入り組んだ迷路の様な廃墟群をひたすら進んで行くと、普通であれば迷う。だがそこらには仲間内にしか通じない目印が存在する。記憶を通してそれが何であるかを確認し、目印に従って進んで行けば―――やがて、大きなビルへと到着する。電力が死んでいる様に見えるのは表向きだけだ。廃墟の中へと進み、そこから瓦礫を乗り越えながら向こう側へと進めば、通路へと到着する。その奥には階段が存在するのだが―――その前に立つ一つの姿がある。通路の闇によってその姿は見る事が出来ないが、瓦礫を乗り越えた此方の姿を確認すると前へと進んできて、抱きしめる。
「お帰りなさい……貴方の帰りをずっと待ってましたよ」
「出迎えなんかしなくてもいいのによ」
そう言って抱きしめるのは自分よりも背の低い女の姿。ショートの茶髪―――見覚えのある紫色のバリアジャケット姿のシュテルだ。此方の背に手を回す様にしてしっかりと体を抱きしめ、胸に手を当てている。目を閉じて此方の体温を感じる様に、そのまま動かず、動きを止めている。
「シュテル?」
「いえ、あと少しだけこのままにさせておいてください。それで大体満足できますので。心配していなかった―――と言えば嘘です。何時きまぐれによって詰むか解りませんし、少しでも間違えれば真っ白に消え去っていたのは別の記憶だったかもしれませんし……そうやって不安を上げて行けばキリがないんです。だからあとちょっとだけ、ちょっとだけここで貴方の鼓動を感じさせてください」
そう言うシュテルの事を振り払えるわけもなく、そのままにしておく。目を閉じて、そのままじっと抱きついてくるシュテルの姿を抱きしめながら、ふと昔の彼女の姿を思い出す。こんな風になったのは何時頃だろうか―――いや、昔から大体こんな感じというか……形にして心配するのは何時もシュテルだ。そしてディアーチェが決断して、レヴィが行動に移す。
そしてユーリが全力でステイ。
ユーリが動いちゃあかんのは全員共通の見解だった。
「イスト?」
「いや、あ、うん。ちょっと昔の事を思い出してただけだよ。ほら、昔のお前らって今よりも大分エキセントリックだったろ? だから、まあ、あの頃のお前らは色々派手だったなぁ、ってな……」
「アレはないものねだりしている子供の我が儘の様なものですよ。欲しいものが手に入らない。だから少し駄々をこねている。欲しいものが手に入って心が満たされば子供も大人も変わらないんです、それで幸せですからそこまでネタに走ったりする必要はないんですよ。私達が欲しいものはもうほとんど満たされていますからね」
あぁ、と言ってシュテルは頷きながら体を離すと、此方の右腕を取って、歩きはじめる。もちろん彼女だけを歩かせるわけもなく、光がなく、完全に闇に包まれた通路の中を手をつないで歩く。そう時間をかけず、闇の空間で足が宙を踏む。そこから先が階段である事を悟ると、開いている片手を壁に当て、そのまま階段を下って行く。
そう時間もかからずに、階段の奥へと到着すると、横にいるシュテルが動くのを感じる。きぃ、と鉄が軋む様な音がすると、シュテルが先導してくれる。それに従って進むと背後で扉の閉まる音がし、そして再び扉が開く―――今度は光と共に。
そして、
パン、と音が鳴る。
「お帰りなさい!!」
「お疲れ様!」
「良く帰って来たな」
「うおっ」
続いて発生したのが紙吹雪とクラッカー音の炸裂。見ればよく知った顔がパーティークラッカーを此方に向けていた。飛び出した紙吹雪などが此方にかかって、視界を遮っている。それを取り、部屋を見渡すとスカリエッティから離反した皆がそこにいて、全員がクラッカーを手にしていた―――しかもガリューまで。
「お前断りたいなら断ってもいいんだぞ」
「―――」
そう言うとガリューが手元のパーティークラッカーを眺めてから、ルーテシアへと視線を向ける。ルーテシアは無言でガリューへと視線を返し、ガリューはそこから手元のクラッカーへと視線を向ける。若干困ったような様な様子を浮かべると、ルーテシアが手に握っている使用済みのクラッカーを握りつぶす。瞬間、ガリューから迷いが消えた―――即ち無条件降伏。この幼女、無差別なあたりどっかのピンク色の幼女よりもかなり悪いかもしれない。ただガリューがサムズアップを向けてくるので存外この昆虫ヒーローは余裕なんじゃないかと思う。
