マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ミッドナイト

 再びかん、と鈍い音を立てながらビール缶をぶつけあう。その時に少しだけ缶からビールが飛んで零れるが、気にしたりはしない。上着は脱いで、少しだけシャツの胸元を開けて楽にして、ネクタイも完全に取って、週末のお父さん、何て言われかねない恰好で足をテーブルの上へと投げ出しながら一気に缶ビールを飲み、

 

「っかぁ! あー、やっぱりこれだよこれ。そりゃあワインみたいなものもいいけどさ、やっぱ上品なもんよりはさ、ビールの方がいいね、俺は」

 

「そうだな。高級品も悪くはないが、やはりこういう下品なものを飲んでいる方が遥かに俺達らしいと言うべきか―――此方の方が俺達にはあっている。やはりこのチープな味には敵わないな」

 

 ゼストとテーブルを挟んでくつろぎながらビールを片手に、ソファでゆっくりを体を休める。既に深夜へと時間は入り込み、マテリアルズの三人娘は寝かしているし、ルーテシアもずっと前にベッドで眠っている。アギトだけは平気平気だと言っていたがルーテシアに握りつぶされるように連行されたのでこの場にはいない。アギトには是非とも朝日を無事に迎えてほしいものだ。

 

 ともあれ、つまりこの時間、この部屋にはむさくるしい男が二人しか存在しない。手元には非常にオイリーなフライドチキンがバレルで横に置いてある。自分と、ゼストの横にだ。そして互いの手にはビール。テレビは残念ながら存在しない。電力のほとんどはディアーチェ達がスカリエッティの所から盗んだ機器を動かすために消費している。その為、必要最低限の電力しか他の所は回っていない。―――これも、レリックを使ってユーリが復活すれば少しは楽になる話だ。環境も、そして戦力も。

 

 片手でビール、片手でフライドチキン。六課で保護されている時は絶対に見せる事の出来ない姿、見せる事の出来ない醜態をここであれば迷う事無く、隠す事なくできる。ホームグラウンドにいると言う事はこういう事だ。実に心地が良い。

 

「しかし」

 

 ゼストがビールを飲みつつ、此方を見ながら口を開く。食べている時は口を開かない辺り、品の良さが見て取れている。まあ、騎士としての最低限のマナーとも言えることなのだろうが。

 

「いいのか? 今夜は相手をするものだと思っていたのだが」

 

「ルーテシアみたいな事言ってるんじゃねぇよ」

 

 それは酷いな、とゼストが言い、二人で軽く笑っておく。もはやルーテシアに関しては笑うしかないのでキッパリと諦めておく。その代わりにメガーヌが蘇った時はゼストの分も含めてメガーヌに頭を下げる予定だ。……まあ、メガーヌが蘇る時はまず確実にゼストは生き残ってはいないだろう。そう思うとこの数年間一緒に行動してきた同志なだけに、寂しい。だから……話を合わせる。

 

「触れたり一緒にいる事だけが愛情表現なだけじゃないだろ? そりゃあ手を繋いだり、一緒に寝たり、同じ時間を過ごす事は解りやすい愛情表現さ。互いに愛し合っているって解りやすく示す方法だけどさ、そんなもん人によっちゃ千差万別さ。世の中傷つけ合う事が愛情表現って思うやつもいれば、厳しく接する事を愛情表現だって思うやつもいる。極論、心で通じ合っていればセックスやらは必要ないと俺は思うぞ」

 

「若い騎士に聞かせてやりたい話だな。俺が現役の頃はそう言う話題になると真っ先に若い連中が彼女欲しい、結婚したら毎日子作りしたいとか言っていたなあ―――そういう連中に限って中々恋人の一人も出来ないものだから世の中上手くできているものだ。俺も結婚したころは色々とそう言う事に頭を悩ませたものだなぁ……」

 

 その発言に待ったをかける。少し待て、フライドチキンを食べている手を止めて、そしてそれをゼストへと向ける。

 

「ちょっと待て、俺お前が既婚だって初めて聞いたんだけど」

 

「ん? 言わなかったか? 二十歳頃に俺は一度結婚しているぞ―――まあ、その後に次元犯罪者に人質にされた挙句妻は殺されてな、それが原因で正義に燃えたものだ、昔は。レジアスとはその頃に出会ってなぁ……良く次元世界の平和について二十代前半の頃は語り合ったものだ。俺がトップだったらこうする、俺がストライカー級魔導師に成ったらこうする、と理想を語り合って……少しずつ大人になったものだ」

 

 そう言って懐かしそうに微笑むゼストの姿はどこか儚げだが懐かしそうに満足げで、彼を止める言葉を俺は持ち合わせていなかった。ただ先人としての経験や言葉を聞く興味はあり、

 

「んで?」

 

