「ちぃ」
グラーフアイゼンを振るう。鎚の部分に付着していた大量の血液をそれで吹き飛ばす。それでもデバイスの細かい部分には間違いなく血が入り込んでいる。これは戦闘が終わったら一度分解してメンテナンスする必要があるな、と思考し、振り返る。横にホロウィンドウが出現し、ギンガの姿を映し出す。彼女もスバルと同じ、空に床を生み出す技能を持って全速力で少し離れた場所へと移動している。間に合うかどうかは彼女の頑張り次第だが―――まあ、間に合うのではないかと思う。間に合わなくなる程に自分たちの仲間はあっさりと負けない、弱くはない。ホロウィンドウを閉じ、ギンガが向かう先に幸運がある事を祈りつつ、
「さて、どうすっかなぁ」
周りはビルだった場所だ。もう何度もグラーフアイゼンを叩き込んだせいで完全に倒壊し、辺りが見渡せる空間となってしまった。それだけやって得た成果は―――相手の腕一本だ。ここまでやっておいて腕一本。実に面倒な相手だと評価する。足で踏んで転がす相手の血で染まった真っ赤な腕を、どうするか、と考える。正直腕からデータベースにアクセスとかをしても知っている情報は増えないだろう。
「どうせなら頭の一つでも置いていきゃあ楽だったんだがなぁ……」
その場合はシャマルが脳味噌の中身を調べてくれたに違いない。瓦礫の中で転がす腕を持ち上げ、それをデバイスの格納空間へと投げ入れておく。証拠が何もないのよりはこうやって腕の一本でも手に入れた方が断然ましだろう。だがしかし、何というか、
「たったの5対1でここまで手こずるとは昔と比べてあたしも結構鈍ったもんだなぁ……」
明らかに人間の動きの範疇を超えていたとか、そういうのは正直どうでもいい。守護騎士として果たすべき任務は果たす。体がプログラムから人間よりになって来たから、死んでも蘇って再び殺しに行くって戦法も取れなくなっている。……ただまあ、それは願いなのだ。人間として生きて死ぬのは。だからそういう戦法も二度と取れないなぁ、と少しだけ、嬉しく思う。こうやってありのままの己の本性を取り戻しても、帰りたいと思える今の環境は素敵だ。だからこそ、はやての指示は、命令はちゃんと果たしたかった。裏側でこそこそと活動しているであろうスカリエッティの手勢を一人でもいいから捕まえておきたかった。それで捕まえられたのは腕一本だけだ。実に泣けてくる話だ。
「まあ、今はアレだよな」
空気が震え、大地が砕け、そして炎が舞う。振動を体全体で感じつつも振り返れば、少し離れた場所で巨大な黒い姿が見える。竜―――真竜クラスの竜、ヴォルテールだ。データとして情報としても知っている。ただアレクラスの生物を見るのは本当に久しぶり、というか見たくはなかった類だ。ヴォルケン四人揃ってどっこい、というクラスだろうか見えるアレは。味方で良かったと思った瞬間、大気が震えた。
巨大な熱線が空から垂直にヴォルテールの姿を飲み込む。それがそのまま火柱となって巨大な黒竜の姿を飲み込む。だがそれを内側から黒竜が粉砕し、出現するのと同時に口から巨大な熱線を吐き出す。場所は比較的にミッドの郊外近くだったのが幸いだった。ビルは今、自分が砕いたのを除けばほとんどない……が、
熱線は森を一瞬で炎に包み、ビルを融解させ、そして空を赤く染める。熱線―――いや、砲撃が更にヴォルテールへと五連射で叩き込まれる様子から相手は避けて、そしてまだ戦える状態の様だ。軽く凄まじいと思う。だって自分一人だったらまず間違いなく自分は逃げているだろう。それだけ真竜クラスは魔導師から逸脱した超化け物級の生物だ。戦う事が馬鹿らしい存在。それ相手に戦っているのだから、
「負ける事ができねぇってか」
空の赤に水色の閃光が混じる―――今度は雷鳴だ。これで誰があの現場にいるのかは大体把握できて来た。しかし、そうなるとシグナムの存在が若干―――いや、心配する必要はないか。何せあのシグナムなのだから、
『ヴィータちゃん』
「おぉ、シャマルか」
『シグナムをこっちで回収したわ。足を狙われたようで動けないけど逆に片腕を一ヶ月は使えないようにした、だって。そっちはどうだった?』
