マテリアルズRebirth   作:てんぞー

11 / 210
ファースト・ナイト・アフター

 流石戦技教導隊のゲストというか、しっかり仕事をした、とだけは言える。約束を破る訳にもいかず、周りの恨めしい視線を笑顔で受け流しながら残業を回避、定時に上がってやっとの事で家へと帰ってくる。今までの様にその場支払ではなく月末の振込という契約内容だが、その給料は今までよりも遥かに多い。かるーい疲れを負荷として体に持ちながらも、扉を開け、そして家に帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「「「「ケーキー!」」」」

 

「貴様ら声を揃えてケーキが第一声か。少しは本心を隠す努力をしろ」

 

 呆れながらもリビングの方からする声に返答する。おいーっす、と声を出しながら片手で握る箱を持ち上げると、リビングの方から瞬間移動かと思う速度でシュテルが登場する。ケーキの箱を受け取ろうと待機するその姿は何故か犬の耳と尻尾が見えてきそうな光景だ。

 

「ちゃんとメシ食ったか?」

 

「はい」

 

「洗い物はしたか?」

 

「もちろん」

 

「誰も家には入れなかったな?」

 

「私を何だと思っているんですか」

 

「ちゃんと全員で分けて食べなさい」

 

「はい!」

 

 ケーキの箱を受け渡すと、直ぐにシュテルの姿が消える。ダイニングの方からカタカタと音が鳴る辺り、今頃ディアーチェかユーリ辺りが皿とかを出し、レヴィは既に席に座って待機しているのだろう。微笑ましげなその光景を想像し、ゆっくりと靴を脱ぎながら軽く首を回す。明確な形としては疲労は残らないが、結構、というよりはかなり疲れた。長年嘱託魔導師として活躍してきたわけだが、此処まで体を酷使したのもかなり久しぶりだと思う。普通に考えればSランク魔導師を相手にする事なんてほぼないのだし、こうやって教導を受ける機会もほぼない。そう考えるのであればものすごく貴重な経験かもしれない。だが管理局に所属してから9年だ。今になって訓練、とか言われると正直少しだけだが笑いが込み上げてくる。

 

 ダイニングへと行くと静かに、だが幸せそうにケーキを食べる四人の少女達の姿がある。その光景を邪魔しない様に静かにダイニングを通りキッチンへと向かい、冷蔵庫からビールを取り出す。また帰りもこっそりと行い、ソファに倒れ込む。

 

「あー、疲れたー」

 

 ビールを横に置き、上着もシャツも脱いで、上半身裸になったとこでビールを開ける。

 

「どこのオッサンですか」

 

「でもイスト、実質的にお父さんポジションですよね?」

 

「イストパパ!」

 

「やめいレヴィ、イストが黄昏るであろう」

 

「たぶんお前らこの流れ完全に把握してから口に出してるよな」

 

 かぁ、と声を出しながらビールを飲み、ソファに沈み込む。ここまで肉体的に疲れたのは本当に久しぶりだ。新しい職場の同僚によればここまで激しいのも珍しい部類らしく、本来はもっと違う方向性で疲れる内容となっているらしい。まあ、たまーに教導隊がやってくるのは戦力を調べる意味もあるが、管理局の部隊の質を維持するためでもあるらしい。しかし困ったものだ、戦技教導隊もエースストライカーの集団、今まで培ってきた自信を失いそうだ。

 

「ほほう、そんなに凄まじい集団だったんですか?」

 

 目をキラキラさせながらシュテルが近づいてくる。こっちで食うのは行儀が悪いぞ、というとじゃあ貴方はどうなんですか、と言われてしまうので言い返せない。近づいてきたシュテルはそのままソファの上に座ると、他の娘たちもソファに集まってくる。

 

「おめぇら俺訓練帰りで汗臭いんだけど」

 

「労働の臭いだな」

 

「クサイ」

 

「休み終わったら風呂に入るといいですよ。一応準備しておきましたから」

 

「至れり尽くせりなのはいいが、それに慣れてきたってのも結構怖いもんだなぁ……あぁ、そういやあ戦技教導隊の話だっけ? ともあれ、デタラメだよデタラメ。先天的に魔力SランクとかSオーバーとかまあ、もう違う次元だわな。やればできるとか魔力切れた状態でビルの上から落とされたりもしたよ」

 

「どこの処刑だそれは」

 