「俺やレジアスもただ理想を夢見るだけの大人じゃいられなくなって、現実を見る大人になったという事だ。歳を取るにつれてただ頑張っているだけでは駄目だと気づいて、互いに本当の正義を成す為に尽力したものだ。レジアスは陸のトップをめざし、学のない俺は槍で奴の法を守る。あの頃の俺はレジアスの為なら、俺達の正義の為なら殉じても良いとさえ思っていた。だから頑張ったものさ。鍛錬を怠ることなく、不正を許すことなく、妻の様な犠牲者を出さないためにも毎日毎日部下の面倒を見て、パトロールに出て―――あぁ、輝かしい日々だったさ……いかんな、酒が入るとどうしても愚痴っぽくなる」

 

「別に男同士の会話なんだからそれこそ気にするもんじゃねぇだろ。ほら、吐き出せるもんは吐き出しちまおうぜ。この際お互いに懐かし恥ずかしい事は酒の勢いに任せてこう、ドバーってさ。そうやって深めるもんもあれば見直せる事もあるんじゃねぇのか?」

 

 その言葉にゼストは一度目を閉じて、感じいる様に数秒、無言で過ごす。そのまま酒にも食べ物にも手を付けるわけでもなく、数秒間無言の時間を通り過ぎると、再び目を開けてから溜息を吐く。そこには本来の年齢よりも遥かに疲れた様な男の姿があった。考えればゼストという男は既に八年間表社会に出る事は出来ていないし、昔の友人と言えるような存在とも会えていない。それなら吐き出したくなることもあるだろう。

 

「そうだな……結局俺はどこか子供のまま、理想を信じて突き進んでいたのかもしれないな……そしてレジアスだけが決断できるようになっていた。多数を取って少数の犠牲を見過ごす事を。レジアスが何を思って違法研究に、次元犯罪者と手を組んだのかは解らないがアイツはそれが正義の為と信じていたのかもしれない。それでも……俺はアイツが間違えたと思っている」

 

 今でも覚えていると言ってゼストは壁にかけてある槍のアームドデバイスを見る。

 

「俺がチンクと戦っている間に殺されるクイントの姿が、倒れ目を覚まさないメガーヌが、心臓を穿たれ動かなくなった部下が―――一人、また一人と倒れて起き上がらなくなってゆく俺の部下たちの姿が。今から思えば素直にレジアスの言葉に従って捜査を打ち切りにしてまえばよかったのだろうが、それは誇りが許さなかった。法の守護者としての俺が許せなかった。何よりレジアスが裏で犯罪者と手を組んでいる事なんて想像もしていなかった―――俺一人の命で人々の安寧が守れるのが確約するのであれば喜んで差し出そう。だがクイントやメガーヌ達は、俺の部下は違う。彼らは俺の様に逝っても問題の無いような連中ではなかった。家へと帰れば待っている家族はいるし、理想の為に殉じる覚悟もなかった」

 

 ゼストがビール缶を握りつぶす。その中の液体が握りつぶされる事で溢れ出し、手にかかるがそれをゼストが気にすることはない。間違いなくその目にともっているのは意志の色だ。強い、覚悟と不退転の意志。貫くと決めたら最後まで絶対に貫くという絶対の意志。冥府に首までどっぷりと浸かっているというのにそれでも口だけでも食らいつくという意志を持っている辺り、この男も割とここにいる面子の一人だと認識できる。

 

「友として、理想に賛同した同志として、そして一人の男としてアレは確かめなくてはならない。いや、俺は納得したいのだ。俺はいいが、俺の部下が本当に死ぬ必要があったのか。レジアスがあの頃の約束を、理想を忘れていないのか。そして、忘れているのであれば俺がやつを正さねばならない……それが友として、この世を去る前にしてあげられる事なのではないだろうか……ん? しまった、力を入れすぎたか」

 

 そこでゼストが初めて、自分がビール缶を握りつぶした事に気づく。困った様子を浮かべるゼストの姿を軽く笑いながら立ち上がり、ちょっとだけ小走りで部屋の隅まで行くと、テーブルの上においてあるティッシュボックスを取って、それをゼストの方へと投げる。濡れてない方の手でゼストがそれをキャッチすると、ティッシュを何枚か抜いて、それを重ねて手や床を拭き始める。騎士系の魔導師がティッシュで床を拭くなんて若干コミカルな姿だと思っていると、感じる二つの気配の接近に動きを固まらせる。

 

「……ナルとイングか?」

 

「この感じは……そうだな、彼女達だ」

 

 一瞬で緊張を解き、溜息を吐く。今が何時であるかを調べる為に壁にかけてある時計を見れば、既に時刻は大きく深夜を抜けて早朝の時刻へと入っていた。その時間を確認してからうへぇ、と気の抜けた声を漏らす。飲み始めたのが十二時頃なのでかなりの時間飲みながら食いながら、そして話しながら過ごしていた事になる。割と時間が経過するの早いなぁ、と思っていると、床を拭き終ったゼストがそれをゴミ箱へと捨てながら、首をかしげてくる。

 

「そう言えば前々から気になっていた事があったのだが」

 