「もぎ取れたのは腕の一本だけだった。すまねぇ」
『うん、解った。はやてちゃんも今ちょっと手を出せない状態だから、私からデータ送るね。それじゃあ宜しくね』
「あいよ」
グラーフアイゼンを肩に乗せ、軽くトントンと叩く。シャマルの声と同時に出現した彼女を映すホロウィンドウは姿を消し、その代わりに戦場に関する最新の情報がホロウィンドウに映されるように出現する。その様子を見てもう一度、トントンと肩をグラーフアイゼンで叩く。戦力差は―――うむ、悪くはない。特にヴォルテールがどんな理由であれ出現したのがプラスになっている。いや、間違いなく地上本部から嫌味を言われるんだろうけど、それはフェイトやはやてに任せる。
よろしく、と言う意味は、
「ガキ共のケツを持つか―――しかし一体どんな馬鹿な理由で今回はやらかしたんだアイツら」
飛行魔法を発動させ、そして空を飛び、新人達がまだ無事かどうかを調べる為に通信のホロウィンドウを出現させる。通信妨害はもう完全に解けているようで、直ぐに新人達の光景が映るが―――そこには全力で頭を下げるエリオとティアナの姿、死にそうなスバルの姿と見知らぬ少女、そして泣きながらレイプ目のキャロが竜の肩に乗っていた。
「なんだこれ」
そんな感想しか口に出すしかできなかった。
はやてと闇統べる王の戦いは千日手。
シグナムは相討ち。
新人共は―――なんか良く解らない。だけどとりあえず良い空気吸っているのは解った。
あとは―――フェイトとザフィーラ、
本命だ。
◆
「ブラッディダガー・レギオンズ」
空を刃が覆う。百を超える短剣の群体は見える範囲の空を覆い尽くす。空へと逃げる事が出来ないと解っていて、相手は足場になりそうなビルを片っ端から破壊し、そして制圧する様に広域殲滅魔法叩き落としてくる。赤く染まったリインフォース・ナル。いや、それは彼女のかつての名前だろう。結婚したし、ナル・バサラとか、たぶんそんな感じの名前じゃないだろうか。……好きな人と同じ名字になる事、少しだけ女性として、憧れないものではない。
「何をやっているんだッ!」
「あ、ごめん!!」
ザフィーラの背後へと一瞬で回り込む、ザフィーラが腕を振るう。細く、そして強固な鋼の糸が隙間の大きなネットを編み、生み出す。そのまま腕を交差させ、防御する様に姿勢を取ると空から広範囲に短剣が降り注ぐ。糸に触れる短剣は真っ二つに割けて砕け、その網を抜けてくるのはザフィーラへと向かってぶつかり―――砕ける。そんなザフィーラと背中を合わせ、ライオットザンバーの二刀を高速で乱舞させる。背後から来るものを完全にザフィーラへと、真下へと、自分へと降りかかってくるものを全てきり落とす事に集中する。
それでも自分は完璧ではない。
二三本、防御を抜けて体を掠る。殺傷設定の魔法は体に掠るのと同時に痛みを感じさせ、赤い線を体に刻む。特に今はライオットの使用にフルドライブモードで装甲を削っている―――バリアジャケットの防御力なんてほとんど存在していないのと同じような状況だ。ここでまともに一撃を食らえば即死は免れない。イストの場合は衝撃を体から逃せるからまだいい。ナルの攻撃は、
「―――逃がさない」
「耐えれるか!?」
「無理!」
「だろうな」
解ってるなら言わないで欲しい。少しだけプライドが傷つくのだから―――なんて言っている暇はない。空に黒い雷が光る。それが新たな魔法だと認識するのと同時に、ザフィーラが足を振り上げ、それを大地へと叩きつける。大地から鋼の棘が突きだし、壁の様に複雑に組みあいながら自分を守る様に出現する。
「ザフィーラ!」
「こういう役割だッ!」
ザフィーラがドームの様に組み合わさった棘の頂点に乗るのが理解できる。そして何が起きるのかも理解できた。だから次の瞬間、防御域の外で煌く黒い電を視界に入れながらも、ライオットザンバーを一つに束ねる。カートリッジを消費しながら、前へ体を回転しながら出す。鋼の棘が砕け散り、黒に煌いていた世界は元の色を取り戻す。それと同時に回転させた刃を振るう。
「震えろォ!!」
