先に動いたのは襲撃者だった。一瞬で姿を加速させると誰よりも早く前へと出る。そしてそれにヴォルケンリッターの三人が同時に反応する。一番最初に接触するのはザフィーラだ。襲撃者の直線上に存在するため、真正面から襲撃者に対して迎え撃つ。何より盾の守護獣としてのザフィーラのその判断にも行動にも誤りはない。それこそが正しく最善の、果たすべく役割だ。だがそれを行う前に、襲撃者が一歩先に到達する。
「ヴィヴィオ……!」
「ヴィヴィオ、ですか。いいえ、違いますね。少々訂正しましょう―――私は違います、と」
襲撃者が拳を繰り出す。再び大砲を繰り出したような轟音が空間に響き、拳がザフィーラの体へと叩き込まれる。だがそれが接触する寸前、ザフィーラが防御に入る事で再び一撃目同様、ザフィーラの体は後ろへ後退する事によって攻撃を防ぐことに成功する。だがたった一撃で動きを終わらせるわけでもなく、襲撃者、ヴィヴィオと呼ばれた彼女が拳を振るう。絶技と呼べる領域に入っているその武は一撃を放った瞬間には既に次の一撃が放たれていた。しかも寸分も狂う事無く、全く同じ威力を大砲並の威力を細腕で再現していた。それが叩き込まれるたびにザフィーラの体が後ろへと、司令部の方向へと後退して行く。衝撃と音を空間に響かせながら、揺るぐことのないはずの守護獣が一方的に押し込まれていた。
「させん!」
そこにカットする様に横からシグナムがレヴァンティンに炎を纏わせながら斬りこんでくる。襲撃者の動きをカットする様に割り込んでくる。ザフィーラと襲撃者の間に距離を生む様に繰り出された一撃を襲撃者は後ろへと体を滑らす事で回避する。振るわれた刃に付与されていた炎が動きと共に散り、襲撃者を焼こうと広がるが―――それは襲撃者へと届く前に虚空で壁にぶつかる様にして動きを止められ、消える。
「聖王の鎧か」
「えぇ―――ただの再現ではありませんよ?」
「グラーフアイゼン、ぶち抜け」
その次の瞬間にはヴィータの一撃がヴィヴィオの姿へと叩き込まれる。それは再び聖王の鎧によって阻まれる。が、カートリッジをロードし、そしてグラーフアイゼンの鉄槌部分に杭が出現する。魔力のロードと共に引かれた杭が撃ち込まれ、一気に大地を陥没させ、吹き飛ばすだけの威力が放たれる。凄まじい衝撃が辺りを揺らし、ヴィータの体さえも後ろへと下げる。だがその激震の中で、ヴィヴィオは片手を攻撃方向へと向けるだけで、無傷で立っていた。
「ただの再現ではない、と言ったはずです。性能的に言えば本来の性能と遜色ありません。故にそんな小手先の技は通じませんし、何時までも非殺傷設定を付けた状態で戦っても私に一撃も通す事はできませんよ」
ヴィータが着地するのと同時に、ヴォルケンリッターの三人が再び構えながら無言で立つ。ヴィヴィオの声に応える事無く、武器の設定を変える様な行動を見せるわけでもない。ただ単純にヴィヴィオの動きに対して待ち構える、という様子を見せていた。その姿にヴィヴィオは溜息を吐く。仕方ありません、そう言ってから口を開く。
「修正します。確かに私はヴィヴィオではありますが、正確に言えば違います。元々ヴィヴィオという存在はオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの子供の姿であり、幼名の様なものです。つまり元々ヴィヴィオは”オリヴィエ”であり、最初から育てばオリヴィエになる可能性しか残されていませんでした―――もし心のどこかで私を倒せば、洗脳されているのでは、そんな淡い期待を抱いているのであればその希望を一切捨てなさい」
ヴィヴィオだった存在が、今はオリヴィエである存在が拳を構える。ようやく戦う、というスタイルへと体勢を整えていた。そして同時に残酷な真実を機動六課の所属陣へと向けてはなっていた。それは自分を救う方法は存在しない。これが自然であって、そして最初からヴィヴィオはオリヴィエでもあったと、そう言っている。
「私は私の意志でこうなり、そして子供が大人になってヴィヴィオはオリヴィエになりました―――私がヴィヴィオであり、そしてオリヴィエです。取り戻す事は不可能です。故に遠慮する必要はありません。私は敵です。滅ぼすべき敵手です。憎むべき怨敵です。それを聞いてもなお甘えを残すのであれば」
オリヴィエは口元で笑みを形作り、そして宣言する。
「鏖殺しますよ?」
瞬間、オリヴィエが駆けた。反応した。オリヴィエの接近に対しやはりザフィーラが前に出てオリヴィエの拳を受け止める。だが拳が接触した瞬間、オリヴィエは拳が接触した事を気にせずそのまま前へと踏み込み、拳をザフィーラへと叩き込んだ状態のまま腕を振り回す。それを隙だと判断したザフィーラが腕を破壊する為に叩き込まれた腕を握るが、
