圧倒的という言葉では足りない。聖王という存在の暴威を表すにはそれでは圧倒的に言葉が足りなかった。
そもそも聖王という存在は存在自体が一つの完成された兵器だ。人間という形の兵器。同じ人類だと思ってはいけないような存在が聖王。その中でも特に才気に溢れ、そしてそれを発揮したのがオリヴィエという存在だった。ベルカ聖王家最後の一人にして究極の一人。それがオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。生物として立っているステージが違う、なんて表現が恐ろしい事に似合う存在だ。だけど―――自分も似たような存在だった。
鉄槌の騎士。
オリジナルの、そして自分のその名に恐怖した存在は当時どれだけいただろうか。グラーフアイゼンが赤く染まり過ぎて黒く染まるまで殴り殺してきた数はどれだけだったか。敵から化け物の様に見られるようになったのは何時からだ。戦っても戦っても自分よりも弱いやつを潰して殺す様になったのは何時からだろうか。結局管理局に来ても格下相手に威張り散らしているだけだったような気もする。そして今、自分より圧倒的に強い相手が出てきてどうした。
泣き寝入りするのか? 自分が? この鉄槌の騎士が? おいおい、冗談じゃないぞ。
良く考えてみろ。どう考えても倒せない相手だ。どんだけ本気でぶち込んで、どんだけ無茶しても耐える相手だ。いや、耐えるってレベルじゃない。避けてカウンター叩き込んでくる。無効化して逆に必殺技を叩き込まれる事もあるかもしれない。いや、先ほどの交戦なんて間違いなくそんな状況だった。必殺を叩き込んだのにそれを完全に粉砕された上で必殺を叩き込まれた―――そんな経験を味わった事を自分はあるのか。
「はは、そう思うと燃えて来るな……不謹慎だけど」
どれだけ頑張っても倒せない相手がいる。それはつまり、どれだけ本気を出しても殺す心配がいらないという事でもある。自分たちの目的がヴィヴィオの奪還、救出である事に変わりはない。だが今まで押しとどめていた分もある―――こうやって自分よりも圧倒的に強いのを感じ取ってしまうと嫌でも燃えてくる。これは非常に嫌な部分だ。日ごろからなのはに無茶するなよ、と言っている割には自分の本性はこうだ。好戦的で挑戦的。ホント、嫌になる。避けようとしている事が自分の本性なのだから。どう足掻いても逃げられないというのであれば、受け入れるしかない。
「あー……なんつったかなぁ、ブラスター……モードだっけ? リンカーコアに負担をかけて無理やり魔力を絞り出すモード。あたしらには別の使い方ができそうだな、アレ」
瓦礫の中から体を引き抜きながら立ち上がるのと同時に念話を発動させる。相手はシグナムとザフィーラ―――そしてイングの三人だ。イングの乱入には多少驚かされたが、それでもそれもはやての予想の範疇内だ。あの一家がこの戦い、スカリエッティに敵対する形でかかわってくるのは理解してた。あとはそれがどこまでという話だったが、ここまで関わってくるというのであれば敵との関係は完全敵対。味方としてカウントしてもいいレベルだ。
終わった後できっちりケジメはつけてもらうが。
『そっちの調子はどうだ』
『笑えてしまうぐらいに絶望的だな』
『だが不思議と良い気分だ』
『マゾですか』
約一名セメントっぽいのがいるけどそれはこの際無視だ。問題なのはこの相手に対して現状、勝率が完全なゼロパーセントである事だ。小数点も一パーセントも存在しない。それは誰よりもヴォルケンリッターである自分たちが理解している。聖王オリヴィエに勝利できる存在は現状、いないと。ミッドタイプの魔導師では能力的相性で一方的に殺されるだけで、そしてベルカタイプの魔導師であっても実力差があり過ぎてロクに戦うことができない。
『お前ら何か案あるか?』
現状は完全な無策だ。連携を取って行動してはいるが、それでも有効な手立てがない。イングが最初に直撃させた方法も今では聖王におぼえられてしまった。もう、有効な手段ではない。だとしたら見せた事のない動きだけで動きつつ、相手に隙を生み出し、今まで出した事のない攻撃を繰り出すしかない。それが未知であればある程聖王に対しては有効的だ。つまり未知、古代ベルカ時代になかった奥義や魔導の数々こそが最大の武器であり、最大の勝機。
『―――ありますよ、勝機』
念話を通し、そう言葉を放ってくるイングに、乗る以外に方法はなかった。
◆
―――雰囲気が変わりましたね。
瓦礫から起き上がってくるヴィータを中心に、シグナムとザフィーラの雰囲気が大きく変わる。膨大な魔力の発露を感じ、そして同時に三人の存在が希薄になって行くのを感じる。
……身を削りましたか。
