マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ウェイク・アップ

 ―――幼い頃はそこまで酷かったわけじゃない。いや……ただ単に世間を知らなかっただけかもしれない。なぜなら自分の周りの、シュトゥラの空は何時も青かったから。だから幼い頃はそれなりに平和な時を過ごして育ってきた。恵まれた環境に、才能にも恵まれていた。だから何も心配する事も、不安に案る事もなく幼少の頃は過ごしていた。勉強は大変だったが父と母の期待に応える事は楽しかった。何よりも自分自身の限界を確かめるという感覚が楽しかった。小さなころは何もかもが新鮮で、何をやっても未知が広がっていた。だからこそすべてが、世界が輝いて見えた。

 

 世界は広く、できる事は多く、そしてだからこそどこまでも美しい。そう感じて庭を駆けまわり、遊び回り、そして義務を果たそうとした。勉学をしっかりやり、しっかり体を鍛え、両親に誇れる人間になろうと思った。上に立つ者の義務として清廉潔白な人間を目指そうと思った。元々才能はあったのだ、あとは心構えの問題。そしてそれもまた、少しずつ育つのと共に身に付いて行った。

 

 そうやって自分は育った。大地に愛され、空に抱かれ、両親と環境に恵まれて真直ぐ、力強く、しっかりと自分の成りたい姿へと。そうやって大人になって行く自分を感じて行くのは楽しかった。期待され、そしてそこに応え、そして確かに感じていた―――日常を。

 

 学院に通って―――留学で来た彼女と出会って―――彼がやってきて―――彼女が増えて―――そして満ち足りた日々が永遠に続くと思っていた。

 

 ただそれは幻想で、現実はそんなに甘くはなく、平穏はあっさりと裏切られる。国土は炎に包まれ、蹂躙され、侵略される。燃え盛る大地の上に立って自分に何ができるのか、誰かの為に一体どんなことをしてやれるのか。そんな事を考える暇もなく世界は変化を強要する。

 

 そして、それは僕も彼女も一緒で。

 

 彼女を止める事は僕には出来なくて。

 

 ―――後悔は常に遅い。遅いからこそ後悔に成り得る。彼女は去った、彼女は乗った。彼女は―――その果てに終焉を迎えた。ただひたすらその結果に後悔を抱いた。何故、何故なのだと。誰よりも楽しそうに笑っていた彼女が、誰よりも平穏を望んでいた彼女が、何故死ななくてはならなかった。何故あの時負けてしまったのだ。

 

 技術を教え、義手を与えた者が悪かったのか。いや、違う。それは責任を放棄しているだけだ。負けたという事実に変わりはない。敗北したという事は死んでしまっては絶対に覆らない。あの敗北は永遠となって―――苦しめてくる。結果からもその結末からも逃げる事は出来ない。ずっと、自分が犯してしまった罪と向き合わなくてはならない。

 

 黒のエレミアも魔女も去ってしまってもひたすら拳を振り続けた。ひたすら届かない永遠にへと向けて振り続けた。決してそれが届かないというのは解りきっているのに、ひたすら拳を振るう事しかできない。ゆりかごは没して、そして世界は壊れても戦争は終わらない。世界は愚かにも争い続ける。新たな戦乱は新たな兵器を生み出し、戦場には血と死体が蔓延する。

 

 烈火を操る将が歿せば触れた者を腐敗させる兵器が生み出され、更に死人が増える。地獄は収まる事を知らず広がり続け、新たな兵器が新たな地獄を生み出し続けて行った。その中でも振るうものは決して変わらず、あの時止められなかった彼女の姿にただひたすら追いつきたくて―――追いつこうとして、そして……気づけば戦争は終わっていた。

 

 終わった時になってやっと自分が一騎当千の英雄となった事を知った。どんな状況でも、どんな相手も殺せる拳を作り上げた。だがそんなものを作り上げた所で意味なんてない。本当に欲しかったものは、救いたかった人は、好きだった人はもう二度と戻らないし、手に入らない。彼女は永遠となってしまった―――だからもう、二度と届かない。

 

 そう理解してしまった時に覇王と呼ばれ、聖王と呼ばれる彼女の横に並んだのだからこそ世の中は呪われている。

 

 

                           ◆

 

「ッァ……」

 

 ズキリ、と頭に痛みが走る。まるで痛みが起きろと、そう語りかけてくるような感覚に体を持ち上げようとして―――違和感を感じる。その違和感は複数から来るもので混ざり合い、一つの大きな違和感へと繋がる。感じるのは両腕への違和感だった。