「イーストッ!」
「おわっぷっ!」
シュテルが手を離したかと思うと、次の瞬間には飛びついてくる姿がある。水色の髪にタンクトップとホットパンツと此方はシュテルと違って
「あはははー! 久しぶりー! って言っても僕は一週間前の潜入で顔を合わせたばかりだったけどね!」
飛びついてくるように抱きついてきたレヴィは離れる。軽くターンを華麗に決めながら、
「まあ、僕は抜け駆けしたからここら辺で我慢しておこう―――あ、シュテるんも同罪だよ。上での際はしっかり把握しているから言い訳なしね」
「何でそこだけ急にガチなんですか貴女」
レヴィがシュテルを捕まえるとあーうー言っているシュテルの姿を捕まえて、そのまま部屋の後ろ側へと引っ張って行く。その際にゼストの前を横切る為にゼストへと視線を向ければ、疲れ切った様子でパーティー用の三角帽子と、パーティークラッカーを持っている姿が見えた。その姿だけでこの数か月間、ゼストがどれだけ苦労したのか理解できたような気がする。というか何時ものロングコートにパーティーハットという異様な格好なので同情するしかない。これは今度、ゼストの為に酒の一本でも用意しなきゃどうにもできそうにないなぁ、
あ、あそこで死んだように倒れているのアギトじゃね? と思ったところでぐいっと、ネクタイが引っ張られ、顔が下へと下げられる。
「んっ」
次に感じたのは唇に対する軽いキスで、そしてそれが終わって視線を向けると、笑みを浮かべた、シャツとジーンズ姿のディアーチェの姿があった。エプロンを装備している辺り、本当に何時も通りの彼女の姿だと安心する。
「待たせおって馬鹿者め。帰って来るなら早くしなければメシが冷えるであろう、全く」
そうは言いつつも嬉しそうに、軽い足取りで去って行く辺り、どう見ても喜びを隠しきれていない。まあ、自分一人の存在でこんなにも彼女たちが喜んでくれるのであれば、それは間違いなく幸いと呼べることのだろう。軽いお祭りムードの地下アジトの様子に苦笑していると、二人ほど姿が足りないのを理解する。
「あぁ、心配しないでください。ナルとイングでしたら二人揃って現在別行動ですよ。明日には戻ってくるはずですので。彼女たちに限って失敗する事はありえませんというかあの二人をコンビで倒せる生き物が地上にいるなら若干見てみたいって感じなので」
「そこの旦那さんがベッドで無双―――」
「ルーテシア、流石にそれは駄目だ。それ以上は言ってはいけない」
ゼストがルーテシアにそれ以上言わせまいと口を手でふさぐ。間違いなくグッジョブというかこの幼女がもはやアレ以上のあかん生物である事はこの短い時間でしっかりと再認識できたのでこの幼女の扱いに関して改めて覚悟をしなくてはならない―――嫁に関してはシュテルの言っている通り、満たされているので本当に大人しいし、優しいし、自分には正直勿体なすぎる程いい嫁だ。ぶっちゃけこんなダメ人間のどこに惚れたのかね、と今でも思う程だ。だがここで”俺程度”と自分を評価すると、それは俺を評価して愛してくれる女が”その程度を愛した女”って事になってしまう。それだけはさせてはいけない。
ただ、すみませんルーテシアさん。二対一だとキツイ所あるんですよ。
男のプライドがそれを顔に出す事も口に出す事も許さないけど。なのでとりあえずこの話題に関しては一旦頭の中から追い出す。その代わりにポケットの中から赤い宝石を取り出し、それを指ではじいてシュテルの方向へと飛ばす。バリアジャケットを解除してハーフスリーブのシャツとパンツの私服姿に姿を変えたシュテルがそれを、レリックをキャッチする。
「お疲れ様ですイスト。これでようやく、って所ですね」
「あぁ、そうだな」
本当にようやく、って感じだ。今までどこをどう探しても手に入らなかった、見つからなかったユーリを助ける為の適応レリック。それが手に入って、これで俺達家族としての問題は大体解決される。はやてにあんな事は言ったが、正直な話スカリエッティの事だ。アイツはそこまで俺達の事を嫌ってはいない。いや、むしろ好ましいと思っている。だから降伏すればひっそりと生きる事ぐらい問題なく見逃してくれるだろう。
その選択肢が選べないのが人生の辛い所だろうが。