「これは―――」
「―――腕を切り落として昔と同じような義手をつけています。関節技は通じませんよ」
「スカリ、エッティィィ―――!!」
おこなわれた蛮行に対して、それを許した人物に対して言葉が放たれるが。だがそれを無視してオリヴィエの拳はザフィーラを吹き飛ばす様に放たれ、その姿が空へと吹き飛びあがる。それと同時にオリヴィエの足にジャラリ、と音を立てて巻きつくものがある。それが何であると判断した瞬間には小さい姿が懐に入り込んできていた。
「あんまりあたしら舐めんじゃねーぞ」
ヴィータがすべり込む様に懐に入り込んでくるのと同時に体を動かす。だがそれよりも早く、小さい体の利点を生かしてヴィータが潜りこんでくる動きから攻撃を繰り出す。だがそれはオリヴィエへと向かってではなく、大地へと向かってだ。
一瞬で大地は深いクレーターを生み出しながら砕け散り、足場が無くなる。その瞬間には連接剣となってオリヴィエの足に絡みついていたレヴァンティンが蛇の様に動く。掴んだオリヴィエを大きく振り回し、大地へと一回叩きつけてからその姿を空へと放り投げる。その先に存在したのはオリヴィエの一撃を受けて大きく吹き飛ばされたザフィーラだ。既に空中で復帰していたザフィーラは空中で投げ渡されるオリヴィエを掴み、
「ふんっ!」
その掴んだ姿を全力の飛行魔法を下へと向け、全速力で大地へと叩きつける。バク転を決めながらザフィーラはオリヴィエから離れると、再び拳を構え、着弾位置を見る。そこには大地へと叩きつけられたオリヴィエの姿がある―――が、そこまで多くのダメージを受けているようには見えない。いや、服装は汚れている。つまり今の一撃は通った、という事だ。
「なるほど、掴み技ですか」
「聖王の鎧にも抜け道はいくつかあるからな。そいつに反応するのは直接的な攻撃や衝撃だ。だとしたらそれ以外の方法で攻めりゃあいいんだよ。掴み技とか投げ技とか絞め技とか」
「なるほど、確かに道理ですね。そういう接触までも聖王の鎧ではじきますと私自身まともに戦えませんからね」
ですが、とオリヴィエは言うと、拳を構える。
「二度目はありません」
オリヴィエが動く。再びレヴァンティンが振るわれる、それがオリヴィエに届くよりも早く、オリヴィエの手が超反応的速度でレヴァンティンの伸びきった刀身を掴む。続くように懐へと飛び込んでくるヴィータへと視線を向ける事無く蹴りを繰り出し、足元からシグナムとヴィータを援護するように放たれてくる鋼の棘を足で踏み砕く。目くらましにさえならない魔法をオリヴィエは踏み潰すと、レヴァンティンを引き、逆にシグナムを引き寄せる。レヴァンティンを握らない逆の手は魔力が集まり、虹色の魔力刃を生み出し、スパークを始める。
「ジェットザンバー」
「それは―――」
続きの言葉を紡げる前にフェイトの奥義がシグナムの体に叩き込まれる。二メートルほどの大きさの魔力刃はシグナムに叩き込まれるのと同時に砕け散り、雷撃を放出しながら消える。すぐさまザフィーラが援護のためにやって来るが、その方向へとオリヴィエは手を出す。そこに巨大な魔力球が出現し、
「ハイペリオンスマッシャー」
なのはの魔法が放たれる。一瞬でザフィーラを飲み込み、そしてその背後に存在した司令部を飲み込み、そしてその先の大地を抉り、破壊しながら光が全てを焼き尽くす。だがその中でも蒼い守護獣は決して動きを止める事無く、全身を非殺傷の魔導で焼かれながらも突き抜ける。この程度であれば、
「まだ経験済みだ!」
「―――ヘアルフデネ」
そして接近してきたザフィーラに拳が叩き込まれる。何かを砕くような音が響くのと同時にザフィーラが吐血する。それを首の動きで自分にかかる事をオリヴィエは回避しながら殴ったザフィーラの体から素早く拳を引き、そして一歩後ろへ回転しながら下がり、そして足を振るう。ザフィーラに二撃目の必殺が叩き込まれる。その体が大地へと叩きつけられる、跳ねる。続く動きを止めさせるためにヴィータが潜りこんでくる。オリヴィエが放ってくる次の拳撃に合わせてグラーフアイゼンが叩き込まれ、拳と鉄槌がぶつかり合う。その衝突で発生する衝撃が大地を揺らすのと同時に、ヴィータが後ろへとザフィーラを掴みながら下がる。追撃しようとするオリヴィエの足元が赤く染まる。
次の瞬間に発生するのは炎の大噴火。大地を溶かすほどの炎が吹き上がり、一瞬でオリヴィエの姿を飲み込んだ。普通の魔導師であれば一瞬で骨まで消し炭になる程の大火力。エース級やストライカー級であっても防御に特化しているスタイルでなければ相殺しなければ確実に落とされるほどの極悪な火力。それを、レヴァンティンを大地に付きだす様にして放つシグナムは本気で放っていた。
「おい、シグナム!」