 まあ、そんな感じで解りやすい地獄を今日は経験してきた。まあ、今日だけだ。また明日からは通常業務へと復帰するらしく、密売組織を追いかけるらしい。”陸”と若干管轄が被るらしいが、基本的に首都であるクラナガンの平和を守るのは首都航空隊の仕事らしい。治安維持は大事な仕事だとは知っているし、経験もしている。だがさて、どうしたものか。やりやすい職場と言えばやりやすいだろうが、あまり心を許してもいけないのだろう……この少女達を守るつもりなら。

 

 ひょんなことから彼女たちの存在をバラしてしまう、そんな事態を避ける為に。

 

 とりあえずは家に呼べるほど親密にはなれない。あぁ、辛い、なんと辛い事であろうか、友達も自由に作れないとは! ……なんて事は思いもしない。所詮自分で選んだ道だ。後悔をする暇なんて最初から用意されていない。となれば、最後まで頑張るしかない。あぁ、しかし何だろうか。今、確実に、自分の生活がこの四人の娘たちをベースにしているのが解る。というかこの四人の事しか考えていない気がする。

 

「どうしよう」

 

「うん? 何が?」

 

 何が、と言われても、

 

「色々あるだろ。幸いお前らを学校へと送る必要がないってのが一番楽な所だけどよ、このまま生活にするにしたって大きくなってきたら問題出るだろうし、俺も彼女とかできたり、お前らも彼氏連れて来たり……一体どうすんだこの先」

 

「というかイスト、お前は先の事を考えすぎだろ……」

 

「い、いや、だって、俺だって普通に彼女欲しいし! 結婚願望あるし! 可愛い奥さんもらって退廃的な生活送りたいし! こう、朝食をエプロンで作っている姿を後ろからみて、”こいつ、ケツがエロいなぁ……”的な感じの感想を抱く生活を送りたいんだよ!」

 

「それ人間として根本的にアウトだと僕思うんだ」

 

「というかこれだけの美少女を住まわせておいてそんな口をほざくのですか」

 

 お前らがいるから口に出しているんだ。お前らがいるという状況が絶望的に俺の夢を閉ざしているから。とりあえず……いや、何を言ってんだ俺。相手はまだ生まれて一ヶ月そこらのガキだぞ。考える事でもないし、喋るようなことでもないだろう。……ちょっとだけお酒に頼り過ぎなのかもしれない。こりゃあしばらく禁酒だな。

 

「悪い、愚痴った。俺サイテー」

 

 とりあえず謝っておく。が、それに便乗する様に無表情のシュテルが口を開く。

 

「サイテー」

 

「サイテー! サイテー! サイテー!」

 

「お前ちょっとばかし調子に乗り過ぎじゃねぇかなぁレヴィちゃーん……?」

 

「ごふぇんなふぁい」

 

 レヴィの両頬を掴んでひっぱる。こやつ、ただ単に楽しそうだから便乗しおったな、ワルガキめ。……まあ、この若干鬱い気分も吹き飛ばす事が出来たのでそれで許してやることとし、レヴィの頬を解放する。

 

「で、先ほどの話の続きなんですけど、結婚願望あるんですか? さっきの話は冗談っぽいですけど」

 

「なんでその話を蒸し返すんだよお前は……」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべたユーリが矛先を此方へと向けている。レヴィやシュテル程ではないが、ユーリも段々とハメを外す事を覚えてきたのが少々面倒なのと同時に嬉しくもある。ユーリだけはどこか遠慮しているような様子もあったので、もう少し自己を主張できるような子になってもらいたいものだ。その為にもそうだなぁ、と前置きをしてから言葉を続ける。

 

「真面目に考えてみてやっぱあるなぁ。俺も男だし、可愛い奥さんは欲しいよ。いや、まだ18だし、そりゃあ結婚は早いと思うぞ? だけどそろそろ恋人の一人でも引っ掻けて、そして少しずつお付き合いを重ねてゆくゆくは結婚というルートをたどりたい所だなぁ」

 

「意外と堅実派なんだな。もっとスピード婚を望むタイプに見えたぞ」

 

「一度お前らに俺の事がどう見えているか話す必要があるなぁ!」

 

 いや、割と真面目に彼女たちが俺の事をどう思っているかは知りたいと思う。少なくとも嫌われていない事は解っている。嫌われているのであれば積極的に生活を手伝ってくれたり、こうやって上半身裸の男の横で安心した様子でケーキを食べたりもしないだろう。まあ……ある程度懐かれているのではないかと思っている。家族としての情が存在し、此方へと向いているのであれば尚良し。少なくとも自分は彼女たちを自分の家族として扱っている。

