マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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イン・ザ・ヘル

 薄暗い下水道の中をバイクで高速で抜けて行く―――このバイクが破壊されてもヴァイスにはお金が隊の方から支払われるのでヴァイスには諦めろと隊長から無慈悲な言葉が出ている。ものすごく憐れだが、余裕でいられる時間はない。なぜなら―――六課の一部の隊長陣が敵と交戦に入り、尚且つエリオとキャロとの連絡が途切れたのだ。此方の見立てでは相手の隊長格との接触、敗北があったとみている。……街中に現れた少女の救助、エリオとキャロの回収、そしてレリックの確保。

 

 やる事は多い。だがその中で自分たちに与えられた任務は”レリックの確保”だけだった。だからキャロが作ったナビゲーションでレリックが存在している可能性の高い道をバイクで走りながら高速で捜索する。私とスバルとフリードがバイクに乗っている。本当は途中からギンガが合流し、一緒にキャロ達と合流する予定だったが―――エリオとキャロが捕まった事により予定は変わった。ギンガは此方ではなく、他の隊長と合流して救出にあたるらしい。それまでにレリックを見つけ、確保するのが自分たちの役目だ。……レリックの確保だけを命じられているのはまず間違いなくエリオとキャロでもどうにもならない相手じゃ自分達もどうにもならない、という判断なのだろう。

 

 悔しいが正しい。

 

 何故、こうも実力が何時も、足りないのだろうか。悔やんでも悔やんでも常に足りない状態だ。この悔しさを、感情を、想いを少しでも力へと変える事ができれば、それだけでもかなり強くなれそうなのに。だけど人生そんな都合のいい事は起こらない。誰だって奇跡を欲しがっているが、奇跡は起きない。だって、簡単に起きるそれは奇跡じゃなくて現象であって―――簡単な奇跡は求めちゃ駄目だから。苦労して苦労して、苦労してようやく手に入れた結果にこそ黄金の価値は宿るのだ。安い奇跡なんて消えてしまえ。私は私の力で奇跡を生み出すから。

 

 ねえ、兄さん。

 

「ティア! 見えたよ!」

 

「解った」

 

 バイクのスピードを緩め、少しずつスピードを落として行く。―――スバルは戦闘機人だ。それは前に知らされた事で、自分が知っている事実だ。たぶん……隊長達も知らない事実だ。故にスバルは色々と普通の人間よりも機能的に優秀な所がある。身体能力とか、視力とか……その代わりに燃費が壊滅的に死んでいるわけだが。だがこういう暗い空間、先を見通しにくいこの下水道で、スバルの目は良く”届く”ものなのだ。スバルがそういうのであれば、あるのだろう。バイクのスピードをほとんど歩く速度と同じ速度にし、そしてスバルが指差すポイントで動きを止める。バイクからスバルが飛び降り、

 

「これこれ」

 

 通路のど真ん中に無造作に落ちていたレリックを拾い上げる。レリックの回収完了―――こんな簡単でいいのだろうか。

 

「いやぁ、簡単で良かったね、ティア」

 

「簡単なんだから怖いのよスバル。ねぇ、フリード」

 

「きゅくるー!」

 

 このミニドラゴン、主から離れているせいか物凄い元気だ。そんなに辛かったら逃げればいいのに、とは思うがなんだかんだで一緒に居るからやっぱりキャロの事が好きなんだろうなぁ、とミニドラゴンの事を再評価しておく。こいつ駄目な奴だな、と。ともあれ、

 

「此方スターズ3、スターズ4です。レリックの回収完了しました。長距離転移による運び出しの許可をお願いします」

 

 ホロウィンドウを出現させ、ロングアーチへ連絡を行う。だがその代わりにやってきたのは砂嵐で、通信を妨害するサインだった。何度かホロウィンドウをタップするが反応はない。完全に妨害されている証だった。この状態で無理やり長距離転移でもやろうものなら途中から座標を書き換えられて相手のアジトへ直行、何て難易度ウルトラハードな状況が生み出される事もあり得る。

 

「スバル、バイクに乗って。通信とか妨害されてるっぽいから素早く離脱して隊長達にレリック届けるわよ。何か予想以上にヤバげな雰囲気だし、あまり長くここに居たくはないわ」

 

「うーん、二人とも大丈夫かなぁ……?」

 