「解っている!」
それを放ったシグナムに対してヴィータが声を投げる。だがそれは決してシグナムを責める声ではない。そもそもからしてベルカの戦士には戦場での生き死にを敵であれ味方であれ、”仕方がない”と割り切れる所が存在する―――特にそれが元戦乱の生まれの存在であれば。故に生き残るためにこれが最善であると、非殺傷設定でフルドライブの一撃を叩き込んだシグナムをヴィータは責めない。これが過去を思い出す前であればまだ十分あり得た事だろうが、今ではありえない話だ。故にヴィータがシグナムに対して送ったのは警告だ。
「―――シュツルムファルケン」
弓の姿へと変形させたレヴァンティンからシグナムが炎を纏った矢を放つ。真直ぐと空間を焼きながら火柱へと向かって放たれた必殺の矢はしかし、火柱へと衝突する寸前で火柱から伸びてくる腕によって掴まれ、そして折られた。次の瞬間に火柱を内側から粉砕しながら服装だけを汚して出現するのは無傷のオリヴィエの姿だった。
その肌には傷が一筋たりとも刻まれていなかった。
「それでこそヴォルケンリッターです。なのですが―――あぁ、すみませんね。貴女方では絶対に私に勝てませんよ。えぇ、そしてその理由はもちろんご存知ですよね?」
「……ッチ」
折った矢を大地へと落とし、捨てながらもシグナム達はオリヴィエの言葉を肯定し、そしてそれを飲み込む以外にはない。彼らではオリヴィエには絶対勝てない―――それはオリヴィエにとってヴォルケンリッターの全てが既知でしかないからだ。既にヴォルケンリッターの動きは、データは、その存在の全ては古代に確認済み。故にオリヴィエは動きを知っているし、呼吸を知っているし、そして考え方も把握している。これからどう動くのか、どういう動きが取れるのか、どういう技を繰り出すのか。その細分までをオリヴィエは一人で再現できる。故にこそ、ヴォルケンリッターは絶対に勝利する事が出来ない。オリヴィエはそう宣言している。
だからと言ってヴォルケン以外にオリヴィエを足止めできる存在は現状、管理局にはほぼ存在しない。そもそもからして聖王の鎧という反則級の存在を貫通して服にヨゴレをつける事さえ並のストライカーには不可能だ。あらゆる制約から解き放たれ、そして人間という枠から外れているヴォルケンリッターだからこそ、ここまでオリヴィエの動きを止める事に成功している。
それが救いになる訳ではないが。
「しかし、ダミーでしたか。いえ、予想していなかったわけではないのですが」
オリヴィエが向ける視線の先、ザフィーラに向けて放ち、そして巻き込まれた司令部の姿があった。が、その内側にはなにも存在しない。最初からなにも存在していなかったのだ。オリヴィエの言うとおり、ダミーでしかなかった。ともなればオリヴィエの標的であったレジアスはまた別の場所だろうが、それを気にしない。
「ま、いいでしょう。貴女方では私を止める事はできませんから。このまま貴女方を倒してから、そして会いに行けばそれで済む話ですつまりは―――」
「―――それ以上人の夫のセリフを語るのはやめてもらえませんか」
四人だけだった戦場に新たな声が混じる。おや、と声を漏らしながらオリヴィエが視線を廃墟の屋上へと向ける。そこには赤いバリアジャケット姿の金髪の女の姿があった。本来とは違う色であれ、その顔で相手が誰であるかは直ぐに解る。その名を口にしようとしたオリヴィエの声を、乱入者がかき消す。
「語りに来たわけじゃないんですよ、オリヴィエ。正直目障りなんですよ。魔力も奥義も元覇王なんて称号もクラウスの記憶も全部要らないんですよ。ただの女として生きたいのに……貴女も、貴女が残して行ったもの全部邪魔なんですよ。いい加減人の人生を邪魔してくれるの止めてさっさと墓場に帰ってください―――邪魔なんですよ、女狐。露骨に媚びちゃって」
廃墟の上に立ち、イング・バサラが眼下の光景を眺めながら言う。
「―――えぇ、殺しますよ。殺しますとも。あの人の前に映る前にここで死ねオリヴィエ」
「……ふふ、ふふふ。ははは……」
イングのその言葉にオリヴィエは軽く笑い声を零し、
「いいですよ。できるならどうぞ―――まあ、どうせ不可能ですが」
オリヴィエのその言葉と同時にイングが廃墟から飛び降り、一直線にオリヴィエへと向かって飛ぶ。その姿をオリヴィエは正面から構えて迎え撃とうとし、
「―――覇王断空拳」
オリヴィエに直撃が叩き込まれた。
奇跡! 時を超えた戦い! ~首ポロリもあるよ!~
とか大体そんな感じなんじゃないかな。それにしてもイングさん開幕ブチギレである。あと書けば書くほどせいおー様が病んでく。これはおかしい。当初はもっとピュアというか綺麗なせいおー様な予定だったんだけど。
誰の仕業や。