マテリアルズRebirth   作:てんぞー

113 / 210
トゥ・ザ・ネクスト

 辺りは活気で満ちている。

 

 イングと腕を組みながら進めば周りからは普通の夫婦にしか見られず、活動はしやすい。とはいえ籍を入れていないだけでもはや事実婚状態である事に疑いようはない。……悲しい事にそれを認めているのが身内とスカリエッティだけなのが非常に惜しい所なのだが。まあ、こんなものは自分と身内さえ認めていれば十分である、という考えでもなくはないが。

 

 ともあれ、

 

 サングラスをしたり髪型を変えたり、軽い変装程度でも意外と周りは此方へと視線を向けない。それはいくつかの理由があるが、間違いなく最大の理由は俺達が指名手配されていないという事実にあるだろう。これで一回大規模な衝突を起こして俺の生存が確認されれば間違いなくアウトだが、俺もイングも四年前から一度も姿は現していない。管理局員に見つかっても確実に殺して証拠を消しているので生きている、関わっているという直接的な証拠は存在しないのだ。シュテルが露見した程度で指名手配はないのだ。だから軽い変装程度で街中を歩ける。―――とはいえやっぱり魔法で髪色を変えるぐらいはやっている。自分の赤髪は魔力と同じ青色へ、そしてイングの緑髪は金髪へ。これだけでも大分別人に見えてくるので、色を変えるのは侮れない。最後にカラーコンタクトをつければもはや同一人物には見えない。指名手配されてないとはいえ、知る人物に見られれば確実にバレてしまう。知り合いは基本的に六課に集まっているから心配はないと思うが―――それでも万が一は存在する。そのリスクを背負うわけにはいかない。

 

 まぁ、それを考慮していても辺境の管理世界というのは大分警戒網が緩い。ここら辺は管理局の無駄に広大な支配体制のおかげ、自分たちの様な犯罪者には動きやすい環境だ。ここにも管理局がいるとはいえ、自分たちが彼らの目に留まる事はまずない。だからこそこうやって堂々と二人で外を歩く事なんてできる。

 

「二人で歩くのは久しぶりですね」

 

 此方の腕に自分を腕を絡める彼女がそう言ってくる。幸いこの義手は人工皮膚で覆われているから触っていても寒くないのがいい事だな、と寄せられている体から温もりを感じつつ答える。

 

「そうだっけ」

 

 えぇ、と彼女が答える。

 

「此処暫くはゼストかルーテシアばかりと行動していましたからね」

 

「悪いな。足りない技能を埋める事を考えると必然的にチームがそうなっちまうんだ」

 

「解っていますよ」

 

 寄り添う彼女と共に街の市場を急ぐ理由もなく、ゆっくりと歩く。名目としては食糧調達なのだが―――まあ、暫くイングに構ってあげられなかった自分としてはちょっとしたデートのつもり、とは口が裂けても言えない。男としての矜持がそこらへんにあるから口で彼女にデートに誘った、何て言えるわけがない。ただ、まあ……彼女の全てを知っている俺からすればこれも”ささやか”なもんだと思う。百パーセント此方の考えは彼女に筒抜けだと思うからこそ、彼女たちには絶対に勝てないな、と思う。

 

「えぇ、解っておりますとも」

 

 そう言って笑顔を向けてくる彼女の笑みは実に可愛いものだと思う。もっとこういう平和な時間を過ごしたいものだが、そうもいかないのが己の立場だ。早めにユーリをどうにかして、犯罪歴の抹消か逃亡か、もしくは償うのか……どの手段を取るにしたって家族で平和に暮らせるような環境をこれを終わらせてから作らなくてはならない。それだけが今、自分を支える夢だ。

 

 それ以外の夢は全部諦めてしまった。

 

 一瞬―――の笑顔が脳裏を駆け、そして消える。

 

 開いた片手で軽く頭を掻くように誤魔化そうとするが、一瞬でも顔をゆがめたのだろうか、イングが少しだけ、不安そうな表情を此方へと向けてきている。だから大丈夫だ、と言葉ではなく行動で伝える為に絡めた腕をほどき、恋人繋ぎで手を握る。それで安心されたのかは解らないが、何も言ってこないのは助かる。

 

 そのまま手を握ったまま、話を続ける。

 

「昼飯どうする?」

 

「出来たらホテルの食堂とかで食べたいものですけど」

 

「流石に全員で食ったら違和感あるからな、変装すりゃあいいって話じゃないし」

 

