騒がしくやるのも嫌いではないが、一人で考える時は……多い。
壁に寄りかかりながらアームドデバイスを抱いて、床に座り込む。バリアジャケットのおかげで寒さを感じる事はないが、それでも直接床に座ると床の冷たさを感じる。それを感じていると思う―――はたして俺の体もこの床の様に冷たいのだろうか。死人であった、死から奇跡の欠片で蘇った己ははたして人間であるのか否か。それは常々悩んできた事だが、同時に悩んでいても仕方がないという結論へと至っていた。やるべき事はやる。故にその達成に不必要な事を悩んでいてもしょうがない。それは此方を確実に鈍らせる要因となってしまうのだ。迷う事無く、ブレる事無く、そして曇ることなく。
「貫くべし。槍はかくあるべきである」
騎士として、魔導師として、槍一本で自分の意地と信念を貫いてきた。そこに迷いはなかったし、慢心もない。それでも不幸が原因で自分は殺された―――たった一度の失敗が自分だけではなく多くの部下たちの命を散らせてしまった。そう、全てはあの時、自分がレジアスの意図を知ろうとしなかったから。自分の目が曇っていたから。レジアスがあの頃から全く変わらないとそう信じていたから―――いや、そこに後悔はない。レジアスの正義には殉じる事が出来る。その発言に偽りはなく、俺一人であればあの事件で死んでもよかった。
ただ、クイント達は―――部下は違うのだ。
今でもまだ死なせてしまった部下たちには申し訳が立たない。馬鹿な男を信じて付いて来させてしまったから、だから死なせてしまった。それだけは後悔しても後悔しても悔やみきれない。死ぬ直前の悲痛な叫びは今でも覚えている。
死にたくない。家に帰りたい。戦うのはもう嫌だ。
施設から脱出する時に一人一人、狩られるように削られながら結局全員倒された。運よく生き残ったのはメガーヌ一人だけで、彼女も結局は意識不明のまま何年も経過している。その間にルーテシアの保護には成功したが、結局は変な風に育ってしまった。アレは一体どんなワープ進化なのだろうか。宇宙の意志が直接語りかけてきたような感じがする。
そうしてようやく、ようやくここまで来ることができた。
協力者を得てレジアスへと接触できる機会も得た。死に場所を得る事が出来た。これがどうあれ、自分の最後だ。ゼスト・グランガイツという男の生涯に幕を引く為の最後の舞台だ―――これ以上なく豪華だと思う。今以上の状況を作り上げる事は無理だ。信頼できる、信用の出来る仲間たちを得られた。
「満足してしまうな、これでは」
そう言って軽く笑う。いけない。自分は犯罪者なのだ。満たされては駄目だ。罪を背負った者として、それに潰されながら成すべき事を成さなくては。それぐらいが失敗した、馬鹿な男としては妥当な所なのではないかと。ずっとそう思っていた。そして今でも、そう思っている。ただ全力で助けてくれる馬鹿達がいる。その者達のおかげでだいぶ楽になった。そう思っている。だからこそこんな時になって、少しだけ怖くなるのだろう。
失う事に対して恐怖を感じるのは充実している証なのだろう。
……犯罪者が充実を感じるのもまたおかしな話なのだろうが。
少しだけ笑ってしまう。犯罪者が充実感を感じる日常とはなんなのだろう、と。まあ、実際に犯罪者のようには感じない。スカリエッティとは手を切った。べつに今はテロリズムに加担しているわけではない。まあ、質量兵器の保持とか色々と法に触れる様な事はやっているが……今は食べて、飲んで、体を鍛えて、そして笑って寝る。これが隠れ家でやっている、という事実を抜けばほとんど普通の生活と変わりはしない。それが救いであると同時に少しだけ心苦しい。はたして俺はこの状況を受けるだけの価値があるのだろうか、と自分を責めてしまう。
そんな問いが無意味だと解っていながらも、責めずにはいられない。
―――果たして目覚めたメガーヌは俺の事を許してくれるのだろうか。
その答えが得られる頃には自分は既に存在しない。おそらく、というよりも確実にレリックを抜き取って死んだ後の話だ。答えを聞けないのは残念だが―――自分がやっている事に関しては割と満足している。だから答えが聞けなくとも、別に大丈夫なのかもしれない。今の自分は充実している。だとしたら、それが答えなのかもしれない。