 大丈夫か、と問われたらめちゃくちゃ大丈夫じゃない、としか答える事は出来ない。何せあの二人が一瞬で敗北する、と言ったら最低でもSランク級魔導師が相手になる。相手がA+やAAAだとしてもしばらく持ちこたえる事が出来る程度に私達は強い。決して自惚れではなく、それだけの実力がある事は把握しているのだ。だからこそ相手が恐ろしいし、そして隊長陣のレベルの高さが理解できる。自分たちは管理局でも割と強い方だ―――それを一瞬で倒す相手とある程度互角に斬り合える……しかもリミッターを付けた状態で。

 

 これがどういう事か理解できるのであれば、どれだけ恐ろしい事なのかが解る。まあ、自分もここで腐って足を引っ張り続けるつもりはない。何時か、とは言わない。今年中に最低でも入り口には立っておきたいという気持ちはある。そうしなければどこにも行けない、どこにも届かないと思うから。だからこそやっておけることはしておかなくてはならない。

 

「ま、隊長達を信じるしかないわ」

 

 スバルを後ろに乗せ、バイクを走らせる。何やらスバルがレリックを胸の間に隠すという凄まじいことをやってのけて軽く戦慄しているが、別に真似ができないから戦慄している訳じゃない。……うん、需要はそれなりにあると思うし。ともあれ、そういう考えは今は頭の中から追い払い、バイクのアクセルを踏み込む。再びエンジンが唸りを上げ、バイクが音をたてはじめる。間違いなく移動手段としては最も優秀な部類に入るであろうバイクに追いつくのは難しいから、一度走り出せばこのままレリックを持って逃げ切れるはずだ。

 

 バイクを走らせ始める。目指すのは自分たちが侵入するのに使った入り口だ―――そこには丁度現場にいた陸士隊が周りを確保しているので近くまで行ければ逃げ切ったも同然だ。だから残りは隊長に任せるとし、バイクを走らせようとして―――閃光が見えた。

 

「―――今日の僕ってツイてるのかな」

 

「ッ!」

 

 声が何であるかを把握し、口に出す前に―――バイクが爆破した。

 

 

                           ◆

 

 

「言葉だけじゃ届かない、かッ!」

 

 ライオットザンバーを振るう。殺傷設定で首を狙った一撃はイストの首へと命中する。だがそれを不完全なヒットにするものがある―――魔力だ。本来のイストにはない濃密な魔力が物理的な壁として刃を僅かに鈍らせる。それを技巧で切り裂きながら首へと刃を到達すれば、それはわずかな切れ込みしか首に生まない。純粋に”硬い”と相手が評価できる。

 

「あぁ、……言葉で解り合えるなら俺も、スカリエッティも、管理局も……オリヴィエも苦労はしなかったさ」

 

 裏拳が凄まじい速度で振るわれる。だがそれは此方の速度と比べれば圧倒的に遅い。後ろへと一歩下がるころにはまだ拳は振るわれている途中だ。だから前進し、ライオットザンバーを束ね、一つの巨大な刃にしながら振るわれる右裏拳を既に通った軌跡の部分へと体を潜りこませながら振るう。既に勢いがついて振るわれる拳は引き戻せないとの判断だが―――それをイストは軽々と乗り越えてくる。まるでスイッチを入れたかのように逆に拳を戻してくる。だが、やはり速度は此方が早い。後ろへと飛び退いて距離を取る。背中がビルの壁へとぶつかるが、問題はない。追撃でイストの拳が迫る。それを紙一重で回避する。拳は背後の壁を粉砕し、欠片ではなく―――完全に壁を消し去っていた。それも着弾箇所だけではなく、半径十五メートルほどの巨大な穴を一撃で、後も残さず消し去っていた。

 

 データとしては知っていたけど、これが拳撃の奥義―――!

 

 ザフィーラにして対処法は同じものをぶつけるか、威力と同等の質量をぶつけるしかないという答えで、なのはとはやて以外には相殺は不可能という答えが出ている。しかし、

 

「オリヴィエって」

 

「わざとらしく質問する必要はないだろ? アレはお前と同じ研究で生み出されたオリヴィエのクローンだよ。どこの研究所かは知らんがな。まだポッドから目覚めて間もない。自我があるかさえ疑わしい。記憶の整理は終わってないのなら―――今が何もかもを知る前に殺せるチャンスだ。後悔が生まれる前に彼女を静寂に帰す」

 

「それは勝手な言い分だ! 誰にだって生きる権利があるはずだッ!」

 

「あぁ、誰にだってある―――そして誰にだって死に続ける権利だってある。そうさ、イングもナルもマテリアルズもオリヴィエも全員死に続けなきゃいけないもんだったさ。生を選ぶのならいい。過去を決別し未来に生きる。それは素晴らしい事だ。全力で応援する。抱きしめてやるさ。だけどな、オリヴィエは違うんだよ。アイツは違う。アイツだけは蘇らせちゃいけないんだよ。解るか? 解らないよな? 解る訳ないよなぁ―――! は、ははは、はははははぁ―――!!」

 

 壊れてる……!

