マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Chapter 9 ―How To Live Today―
グッド・バイ・セイズ・ザ・バッド・ガイ


「―――やあ、数日ぶりだね」

 

 両手を広げてスカリエッティは帰りを歓迎する。相変わらずふざけた様子を見せているがそういう”キャラクター”をわざと作り上げている辺り、狡猾だと理解できる。タイプとしては道化でいるレヴィよりはシュテルと似ているタイプだと思う。全て計算して行動しているだけじゃなく、意識的に”本性”を隠蔽するための仮面を被っている。自分の本質を、本来がどんな存在であるかを客観的にみることができて、そしてそれを理解するからこそ仮面を被るタイプだ。無意識な連中よりも遥かに厄介で―――そして憐れだ。

 

 故にこの憐れな道化に付き合ってやるのもまた王の務めだと思う。

 

 スカリエッティのアジトの生活区、ここ数年で完全に自分の私物で染まってしまったダイニングとキッチン、そのダイニングテーブルの自分の位置にスカリエッティはいた。最初の頃は怪しげなゲルかポテトチップスしか食っていなかったが、このマッドに料理の美味しさを叩き込んだのが人生における最大の功績だったのではないかと思うぐらいの格闘だった。あの頃は色んな意味で大変だったなぁ、と振り返り、キッチンへと向かう。

 

「貴様だけか?」

 

「此処はそのままただいま、って言うべき所じゃないかなぁ」

 

「必要以上に我が慣れ合う必要はないからな」

 

「今更それはない」

 

 それもそうだ。面倒だから適当な事を言っているだけだ。キッチンの棚の中にはいろんな物が収納されている。万能包丁だとか、マグカップとか、砂糖とか塩とか、……クッキーの入ったツボが三ミリ程横にずれている。これはこの数日で絶対に誰かが中身を開けて食べたなぁ、と相変わらず言いつけを守らない連中に軽く呆れる。ともあれ、それ以外には棚の方はそのままの様だ。料理をしない連中だと思う。少しばかりネットへと繋がれば簡単に料理の仕方やら情報を覚えることのできる便利な体なのでやはり、そこらへんは怠惰な連中だと思う。

 

 ついぞ、自分ではこいつらの怠惰な習慣を変えるには至らなかった―――もちろん、一部を除いての話だが。

 

 ともあれ、包丁やらフライパン、皿とかも綺麗にしまわれている。ここ数日でキッチンが使われた形跡はなく、ゴミ箱を軽く確かめればお菓子やインスタント食品の包み紙やら塵で溢れている。そしてゴミ箱に入っている野菜を見ればナンバーズ年少組がまた野菜だけを捨てたな、と好き嫌いの激しい彼女たちの好みに少しだけ頭を抱える。

 

「貴様らちゃんと食ってないな」

 

「インスタント食品って文明の生んだ最高の知恵だよね! 私はもうカップ麺の開発者を神として崇めているよ。よくぞこんな発想を生み出してくれた! ライスとでも良し、牛乳を混ぜてもよし、腐らせて悪戯にも使える! 最高だよ、カップ麺とは」

 

 迷う事無く紫天の書を取り出すとスカリエッティがテーブルの下へと隠れる。そのまま無言でスカリエッティを睨んでいると、おずおずといった様子でテーブルの下から出てくる。そして軽く、恐れる様な姿でこっちを見て、ゴクリ、と音を立ててつばを飲み込んでくる。何故こいつはこんなにもネタに走らなきゃ気が済まないのだ。いや、芸がナンバーズとルーテシアに対して割と評判がいいのは知っているのだが。いや、ルーテシアは少し違うか。アレはボケたスカリエッティに対して物理的ツッコミ入れたいだけだ。つまりスカリエッティの事をサンドバッグ程度にしか考えていない。つまりあの幼女は駄目だ、いろんな意味で。深く考えてはいけない。

 

 ともあれ紫天の書をしまい、キッチンにしまってあるクッキーを数枚取り、そして椅子をダイニングまで引っ張って、足を組んで座る。ここ数日は常に働きっぱなしだったので本当に疲れた。こうやってゆっくりな時間を得られるのは実に得難い事だ。まあ、そんな時間も長く続かない事は誰もが理解している事だ。だから最後の休息を味わうためにもクッキを一枚かじる。自分が暇つぶしにと作ったものだ……うん、普通に美味しいと思う。まあ、”作れて当たり前”なのでそこに達成感は存在しない。

 

 何でもできる故に出来ない事に憧れを抱くとは何とも矛盾する生き物だ、人間とは。

 

「で」

 

 スカリエッティがテーブルの下から出てきて元の位置、椅子に座ると手を足を組み、此方へと視線を向けてくる。

 

「―――イスト君を管理局へと渡してしまったけどいいのかい?」

 