「では私は早速ユーリの方の作業に取り掛かります。先に食べ始めておいてください。そう時間のかかる作業ではないので。……改めて思いますけどこういう技術に触れているとスカリエッティが天才であると同時にどんなキチガイかを思い知らされますね。いや、本当にキチガイですけどアレ」
「二度も言わんでいい。アレがキチガイなのは多分ナンバーズ含めて全員理解しているから」
それに少し笑うとシュテルがレリックを握って奥の部屋へと消えて行く。どれだけかかるのかは知らないが、それでも近いうちにユーリは寿命の問題を治して戻ってくる。明日イングとナルが戻ってくれば、それで全員そろう。ようやく、全員そろうのだ。―――この日の為に、全員で集まれる日の為に、一体何年間過ごしたのだろうか。五年か、六年か、たぶんそれぐらいだ。あの頃と比べて俺も大分歳を取ったものだと思う。
「ほらほら、そこで突っ立ってないで座って座って。お酒もあるんだよ?」
「あいよ」
催促される様に部屋の中ほどまで進むと、テーブルを囲む様にソファが存在している。そこに座ると、横からグラスとボトルをレヴィが運んできて、グラスに並々とワインを注いでくれる。更に別の部屋からはディアーチェが両手に大皿を乗せてバランスを取りながらテーブルへと近づいてグラスを受け取りつつも、軽く後ろへと体を引いて大皿を避ける。
「せんせー。ガリューってお酒飲めるんでしょうか」
「ノリで何かを考えるのを止めなさいそこのキチロリ」
「チッ」
「将来に不安しか残らない」
まあ、それでも面白い事には面白いので軽く笑っておく。グラスを片手に、大皿に運ばれてきた揚げ物などの小物料理をつまむ―――一応逃亡生活なのに物凄い豪勢な事をやっている気がしないでもないが、ここ……というよりは廃墟都市区間は犯罪者の巣窟、犯罪者の天国。お金さえ持っているのであれば基本的になんでも揃う。故にこうやって外で普通に暮らしている場合と同じようなものが揃えられる―――と言っても、やはり少々窮屈な事には変わりないが。
「あぁ、そうだゼスト」
懐からデータを取りだし、それをゼストへと投げる。パーティーハットを取ったゼストが片手でデータディスクを掴むと、それを眺める。
「地上本部の襲撃スケジュールだってよ―――その時ならレジアスに接近できるだろうな」
「済まないな」
ゼストはそう言って受け取ったデータをデバイスの槍へと突き刺すと、ホロウィンドウに情報を出力する。その様子を眺めてから、グラスに注がれたお酒を飲む。本当に久しぶりに飲むお酒の味で、懐かしさの前に何故か悲しみを感じる。そう言えば六課にいる間は一回も酒を飲む事はなかった、自由度で言えば意外と此方側の方が自由度高いのではないだろうか。お酒飲めるし、嫁といちゃいちゃできるし、好きなタイミングで外を歩けるし。やはり自由度は此方の方が高いかもしれない。これだから公僕は面倒なしがらみが多くていやだ。
「だけど」
ルーテシアが口を開く。
「これで残りのレリックは母さんのだけ。それで色々終わりだと思うと少しだけ寂しいなあ……この生活、フィルムの様な生活で結構楽しかったのに……最後のレリック、一体どこなんだろう」
名残惜しそうにそう言うルーテシアにゼストが答える。
「最後のレリックの場所ならどこにあるか把握している」
「おい、騎士」
ディアーチェがゼストが言わんとしている事を理解して口を挟んでくる。だがゼストは首を横に振る。いや、確かにそうだ。ゼストの言いたい事は解るのだが。むしろ”そこしかない”とスカリエッティの性格を考慮するのであれば言い切れる。ただルーテシアは理解していないようだ。いや、理解していれば少しは苦悩する……とは思う。
ゼストは自分の心臓を指さす。
「おそらくメガーヌに必要なレリックは―――俺に使われている」
それに対してルーテシアは、
「殺してでも奪い取る」
ノータイムでゼストにそう答えつつ、無表情のままゼストに襲い掛かっていた。ルーテシアのふざける様な、じゃれているような、紛らわすような行動を見て、
あぁ、戻ってきたなぁ。
と、今更ながら実感する。
新作のゲームは怖い。気が付いたら時間が飛んでるワルタ。
そんなわけでようやく合流です。いい加減マテ子達の可愛い姿が描きたい―――でも平和な話のリミット、5話だけなんすよ。尺的な意味で。本当なら六課でお風呂イベントとか色々挟み込みたかったし、ナンバーズとの絡みももっと書きたかった……。