「では屋台で何かを買いましょう。この生活での楽しみなんですよ? 色々な世界の料理を食べ比べて味を覚えて行くことが。そこからレシピを解析しようとして、それをディアーチェと一緒に作ってみたりとか」

 

「そりゃ楽しみだ。俺もそういう現地の料理を食べるのは嫌いじゃないし」

 

 そのまま近くの屋台を見回り、時折足を止めると試食を、と差し出されてくるのを食べて回り、そして気に入った所で待機している仲間の分を合わせて人数分購入する。それにこっそりとバレ無いように保存魔法を施して冷めないようにしておくと、イングと手をつないだままもう少しだけ、市場や屋台を見て回ってゆっくりとした時間を過ごす。

 

 

                           ◆

 

 

「遅い」

 

「あははは……」

 

「すみません、少し浮かれていましたね」

 

 結局少しだけ、遊び回り過ぎたせいで帰りが遅くなった。返ってきて出迎えたのはガリューを召喚して嗾けようとしてきたルーテシアの姿と、それを必死に止めるゼストの姿だった。謝罪をする前に買ってきたランチとデザートを取り出した瞬間、ガリューを放り投げてそれにかぶりつく辺り性格がよく出てきているなぁ、と思う。ともあれ、

 

 一時的な拠点であるホテルの一室で先に食べ終わった自分とイング以外の全員が買ってきた料理を食べている。特にルーテシアとアギトは食べる勢いに遠慮が無く、その光景を食べながら見ていたゼストが軽く苦笑してしまう程だ。まあ、今はそれよりも、

 

「元気出せよ、な?」

 

「……」

 

 雰囲気的に若干落ち込んでいると解ったガリューの慰めが先決だった。少しいじけているのか床を軽くだがつま先で蹴っている様子が哀愁漂いすぎて悲しかった。お前は絶対に就職先を間違えた、と言ってやりたかったが、このガリューはルーテシアの守護者としての自覚を強く持ち、そして誇りを持っている。

 

 たぶん悪いのはガリューが就職した後で急変したルーテシアに違いない。俺には何も聞こえないし何も見えない。文句はマッド白衣の方へ。

 

「うめぇ―――!! なんだこれ!? 超うめぇ!」

 

 そう言ってアギトがルーテシアと競い合う光景に微笑ましさを感じる。その間に此方は此方でやる事をやっておこうと思った瞬間、ホロウィンドウが出現する。誰がサポートしているのか、なんて思考する必要もない。

 

 尽くされてるなぁ、俺!

 

 未来さえどうにかなれば幸せで退屈な日常が待っているのになぁ、とまだ見えない未来を切望しながらもホロウィンドウを出したナルに感謝し、操作を開始する。リビングルームの椅子に座り、その上でまず開くのはメールシステム。昔は有名なソフトを使っていたが、今でもそれに変わりはない―――アカウントは変わっているが。サーバー元が管理局の裏と繋がっていると思うと安心して使用できると思う。

 

「ん、来てるな」

 

「どうだ?」

 

 ゼストがスプーンで器からひき肉の混じったご飯を食べながら、此方へと視線を向けてくる。しかしゼストよ、お前が視線を此方へと向けている間にアギトとルーテシアが素早く器の中身を食い殺しにかかっているぞ。まあ子供好きのゼストさんにとっては本望だろう。何時かロリコンの称号が与えられないか若干不安だが心配する事はないのでスルーしておく。

 

「スカリエッティがこっちを回収する人員を送ってきてくれるとよ」

 

「つまり一旦アジトへと戻るのか?」

 

 いいや、と答える。アジトへは戻らない。スカリエッティは俺達が、自分と敵対する可能性のある存在が一箇所に固まるのを嫌がっている。だからこそマテリアルズと自分達と、チームを強引に分けているので、そしてそれに従っている。だから今、この逃げられるタイミングでアジトへと向かうのは駄目だ。無駄にスカリエッティを警戒させるだけになってしまう。最低でもスカリエッティのアジトへと入れるようになるのは”逃げ”が無くなってからのタイミングではならないといけない。

 

 つまり、最低の条件としてこっちの顔が管理局、つまり機動六課へと割れる必要があるのだ。そうからではないとスカリエッティはある程度の安心を持って戦力を集中させることができないだろう。しかしそうなった場合色々と問題になってくるのは此方側の立ち回りだ。レリックがミッドチルダへと密輸された、という報告は既に受けている。だから次は久しぶりにミッドチルダ―――昔と比べて大分動きにくくなったあの世界へと行く必要が出てくる。いや、別に回収はスカリエッティに任せてもいいのだが、此方が能動的に動く事でスカリエッティの動きを止められるのと、そして恩を売る事が出来るのだ。これでレリックが確保できれば更に交渉手段が、という風に。