「良いわけがなからう。第一我はあの方法に関しては反対だった。成功すること自体は疑ってはいないが、それでも敗北させてやる事を前提にするなど面倒にもほどがある。というか我の男が敗北する姿を見るのが嫌だ。うん、その理由が一番だな」

 

 誰が好んで夫(ヒーロー)の敗北姿を見たいと言うのか。ちょっとアレな性癖持ちだったら納得できるところだが、自分は結構ノーマルな性癖のつもりだ。というか身内では一番ノーマルでいようと頑張っている。その苦労は今は忘れておくとして、敗北を前提として機動六課側に、そしてこの”状況”に対してチェックメイトをかける。それが今回の勝負の全てだ。

 

「んじゃあアレはわざとやったのかい」

 

「知りたいか?」

 

「理解ある良き隣人としては是非とも欲しいねえ、何故君達があの聖王の娘を見逃したのか。何故一番欲しがっていた六番のレリックを見逃したのか―――何故態々こんな面倒な手段を取って来るのか」

 

 そう言ってスカリエッティが笑みを浮かべてくる。その笑顔を見て改めて認識する―――こいつは敵だ。決して味方ではない。良き隣人、何て評価はしているが隣人は友人であるという事にはならない。そもそも一度も心の底からこいつを信頼した事も信頼された事もない。あるのは目的達成のために互いの力が必要であり、そして利用し合っている利害関係。こいつの見せる笑みというものは仲良くする為のものではなく、”意味のない”笑みなのだ。まるで中身がない、空っぽの笑み。それがこいつの浮かべる笑みだ。

 

「―――ドゥーエでさえ進入できない機動六課に我々は身内を置く事が出来たぞ?」

 

「あぁ、なるほど」

 

 そう言ってスカリエッティは笑みを深め、肘をテーブルの上に乗せ、頷く。

 

「なるほどなるほど、そういう事かね。あぁ、なるほどね。君たちがやりたい事は実に良く解った。あぁ、この”無限の欲望”と呼ばれるスカリエッティの目をここまで欺くとは流石私の盟友と言っておくべきなのだろうか、だがしかし、そう、やっぱりそうなのだ!」

 

「解らないなら素直に言った方がいいぞ」

 

「すいません、解りません。この愚民に王様の考えを教えてください」

 

 そう言ってスカリエッティが頭を下げる。だがいう言葉は最初から決まっている。クッキーを噛んで、それをゆっくりと食べ、手に握っていたクッキーを全部食べ終わり、指を一本一本舐めて、それでようやく指が綺麗になった所で、スカリエッティへと視線を向け、

 

「え、やだ」

 

「まさかの素」

 

「いや、我はこれがこれで素であるぞ? ただ単にお前の様な変態に我らの考えを教えるのが自殺したくなるほど嫌で。という訳で貴様、自分で頑張って考えてみよう。ちなみに正解の商品はシュテルが年末の祭典で購入してきたBL本で内容は少々おぞましすぎてシュテルでさえ買う事を一瞬ためらった代物だ」

 

「それを買ってくる辺り物凄く感じるよ、君達の事」

 

「我もあの時はちょっとドン引きした……が、まあ、これをナンバーズ共に投げてリアクションを見るのはなかなか楽しかった」

 

 何というか、割と頼りにされているというか、それはそれでいいのだか結構疲れもストレスも溜まる。それを理解して労ってくれるが、偶には派手に遊びたかったり暴れたいときもある。まあ、そういう時にあの存在自体が発禁の様なものを投げつけているのだが。

 

 と、そこで話題が逸れてしまった。割とこいつと喋っていると本題からズレてしまう自分を理解する。存在としては嫌いの一言に尽きるが、話し相手としては飽きることのないユニークな相手だ、そこまで悪くはないと思う。まあ、そこまで使う事の出来る人間というのがまずほぼ存在しないのだろうが。こいつと付き合うという事は最初に悪意と狂気をごったまぜにした様な感覚を耐えきってから接するという事だ。面倒というレベルでは済まされない事だ。だから、自分たちの様に仕方なく居ついている連中しか話せるような人間はいない。

 

「で、解るか?」

 

「―――それがメガーヌやユーリ達を運び出した理由なんだろう?」

 

「正解だ」

 

 笑みを浮かべる。そしてそれに対応する様に、スカリエッティがやれやれと、露骨に肩を、頭を振って疲れたような様子を見せる。そして意地悪な笑みを相手も浮かべてくる。さて、ここまでか、と少しだけ名残惜しさを感じる。その程度にはこのダイニングとキッチンには思い入れが存在していたのだ。

 

「いやぁ、見つけたのは昨日の午後何だけどね? 人妻の裸を観察しようかなぁ、と思って調整槽の方を見に言ったら設備ごといなくなってたから驚いたよ。いや、これ本当に驚いた。中身だけならあるかなぁ、とか思ってたけどまさか設備ごと引っこ抜いてくとは思いもしなかったよ。アレはルーテシアの召喚術の応用かい?」

