マテリアルズRebirth   作:てんぞー

146 / 210
リメインニング

 人生、何事にも面倒は付き纏う。だけどそれに付き合うのが人間って生き物だと思う。面倒事を回避すればするほど人間は自分の首を絞める社会を形成している。つまりは面倒事から逃げれば自滅する、そういう生き物に自分を追い込んでいるのが人間だ。アレはやりたくない。コレがやりたくない。嫌がるような事にこそやらなくてはならない事が多く存在している。嫌がっていてもいつかはやらなきゃ前へ進む事が出来ない。だからこそ進んでやらなくてはいけない。そんなストレスばかりを生むのが現代社会の一つの側面。誰かが何時かやらなきゃいけない。

 

 それが今ってだけの話だ。

 

 食堂のテーブルを挟んで無言で俯く。何て言葉を発せばいいのか解らない。だが声がないって事はそれは向こう側も一緒だ。俯かせたまま、少しだけ視線を持ち上げて、前方へと視線を向ければ少しだけ大人になった、ティアナ・ランスターの姿が見える。彼女も言葉が見つからないようで俯いて、言葉を探しているように見える。この体勢のまま、既に五分が経過している。しかも空気は意外と悪い、というかこの空気は、

 

『元先輩、空気死んでるよ』

 

『テメェは仕事してろ元後輩』

 

『こっち来るために砲撃叩き込んでノックアウトしておいた』

 

『貴様ァ!!』

 

 大体俺が”貴様ァ”と言う所までがワンセット。念話だけでのやり取りだが大分心の余裕が出てきた。念話の発信源を求めて少し視線を動かせば、食堂の入り口、扉の向こう側に体を半分隠すなのはの姿が見える。此方が視線を向けているという事を理解してサムズアップを向けるが、その直後に背後からヴィータが現れ、グラーフアイゼンでなのはを叩きつけてから引きずって去って行く。ヴィータも割となのはの扱いに慣れているなぁ、とその風景を見ながら思って、

 

 そして思い出す。

 

「ふふ」

 

「……?」

 

 苦笑した此方にティアナが顔を上げて視線を向けてくる。急に笑い出せばそうもするか、しかし、妙になんというか……自分の目からすれば少し前の話なのだ。こんな風に、お互いに困りながら話す様にするのは。彼女からすれば数年振りだろうが……だとしたら流れは一緒なのではないかと思う。あの時も若干、困りながら話したよなぁ、と思う。だから今回もまたリードするのは此方の役割りなんじゃないかと思って、口を開こうとして、

 

「―――ご、ご結婚おめでとうございます!!」

 

「ぶふぅっ」

 

 顔面を思いっきりテーブルへと叩きつける。

 

 どこかで誰かがむせるような声がする。厨房の方で皿が割れる音がする。廊下の方で誰かが倒れる様な音がする。どうでもいいけど貴様ら仕事はどうした。デバガメしている暇は―――あるのか、どこからどう見ても平時だし、食堂利用のピークは過ぎている。ただ廊下からの気配はこれ、なのはとヴィータではなかろうか。お前らさっき去って行ったはずじゃなかったっけ。とりあえず、

 

「ま、まてティアナ、俺は結婚してない。俺は素敵な独身ライフを送っているはず……!」

 

「で、でも嫁を自称している人がいるよ……?」

 

「マジか」

 

 ティアナがホロウィンドウで映像データを此方へと投げてくる。そこには大きくなったシュテルやら、イングやら、ナルの姿と自分の姿が映っている。こうやって戦闘映像を見せられると本当に敵対してたんだなぁ、と実感してしまうわけだが、そこでいろいろ口走っている我が家の娘共や、そして背中を並べるイングを見て、頭を抱えるしかない。

 

「この数年間に何があったんだ……!」

 

「私が聞きたいですよ。ミッドに一夫多妻制ありましたっけ」

 

「ベルカにはある」

 

「前から思ってたんですけどベルカって割と頭おかしくないですか。こう―――ベルカ、って言っちゃうと納得しちゃう不思議な感じがある程度にはデフォルトで頭のおかしい感じがするんですけどそれってどうなんでしょうね」

 

「お前は俺がキチガイって言いたいのか―――あんまり間違ってないから言いかえせねぇ」

 