 

 それが向こうにも通じているのかどうか、それを聞くだけの勇気が今の所、俺にはない。

 

「そういえば気になったのだが、お前の両親はどうしているんだ?」

 

「共同生活一ヶ月目でやっと家族の質問か」

 

「ぶっちゃけ重要ではありませんしね」

 

「気になる程度の事だし!」

 

 まあ、暮らしている分にはあまり関係の無い話ではあると思う。が、家族か。家族がどう、と言われても実の所別段特殊な家族構成でもない。いたって普通の家族構成だ。

 

「母親が一人、父親が一人というすっげぇ普通の構成だな」

 

「ホントつまらないですね。ガッカリですよ」

 

 お前は俺の家族に何を求めているんだ。

 

「まあ、あえて言うならウチの実家はベルカの司祭系の家柄でなぁ……血筋を辿れば古代ベルカの生き残りだー! とか親父は自慢してたな。まあ、ものの見事にベルカ系の遺伝子は仕事しなかったらしく近代ベルカも古代ベルカの術式もほぼ適性なし、だけどその代わりミッド系の支援やら回復やらは適性が高くて、周りから”お前どっかでミッド系の血混ざっただろ”とか言われて一時的に親父がハゲた頃があったなぁ」

 

「我はお前と普通という言葉の定義に関して話し合いたい……が、なるほど。ベルカ式の魔法が使えぬから何かをするときにベルカ式と主張していたのか。なんというか―――ものすごく居た堪れないぞ。何か、ものすっごい可哀想」

 

「憐れなものを見る目で見るな! そんな目で見るな! ば、ばぁーかばぁーか! そんなやつに養ってもらっているお前らなぁーんだ! ばぁーか! ……止めようぜ、悲しくなってきた……」

 

「ではこの話題、双方にデカいダメージを残しそうなので終了という事で」

 

 うむ。終業後のテンションとはかくも恐ろしい。何故サラリーマンが夜、お酒を飲むと豹変するかが解ったような気がしてきた。まあ、知りたくもなかった事実なのだが。まあ、ともあれ、彼氏彼女の話題はまだ早いし、結婚もまた夢のまた夢だ。今はとりあえず地に足をつけて、この財政難を何とか乗り越えて安定を目指す事だけを考える事とする。ガチで逃げるのだったら実家に帰るという手段もある。実家で司祭の真似事やって平和に暮らす。

 

 駄目だ、想像できない。

 

「ま、明日からは通常業務として皆さんの平和を守るヒーロー系イストさんが頑張るよ」

 

「ベルカヒーローイスト?」

 

「ベルカという単語から離れなさい」

 

「えー。折角弄れそうなネタを見つけたのにそう簡単に手放せないよ。仮に手放すとしてもそれは僕に新たなケーキを買ってくれる場合のみだよ!」

 

「すまん、こ奴は後で我が叱っておこう。お前は明日も仕事なのだろう? そろそろ風呂にでも入って休め。あぁ、あと皿やビール缶に関しては我がやっておくから気にするな。寝間着も何時もの所であろう? 出しとくからほれ、さっさと行かぬか」

 

「悪ぃ。そうさせてもらうわ」

 

 理解ある人物が家の中にいると本当に助かる。回復魔法で体をこっそり治療しながら参加していたので他の面子よりは大分楽なのだが、それでもやはり疲労は凄まじい、通常業務とやらが今日よりはどれぐらいましなのだろうか、それに少しだけ期待を抱きつつも風呂場へと向かう。ディアーチェもますます我が家での生活に慣れてきた事だなぁ、と微笑ましくも思う。しかしえらく家庭的なディアーチェだが、彼女は八神はやての遺伝子から生み出されたと資料には載っていた。オリジナルである八神はやてはディアーチェのような人物なのか? ベルカの騎士に憧れていた元少年としてはヴォルケンリッターの存在には非常に憧れを抱くが、”我”なんて濃すぎる一人称はしてなかったと思う。

 

 ま、レヴィもシュテルもどう考えても高町なのはやフェイト・T・ハラオウンとは似ていないから激しくどうでもいい事だな、と納得しておく。どうせ会う機会なんて一生ないのだ。

 

 そんな事を思いつつ、一日の汗を流すためへ風呂場へと向かった。

 

 今夜はゆっくりと眠れそうな気がしながら。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。