マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Final Chapter ―Materials Rebirth―
カミング・タイム


 屋上でフェンスに寄り掛かれば湾の方から流れてくる風が屋上を撫でる様に吹き抜けて行くのを感じる。今は九月。夏もようやく乗り越えて、これから少しずつだが涼しくなってくるのを感じる時期だ。十月が半ばになる頃にはスカートでは過ごし辛い時期になって来るだろう。そうなった時はまたポケットにこっそりとカイロを持ち歩く羽目になるのだろう。毎年毎年、冬になると大きなイベントがあるので正直、冬にはあまりいい記憶がない。闇の書やら、本局襲撃やら、他にも細かいイベント―――やはり冬には何か魔力でも宿っているのか、あの季節。

 

 まあ、そんな事を思ってもしょうがない。今回はこんな時期になったわけだし。これでまた十二月だったら本格的に冬を呪われた季節として個人的に認定している所だった。まあ、そんな事は正直今はどうでもいい。くだらない事を考え始めるのは自分の悪い癖だと思う。逃避、と言っても間違ってはないかもしれない。どちらにしろ思考を別の事に逸らして目の前の文章から逃げている事に変わりはない。どんな些細な事であれ、逃げるというのは正直好きな事ではない。何事も正面から受け止めて、そして進むというのが教わって今まで実践してきた事だ。

 

 ただ、まあ、自分にだって目を逸らしたい事は色々とある。そう言う事は多々ある。まあ……なんだかんだ言って、

 

「私も人の子なんだよねぇ……」

 

『I've noticed that master』(知ってましたよ)

 

 レイジングハートは良い子だねぇ、と改めて思う。最初拾った時はユーノの所持品だが、今では自分の命を唯一全面的に預けられる相棒だ。インテリジェントデバイスという仕様上、処理関係は完全に任せっぱなしなので、デバイスを変えたりした場合結構砲撃の為の溜め速度とかの処理に大幅な遅れが出る。やはりデバイスは優秀じゃないと人生―――特にストライカー級のそれは辛いと思う。

 

「はぁ……」

 

 視線を下へと向ければシミュレーターへと向かうフォワード陣の姿が見える。ティアナを抜いた新人フォワード陣―――と言ってももう既に彼らを新人と呼ぶことはできないだろう。エリオやキャロでさえも、この数ヶ月で連戦に連戦を重ねて、普通の環境では得られない莫大な経験と戦闘量を繰り返してきている。スバルも今回の件で結構自立してきた感じが出てきているし、もう新人って呼ぶことはできない。魔導師の卵でも雛鳥でもなく、立派なエース級魔導師だ。彼らをそのレベルまで自分は立派に育てる事は出来た。ギンガは元から完成されていた部分が多かったが―――それでも、自分の仕事は成した。その感覚はある。

 

 これ以上教える事は……まあ、実は結構ある。自分やフェイト、もちろん戦闘特化であるシグナム達と比べればまだまだ未熟だ。ただそれは自分たちが教える様なものではない。ここからは自分たちで探して、気付いて、そして磨くだけの状況になっている。だから今月に入ってから教導内容は模擬戦と、そして肉体のコンディション維持だ。特にそれ以上の事は現状、発展の方向性をこっちで定めてしまうので好ましくない、とは自分のスタイルだ。本当ならここで一気に方向性を話し合って決めちゃった方がいいのだろうが、それでは結局”量産型”魔導師を作っているだけなのだ。

 

 誰だって自分だけの物語の主役になりたい。だったらここはひとつ、自分で決めてもらうしかない。どういう風になりたいのか、どういう形を目指すのか。ある程度のヒントと知識は与えている。あとは彼らがそこからどれだけ発展できるのか、それだけの話なのだ。だからそう、大部分で言えば自分の仕事はおしまいだ。もう自分無しでも十分あの子達はやっていける。だからこれで肩の荷が大きく降りた感じだ。ここからはゆっくりと経験を積んで、そして戦い方を覚えればいい。

 

 教導官としての自分の役割は終わった。ならば残された役割はなんだ?

