マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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デイズ

 座っている。

 

 床にはカーペットが敷いてあって意外と快適だ。多分だが隊のものではなく、少し高そうな感じからして私物なのではないかと思う。部屋からしても少し予想していたよりも広く、家具もしっかりと揃っている……誰かの部屋だったのを今、自分が利用している形なのだろうと思う。そんな広い部屋の中央、リビングルームにはテレビが置いてある。それもそれなりにワイドなタイプだ。ファミリーサイズとも言えるタイプのテレビ。そしてそのスクリーン数メートルから離れて、カーペットの上からテレビを見る姿が自分を含めて数人存在する。

 

 まずは自分だ。管理局制服はそのままだが、そのまま綺麗に来ている必要はなくなったので上着は脱ぎ、シャツをズボンから出して上のボタンを外して着崩して、袖を無造作にまくっている状態でネクタイもかなり緩めている。サングラスも必要ないのが解ってしまったのでダイニングのテーブルに置いている。胡坐をかいて座る此方の股の間に体を置いて、背中を此方の胸に預けてくる小さな姿が―――ヴィヴィオだ。ピンクのスカートにピンクと白のパーカー姿で、楽しそうにテレビのスクリーンを見つめている。

 

 そして、そんな俺らの横で丸まって伏せている青い犬の姿が―――ザフィーラだ。人ではなく犬の姿で自分とヴィヴィオの横に丸まって座り、特にテレビを見るわけでもなく片目を閉じて、もう片目をヴィヴィオへと向けている。そんなヴィヴィオはザフィーラからの視線には気づくことなく、テレビの中でチェーンソウを振り回す青年の姿に夢中だ。割とスプラッターな内容のアニメだが、流石ベルカ遺伝子。これを見て笑っているのだから何も問題はないな、と確信しておく。

 

『少しは躊躇しろ』

 

 そんな様子を、ザフィーラは念話で呆れた声で言ってくる。だがそれでも決して止めることはない。止めない辺り実にザフィーラらしいと思う。数年ぶりらしいザフィーラの姿には変化が無くて安心したどころか犬っぽさが増えていてどこか嘆かわしかった。やはり女ばかりの家だとヒエラルキーが低いのだろうか―――犬は。いや、犬だと言ったら確実にこの守護獣は怒るので最低でも狼と認識を改めておこう。まあ―――古くも古くない戦友がこうやって普通に平和な時間を過ごせているのを見ると嬉しいやら、複雑な気分やらで、少し自分の中がごちゃごちゃだ。

 

『何に?』

 

『ヴィヴィオに変な影響を与えて一番困るのはお前だぞ―――高町やテスタロッサが生かして帰すといいな』

 

『お前もこの数年で割と容赦なくなったみたいだな』

 

「くくく」

 

 思わず口に出して笑い声を零してしまうが、ヴィヴィオはテレビの方に夢中だ。両手を振って、テレビの中のヒーローを応援している。よほど楽しんでいるのか、結構な熱中のしようだ。ただその視線がチェーンソウに向けられている事だけは自分の力ではどうしようもない。ヴィヴィオが変な事を言ったら甘んじて砲殺されよう。―――後悔は……ある。

 

 あり過ぎて困る。だけどヴィヴィオが幸せそうなので何よりだ。……いい加減子供に対して甘いこの姿勢をどうにかしなくちゃいけないというのは解っているのだが、明らかに中の人にも引っ張られている状態なので倍ドンでどうしようもないと思う。

 

『それにしても監視がお前とはな。もはや監視じゃなくてVIP待遇で護衛って感じだよな、これ』

 

『致し方あるまい。そもそも我々は非常に面倒な事に身内には馬鹿の様に甘い。故に疑った、調べて、問題はなかった―――ならそれで終わりだ。我々にはもう疑う理由はなくても、歓迎する理由だけが残っている。たったそれだけの話だ。だから甘いと思うのであればそんな連中と友好を重ねてしまったお前自身を呪うんだな鉄腕王』

 

『フリスビー投げるぞオラ』

 

『や、やめろ!』

 

 視線を軽くザフィーラへと向けると、ザフィーラが勢いよく尻尾を振っていた。ヴィヴィオに気取られない様に魔力を使って、それを固め、フリスビー状の形に固定する。ザフィーラの目がそれを追いかけ、そして尻尾がパタパタと揺れて動く。

 

『や、止めてくれ! 主はやてに蘇らせられた獣の本能には逆らえないんだ……』

 

『調教されやがって……』

 