 そこで軽く笑い声を漏らしてティアナの顔を見る。彼女も今の会話が面白かったのか、軽く笑い声をだしてこっちを見て、そして顔を合わせて笑いあう。何というか……凄く安心した。こうやって馬鹿を言える程度にはティアナは元気だった。ちゃんと育っていた。何か俺がやらかしたらしいのでそれで不安になったりもしたが、ちゃんと真直ぐに育ってくれた。その事実に安堵を覚える。少なからず、俺だって罪悪感を覚えることはある。特にそれが親友の妹に関する事であればなおさらだ。―――ただそれが優先順位の一番上に来るのか? と問われれば違う、としか言う事が出来ない。

 

 俺の優先順位で一番上に来るものは確定しているから。

 

 だから、まあ―――何故かはわからないが、どうしてかは解るのだ。俺が彼女たちについて機動六課に敵対した気持ちは。

 

「まあ、元気そうで嬉しいよティアナ……俺からしたらほんの数日の出来事なんだけどさ。何か苦労させちまったみたいで悪いな」

 

「ほんと、ほんと苦労したわよ。この馬鹿兄」

 

 そう言ってティアナは少しだけ、涙目になりながらテーブルの向こう側から拳をゆっくりと頭に叩きつけてくる。大して力も入ってないそれを頭で受け止め、本当にティアナを心配させたんだなぁ、とその姿を見ながら思う。ほんと、俺が離反していた理由というのが気になるところだが、

 

「元先輩! ティアナ! 展開的につまらない! そこはティアナが”この泥棒猫にたぶらかされて……!”ってレイプ目で迫りながら包丁を取り出すべき所だよ!!」

 

「お前はドラマの見過ぎだ」

 

 ヴィータがなのはのサイドポニーを握って引っ張って、食堂へと入り込んできたなのはをそのまま外へ引っさらってゆく。なのはもなのはだが、食堂に入るまで止めないヴィータも中々にヴィータだと思う。ともあれ、ティアナが若干ぽかーんと、惚けた様な表情をしているので、手を彼女の前に振って意識を引き戻す。その姿に苦笑しながら、

 

「俺は覚えてないんだけどさ、この数年どうだった訳よ。ほら、陸士校に入ったり、管理局員に成ったりしたんだろ? だったらほら、お兄さんに色々と言いたい事あるんじゃないのか? ほら、数年の溜まっている分、吐き出してもいいんだぜ?」

 

 その言葉にティアナは呆れた様な表情を浮かべ、

 

「今更兄面って一体何様のつもりよ―――でも、まあ、なのはさんから今日は自由にしていいって許可貰っているし……うん、暇な時間が出来ちゃったなら仕方がないわよね。賢妹の面倒を見るのは愚兄の仕事よね? あぁ、ホント学のない愚兄を持つと苦労するわね」

 

「ははは、……いや、ホント高校行かなくてごめんなさい。若さだったんです。全ては若さの奴が悪かったんです」

 

 割と心臓に突き刺さる。学歴が中途半端に終わっているのでやっぱり殴ったり殴られてたりする環境にしか自分を置く事ができなかった。だからティアナが立派に卒業したと聞いて、安心した。自分は社会に出て最初は滅茶苦茶苦労したが、失敗しながらいっぱい学んでいった。だがそう言うのは学校で教わるはずだったものだ。だとすればちゃんとした場所で学んでおいた方が何倍も良いに決まっている。……うん、子供ができたら普通に学校に通わせておきたい。その方が何倍も人生のためになる。

 

「ふふふ、じゃあ私がスバルと一緒に入学した時の事から話すわよ」

 

「おう、来いよ。どうせ今の俺は暇で暇でしょうがないヒモ男なんだから。しかもあからさまに地雷属性が複数付いちゃって人間爆弾だぞ! しかも喋るぞぉ!!」

 

「ネタ終わった?」

 

「うん」

 

 ティアナ、大分成長したなぁ、等と思いつつティアナが語りだす彼女のスバルとのここまでの道のり、楽しそうに語るそれに耳を傾けながら目を閉じる。懐かしい声に、懐かしい姿を幻視しながら、ティアナが語る話に耳を傾ける。今はこれでいい。このままでいいのだ。自分がどうなるかはよくわからないが―――思い出した場合はどうなるかは理解できている。

 

 せめて今ばかりは自分の過去に浸る。

 

 それも悪くはない事だと思う。

 

 ティアナの話に耳を傾け、楽しそうに語る彼女の姿を見ながら思う事はもう一つある。それは彼女たちの事だ。こうやって俺が安寧の日々を過ごしている中で、

 

 彼女達は今をどう過ごしているのだろう。

 

 