 

「決まっているよね。最初から悩んでなんかいないし。片付けるべき仕事は終わらせたし……これで漸く色々と身軽になったね。面倒を見る必要もなくなったし……うん、いい感じ、かな。今は」

 

 横に浮かび上がっているホロウィンドウを消去し、そこに書いてあったメッセージもレイジングハートに消去させる。この内容を知っているのは自分だけでいい。他の皆にはそこまで迷惑をかけられない―――まあ、何というか本当に何時も通りだなぁ、と思う。何時も通りというか五年、六年前の話だ。あの時も割と無茶やったりしたものだし。

 

 だからこれも、その続きなのだろうか―――いや、続きなのだろう、確実に。結局の所、あの事件でスカリエッティは完全に死んだというわけではない。今の状況を見れば解る。スカリエッティは結局の所今まで生き延びてきて、それを許してしまったのは自分とイストの存在なのだ。あの頃に今ほどの強さがあれば、たぶん自分とイストのコンビネーションで何とかスカリエッティを細胞のひとかけらも残さずに魂の一片まで蒸発させたに違いない。

 

 というか今からでも遅くない。見つけたら輪廻転生できない位にぶち殺す。別に仏教徒じゃないけど、転生って概念は便利だなぁ、とか思う。

 

 と、そこで背後に気配を感じて振り返る。そこにいるのは金髪の髪を真直ぐ伸ばしている自分の同僚、フェイトの姿だった。自分と同じく、六課の制服に身を包んだフェイトは片手であいさつしながら此方の横までやってくると、自分と同じく屋上の手すりにもたれ掛る様にして、湾の方へと、シミュレーターの方へと視線を向ける。その先に見えるのは模擬戦を繰り広げるエリオ、キャロ、スバル、そしてギンガの姿だ。相手をしているのはシグナムだが、彼女も動きで見てわかる。大分本気を出してきている。それだけ、成長しているのだ。

 

「強くなったね」

 

「うん。正直時間が足りないから難しいかもとは思ってたんだけどね、予想外に出動回数が多いのと、敵が強すぎたのが良かった。心が折れないおかげで何度も叩きのめされて、立ち上がって、叩きのめされて、そしてまた成長して立ち上がってくれた。きっと、今の彼女達なら間違いなくスカリエッティ側の戦闘機人とぶつかっても、一対一じゃない限りはどうにかなるかな。うん、出来る事なら常に二対一か三対一で数の優位を保ってほしいかな。二対一ならワンチャンで負けるけど、三対一なら安定って所かな?」

 

「なのは、採点厳しいね」

 

「お仕事だからね―――甘くやって甘く通して、そしてその結果死んだら私の責任なんだよフェイトちゃん。だから私は心を鬼の様にして採点しなきゃいけないんだよ。苦しくて、つらくて、大変で逃げたり諦めてくれるならそれで別にいいんだよ。それだけ魔導師は減るかもしれないけど、また傷つく人は減ってくれるんだから。他人の為に、幸せの為に―――そんな壊れた事を言って働き続ける馬鹿はほんの一握りだけでいいんだよ」

 

「でもその中にいるんでしょ? 私も、なのはも」

 

 フェイトの言葉に苦笑を漏らすしかなかった。そう、結局の所そうなんだ。自分がどれだけ道化を演じようと、魔王なんて名前で呼ばれる様な仮面を被ろうと、鬼の様に振舞っていても、根っからの善人であるという事実は隠しきれない。結局の所自分と言う、高町なのはという存在はずっと昔、海鳴でレイジングハートを拾った瞬間から変わっていないのだ、悲しい事に。いや、まあ、確かに少々エキセントリックになった、という自覚はある。楽しいから割とこのキャラは気に入っているし。

 

 だって辛いときに辛い辛いって言っているよりは馬鹿みたいなことやって、そして笑っている方が万倍楽しいに決まっている。そう、だから自分はこんな風なキャラクターが出来上がっている。出来上がってしまった。辛い事も、楽しい時も、悲しい時も、常に笑って前へと進みたいから。だから自分はこれでいいと思う。魔王って恐れられて、鬼の教官だって言われて、直ぐに砲撃を放ってくる砲撃中毒者……そんな感じのレッテルが軽くて丁度いいのだ。生真面目なキャラクターなんて似合わない。それは昔、あの部隊に所属していて覚えた事だった。

 

「ねえ、なのは。私達がこれからどうなるか話を聞いた?」

 

「うん」

 

 湾の向こう側へと、遠くへと視線を向ければ地上本部の姿が見える。ここからでは遠く、小さな姿でしか見えないが、それでもいつもよりは少々崩れている、黒い三本の塔の姿は十分に見える。先日、スカリエッティによって行われたテロによって多くの死傷者がでたが、地上本部は崩壊せずに、そして部隊機能を麻痺させずに運航している。テロからの持ち直し、そして復旧への動きは神がかり的なものがある、というのがはやての評価だ。レジアス・ゲイズという男の実力が今、いかんなく発揮されているという事だろう―――会った事はないがたぶん、優秀なんだろう。なんだかんだでこのどさくさに紛れて空の部隊を勝手に動かしている辺り、それが解る。

 

 そしてその動きに巻き込まれているのは六課も同様だ。

 