 何というか物凄くザフィーラが憐れに見えた。目を瞑ればザフィーラが戦場に立って、相手の砲弾を体で受け止め、砲撃を受け止め、そして鋼の糸で誘ってから解体する……そんな光景を思い出せる。そしてその光景を今のザフィーラの姿と当てはめる。どこからどう見ても狼じゃなくてフリスビーが気になる飼い犬の姿だ。戦場で盾として守護していたあの勇ましさはどこへ消えたのだろうか。なんだか泣けてきた。お前もお前でいろいろ大変だったんだな、ザフィーラ……そう思ったところで、抗議の声が念話を通してやってくる。それをうんうん、と頷いて聞き流し、フリスビー型魔力弾をザフィーラの上で揺らす。

 

 ザフィーラの尻尾がバタバタ動く。

 

「ザッフィー……」

 

「おい、ザッフィーは止めろ」

 

「え?」

 

 ザフィーラの声にヴィヴィオがテレビから視線を外してザフィーラへと視線を向ける。え、と声を零して、ヴィヴィオがじ、っとザフィーラを見始める。無言で見つめてくるヴィヴィオの姿に軽いプレッシャーを感じているのか、ザフィーラが黙って尻尾の動きを止め、そして完全に目を閉じた眠ったふり状態でヴィヴィオの視線から目を逸らそうとしている。都合のいい奴め、お前は今一人の幼女の夢を奪おうとしているのだぞ。

 

「くらうす」

 

「うん?」

 

「しゃべった?」

 

 ヴィヴィオがザフィーラが喋ったのかどうかを確かめてくる。ここで子供の夢を守る大人としては、実はこの犬っぽい狼さん、筋肉モリモリの褐色系にトランスフォームするよって教えない方がいいんだろうが、それはそれで激しくつまらない気がする。どんどんデスゲージというかなのはの砲撃ゲージが見えてない所でカウントされている様な気もするが、ベルカ男子たるものネタに躊躇していてはいけない気がする。

 

「んっんー、すみませんねヴィヴィオ。お兄さんヴィヴィオと一緒にテレビを見ていましたからね、ちょっと集中していたせいかザッフィーの方に集中していなかったんですよねー……ですけどもしヴィヴィオが何かを感じたのであれば、きっとそれには理由があるのでしょう。ヴィヴィオは自分の事を信じて、納得がいくまで全力で取り組むといいんじゃないかと思います。あ、つまり迷ったら確かめようって事です」

 

 内心、大笑いしながら納得した様子のヴィヴィオが頷く。そして、

 

『イスト貴様ァァァ―――!!』

 

 ザフィーラの絶叫が念話で此方に響いてくる。ヴィヴィオが股の間から体を伸ばしてザフィーラのふさふさな体に触れようとしているので、此方を見てない内に片目を開けたザフィーラへと向けて、物凄い挑発的な表情を向け、数秒間だけ考えて選んだ言葉を放ってみる。

 

『ザッフィーやぁーい! んっんー? どうしたんですかなぁ? おやぁ? もしかして怒ってる? 怒ってるんですか? んっんー、これはいけませんなぁ、盾の守護獣たるもの挑発や煽り程度簡単に流せるようでありませんと。おや、それとも体は守れて心は守れないというアレですか? んー、流石ザッフィー殿、調教されきっている様子ですなぁ』

 

『後で絶対に尻に噛みついて引きちぎってやるからな』

 

『ヒギィ』

 

 だが後悔はない。後悔だけはしない。全力で怒らせながらも冷や汗を大量にかかせているのでそこらへんおあいこだと思っている。ともあれ、ついにザフィーラに完全な興味を持ったのか、這う感じにザフィーラへと向かったヴィヴィオが丸まっているザフィーラの姿、その顔の前まで移動する。そしてそこからザフィーラの顔を眺める。興味深そうにヴィヴィオはザフィーラを見るが―――当の本人の目が泳ぎまくっている。やはり流石のザフィーラもこの状況は焦るか。

 

 そして、ヴィヴィオがザフィーラの額に触れ、

 

「ザッフィー」

 

『おめでとうザッフィー、聖王様にザッフィー認定だよ。いやぁ、実に喜ばしい事だねザッフィー』

 

「―――」

 

 ザフィーラが言葉にならない言葉を噛み殺してるように見える。特に今、両頬をヴィヴィオに抑え込まれている状況だし。やはりザフィーラもどちらかというと”此方側”な者らしい。主が存在するとはいえ、オリヴィエ本人ではないとはいえ、それでも彼女の再誕した様な存在であるならば、無碍にはできないし敬ってしまう。それが態度に自然に出てきている。だから頬に触れてむにむにと弄り始めるヴィヴィオに対して成すがまま、反撃する事も何もできない。まあ、子供は好き勝手にさせるのが割と常識なのだが。