 

 そこにはあるべきのはずの物がない。

 

 両腕がない。

 

「あー……?」

 

 軽く混乱する。何故そこに腕がないのだ。腕は二の腕半ばから先が無いようになっている。しかもその断面を見る限り、義手化の手術はしており、義手を装着できる状態になっている。だが”自分の記憶を調べる限り、義手化の手術を受けた覚えはない”のだ。だから軽く困惑する。俺の腕はこんな風ではなかったはずだ、と。指を動かそうとするが、腕の感覚は存在しない。予想以上に冷静な頭ではて、と心の中でつぶやく。なんだこれ、と。他の違和感を今は無視しながら周りを見る。

 

 そこは知らない空間だった。白いベッドシーツの下に隠れているのは自分の体だが、その姿にも違和感を覚えつつ―――周りを見て、部屋が自分の知らない所だと知る。他にも同じようなベッドが横に並んでいるし、見える棚に並んでいるのは医薬品だ。鉄製のワークデスクには書類が置いてあるし、部屋の端に見える機械は間違いなく医療機器だ。それからここが医務室だという事が解る。ただ見覚えのない医務室だ。

 

 いや、そもそも自分が医務室に世話になる様な状況になったのか?

 

 ―――目を閉じて思い出そうとして見る。

 

 思い浮かぶ最後の光景は―――そう、旅行。旅行へと行こうとしたのだ。ウチの馬鹿連中と、一緒に旅行しようという話だったはずだ。えーと、と声を出してその理由を思い出そうとするが……思い出せない。だからたぶん、その理由は重要じゃない……のだと思う。少し歯切れが悪くなっているのは記憶を上手く思い出す事が出来ないからだ。ただナカジマ家と、そしてバサラ家で一緒に旅行に行こうと思ったのは思い出す。そして……そう、これでティアナと少しでも仲直りするのも目的だったはずだ。

 

「んで話し合って―――」

 

 ティアナと話し合って、それで少しは和解しあったと思う。そして……その後が酷い記憶が曖昧だ。それでも思い出すべきだと判断し目を閉じ、そしてゆっくりと思考を巡らせる。簡単な思考訓練だ。マルチタスクで軽く脳内の記憶を探ろうとして―――痛みと共に知らない光景が脳裏に焼きつく様に映し出される。

 

 最初に見えたのは青い空を見上げ、そこを飛ぶ鳥の様子。

 

 次に見えたのは知りもしないが、此方を見て微笑んでくる壮年の男女の姿。

 

 その光景が次の瞬間には消え、海で泳ぐマテリアルズの姿が見える。

 

 それが終われば巻き藁へと向かって拳を振るう己の姿が見える。

 

 唐突に景色は切り替わり、荒れ果てた荒野と負傷者で溢れる空間が見える。

 

 そして、その次に見えてくるのが―――、

 

「あ!」

 

 声に振り向く。メタリックカラーの扉を開けて入ってくるのは茶色の制服の上から白衣を着た、金髪の女の姿だ。その顔の形と、体の”揺れ”と、そしてその雰囲気から相手が誰であると即座に察する。久しぶりに見るなぁ、と脳内で言葉を形作りながらどう話しかけようか、と今の状況の事を考えながら口を開いたところで、

 

「―――状況はどうなっている湖の騎士。シュトゥラ南西で……あぁ? 何言ってんだ俺。あー、うん、そのいきなりで申し訳ないシャマルさん。その何というか……」

 

 口が滑ったってレベルじゃない。いきなり顔を合わせて状況はどうなっているとか一体何事だ。失礼にもほどがあるしやらかした、というレベルじゃない。できる事なら今すぐ頭を抱えたい所だが、頭を抱えるにしたって両腕が存在しない。これでは伝家の宝刀リアクション芸が激しく取りにくいではないか。……いや、本当にどうなっているのだ。冷静なまま混乱している、という酷く矛盾した自分が存在しているのを自覚しているし、理解している。それをどう説明すべきかと、何を聞くべきなのかと、それを軽く悩ませながら口をぱくぱくと、それを白衣姿のシャマルへと向けて、

 

「大丈夫です、此方の方でイストさんの状態に関してはキチンと把握していますので、失礼だとか気にしないでください。安心してそこで座っていてください今説明しますので」

 

「あ、はい。どうも」

 

 どうやら此方の状態を把握しているようだった。軽く息を吐き出しながら良かった、と息をつく。何というか予想外に自分の事を把握できずにいて少しだけ、不安な部分もあったのだ。だからこうやって解っていると、そう言ってくれる存在は正直有難い。―――湖の騎士程医療とサポートに長けた存在が此方の事を把握しているのであれば恐れることはない。信頼に足るだけの実績が―――。