 機動六課は非常事態に備えて限定的に陸の指揮下におかれている、と言うのがはやての言っていた事だったか。遊ばせる余裕はないから反論は一切できなかった、と納得する事しかできない言葉だった。ただまず間違いなくこれはチャンスだ―――スカリエッティと戦う。この部隊は元々”この状況”の為に生み出された部隊で、この状況に対する手段も既にミッドに持ち込んでいる。あとはそれをはやてがどうにかレジアスか上の人間に見せて、ある程度の行動の自由を確保するだけだ。まあ、そこらへんは完全にはやての仕事だ。

 

 だからはやてに任せよう。ガンバレはやて。超頑張れはやて。自由行動がとれなかった場合ヴィヴィオ取り戻す為に私、辞表を叩きつける準備はできているから。というかティアナを見ていいアイデアだと地味に思ったので辞表を持ち歩く事にしたから。レイジングハートは止めるどころか書き方を教えてくれたよ。

 

「なのは、今凄い悪い笑顔を浮かべてた。ぶっちゃけると砲撃をゼロ距離から射撃する約一秒前の愉悦している表情」

 

「フェイトちゃんフェイトちゃん、それを笑顔で言ってのけるフェイトちゃんも結構大概だってこと理解してる?」

 

「なのはに鍛えられているから大丈夫」

 

 フェイトも大分鍛えられたなあ、と改めて思う。初期の頃だったらこんなノリ、絶対にフェイトには無理だったであろうし。ともなると、成長して、変わっているのは若い世代だけではなく、自分達もなのだろう。だとしたらまだ大丈夫。まだ負けない、負けていられない。まだ先があるはずだ―――ここが限界ではないはずだ。

 

「……フルドライブモードの発展系、か」

 

「なのは、あまり無茶して心配させないでね? なのはのやらかした事を後で後始末するのはいつも私なんだから」

 

「大丈夫大丈夫。うん、今回ばかりはね、フェイトちゃん。私も結構ガチなんだ、ネタ抜きに。けっこー怒ってる感じだし、本気でキレてる部分あるし。うん、だから心配しなくてもいいよ―――どんだけ傷ついてボロボロになっても、それでも笑って戻ってくるのが高町なのはなんだから」

 

 そう言って笑みをフェイトへと向けると、フェイトは呆れた様な、そんな感じの溜息を吐いて、

 

「結局なのははそうなっちゃうんだね……だけど、うん。そうじゃないなのははもう想像できないしこれでいいね。駄目な所は駄目な所で私が助ければいいんだし。何時も通り―――」

 

「助け、助けられて?」

 

「一緒に頑張る」

 

「流石私の嫁のフェイトちゃん」

 

「ゴメン、私一般人で彼氏捕まえてるから嫁とかはちょっと……」

 

「え、ちょっと待って、それガチで初耳なんですけど」

 

「あっ」

 

 フェイトの動きが固まる。そのままフェイトが数秒間動きを止めると、だらーり、と汗をかき始める。経験上、ここまでテンパっている時のフェイトはガチで何かをやらかしてしまった場合だ―――つまりクロ、ギルティ。今回のフェイトは割とガチで口を滑らせてしまったらしい。

 

 迷う事無くレイジングハートを武装の姿へと変化させ、そして構える。硬直フェイトへと突きつける。

 

「吐けよ親友。おい、早く吐けよ。またスターライト・ブレイカーぶち当てられてトラウマ再発させられたいのか。私にはね、フェイトちゃん。フェイトちゃんが彼氏ができない事を一生ネタにしたり、私とユーノ君との結婚式で盛大に馬鹿にしたり、そういう予定があったんだよ?」

 

「バルディッシュ」

 

『Lightning speed』

 

 迷う事無くフェイトが逃げた。ツッコミを放棄して逃げる辺りマジらしい。

 

「これは戦犯確定。ギルティ。超ギルティ」

 

 ホロウィンドウに今の会話ログを叩き込み、そしてそれをロングアーチにいる筈の面々へと送りつける。数秒後には機動六課内部でサイレンが鳴り始める。よくやった、これでフェイトに逃げ場はなくなった。

 

 さあ、

 

「何時も通り、”その時”が来るまで―――」

 

 何時も通り、馬鹿をやろう。




 そんそんェ……一般人の彼氏おめでとう! 結婚の最低条件はSLB食らって気絶しない事だよ!

 そんなわけでティアナちゃんは謹慎中でもみんな頑張ってますよ、ってお話。

 なおはちゃんはキチガイに見えて良い子。ただしキチガイである事を楽しんで気に入ってる。最悪だなこいつ。

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