「旦那ー」
「ん、アギトか」
扉の向こう側から自分を呼ぶ声がする。自分の様な死人を一々心配してくれる心の優しい子、デバイス、アギトだ。小さな姿のまま扉を開けると、ゆっくりと此方を覗き見て、見つけるといつもの笑顔を浮かべる。
……そうだな。
唯一残る不安と言えば彼女の事だ。アギトは自分が死んだあと、ルーテシアと共に管理局に保護されるつもりはなく、そのまま戦力として此方側に残ってスカリエッティと戦うと言っている―――あの外道を一発殴らなくては気が済まない。それがアギトの言葉だ。頼もしく思うのと同時に、少しだけ寂しくも感じる。ユニゾンデバイスではあるが、彼女には戦闘は似合わない。できる事なら戦いから離れてほしい、と思うのは自分が老いたからだろうか。
部屋へと入ってきたアギトは此方へと近づいてくると、そのまま服の裾を掴んで体を引っ張ろうとする。もちろん、姿は小さいままなので此方を持ち上げる事も引っ張る事も出来ない。
「何やってんだよ旦那。こんな寂しい所で一人ぼっちだとネクラになっちまうよ」
「そうは言われてもな、時には一人で落ち着く時間も大事だぞ。ルーテシアに振り回されているのなら割と解ると思うのだが」
「いや、それとこれとは別。アレは災害」
もはやルーテシアの行動は人災ではなく完全な災害認定。特に破壊もまき散らしていないのにここまで恐怖される人間もまた珍しいものだと思う。というかメガーヌがかなりまともな部類に入るのに何故遺伝子は仕事しなかったのか。寧ろ隊で頭が緩いのはクイントの方だったが―――あっちはあっちで遺伝子があまり仕事をしなかった感じもする。一度、遺伝子工学はあの二つの親子を参考にしておくべきじゃないのだろうか、サンプルとして、遺伝子とは一体何なのかを調べるべきだ。……いや、クイントの方は産んだ訳ではなかったか。
「ほら、それよりも旦那立ってくれよ! もうみんな集まってるぜ?」
集まってる、という言葉に何の事だと思う。地上本部の襲撃は今ではなく、明日だ。故にまだ集まる意味はないはずだ。ブリーフィングも済ませて装備のチェックも完了している為別段集まる理由はない。もしかしてまた宴会でもやるのか、とは思うが、扉の向こう側には特に気配を感じる事はない。故に更に頭を悩ませる。
「ほら、行こうぜ!」
「あぁ、解った解った……」
苦笑しながらアギトに引っ張られるように立ち上がる。一体何があるのかは気になるが、楽しそうに笑うアギトの姿を見ていればそれが悪い事ではないと解る。故に少しぐらいはいいか、と引っ張られるままにリビングへと出て、
「こっちだよ旦那!」
「……?」
アギトは己を外へと引っ張り出そうと、入り口へと引っ張っていた。
◆
アギトに連れられ、やってきたのはアジトの存在するアジトの廃墟、その屋上だった。アジトを準備する時に数度、周りの景色をチェックする為に何度か登っている場所だったが、そこは普段とは少しだけ違う様子があった。
「よお、遅かったじゃねぇか」
バリアジャケットの上着部分を脱いでいるイストが肩にルーテシアを乗せながら両手に見慣れぬものを握っている。その足元にはその見慣れぬものとよく似たものをバケツに突っ込んでおり、バケツには水が並々と注がれている。
「ダブルエレクトリカルファイアー」
「オイコラキチロリ、顔の前で燃やすんじゃねぇ。熱い。超熱い。熱いからやめろって」
「あと火なのか電気なのか統一しましょうよ」
「たった一つの行動でツッコミどころが複数―――私って芸人として優秀ね」
ルーテシアが何時も通りなのはこの際無視するとして、イストやルーテシアの手に握られているのは―――花火だ。大きいようなやつではなく、小さいタイプのだ。そしてよく見れば他にも屋上に集まっている面子が全員花火を手にしている。空を見上げれば満月の見える暗い夜であるのに、ここだけ花火のおかげでまるで昼間の様に明るい。アギトを抜いた女性たちは全員花火を手に、見慣れない服装で身を包んでいる。