 

「くらうす?」

 

「うん?」

 

「ザッフィーもふもふー」

 

「うん、そうですね」

 

『ザッフィーモフモフだってよ! だってよ!!』

 

『貴様本気で待ってろよ、俺は忘れないからな』

 

 ザフィーラが恨めしげな意志を此方へと向かって念話を通して送ってくるが、煽れる間に煽れるだけ煽るのが流儀というものだ。後の事は一切考えず、ザフィーラを煽り、そしてヴィヴィオがザフィーラの顔から体の横へと移動するのを見る。まるで確かめる様にパンパン、とザフィーラの体の横へと移動し、ふさふさの体毛を確かめ、何かひらめいたような表情をしてから―――一気にザフィーラの体へと飛びかかった。

 

「もふもふ!」

 

「そうですねー、ザッフィー君結構紳士で毛並にはこだわる派ですからねー」

 

『ブラッシングは欠かさない』

 

 お前そんなだから犬臭いんだよ。メシもドッグフードで安く済んでるって昔―――いや、四年前にはやてが言ってたし。お前は本当にそれでいいのか盾の守護獣よ。

 

 そんな事を思うが、困った顔をしつつも横腹へしがみ付いてくるヴィヴィオの姿を少し微笑ましそうに見ている辺り、実のところはそこそこ楽しんでいるというか、こいつもコイツで子供好きっぽいので問題は無いように見える。だからザフィーラにじゃれついているヴィヴィオの姿を見て、それが平穏の証だという事を理解して、

 

「くらうす? いたいの?」

 

「え?」

 

 ヴィヴィオがこっちへ振りかえって此方を見る。彼女が手を伸ばす先は此方の頬だ。そして伸ばした手が、一体何に触れるのかを理解した。―――涙だ。涙を流していた。強くなく、小さく、弱くだ。だがそれでも確かに涙を流していた。その理由は理解できるし、胸に強く感じる安堵と後悔の感情が誰の物かも理解できる―――己自身のだ。

 

『大丈夫か?』

 

『あぁ、大丈夫だ。涙を流しているだけ、だからな』

 

 悲しんでいる訳じゃない。だから平気だ。そう伝えて、頬に触れてくれるヴィヴィオの頭を軽く撫でて、大丈夫だよ、と言葉を伝える。大丈夫。中の人とは上手く付き合えている。偶に自己主張が激しいが、だがそれでも大丈夫だ。これは俺が飲まれるか飲み込むまで永遠に続くのだろうけど、それも最近では楽しめる様になってきた。まあ―――十中八九このペースなら俺が飲まれてしまうんだろうけど、別に俺であるならそれもいいんじゃないかと思う。どうせ、どうなろうとも結果は変わらないし、やる事にも変わりはしないのだろうから。

 

「ヴィヴィオ」

 

「ん?」

 

「いえ、何でもありません。それよりもザッフィーって実は大型犬なので頭を撫でたりブラッシングしてあげるとすごい喜びますので後で手入れでもしてあげましょう」

 

「うん!」

 

『貴様ァ―――!』

 

 そう言ってザフィーラは怒ったような声を念話で殴りつけてくるが、尻尾を振っているので本能に勝てている様子は存在しない。相変わらず動物ベースだと本能に逆らうのが難しいのだろうか、とザフィーラの姿を見て思い、視線を部屋の住人たちからテレビの方へと向ける。

 

 そこではクライマックスへ入った物語の中で、地面に倒れた敵に向かってチェーンソウを滅多振りしている主人公の姿がいる。これはあかんと、即座に判断してチャンネルを切り替えると、それはニュースチャンネルだった。しかもライブ中継でどうやら現場の放送をしているらしい。そこに映し出されるのは、

 

「あ、まま!」

 

 なのはの姿だった。少し前にまたミッドで犯罪者を捉えるのにエース・オブ・エース大活躍、とニュースでは流れている。相変わらずミッドにおける英雄扱いに以前変化はなし、とそのニュースを見ながら思い、そして改めて悩む。

 

 ―――さて、俺達は本当に進歩しているのだろうか。

 

 前に進むどころか過去の遺物や成果を掘り返して運用しようとしている俺達は本当に前に進んでいるのか、実に疑わしい事だ。

 

 ヴィヴィオとザフィーラと平和な午後を過ごしながらそんな事を思い―――視界が白に染まる。




 ザッフィーも割と弄れる方のキャラだった。それにしてもヴィヴィオがちゃくちゃくと可愛さを稼いでいる。

 まだ日常序盤なんだぜこれ

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