刃を薙ぎ払い、魔力の刃を最高速で放つ。雷刃は一瞬で加速すると最高速でナルへと衝突しようとし―――左手の盾で防御される。それと同時に左腕の赤い盾が資料で見た事のあるメカニズムを、パイルのコッキングを開始する。次の瞬間に放たれてくるものが何かを悟る。だがその前にザフィーラが飛び出す。
「ふんっ」
「硬いな」
漆黒の杭が飛びあがったザフィーラへと突き刺さる。が、ザフィーラは堪える様子を見せる事もなく下へと向けて吹き飛ばされる。衝撃を巻き起こしながら着地するその姿を、ナルの姿と見比べ、どちらも異様に硬いと思う。放った雷刃だって盾だけで防御できる物ではないし、ザフィーラにしても頭のおかしいぐらいに攻撃を受けているのに、傷の増え方が少なすぎる。まあ、ザフィーラは今は頼りになるって解っていればいい、聞くのは後だ。それよりも、
「その程度か」
「空を奪っておいてそれはないんじゃないかな」
「それを含めて”その程度”と判断しているのだ―――デアボリックエミッション」
放たれてくる黒い球体、そしてナルの発言―――少しだけカチンと来る。束ねたライオットザンバーに本日何度目ともわからないカートリッジを消費しながら極大の雷刃を振り回す様に繰り出す。完全に広がりきる前にデアボリックエミッションを両断し、そのまま雷刃がナルへと向かう。それが彼女の体へと衝突し、バリアジャケットと体を割くが……その威力のほとんどはデアボリックエミッションの突破に大分消費されていた。
「ならこれでどうだッ」
「確かにそれは脅威だが―――」
ザフィーラが手を動かすのと同時に宙を何かが光る。それが素早く動くのは見えるが、ナルの姿が消え、更に高い位置へ再出現する。次の瞬間には炎が舞い、先ほどまでナルが存在した空間を焼いていた。炎は中空に浮かび上がる糸の姿を照らし、そして燃やしてザフィーラの攻撃手段を表していた。
「変わらん手品だな盾の守護獣。が、その狡猾さと慎重さ、頑強さは俺を超える所だ。私としては真っ先に潰したい所ではあるが……貴様の対処方法は既に知っている。そこで少しずつ削られながら朽ち果てろ。盾は盾らしく途中で捨てられ、忘れられ、朽ちろ」
ナルの口調が今一瞬、混ざったような気がする。いや、そもそもナルとイストの相性ははやてとツヴァイを超える程の、専用に生み出されたと言ってもいい程のレベルだ。ほとんど常時融合事故のような状況、考えている事も思っている事も全てが一緒。だとしたらそもそも―――二人の境界線なんてものはこの状態で存在しているのだろうか。彼/彼女には違いが存在しているのだろうか。
「……やはり―――」
だがそんな考えをかき消すようにザフィーラが”恐れる”様に―――そう、恐れる様に言葉を放っていた。だがザフィーラの言葉に応える事無く、背中の翼を広げながらナルが空から此方を見下ろしてくる。数時間前までは人々でにぎわい、多くあったビルもナルの広域殲滅魔法によってすっかり破壊しつくされてしまっている。隠れる場所はなく、逃げる場所は多いが……相手の攻撃範囲の方が広い。率直に言えば半分詰んでいるような状況だ。アグスタでは見事に醜態をさらしてしまったのでここら辺で一つ、駄目な子じゃない所を証明したいのだが、
「どうしようザフィーラ」
最近色々と強くなったヴォルケンとして、ザフィーラには今までの活躍共々期待しているし、頼りにしている。何かこの状況を覆す事が出来る手段を持っているのではないのか、それを期待しての言葉だった。ただ返ってきた返答は予想外過ぎるもので、
「……俺では役に立たないかもしれない」
「え?」
「だがその代わりと言ってはなんだが―――希望がやって来たぞ」
そう言った途端、空に道が生まれる。深い青色の道は飛行魔法が制限されているのにもかかわらず、関係なく道を生み出す。そしてその道を全力で駆けながら出現するのが、
「―――ギンガ・ナカジマ陸曹、空を届けに参りました!!」
空、この状況で最も渇望し、そしてそれを運んでくれる味方の到着だった。
中間点を抜けて、こっから状況が動くって感じですね。あと新人たちはそろそろ真面目になれよオラァ。
王様同士は能力噛みあっているので千日手、新人はカオス、そしてここは大戦場。
じゃあ残りは何を、という事で。