マテリアルズRebirth   作:てんぞー

165 / 210
ネヴァー・チェンジング

 動き出すのと同時に前進しつつ槍を振るう。その炎を纏った一閃でガジェットを真っ二つに割く。元々アームドデバイスは半分質量兵器の様な存在だ。AMFの干渉に関しては全く効果がないデバイスだ。その為、炎は減少しても威力自体はそう変わりはしない。故にアームドデバイスでの戦闘がガジェットに対しては一番有効的だ―――まあ、それもこれもこのガジェットが初期型で一番性能が低い事にある。後期型になれば性能が上昇し、飛行魔法すら維持できない程にAMFも強化されてくる。それを量産できるのだからスカリエッティの環境は恐ろしい。まあ、それも自分にはしょうがない話だ。

 

 背後で十数機を超えるガジェットの爆散を耳にしながらも地上本部の上層部、そのフロアを歩く。背後には自分が割り砕いてきたガジェットの残骸が積み重なってそろそろ天井へと届きそうな山となっていた。それを手ぬるいと感じつつも、時折下から震えを感じ、改めて自分が生かされて、そして背中を押してもらっているという事を認識する。

 

「すぐそこだ」

 

「あぁ、そうだな」

 

 パイルバンカーを装備したナルがホロウィンドウを広げつつ伝えてくれる。彼女もまた何十機と魔法で応戦しているはずなのに魔力の衰えを全く見せない辺り、凄まじい戦力だと思うが―――やはり、愛しの彼と離れるのは少しだけ嫌なのか何時もよりも若干無表情だ。その事に笑いそうになる。この女は見た目ややること以上に実は甘えん坊だ。それはこの数年の生活で理解している。べったりとくっついて離れたがらない。ただそれが迷惑になると解っているから自制している―――人間らしすぎるデバイスだ。

 

「どうしたゼスト」

 

「いや、気にするな。お前らは面白い……この数年間、悪くはなかった。あぁ、悪くはない生活だったってだけだ。お前も、アギトも、イストも、馬鹿ばかりだったが、それが逆に楽しかった」

 

『旦那……』

 

「寂しそうな声を出すな……土は土へ還る。この肉は元から朽ちている。それがあるべき場所へと帰るだけ―――それが少し時間がかかり過ぎていただけだ。恐れる事は何もない。死んだら終わり、それが自然の摂理で、受け入れなくてはならない事だったのだ、アギト」

 

 最後の数メートルを歩く。曲がり角を曲れば、レジアスの執務室が見えてくる。ただその前にはやはりガジェットの残骸と、そして魔導師の姿が複数見える。おそらく彼らがレジアスの護衛に他ならないだろう。言葉を発する事なく扉の前で武器を手に取り、構える魔導師へと視線を向ける。その周りに落ちているガジェットの残骸が彼らの実力を伝えてくれる。既に接近は気づかれている。であれば一瞬で終わらせるのみ。槍を構え、踏み出そうとしたところで、

 

「―――ゼスト・グランガイツですね」

 

 扉の前の魔導師が此方の名を口にし、そして扉の前から退く。怪しみながらも近づけば、魔導師のバリアジャケットはボロボロだという事が理解できた。それ自体は理解できるが、何故己の名を呼んで、そして扉の前から引いたのかが理解できない。その事に一瞬だけ思考を悩ませると、答えは魔導師の方から返ってきた。

 

「レジアス閣下が中でお待ちです。どうぞお通りください」

 

「……ッ」

 

 その言葉に息を詰まらせる。レジアスが、俺を待っている。その言葉には言葉以上の意味と、そして思いが含まれている。故に反射的に動きを止めてしまい、そして気づく―――この扉の前の魔導師に己は昔、あった事があると。まだ管理局員だったころ―――まだ生きていたころの話だ。その頃にたしか、槍の握り方を教えてやった魔導師ではないか、と。それを目の前の魔導師が覚えているかどうかは知らない。ただあまり迷惑をかけるものでもないだろう。ここは……待っているのであれば行くしかないだろう。

 

