動く。正面から攻め込んでくるのは小さい銀髪の姿だ。その動きは恐ろしく早い。魔法を使用しないという戦闘機人の生身のスペックだけで魔法強化された肉体の動きへと付いてきている―――それも片目だけが機能している状況で。魔法がない分は人間の数倍は優れた肉体がある事で相殺されているのでいい―――だが片目というハンデは変わりはしない。それを女は、チンクは経験や技術を持って完全に潰している。決して忘れているわけではない。忘れられるわけがない。ナンバーズ・チンク、彼女こそが全盛期のゼストをまだ未熟な頃に殺した張本人なのだから。その失われ、再生を拒否している目はチンクの未熟の証であり、そして彼女が己を戒めるための証。
少なくとも八年前には既にストライカー級魔導師を片目の犠牲のみで乗りきっているのだ。それから八年、それだけの時間をチンクは一切の慢心する事はなく、精神的にも成長している―――弱いはずがない。
ただ此方は数年で、百年近くを飲み込んだのだ。経験や技術といった領域であれば、だれにも負けない。誰にも負けられない。誰にも負けてはいけない―――何故なら俺が殺さなくて誰が殺すのだ、彼女を。彼女をこの世で唯一殺しきれるのは己だけなのだから。この程度でつまずくわけにはいかない。
「かかって来い」
「あぁ、行くぞ。ディード、そしてティアナ・ランスター」
「五月蠅い黙れ。今は利用してやるから好きに動け……!」
瓦礫に叩き込まれた体をティアナが引き抜きながらチンクへと言葉を返す。使えるものは何でも使う―――その姿勢は実に好ましい、そう個人的には思う。だから笑みを浮かべつつチンクの動きに相対する。その背の低さを利用して果敢に攻め込んでくるチンクの体術は殴りにくい。それを解っていて一番【攻撃】の当てづらい懐へと、身体の内側へと踏み込んでくる。その手にはスティンガーが、ナイフが握られており、心臓を狙って刃が振るわれる。だが自分よりも背の低い相手への対処方法なんて既に確立されている。それに対応する様に蹴りを繰り出しながら体を後方へと向けて滑らす。繰り出されるナイフに合わせた蹴りを重ね、ナイフを手から弾き飛ばす。
「ISツインブレイズ!」
背後から動きに合わせてディードが出現する。背後から光で出来た二刀を握り、それで絶命の一撃を叩き込んで来ようとする。
「ガキでもできる戦法で戦ってどうするんだ。囮なんて腐るほど利用されてきた手段だ。最低でもその先を進め、先を。じゃなきゃ時間を稼ぐことすらできんぞ。まあ、相手が悪いだけなんだが。あ、あと名前とか口に出すときは確実に決まる時か、もしくは気を引くときだけにしておけ。じゃなきゃ声から方向とか動きとかバレるからな」
背後から出現してくるディードの顔面を片腕で掴む。相手が意識するよりも早く、相手が攻撃を届かせるよりも早く、意識の合間を縫って手を届かせる。そのままディードの顔を掴んだ左腕を直ぐ近くの壁へと叩き込む。ぐき、と音を立てながら強度に劣る壁が破砕の音を鳴らしながら砕け、ディードの上半身を壁に陥没させる。それと同時に顔面に着弾する直前の魔力弾が現れる。反射的にそれを避けようとして、その狙いが何であるかを悟る。
「ならこれで文句ないでしょ!!」
「すまない!」
顔面への攻撃に反射的に反応する事を利用したティアナの罠だ。熟練した人間は急所への攻撃を反射的に回避、ないしは防御する。それを理解しているからこそ、魔力弾を顔の前にティアナは浮かべた。
その隙に投げ込まれたナイフが爆裂し、視界を防ぐ。その中を突き進んでくる姿を感じる。間違いなくチンクだ。彼女以外に上等な接近戦を仕掛けてこれる存在はいない。ディードは実戦経験が足りず、いまいち足りない。いや、これを生きて乗り越えられるのであれば十分な経験になるだろうが。まあ、正直どうでもいい。自分のターゲットではないのだから。
「シィ!!」
「俺も舐められたもんだなぁ!」
斬りかかってくるチンクの手を払いながら掌底を繰り出す。それをチンクは体に捻りを加える事で体を回転させ、掌底を巻いて、避ける。次の瞬間に放たれてくるのは逆の手でのスティンガーの投擲。それを顔を動かす事で回避しつつ、宙で回転するチンクの体に自分から接近する。投擲の為に伸ばした腕を掴み、
「自爆は意味はないか、厄介な……!」
「お前さんとこの義手だから」
