「覇王流」
「奥義」
「―――双震砕」
イストとイングが同時に動いた。まるで鏡の様に動き、一回転してからイストが、そしてイングが、互いへと向けて拳を振り上げ、迷う事無く拳と拳をぶつけ合わせる。衝撃がそこを中心に広がり、一気にロビーホールを突き抜ける。それと同時に迫っていた魔力弾、砲撃の類はほとんどが散らされる。が、全てではない。大半は衝撃によって粉砕されるが、それでも魔力が強く込められたものはそのまま真直ぐ向かってくる。それを迎撃する為に動くのは―――己だ。
『任せろ旦那!』
そう言って槍に炎がまとわりつく。アギトの支援で本来できない事が出来るようになる。故に昔は出来た事が今は出来ず、昔にできなかった事が……今は出来る。それを確信しつつ槍を振るう。炎撃がほとぼしり、迫りくる迎撃しきれなかった魔力弾や砲撃を燃やし、割く。空間に色取り取りの魔力光が砕けて散る。一種の幻想的な空間を生み出すが、それも一瞬だけだ。ランクの高い魔導師は既に接近戦に持ち込もうと踏み出し、動き始めている。それに対応するかの如く、神速の動きでイストとイングが動く。そのまま手を弾く様に互いを後ろへと押し出す様にして加速、そこから互いに一番近い魔導師へと接近し、
「失礼」
「歯を食いしばりな」
全く同じタイミングで相手の頭を掴んだ。倒してそのまま片手で相手の体を一回振り回してからそれを次に近い相手へと投げ、叩きつける。二人が取っている動作は相談もなく行われ、そしてその結果鏡を合わせた様に、全く同じ動作で動いている。だがそれもそうだろう。彼と彼女は、半分は同じ人物で出来上がっているのだから。
故にそれを考えれば、ストライカー級未満など木端でしかない。
「クソ、止められんか!」
魔力弾や砲撃を意に介す事もなく一気に踏み込んで隊員達に拳を叩きつけ、床を踏み抜き、人を拳の一撃で複数吹き飛ばす姿を見ながら防衛隊長がそう呟く。そして、此方へと視線を向けられる。
「せめて一人だけでも落とせ!」
「俺も、甘く見られたものだな」
槍を構え直すのと同時に三人ほど一斉に襲い掛かってくる。目で見る。一瞬でアギトが思考を加速させてくれ、そのおかげでこの鈍い体でも相手の動きが見える。相手の関節が、筋肉の動きが、経験からどのように動くのかを、それ一瞬で判断させる。三人ともまだ若い魔導師だ。故に放つ言葉は一つ。
「己の未熟さに悩むがいいさ、次があるのは悪い事ではない」
動きの起点を潰す。
「くっ……!」
動きの始まりを、そしてその起点を接近しつつ槍で軽く触れるだけで崩す。一瞬で一人目の動きが空中で崩れ落ちる。だがそれでもまだ二人残っている。獲物が槍であると慢心し、懐に入った事から勝利の表情を浮かべている。だからその考えが未熟であると覚えさせなければならない。
槍を手放す。
「なっ!?」
「どれだけ共に過ごしたと思っている―――老いたとはいえ芸の一つや二つ、覚えるには十分すぎる」
接近してきた二人の手を掴み、それを両側で捻る様に回転させながら床へと叩きつける。同時に足を振り上げばその下に炎が生まれる―――行動を読んでアギトが用意してくれたのだろう、それをそのまま踏み下ろせば炎の爆発が足元で発生し、三人を一気に吹き飛ばしつつも槍を吹き上げてくれる。それを回収し、回してから、
「行くぞ、我こそ法の守護者と言える者よ、かかって来るがいい!」
その声に反応して更に多くが襲い掛かってくる―――だが総数は多く残されているわけではない。ユーリ程の強烈さはないが、それでも完全な蹂躙だった。この場にいる誰もが自分達に、イングにもイストにも決定打を通す事は出来ないし、まともに一撃を中てる事さえできなかった。そして完全に一方的な蹂躙を引き起こされながらも、彼らは彼らの目的のために戦っていた。それを俺は俺の願いの為に一方的に、踏みにじっている。
だがそれが生きるという事であろう?