                           ◆

 

 

「―――私の勝ちだな」

 

「ぬぅぅ……!」

 

「負けた」

 

「何でこんなに強いの!?」

 

「楽しそうだなぁ、貴様ら」

 

 窓の無い部屋の中央にはテーブルが存在し、それを囲む様に四人が座っている。ルーテシア、ゼスト、レヴィ、シュテルが座っている。それを腕を組みながらあきれた様子で見る。テーブルの上に並んでいるのはカードで、そしてそれぞれの前に置いてあるのはお金代わりのチップだ。そしてたった今、他のプレイヤーたちのチップを全てゼストが奪ったところだった。そこでニヒルな笑みを浮かべる所が憎たらしい。

 

「これが歳の差というものだ」

 

「だったらもうちょっと手加減するべき」

 

「そーだそーだ! という事でもう一勝負!」

 

「いいだろう、レジアスと共に磨いたギャンブルの技術を披露する日が来るとは。好きなだけ味わって行け」

 

 そこで得意げな表情を浮かべるゼストもゼストでだいぶこっちの空気に馴染んだと思う……まあ、依然として体の方がオンボロで目的には変わりがないが。ともあれ、カードで遊べる程度にははっちゃけられている槍の騎士を成長したと見るべきか、打ち解けたと見るべきなのか。それはとりあえず判別がつかない。だがとりあえず空気はこれで良いのだと思う。

 

「王様も参加しないのー?」

 

「誰かがイカサマを見張らなくてはいかんだろう―――おい、小娘そこで召喚術使ってカードを入れ替えるな。レヴィ、貴様もこっそり入れ替えようとするな。シュテルを見習えシュテルを」

 

「私はカードの順番とシャッフルで入れ替わったカードの順番を暗記してますから―――逆に言えばそれだけやっているのに何でゼストに勝てないんですか。このジジイ何でここまでギャンブルに強いんですか。ちょっと意味が解らないんですけど」

 

 その言葉にゼストは視線を受け止め、少し格好つけて笑う。

 

「実力だ」

 

「絶対破産させてやる」

 

「右に同じく」

 

「異論なし」

 

「貴様らそう言って負けているから恥ずかしいよな」

 

 その言葉でカードゲームを遊んでいる三人娘が一斉に落ち込む。同じような行動を既に五回は繰り返しているのに一様に進歩がない連中だと思う。まあ、そこが楽しいし、面白くもある。軽く溜息を吐いたところで、軽く天井を見上げる。コツコツと時間をかけて地下アジトをスカリエッティに秘密で作ったのは良かった。計画も順調に運んでいる。

 

 あとは六課内のイストに記憶を戻せば全て此方の思惑通りにはこぶが、

 

「少々厄介か」

 

「スカリエッティの戦力ですか、それとも聖王の事ですか」

 

「両方だ。聖王の方はその気になればどうとでもなる。アレは究極的に言えばイングとそう変わりはせん。”どうとでもなる”のが正しい認識だが―――スカリエッティのやつが予想よりも狂気に侵されておったわ。アレの脳味噌は一体どうなっておる。流石の我でもアレは予想できなかったぞ」

 

 溜息を吐いて腕を見る。そこには包帯を巻かれている腕が存在する。油断したわけでも慢心したわけでもない。ただ純然たる事実として出し抜かれたという結果だけが残る。と言うよりもそもそも留意しておくべきだったのだ。

 

 何故究極の生命体を目指すスカリエッティが、ユニゾンデバイス等作ったのかを。

 

 ―――そもそもリインフォースの作成など”オマケ”にしか過ぎなかったのだ。

 

 本命は―――。

 

「ふぅ、考えれば考える程気が滅入りそうになるな……」

 

 こんな時だからこそ愛しい者に抱きしめられたいものだ―――そう思って、今は遠い場所にいる人を想う。今はまだ、こうやって離れてはいるが、近い将来絶対に共に手を取り合って一緒に居られるときは絶対に来る。その未来は絶対に存在している。だからこそ諦めない、くじけない、そして絶対に変わらない。記憶をなくしても貴方は貴方だから。それに絶対変わりはないと確信しているし、そして真実だ。

 

 この全てを終わらせてただただ平和に普通の女として、王と名乗る必要のない何もない日々へ―――そんな日々を手に入れる為に今は喜んで、現実を殺そう。その果てに絶対に待ち望んだ結末は存在しているのだろうから。




 久々のアイツら。まだまだのんびりは続きますよー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。