振り回す。まるでおもちゃの様に振り回し、床へ、そして壁へと叩きつける。そのリアクションとして復帰したディードが言葉を殺して刃を振るってくる。が、目の前にチンクの姿が振るわれるのと同時に動きを一瞬、硬直させる。―――これがトーレやクアットロであればまず間違いなくチンクを裂いてでも攻撃を通していただろ。まあ、ノーヴェだったら遠当てを、といった所だろうが、この瞬間では、
「致命的だぜ」
「ぶちのめす!」
「お前はキレ過ぎだ」
チンクをディードへと叩きつけた瞬間には二丁のデバイスを構えたティアナが懐へと入り込んでいた。二つ共グリップ下部か、もしくはその前に魔力による刃が形成されており、接近戦ができる様になっていた。それを利用し、ティアナは迷う事無く接近戦を選んできていた。それをただの接近じゃないと判断してティアナから距離を取るために動く。それにティアナが舌打ちを反応としてする。
「いいわ、もう仕掛けたから……!」
接近しようとしていたティアナの動きが止まり、そしてそれと同時に体に軽い違和感を感じる。本当に軽い違和感だ。無視してもいいぐらいの。だがそれが何であるかを調べる為に軽く体を調べる為に一瞬だけ思考を其方へと回す。そして即座にそれが何であるかに気づく。
「強化魔法―――」
「―――ハイ、囮完了! 美人さんがいなくて助かったわ!」
体に感じた違和感は接近と同時に賭けられた強化魔法だった。確かにナルがいれば考えるまでもなく強化魔法であったと理解できた。故に彼女がいない今、自分の脳で何を行われたか判断するしかないこの状況で、ティアナは仕掛けてきた。”脳”の動きを確実に鈍らせる方法を。
それだけあればチンクにとっては十分だ。
「十分過ぎるな」
一瞬だけ鈍った思考の合間に挟み込まれるようにチンクのスティンガーが思考の合間を抜けて、体に突き刺さる。真直ぐ、心臓へと向けて。胸へと突き刺さった瞬間にスティンガーを握る事でそれ以上体に突き刺さる事を防ぐ。だがその瞬間には次のスティンガーが放たれる。接近しつつも物量で圧倒する様に、小回りを行かしながら得たアドバンテージに食らいつく様にスティンガーを生身の部分へと突き刺して行く。
「痛ぇ」
「震えろ!」
チンクの言葉と同時に体に突き刺さった刃が一斉に爆散する。体に爆発の熱と痛みを感じつつも、風を切る音が死角から迫ってくるのを聞こえる。爆砕によって体がよろめく一瞬に超高速で接近してきた姿は忠実に先ほど言った事を守り、無言のままにエネルギーの刃を二本とも、背中へと叩きつける。その衝撃に体が床を離れ、そして吹き飛ばされる。
「死ねぇ―――!!」
その先で待ち構えていたのはティアナだ。デバイスを真直ぐ構え、そしてその先にいるのは己だ。二つの銃口の中心点には少し大きめの魔力弾が形成されており、そこから一歩も動くことなく、衝撃によって軽く吹き飛ばされ接近する自分へと向かってティアナは迷う事無く叫びながら放った。
「ファントムブレイザー!」
そして砲撃が真直ぐと通路を埋めるように放たれた。それに再び体を吹き飛ばされながら通路の奥へと体を叩きつけられる。体を半分ほど壁の中へと陥没させながら数秒間砲撃は続き、そしてようやく止まる。砲撃が終わる頃にはチンクとディード、そしてティアナは向こう側で並んで立っていた。その様子を半分ほど埋まっている壁の中から眺め、
「お前ら敵なのに仲が良すぎだろ」
「戦闘機人の親友がいるんで」
「ぶっちゃければ別に機動六課に対しては個人的な恨みは存在しないからな」
「どうでもいい」
意外とこいつらは相性がいいのかもしれない。少なくとも目的が一緒であれば迷う事無く共闘を選べる辺り、まず間違いなく頭脳派というか、割り切れる派の人間だ。まあ、今はそれは正直どうでもいい。予想外に即席のコンビネーションが成立しているのが厄介だ。おそらくコンビネーションで動いているのはチンクとディードだけで、ティアナは”最良”を考えて行動しているだけなのだろうが。
これだから本当の才能の持ち主ってのは困る。
まあ、この子もちゃんと努力しているから腐ってはいないのだろうけど―――。
「駄目だな。全然駄目だな。全く話にならねぇな」
壁から体を引き抜くのと同時に、常時発動し続けていた回復魔法の効果によるツインブレイズのダメージも、ランブルデトネイターのダメージも、そしてファントムブレイザーのダメージも、外的部分の治療をすべて完了する。食らった魔力ダメージは全て意識で無理やり抑え込んだ。つまりほぼノーダメージの状態だ、今は。体を引き抜き、足を床に付けるのと同時に軽く体を動かし、その調子を確かめる。首を右へ、左へ、音を鳴らしながら回してから、再び拳を構える。