突く、振るう、薙ぎ払う。殴る、引っ掛ける、進む、跳躍する、突く。何十年と続けてきた動きは自然に体を動かし、アギトのサポートもあって好調を示す。その動きのままに迫ってくる防衛隊を一方的に斬り―――そして五十以上がいた魔導師達を全て床に沈める。その全てが死んでいない事を見ればイストもイングも己も全く本気を出してはいない、というのが解る。
「クソ、クソ、クソ! チクショウ……!」
動けなくなり、戦えない魔導師が己の非力さを悩む。その声が嫌でも耳に入ってくる。が、それに関わっている時間はない。早くしなければレジアスが殺されてしまう可能性が存在する。故にそれよりも早く、誰かがレジアスに到達するよりも早く、レジアスの所へ行かなくてはならない。
「ゼスト、どっちだ!」
「非常階段を上って行くぞ! サブ電源が動き出してはいるだろうがエレベーターは危険だ」
「では蹂躙鏖殺を続けましょうか」
視線をロビーの隅へと向ければ、そこには災害時用の非常階段が存在しているのが見える。そちらへと向かう自分にすぐさま二人がついてきてくれる。確認するまでもなく扉にたどり着くと、それに蹴りを叩き込んで扉を吹き飛ばす。次の瞬間、扉の向こう側から赤い光が此方へと向かって放たれてくる。
「砕け、ヘアルフデネ!」
一瞬で前へと出たイストが赤い光を―――砲撃を打撃して砕く。それと同時に向こう側から魔力弾が襲い掛かってくる。そこに反応するのはイングで、前へ出るのと同時に魔力弾を掴み、それを投擲し返す。それが使用してきた魔導師へと投げ返されるのと同時に、槍に炎を纏って最速で前進する。
「抜け、焔」
一瞬で抜き去りながら槍を振るう。燃やすのと同時に斬撃を叩き込む。非常階段入り口裏に待機していた魔導師五人を一気に沈める。非殺傷設定故、倒れた魔導師達は折り重なるように呻き声を軽く漏らしつつ、床に倒れる。今まで殺人を厭わなかった俺が非殺傷で戦うなどと、どうか甘いと言わないで欲しい。―――将来、管理局を守るはずの者達が死んでゆく姿は見たくはないのだ。
「こっちだ!」
「シャッターを閉めろ! 中将閣下を守れぇ―――!!」
「非常階段を潰してバリケードを作れ! 絶対に奴らを通すな! 時間を稼いでミッド中に散らばった仲間が戻って来るのに耐えろ!」
「―――なら私の出番だな」
イストの姿がナルへと変化する。ユニゾンしている証拠としてその髪の色と服装の色も変化している。その状態でナルは右掌に魔力を溜め、それを青く変質させる。頭上で破砕音を響かせる非常階段上層へと視線を向ける。
「絶対零度に染め上げろ―――アズール」
そして、放たれたのは青の波動だった。壁に、床に、階段に、全てに浸透する様に青い波導は伝わりながら広がって行き、一気にこの場から上へと向かって全てを氷結しながら進んで行く。青に触れる者は例外なく全て凍らせ、動きを止め、そして熱を失ってゆく。パキパキ、と音を響かせ上層から短い悲鳴が聞こえ―――声が途絶える。完全に凍結し、動きを止められた故に声が発せなくなったのだろう。
「安心しろ、非殺傷だ」
「……そうか。済まない」
「気にするな。私はイストと一心同体だ―――彼の意志が私の意志だ」
その言葉にイングが少しだけ視線をナルへと向け、ナルが少しだけ勝ち誇った笑みをイングへと向ける。意外とこの二人別の意味で仲がいいのかもしれない。まあ、女同士の戦いに首を突っ込む男は結果として良く泣く事になるので、ここは見なかった事にし、そのまま非常階段を軽く跳躍する様に登り始める。階段を飛び越える様にして向かい側の壁に着地し、それを蹴って上の階へと一気に跳躍する事で一気に距離を伸ばす。細かい調整はアギトと飛行魔法に任せるとして、そうやって何度も跳躍しながら軽く百階は存在するこの地上本部を高速に駆け上がって行く。