「ほれ、お前も」
「お、おう?」
イストが花火を渡してくる。それを握り、近くにろうそくがあるのでそれに花火の先端を付ける。数秒後に光がともる花火を持ちながら、正気へと戻る。作戦行動前の夜に何をやっているんだ。
「なんだこれは」
「夏の風物詩と言えば花火! スイカもあるよ!!」
レヴィが真直ぐに答えてくれるが違う、そうじゃない。やっている事は解るしスイカがあるのはちょっとうれしい。だけど違う、そうじゃないんだ。そう言う問題ではないと指摘しようとすると、イストが片手でルーテシアを振り回しながら此方を見る―――当初は止めようかと思ったがこれぐらいやらないとルーテシアが懲りる事はないし、もうそのままにしているのは周知の事実だ。
「ほら、しんみりして明日を迎えるのって何かすっげぇつまらないじゃねぇか。こういうのは派手にぱぁーってやって楽しむもんだよ。なんかこれ、地球の文化らしいぜ。あと服も。ユカタ? とかなんとかって服らしいぞ」
それにそうですね、とユーリが頷き、言葉を繋げる。
「ミッドチルダじゃ手に入らないのでバリアジャケットの設定弄って見た目を変えているだけなんですけどねー。あ、イストイスト。着物とかの下は伝統的にノーパンらしいんですがそこらへんどうなんでしょう」
イングの目が怪しく輝く。この女も初めて会った頃よりは大分冗談が通じる様になったと思う。ただ何をするにしても全力なのが辛いのだろう。
「……ほう」
迷う事無くイストがルーテシアと花火を捨ててビルから飛び降りた所でユーリとイングがその姿を即座に追いかける。見ての通り何に対しても全力だ―――こんな事にもなる。イストには無事を心の片隅で祈っておくとして、目の前で繰り広げられるちょっとした騒ぎに苦笑するしかなかった。こうやって騒いでいるのであればそもそも隠蔽とかバレがない様にちゃんとやっているのだろうが―――とことん馬鹿な連中だと思う。
燃えて、そして輝く花火を見て、それがまるで今の自分の様に思う。燃えて、燃えて、輝いて―――そして最後に消えてしまう。短く儚く消えてしまう命。だからこそそれは美しく見えるのではないだろうか。あぁ、だとしたらセンチメンタルな気分になる必要はない。別段ロマンティストを気取る訳ではないが、此処での年長者は自分だ。そして自分の後ろから未来へと進んで行く者達に、美しい輝きを見せられたのであれば、頼れる背中を見せられたのであれば、それはどんなに良い事なのだろうか。
これ以上なく、生きた意味を見いだせるのではないだろうか。
「フフフフ……」
「旦那?」
声を出して軽く笑う自分の事をアギトが心配してくる。だからという代わりに、花火を握っている手とは逆の手を前に出して、そして花火を管理しているナルへと要求する。
「花火を渡せ―――一本や二本ではない、もっとだ……! 俺が元陸のストライカー魔導師として本気の花火を見せてやろう」
「ノリがいいなぁ!」
黒い浴衣を着たディアーチェが反射的にそう言っているが、そうやって一つ一つの言葉に反応したりするお前が一番ノリがいいと思う。……まあ、こうやって、こんな催し物が自分の為に開かれると思うと、間違いなく自分は恵まれている。だからきっと、いや、確実に明日、俺はレジアスと相対する事が出来る。その確信が存在していた。これはもはや可能性等の問題ではなく、確実な未来だった。ここまでの馬鹿が揃って、本気で馬鹿ができて、それでいて迷うことなどしない。だとしたらここにいる馬鹿は全員無敵だ。
ならばほら、負ける理由などない。
「どうぞ」
「うむ」
ナルから受け取った花火を10本ほど一気に貰ったがどうしようか、と一瞬悩んでいるとルーテシアが迷う事無く花火を魔法で放火する。一瞬で光ることなく炎上し始める花火を全力で投げ捨てながら、とことんくだらないな、と楽しく思い、
「騎士ゼスト」
ナルの声に振り返る。
「今の貴方はとても楽しそうですよ」
「―――ふふ、そうか」
その言葉に、自分は笑みを浮かべる事以外、何もできなかった。
ゼストさんが本気を出すようです。かっこいいおっさん枠、ゼストとレジアスだなぁ……。