「おめでとう騎士ゼスト。私が入るのも野暮だろう。ここで待っている。存分に旧交を温めるといいだろう―――これは経験上のお話だが、歳を経て変わるものがあればまた、変わらないものも存在する。情熱の焔とは意外と消えないものだ」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 ナルの予想外の言葉に驚きつつも、魔導師が道を開けてくれる。最後に少しだけ視線を送ってから、扉に触れ、それを開ける。その向こう側に広がっていたのは清潔な執務室だった。ただ物は多い。壁には棚が並んでおり、全ての棚がほとんどが書類で埋まってる。その量は普通の執務室と比べてはるかに多い。その奥、木でできたデスクの向こう側に椅子が見える。背が此方に向けられている為、そこに座っている存在の顔を見る事は出来ないが、間違える筈もない。そこに感じる気配は間違いなく―――。

 

「失礼する」

 

「入れ」

 

 執務室に入りながら扉を閉める。

 

『旦那、大丈夫か?』

 

 頷く事でアギトへと返事をし、そしてそっと、目を閉じる。そのまま数歩前へと進んだところで足を止め、そして立つ。目を開けることはせずに、無言のまま、言葉を待つ。静寂が部屋を覆い、しばし無言の時間が流れる。こうやって目を閉じていれば昔の光景が思い出せるほどには、懐かしさを感じていた。ただそれを破る様に、声がする。

 

「―――久しぶりだな、ゼスト」

 

「あぁ……久しぶりだな、レジアス」

 

 目を開けば、此方へと視線を向けるレジアスの姿があった。レジアス・ゲイズ、地上本部、陸のトップ、管理局の重鎮であり質量兵器肯定派。魔導師ばかりが優遇される現状に不満を持ち、質量兵器による強化で治安を守ろうとする男。裏では管理局最高評議会や犯罪者と繋がりを持っている男。―――自分と自分の部下に死を命じた男。自分の親友、レジアス・ゲイズ。

 

 その姿は八年前からさほど変わっていない。少し太った体に同じ髪型と、そして髭―――上に立つ者には威厳が必要だ、等と言って生やした髭だ。懐かしい。

 

 あぁ、全てが懐かしい。

 

「懐かしいよ、レジアス」

 

「あぁ、私もだゼスト。何もかもが懐かしい。こうやってお前を前にしてなお、どうやって、何をしていたかを思い出せる。当時は色々と頑張った。無謀な事もたくさんやった。その一つ一つの積み重ねが今を形作っている。それを否定する事は出来ないが―――否定したい事もある。懐かしい、確かに便利な言葉だが―――」

 

「―――先へと進もうとする俺達には全く関係のない言葉だな」

 

「あぁ、そうだ。俺達はやがて過去になる。いや、過去になるべき者達だ。後進を見出し、育て、そしてその為の道を作って過去になる。そうやって出来上がった道を次へと譲るのがロートルの仕事だ。そうやって陸も、空も、海も、今まで機能してきた。だから何れ私も、お前も、過去になる。過去になっている」

 

「俺達は過去になったのかレジアス―――友よ」

 

「まだ友と呼んでくれるか」

 

「……その信念に偽りが無ければ。その心に迷いが無ければ。お前がお前のままでいてくれるのであれば、レジアス。俺はお前を信じよう。ここに来るまでに何度も俺の後輩達を見てきた。俺が過去に作った道を歩いてきた連中を見てきた。誰もがこんな状況であろうと恐れず前に出る勇者だった。それは間違いなくお前の功績だレジアス―――だからお前がそうと言うのであれば俺は信じよう。今も昔も、俺は俺で、お前はお前だ」

 

「本当に、変わらないな、お前は……」

 

 そう言ってレジアスは苦笑すると、近くの椅子を指さす。それは座れ、という事だろう。来客用の椅子を部屋の端から引っ張ってくると、いつの間にかデスクの上にレジアスが見覚えのある物体を置いてある―――酒だ。それもただの酒ではなく、ずっと昔、自分が勝手にレジアスの家に置いていったものだ。そんなものをまだ持っていたのか、そういう呆れと同時に、まだ持って―――忘れないでいてくれたのか、という妙な切なさが湧きあがってくる。

 

「飲めるか?」

 

「来る前に一杯やってきたばかりだ」

 

「飲酒運転はしてないだろうな、お前を捕まえる必要が出てくる」

 

「それ以前に俺の手は汚れきっているさ、レジアス」

 

「……そうか、そうだったな。そうさせたのだったな」

 

 レジアスが酒のボトル、その蓋を開けると、その中身を飲む。それをデスクの上へ降ろすと、此方へと回してくる。明らかに飲む様に催促してきている。レジアス自身が飲んだ事から毒が入っているわけでもない。そんな心配も疑いもいらず、酒に口を付ける。

