し玉を持っているだろうし、それに恐ろしいのは、
「シュテル一人じゃないって事が一番怖いかな。彼女は昔私に”チームとしての活動を想定した兵器”って自称してたしまず間違いなく彼女が生きているなら―――」
「―――他もそうって事やな。かぁ、調べ物が増えるでこれは。戦闘機人にマテリアルズ、そして―――ジェイル・スカリエッティやな」
もはやこの男が黒幕である事に間違いはない。というか数年前に殺した、という発言を元先輩から聞いていたのだが違っていたのだろうか? それとも―――今回の件を考えるにあの頃から偽っていた? 繋がっていた? 疑問は多く残るが、こんな面倒で愉快でゲスい手段を取るのはまず間違いなくあの男しかいないというのがはやてとの間の共通見解だ。それにその確証はガジェットの残骸から入手した証拠から得られている。
ジェイル・スカリエッティ、と丁寧にガジェットに地球語で書かれていた。
挑発プレイのしすぎではないか、とは思うが昔戦った時も大体そんなスタイルの相手だったなぁ、とあの頃の悪夢を思い出す。あの喪失を強いるやり方は何時思い出しても腹が立つ。今でもその思いは変わらない。無茶はいい。無理もいい。無謀も、まあ、偶にはいい。だがそれは喪失をなくすための手段だ。断じて喪失を強要するためではない。
「正直な話戦力が足りないって感じだね。もうちょい外部の戦力をどうにかしてアテにしてほしいってのが相対した者としての意見、過去に戦った個人としての意見、そして教え子を守りたい教官としての意見だね」
「戦力の強化に関してはある程度見通し出来ているで。そこらへんは安心して欲しいわ」
ただ、と、そう言ってはやては笑みを浮かべる。どこかで見たことのある挑発的な笑みだが、それをはやては敵へと向けているような気がする。
「―――宣戦布告受け取ったで? うちの新人良くもボコってくれたなあの連中。泣かすだけじゃ許さへんで」
その発言を聞いてまたはやてらしいなあ、と思いつつ自分も少し、新人の教育メニューに修正を加えるべきだろうと判断し、再び会議の様子をメモる作業へと戻る。
まだ最初の出動なのだ。だからやる事、修正すべき事は多くある。
だが、さて、
―――シュテルは私達と久しぶりに会って、一体どんな気持ちなのだろうか。
そしてSts1章目完了。つまり次回から1章の間は逆側という事でして。