「うむ、上手い具合に凍っているな」
非常階段を駆け上がりながらも、階段の踊り場で凍っている魔導師の姿を目撃する。非殺傷設定である故に生きてはいるが、行動の途中で動きを止めている姿はどう見ても若干間抜けだ。これで生きて、意識があるのだから屈辱的だろう……まあ、屈辱も時が来れば癒える。忘れたくない事ですら人は忘れてしまう時が来る、だから今屈辱を味わっている彼らも、絶対にいつかはこれを乗り越えるだろう。
「なげぇ!」
「む、戻ったか」
「ころころ姿が変わって案外見ていて面白いものですね、それ」
「遊びじゃないんだけどな」
一瞬でナルの姿が再びイストの姿へと変わっている。依然としてユニゾン状態である事に変わりはないが、そこには負担も辛そうな所も見えない。寧ろこの一体化し、ほとんど融合に近いような状態が自然にすら見える―――イストとナルの適合率は百パーセントと聞いている。それはほとんど一人に融合する様な状態。普通の人間であれば発狂する様な状態をこの男は普通に利用している。そう思うと相変わらず頭がおかしい連中だとは解るが―――頼もしい仲間である事実に変わりはない。
「それにしても階段が長いな。飽きる」
『いや、飽きる飽きないの問題じゃないだろ兄貴』
「そうですね。飽きっぽいのはあまり良い事ではないですね」
『違う、そこじゃない』
「もっと、こう……非常階段の壁を塗装した方がいいんじゃないか? なんだっけ……こう、マドウシスレイヤーとかで」
「お前は地上本部をナメているのか」
上で爆発音が聞こえる。それと同時に非常階段が大きく揺れ始める。迷う事無く次の踊り場へと到着するのと同時に扉を蹴破って、飛び込む様に抜ける。三人が抜けきった次の瞬間には非常階段が爆砕する様な音を響かせ、そして崩れ落ちる。
そして扉を抜きながら出てくるのは、
ガジェットだ。
「めんどくせぇなぁ!!」
だがガジェットに向かう事無く避ける様に大きく後ろへとステップを取った瞬間、壁を貫通して魔力弾がガジェットを貫く。AMFを展開しているガジェットを魔力弾で撃破したのだ―――この壁の向こう側、空に浮かぶ魔導師の実力は大体察する事が出来る。
―――ストライカー級魔導師だ。
「気配察知……一……二……とAAAが一人、合計三人ほどですね。ここは私が残って派手に引きつけておきますので頑張ってください」
「了解した」
「傷つけられたら言えよ? 終わったら改めてその戦犯にお礼参りに行くから」
『兄貴達がこの事件の戦犯だよ』
アギトの鋭いツッコミを見事にスルーしながら、イストはアッパーを繰り出すと、一撃で天井をぶち抜き、そのまま数フロア分の床と天井をぶち抜く。その衝撃でイストの足元が砕けるが、陥没する程度で完全な破壊には届かない。イングが蹴りの一撃で外と中を分ける壁を完全に吹き飛ばして吹き抜けにすると、サムズアップを送ってくる。
「武運を」
「貴方も騎士ゼスト」
イングが空へと踏み出すのと同時に上のフロアへと上がる。
確実に、着実に、一歩一歩、レジアスへと迫っていた。
BGMは引き続き『予兆』で執筆してましたねー。
ともあれ、やはりモブってのは一瞬で出番がなくなるからどうでもいいって訳じゃなくて、一人一人立派に頑張っているのだからたとえ蹂躙させる事前提で出しているんだとしても、かっこ悪くする理由は全くないんだと思います。
というかモブが輝く作品は大体全体的に雰囲気とかいい感じだと思っている。