 

「ゼスト、友よ。お前は恨んでいるだろうな」

 

「あぁ、聖人にはなれないからな―――俺はいいが部下の事は許せないな」

 

「……殺す気はなかったのか?」

 

 レジアスの言葉に笑う。何て事を言ったのだこいつは。殺す、何てこと言っている。俺が、レジアスを、友を殺す? 冗談も大概にしてほしい。これがあのイカレベルカ人であれば、まあ、友達を迷う事無く殺すだろう。だが自分はあそこまで突きぬけてないというか壊れてはいない。あそこまで精神的欠陥はない。だから俺がレジアスを殺す、とは非常に面白い発想だ。いや、それも勿論考えなかったと言えば嘘だ。レジアスが暴走していた場合、修正が望めぬ場合に、最終手段としてレジアスを止める為に―――というのはある。だが今のレジアスを見ればそんな事を考える必要がないのは解る。

 

 何故なら、

 

「お前は頑張っているのだろう? 必死にこの世界の治安を守ろうとしているのだろう? 守れるものを守ろうとして最善を選び続けているのだろう? ただそこに守れなかったものがあるだけ。あぁ、恨みはするさ。だけど納得もして、諦めもするさ。しょうがなかった。運が悪かった。俺はそう言って諦めるよ。言っただろ、お前の正義の為なら殉じる事が出来ると。ただ―――」

 

「あぁ、解っている。部下の家族の方への説明やら生活が苦しくならない様にと、そういう配慮などはちゃんとやった」

 

「ならいい。お前は暴走などしていなかった。お前は間違ってなかった―――お前は昔のまま、皆の為に正義を成そうとするレジアスのままだった。ただ、今は少しだけ悪い虫に憑かれているだけだ。それだけの話だった―――あぁ、良かった」

 

 こうやってレジアスと話せばわかる。変わっていない。この男の胸の中には昔と変わらない情熱と、そして信念がある。少しだけ疲れているようにも見えるが、それだけだ。良かった。本当に良かった。これでなら許せる事はなくとも、納得して逝くことができる。そして同時にレジアスの事を信じていて良かったと思える。これで本当に、

 

「困った、未練が無くなってしまった」

 

 生にしがみ付く理由が無くなってしまった。今までただレジアスが本当に裏切ったのかどうか、変わってないのかどうか、間違ってはいないのかを―――それを確認するためだけに生の法則を冒涜し続けてきたのだ。だがその目的を果たしてしまった故、もうしがみ付く理由もない。

 

 それを理解した途端、全身から力が抜ける様な気がする。今まで背負っていたものが全て抜け落ちて行くような感覚。今まで感じなかった疲れを体に感じ、椅子に深く座り込む。酒を再び口へと運び、ボトルをデスクの上へと置く。

 

 ―――もう、酒の味も解らない。

 

「ゼスト、少しだけ、話さないか」

 

「あぁ、俺もそんな気分だった……が、外では部下が戦っているというのにトップは犯罪者と一緒に酒を飲むか。ふ、ふふふ。これはスキャンダルだな」

 

「あぁ、マスコミ連中には絶対に見せられない光景だがな―――この鉄屑程度で崩壊する地上本部ではない。それにいるのだろう?」

 

「あぁ、いるさ」

 

 レジアスがボトルから酒を一気飲みし、その豪快な飲み方に少しだけ笑みを零す。そう、別に戦っているのは地上本部だけじゃないし、空の連中でも海の連中でもない―――自分の仲間も、同志が外では戦ってくれている。間違いなく自分が知る中で最強の存在だ。今はこうやって話す時間を作ってくれている。その事に感謝してもしきれないぐらい感謝している。

 

「おそらくこの地上本部は今、このミッドチルダで最も安全な場所になっているかもな」

 

「そうか」

 

 二人で軽く笑いあい、そして酒を飲みかわす。

 

 あぁ、そうだ。

 

 ここが俺の終点だ。短い時間だったが理解してしまったし、解ってしまった。だからあと少しだけ、本当に少しだけ、友と語り合う時間を欲しい。

 

 それが終われば、俺は帰るべき場所へ帰ろう。




 親友に言葉など不要。短いやり取りでも理解できることは理解できるのです。ゼストさんのゴールは直ぐそこですねー。

 さて、本番かな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。