 

 言葉がおかしい。支離滅裂というか、どこかおかしい。暴走しているというのはまず間違いないが―――何故だ。それを判断する前に拳が振るわれる。前以上に鋭く、素早く、そして殺しに来ている拳だ。それをバク転で回避し、道路へと逃げる。空間が一気に広がり、此方にとって逃げ場が増える。ここでイストはそのままビルへと籠っているべきなのだろうが―――前へと出てきた。拳を振るい、此方へと正確に叩き込んで来ようとする。その拳速は前よりも早く、一撃一撃繰り出すたびに加速しているように思える。だがそれは此方と比べれば―――

 

「―――遅い」

 

 飛び上がるように回避する。そのままビルの外壁へと着地する。飛行魔法……ではなく、技巧で壁へと足だけで張り付く。回避した先、イストが此方を睨んでくる。聞いていた話では結構センスはある方らしいが……なんだろう、今の姿は酷く稚拙にも見える。いや、極悪極まりない事に変わりはない。一撃でも触れればアウトだ。だがそれでも、今の彼には全く負ける気がしない。

 

 故に勝利を生み出す為に動く。

 

 イストが地を蹴って一気に飛び上がる。その背後に見た事のある魔法―――ブラッディダガーが多数出現する。それを弾幕に体を隠しつつイストがビルの外壁を駆け上がってくる。それを左右へと回避しながら逃げる様に壁を走り上がり、跳躍する。そのまま別のビルへと飛び移る。背後で轟音が生じ、軽く振り返れば壁を消滅させたイストの姿がある。その姿が素早く此方を追ってくる。故に外壁の出っ張りに足を引っ掛け、ライオットザンバーを二刀の状態へと戻し、

 

 接敵する。

 

 接近するイストの右拳を回避しつつすれ違いざまに”本気”の刃を叩き込む。本気―――即ち殺すつもりで刃を放つ。極限まで鋭さと素早さを追求する自分の刃は強度を無視してすれ違いざまに六度の斬撃を体に刻み込む。鮮血をまき散らしながら交差したイストの体が後方でビルにぶつかるような音が聞こえる。再び最初のビルの外壁へと足をつけ、横向きに立ち、イストが突っ込んだ方向へと視線を受ける。土煙に覆われて良く見えなくなっているが、確かにいい感じのを叩き込んだ。これで、

 

「……立ち上がらないわけがないか」

 

「―――デアボリックエミッション」

 

 瞬間、黒い球体が襲い掛かってくる。一気に飛び上がってそれを回避する。そして黒い球体の中から追いかけてくるようにイストが飛び上がってくる。此方を追いかけてくるように空を駆けるイストの姿は予想よりも早い。が、それでも此方には全然追いつけない。速度という一点においてはどんな存在にも負けるつもりはないから当然だが―――追いつけないイストのその拳は既に限界まで引き絞られ、

 

「覇王震撃」

 

 空間を打撃した。

 

 そして、震えた。

 

「……!?」

 

 気が付いた瞬間には衝撃が体を激震していた。見れば何をやったのかは解る。空間を打撃して、”空間に地震を起こした”のだ。ただその原理やどうやってやったのかは全くと言っていいほどに理解できない。軽く自分の想像を超える事だ。しかもこれは、

 

 ……避けられない……!

 

 口から血が吐き出される。大きく動いてもこれでは避ける事が出来ない。空間そのものを打撃しているとか卑怯だが―――避ける事に対するメリットが消えたのなら、まだ速度が残っている。だとすれば自分ができることは限られている。

 

 超接近戦を仕掛け、見切り、一気に沈める。

 

「カートリッジロード」

 

「頼むから沈んでおくれ。元同僚を殺すのは少しだけ後味が悪い」

 

 だが言い換えれば後味が悪い程度だ。

 

「何が、何が貴方をそこまで駆り立てる!」

 

 カートリッジをロードし、一気にイストへと向かって落ちる様に加速しながら接近する。その短い時間の間で、イストが答えてくれる。

 

「―――誰だって最後には勝ちたい。そうだろ?」

 

 拳が振るわれるよりも早く、十を超える斬撃を叩き込む。

 

 相手は―――沈まない。




 水色の子が地下で無双している予感

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