「なんだ?」

 

 ソファへと座り、ビールを飲もうとしながらゼストの言葉へと耳を傾ける。

 

「俺はお前の感性が一般寄りだと思っていた。いや、少なくとも理解はあるのだと思っているのだが―――重婚へと踏み出した理由はなんなんだ?」

 

 思わずビールを吹きだしそうになるが、それを堪えて飲み込む。この男は一体何を言っているのだろうか。そりゃあどちらかと言えば俺の感性は一般寄りだ―――少なくとも知り合い等と比べれば。ただ間違いなく俺の持論が展開されているというか、一般的じゃない考え方も持っているわけで、

 

「まあ、ウチの爺さんがこれに関しては主犯なんだけどな」

 

「祖父がか」

 

「あぁ。俺に大人の心構えや男としての心構えを伝授したのはウチの爺さんでなぁ……ガキの頃は両親よりも爺さんの背中を追っかけて育ったもんだよ。拳の握り方も爺さんが教えてくれたし。まあ、俺の若い頃に一番影響を与えてくれたのは爺さんで、今の俺のこの阿呆な考えは基本的に爺さんが主犯だと思ってくれてもいい」

 

 で、とゼストが言う。あぁ、やっぱり話題っから逃がしてくれないのね、と近づいてくる気配を感じつつどうするかな、と一瞬だけ迷ってから口を開く。

 

「いいか―――男には本気にさせた女の責任を取らなきゃいけねぇんだよ。それがどういう事であれ、良い男ってのはドンと構えてその”本気”を受け止めるもんなんだよ。戦いであれ、恋愛であれ、殺意であれ、女が本気で向けてくるものから逃れる様な野暮な事をしちゃいけねぇんだよ。だから俺は愛し返すのさ。愛されている分は愛し返さねぇと、それは彼女たちに対して不誠実だからな……うーん、ちょっとニュアンスが違うかもしれん。悪い、言葉で表現するのは難しい」

 

 こう、言葉にしてみるとうまく伝わらずに若干もやもやする。自分の根幹にかかわる感覚的部分だから上手く伝えたい所だが、そこが難しい。あえて言うのであれば”感覚的過ぎる”、という所だろう。理解から来るのではなくフィーリングから来ているのでいざ説明するとなると上手く他者に伝える事が出来ない。ただゼストはなるほどな、と感覚的に理解しているので大丈夫だ。ここら辺、騎士等の一本筋の人間であれば割と理解してくれると思う。

 

 と、

 

「―――なるほど、なら私が愛そうとすればそれだけ私を愛し返してくれるのですね」

 

「それは良い事を聞いた」

 

 きぃ、と音を鳴らしながら鉄の扉が開くと、その向こう側からバリアジャケット姿のイングと、そして姿が人形程のサイズとなってイングの肩に乗るナルの姿が現れた。ナルはイングの肩から降りると床に着地するのと同時に巨大化し、本来のサイズに姿を変える。ナルもイングもそうやってアジトに戻ってきて扉を閉めると。真直ぐこっちへと向かってきてソファの裏から首に手を回す様に抱きしめてくる。

 

「人気者だな。若い頃だったら羨んでいただろうが―――実態を知っていると同情するな。ルーテシア風に言えばヤンデレは勘弁……と言うやつか」

 

 ゼストらしからぬ、そしてルーテシアらしい言葉に軽く笑うと、視線を後ろへと倒し、背後から抱きしめてくる二人へと視線を向ける。

 

「ただいま二人とも。やっと帰ってこれたよ」

 

「お帰りなさい、ずっと帰還を心待ちにしていましたよ」

 

「……デバイスの使用、所持反応検出なし。どうやら私以外に浮気する事はなかったようだな」

 

 これだから愛の重い連中は若干扱いに困る―――まあ、そこを含めて全部まるっと愛するのが俺なのだが。長所も短所も全てを万遍なく愛せてこそ、彼女たちの愛に釣り合いが取れる。我ながら難儀な人生を送っているとは思うが、そこに一切の不満はない。寧ろかつてない程に人生は楽しく輝いていると言ってもいい。

 

 まあ、

 

「今夜の男子会は解散だな」

 

「そうだな、まだ時間はある。それまでもう一度ぐらいは二人で友好を温めよう」

 

 そう言ってゼストと笑い合っていると、首に抱きつく腕に少しだけ、力がこもる。その腕を軽く撫でて忘れてないよ、とアピールする。全く我が儘なお姫様だ、と苦笑しながら言ったところで考える。スカリエッティの計画している地上本部襲撃。それを互いに邪魔するメリットはない故―――お互いに罠を仕掛けるのであればそこが最後のチャンスだ。

 

 あぁ、これは忙しくなりそうだなぁ、と後ろの二人をどう相手するかを考えながら思う。




 つまり愛されている分は愛さないと誠実ではないってお話。それにしても原作のゼストさんは既婚だったのだろうか。

 あの様子だと結婚してない感じだったけど。

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