「んで、それだけか? ならとっとと終わらせるぞ。悪いが今日は予約でいっぱいなんだ」
「さっさと死ねばいいのに」
「マジでティーダに合わせる顔がなくなるからお前ちょっと黙っててくれよ。な? お兄さんとの約束だから」
そう口にすると迷う事無く顔面狙って射撃してくる辺り、いい感じにティアナがキレていると思う。というか若干キレ過ぎな部分もあるが―――まあ、二回も目の前で裏切られた様な事があれば大体誰でも発狂ぐらいはするよなぁ、とティアナの様子を見ながら思う。結局の所それを反省するようなことは一切しないからこそ俺は屑の外道なんだろうが。そう、結局世の中は優先順位だ。
何をしたい。
何をしなきゃいけない。
人生はそれで予約されっぱなしなのだ。誰もが自由に生きたい。だがそれは許されない。なぜなら人間は生きる上では絶対にしがらみと、そして義務が存在するからだ。それを全てどうにかしない限りは、完全な自由なんてありはしない。だからこそ人間という生き物はこの世で一番面倒でありながら、一番面白い―――それに関してはスカリエッティを肯定するしかない。人間と言う生物は誰もが”欲望”で溢れている。そしてその欲望は様々な形で表現されている。
愛とか、性欲とか、食欲とか。その例題を上げて行けばキリがない。人間こそが欲望の権化で象徴、確かに間違ってはいない。そして少なくともスカリエッティと数年間、完全な衝突無しでやっていけたのは少なからず、彼の持論に対しては納得のできる部分が存在したからだ。人間の欲望は否定できない。たとえ全ての欲を捨て去った聖人がいたとして―――そこへと到達しようと思う願いは間違いなく欲望なのだから。
全ては清算してから始まる。何もかもゼロにしてからようやく始める事が出来る。いや、正確に言えば違う。まだ生まれてもいなかった彼女たちはこれを全て終わらせることでようやく生まれる事が出来る。存在していなかった事を、未来がなかったことを否定できるようやくこの世界に本当の意味で存在する事が出来る。
「愛には愛を、献身には献身を、殺意には殺意を。―――敵意には敵意を」
「来るかッ!」
動く。体が前に出る。いい加減本来のスタイルで戦う事にする。
前に出るのと同時にチンクが動く。その動きは素早く、そして懐へと入ってきて攻撃を当てづらい様にする動きだ。だがそんなものを気にすることなく、前へと進む。チンクがそれを隙だと判断してスティンガーを迷う事無く心臓へと叩き込んでくる。だが強化魔法で強化された肉体と、そして鋼体法で固められた筋肉をチンクの筋力だけで突破するのは難しい。
スティンガーは深く突き刺さらない。そして瞬間、チンクが悟ったような表情を浮かべる。
「避けろディード、お前もだ!」
言葉に従ってディードが加速しようとし、ティアナが動く。だが経験から彼女たちがどちらへと動くかは容易に想像、予測できる。故に相手が動く方向へと体を動かし、
「―――覇王断空拳」
「がぁっ!?」
無拍子での拳をディードへと叩き込んでその体を吹き飛ばす。次の瞬間にはティアナが距離を取ろうとする。だがその前に足を振り上げ、大地を踏む。床を通して振動をティアナへと通し、その動きを一瞬だけ硬直させる。
「嘘!?」
「ところがどっこい、これが現実だ」
動けないティアナの顔面を掴んでそれを三度、床へと叩きつけるとティアナの体から力が抜ける。ぐったりとして動かなくなったティアナの体から手を離し、そして後ろで苦い表情を浮かべるチンクの方へと視線を向ける。
「流石今代、というより今世紀の”王”を名乗るだけはある、と言ったとこか。相討ちを狙ってどこまでいけるものか」
「まだやるってんなら一瞬で鏖殺してやるぜ?」
拳を構えればチンクも構える。戦意は完全に萎えていないが―――勝機は既にないだろう。一対一で、そしてこういう狭い環境での戦闘で俺が負ける要素は存在しない。それはチンクも理解している筈だ。
故に俺の勝利だと、戦う前からハッキリする。
そしてそれを実現しようとして動こうとし―――、
『―――ハローハロー、ちーっす、私だよ』
ヤツを映すホロウィンドウが出現した。
主人公も間違いなくラスボスだった。
ティアナ無双? 主人公ピンチ? なわけないない。純然たる実力差は覚醒なんて甘っちょろいシステムじゃどうにもならないのです。つまりどっかの虫が太極しても三つ目の人には勝てない。