 

「正解だ。アレだけの設備用意するのが面倒なのでそのままパクらせて貰ったぞ」

 

「あぁ、別に一部だけだしもうほとんど利用する事もないから別に困ってはないんだ。ただね、こうやっていきなり持ってかれるとね―――実に理由が気になるじゃないか。あー、一応この世で彼女たちを救えるのは私だけって話だったはずなんだけど?」

 

「馬鹿め―――何時までもそのままでいると思っているのか貴様」

 

 相手の笑みに対して笑みを返し、互いに挑発する様な笑みを浮かべる空間を生み出す。さて、と片目を閉じて少しだけ気配を察する為に辺りを窺う。扉の向こう側に数人、壁の中から一人―――これはおそらくセインだろう。流石スカリエッティ、会話の間に最初は離れていたナンバーズを素早く戻してきたか。なるほど、解らないと言っている癖には既にこっちがどういう状況なのか、何をやろうとしているのかを把握してきている。

 

 相変わらず殺したくなる程憎たらしい。味方として存在しているのであれば有益だが、敵となればこれ以上なく害悪な存在もいないだろう。

 

「覚えられるものは覚えさせて貰ったぞ」

 

「見られても理解できない様に方法を暗号化していたはずなんだけどね」

 

「あぁ、確かに難解だったらしいがな、我が槍には関係のない事だ、無限の欲望よ。たしかに我らに貴様のような発想や考えへと至る事は出来ぬが、その代わりにこの体と、頭脳と、そして知識は”貴様”が最高の存在として生み出したものだぞ―――その中で”理”を象徴する為に生まれてきた我が槍がどうして出来ぬと思うか」

 

 その言葉にスカリエッティは一瞬ポカン、とした表情を浮かべ、

 

「全くだ! それはそうだ!」

 

 そう言って腹を抱えて笑いだす。それもそうだ、”自分”が作った物に今、自分がしてやられたのだ。それが別人である事には変わりはないが、間違いなく”スカリエッティ”なのだ。故にこれでスカリエッティが笑わない理由がない。この男は実際の所―――勝敗なんてどうでもいい。

 

 過程に、どれだけの楽しみを、”欲望”を感じられたかが全てだ。彼を出し抜くきっかけとなったのが同じ”無限の欲望”であるというのなら、面白くない筈がない。なぜなら、

 

「あぁ、そうか―――今、私はほとんど”私”と戦っている様なものなのか」

 

 マテリアルズも、イングも、そしてナルも。イストは違うが、彼の義手はスカリエッティ自身が作った。だから、現状のスカリエッティは―――彼自身に刃を向けられているようなの状態なのだ。そもそもナルにしたってイスト専用に作られたところがあり過ぎる―――死んでいる方のスカリエッティがこんな状況を見越して作った、そうとしか思えないようなところがある。

 

「はははは―――はぁ、気付いてしまえばこれは愉快で仕方がない……あぁ、何て世の中はふざけているんだ。いや、だがこれがいい。これが楽しい」

 

「楽しいか?」

 

「あぁ、実に」

 

「―――ならばこの辺で良かろう」

 

 立ち上がり、紫天の書とシュベルトクロイツを取り出す。一瞬でバリアジャケットは戦闘用のそれに切り替わり、背中に羽が出現する。紫天の書を開き、自動的にページがめくれ始める。

 

「あぁ、つまりなんだ。レリック入手の算段は付いたのだ、スカリエッティ。だからな、貴様には前々から言いたかった言葉がある―――貴様はもう用無しだ。今までご苦労、そしてコキ使ってくれてありがとう。我々の生きる世界に貴様は必要ない……といってもまあ、別に関わらないのであれば死んでる死んでないはどうでもいいのだがな。あぁ、ただお前は面倒だ。―――用済みの役者には退場して貰おうか」

 

「ははは! やはりそう来るかね? あぁ、知っていたともさ」

 

 シュベルトクロイツを掲げた瞬間、壁から、扉の向こうから、天井から、様々な所から襲い掛かってくる姿がある。その全てを認める。

 

 良い。

 

 良いぞ。

 

 良い闘争心だ。数日前までは一緒に笑い合っていた者に対して容赦なく、遠慮なく刃を、砲口を、拳を向けられるその闘争心は実にすばらしい。故に、

 

「―――受け取れ、別れの駄賃としては上等すぎるであろうがなぁ―――!!」

 

 全力の一撃を自分を中心に叩き込む。

 

 そして、此処に一つの終わりが穿たれた。




 そんなわけで新章突入です。

 ヴィヴィオ争奪戦から次のイベントまでは何気に2か月程あるので少し、長い平和な時間になる感じでしょうかねぇ……水面下では色々と状況が動いているでしょうか。

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