 

 スカリエッティは持つべきものを多く持っている、立場で言えばメガーヌとユーリという人質を取られ、取り返す事さえできない此方が圧倒的に不利なのは自明の理だ。だからこそ少しでも有利にするための手段が必要だ。レリックはそれをわかりやすく証明するものだ。今回手に入れたレリックは七番、自分達が必要とするものではない。ルーテシアが必要とするメガーヌ治療用のレリックは十一番だし、自分が必要としているのは六番だ。つまり今回の七番はニアミスで、ルーテシアではないが舌打ちをしてから唾を吐きたい気分だった。とことん運命はハードモードを俺達に強要するようで面倒だった。

 

 しかしここまで探してまだメガーヌとユーリのレリックが見つからない。

 

 ―――これは既に機動六課発足前に管理局で確保したレリックが存在する可能性があるかもしれない。

 

 そうなると色々と面倒だなぁ、と思う。まあ……それはまた後で考えればいい。まだそこまで切迫した状況ではない。いや、状況次第では強奪の為に動く必要はあるのだが―――その場合はたぶんゼストの方の目的と重ねて行動するべきなんだろうな、と判断する。正直な話で言えば今すぐ考えていてもどうにもならない部分だこれは。だからホロウィンドウで確認と了承の返事をメールで送る。確認する時間は約数時間後の話だ。数時間後には自分達を秘密裏にミッドチルダへと運ぶ連中がやってきてくれる。

 

 相変わらず危険な綱渡りをしているなぁと思うが、それでもこれも全て未来へ、未来を獲得するために必要な行動だ。地味で面倒で辛くて大変だけど、それでも誰かがやらなくてはいけない事だ。何時になったら終わるのやら、と呟こうとして―――終わる流れが来ているな、と思考する。まず間違いなく終わる流れが来ている。管理局との、機動六課との衝突はまず間違いなくその一戦目だ。アレが始まりであれば、おそらく続き、そして終わりが来る。

 

「やれやれ、人生何でこうも面倒な事ばかりなのかねぇ。もう少しストレートに、解りやすく起伏の無い時間を過ごせるのであれば楽でいいと思うんだけどなぁ……」

 

「だが」

 

 ゼストは空っぽになった自分の飯の入っていた器から顔を上げつつも、此方へと視線を向けてくる。

 

「それでは楽しくない、と言うのだろう?」

 

 そう、それでは刺激が足りない。人生には小さな不幸と幸運があるからこそ起伏が生まれ、楽しいと解るのだ。その起伏の無い平坦な人生は幸福でも不幸でもなく、ただただ平和な”だけ”なのだ。真に生きるという事はつまりそういう不幸や幸福をありのまま受け入れながら生きる事であると思っている。だから……まあ、言う程別に現状を嘆いているわけではない。間違いなく不幸だし、常人からすれば発狂しそうなほど詰んでいる状況だと言われてもしょうがない状態だ。

 

 だけど、

 

 ―――そもそも発狂程度元々からしているしなぁ。

 

 彼女の感じる孤独を理解しようとした時から、全てを受け入れると決めた時から、一線を超えると決めてから、関係を進めようと決めてから、受け入れようと決めてから、その時点でマトモである事は捨てて本当の意味で化け物になったと自覚している。だから、もう、このままでもいいんじゃないかな、と自分の事は思っている。

 

 まぁ、今更ながら一人を愛する事さえ難しいと言うのに、全員を平等に愛そうとする行為はまず間違いなく狂気だよな、と自分の評価をしつつホロウィンドウを消去する。違いない、と苦笑と共にゼストに応えると、ミッドチルダに入ってからの事を考えてそのまま眠る事にする。

 

 おそらく……いや、ミッドチルダへと到着したら確実に一悶着ある。それはもう予見の出来る事だ。

 

 そして、それはたぶん―――機動六課との衝突になりそうだ。

 

 少しずつだが、スカリエッティが全体をどうやって動かしているのか、理解してきている自分が嫌だ。

 

 吐きそうだ。




 そんなわけでミッドへ帰還しようとする一行。

 身内で争うことほど面倒な事はない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。