 

「またか」

 

 今度はシャマルに聞こえない様に小さく呟く。どうもおかしい。何故かおかしな言葉が口から漏れる。見た事のない光景が浮かび上がる。そこまでシャマルとは親しくないのに背中を預けることができる程の信頼感を彼女に感じる。いや、そもそも知ってない筈の事さえまでも脳に浮かび上がって来るのに、それに対して違和感を感じない。最初から知っているような、そんな馴染む感覚がある。

 

 そんな事で悶々としていると、白衣姿のシャマルがキャスター付きの椅子をベッドの横まで引っ張って、そしてホロウィンドウを出現させてくる。その指に装着されているのは四つのリング―――クラールヴィントだ。湖の騎士、ヴォルケンリッターでのサポート役を務める彼女のデバイスだ。

 

「軽くチェックプログラムを走らせます」

 

「よろしく頼みます」

 

「はい、お任せください」

 

 四つのリングを装着した手を此方へと向け、もう片手でホロウィンドウをシャマルがチェックする。その表情は真剣そのもので、プロ意識を感じる―――その姿が騎士甲冑姿の彼女の姿と一瞬だけ被り、そして消える。軽く頭を横に振って幻影を追いだそうとし、疲れているのかと思う。特に疲れる様な事をした覚えはないのだがなぁ、と心の中で呟いているとシャマルがホロウィンドウを消し、手を下す。

 

「体のどこにも異常はありませんね」

 

「先生、腕がないんですけどこれで異常なしとかヤブってレベルじゃねーです」

 

 シャマルの表情に一瞬青筋が浮かぶが、それを飲み込んで笑顔を向けてくる。おぉ、身内だったら確実に今のでボディブローだったなぁ、と今更な話だが身内のツッコミへの理解と対応の速さに嘆いていると、シャマルが溜息を吐く。長く、そしてある種のポーズだ。これから物凄く話し難い事を話しますよ、というシャマルなりのサインだ。だからふざけるのもここまでだ、と決め、

 

「割と冷静なのでズバズバ斬りこんでも大丈夫ですよ?」

 

「冷静なのが深刻なんです……」

 

 シャマルはそういうと背筋を伸ばし、そして真剣な表情で真直ぐ此方の視線を捉えてくる。それを前に自然に背中を伸ばし、視線をシャマルと合わせる。

 

「まず第一に―――今は新暦75年六月です」

 

「ちょっと待った、今は新暦71年だろ?」

 

「いいえ、新暦75年です。どうぞ」

 

 そう言ってシャマルが正面にホロウィンドウを出現させてくれる。腕がないので触れることはできないが、魔力を使ってホロウィンドウへとアクセスし、その中に情報を表示させる。まずは簡単なニュースサイトへとアクセスし、そしてそこに書かれている日付を確認してから他のニュースサイトで日付を調べる。だがどのサイトで確かめても日付は新暦75年と出る。

 

 つまり俺が知っている時代よりも四年先の未来だここは。なんじゃそりゃあ、と混乱しようとしても精神は極めて冷静にその状況を受け入れていた。脳の一部が”今更この程度”と自分に言い聞かせて落ち着かせているような感覚であった。それは酷く違和感を持っていながら自然な感覚だった。言い換えれば自分の中にもう一人誰かが存在し、内側から心を落ち着かせている、そういう感覚だった。不思議とそれが他人には全く思えなく、心が落ち着く。

 

「―――やはり」

 

 その様子を見てシャマルはやはり、と言葉を漏らし、

 

「最初に謝らせてください」

 

 そう言ってシャマルは唐突に頭を下げる。その行動が自分にとっては急な行動過ぎて流石に焦るが、彼女を止めるための両腕は存在しない。だから彼女が頭を下げて謝罪する様子は黙って受け入れる事しか此方には出来ず、彼女が頭を上げて告げてくる言葉には更に重い衝撃があった。

 

「イストさんには寝ている間に”思考調査”を行わせてもらいました」

 

 ―――それは味方ではなく、犯罪者から情報を引き出すための手段だ。

 

 今度こそ心は乱されそうで―――揺るがなかった。




 9章は覇王イングヴァルト周りの事やら管理局でのお話ですね。エンディングへと向けての伏線回収や昔の話の補完? って感じでしょうか。古代ベルカ周りの設定は本当に少ないのでここら辺は基本的に捏造で進める予定です。

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