守護騎士プログラム。それが今の彼らの正体。そう、プログラム生命体。魔力という食料を与えられ生きているのがヴォルケンリッターという存在であり、もはやはやてが死ねば一緒に死ぬしかない、そういう運命にある存在だ。彼らを形作っているのは膨大な魔力。フルドライブでも魔力が足りないのであれば―――身を削って、構成している魔力を使えばいい。
「ブラスター……モード……!」
「死中に活を見出しますか。それもまた良し。正面から無駄であると、貴方達の思いは届かない事を証明します」
立ち上る魔力が体を覆い、魔力の色のオーラで現れる。そしてそれが発現するのと同時に、イングが虚空に手を伸ばし、そこへと手を入れる。数瞬後、そこから取り出すのは一本の武骨な槍だ。データ上の知識としてその存在は知っている。―――ゼスト・グランガイツの武器だ。死後は使い手がいなくなっていたはずだが、それがイングへと渡っていた。
「ファイナルユニゾン」
『いっくぜぇ―――!』
イングが宣言し、融合機が叫ぶ。それと同時にイングの金髪が淡く輝きだし、その体の周囲に火の粉が舞い始める。ほんのりと赤みを帯び始める長髪―――ユニゾン状態のさらなる深化と強化を表していた。適合率を無理やり高め、反動と引き換えに強化する方法。四人全員が負担無視の必殺の構えに入っている。それから理解できるのは次が”最後”である事だ。
……来ますね。
この四人は次の行動に全てをかけてくる。それが理解でき―――それを乗り越えれば自分の勝利である事も認識できる。だから油断することなく、慢心することなく、手を抜くことなく―――圧殺する。圧倒的力で、圧倒的実力差で、最初から希望などなかった。それを証明してみせる。それが王という存在だ。圧倒的にして絶対―――全ての人間の上に立ち、彼らを超える者。そうでなければいけない。そうであり続ける事が義務だ。
王とは孤独であっても永遠に民の道具として機能し続けるものだ。
「来なさい。正面から踏み潰します」
言葉を発するのと同時にシグナムとヴィータが構える。次の瞬間に必殺が来る。そう確信した瞬間に二人は足を前に、一歩を踏み出し―――そして到達した。
雲耀の太刀、無拍子。刹那という感覚に対して呼吸以下の時間で切りこむ超絶技。ありとあらゆる戦闘術の奥義にして究極。防ぐ方法がないという絶対必中の超奥義。それが無拍子。タイミングが存在しない。割りこめる瞬間が存在しない。放てばその瞬間、攻撃は命中している。故にシグナムとヴィータの一撃は既に体に触れている。無拍子を避ける方法なんてこの地上には存在しないのだから。
だが、
「既知の範疇です」
体に武器が触れてから体を動かす。凄まじい魔力がこもっていることなど知った事ではない。正面から叩き込まれる最大奥義に対して正面から”抜けて”回避する。無拍子というのは体に触れ得る瞬間までは感じ取る事が出来ない―――であれば触れた瞬間に知覚し、回避すればその程度で終わる事なのだ。故にレヴァンティンとグラーフアイゼンは背後で炸裂し、
「覇王断空拳」
両拳で放つ覇王断空拳がシグナムとヴィータに炸裂する。完全に身を削った一撃である為、シグナムとヴィータには防御をするだけの余力が存在しない。完全にフルで威力を受けながら二人の体が吹き飛ぶ。その瞬間と同時に、技の硬直を狙ってザフィーラが前から迫ってくる。タイミングとしては完璧だ。なぜなら此方は硬直した状態で動けないのだから。だが、
肉体を魔法で操作すればそんなこと関係ない。
魔法で自分の体を一時的に傀儡とし、そのまま前から迫ってきたザフィーラを大地へと叩きつけ、その背後からノータイムで自分に槍が突きつけられているのに気づく。シグナム、ヴィータ、ザフィーラを囮として―――本命はこの槍、イングだ。
「ですが!」
ザフィーラを叩き潰しつつ、開いている片手でイングが繰り出す槍の一撃を掴む。魔力と熱の奔流によって掴んだ左手が焼ける。だが槍の動きは完全に止まり、そしてゼストの槍は砕ける。その破片が宙を舞う前に、目撃する。
イングが既に拳を放っている姿を。
「―――正確に言えば槍、までが囮です」
そして、イングの拳が振るわれる。彼女が口を開き口にするのは古い、ベルカの言葉だ。魔法の自動翻訳機能でさえ訳す事の出来ない言葉。その時代、その時を生きてきた人間にしか理解できない言葉。それをイングは口にする。
「”王殺”」
「ッ!」
イングの拳が振るわれるのと同時に片腕での防御に成功する。体は吹き飛ばされ、衝撃は体を貫通する。が、腕一本で防御する事には成功した。軽く吹き飛ばされるも直ぐに着地、そして素早く踏み込む。相手がやったように、無拍で踏み込み、拳を放つ。
「……」
イングはそれに反応することなく拳を受け入れ、そのまま抵抗なく吹き飛ばされ―――廃墟に衝突する。
その場に動く存在はもういなかった。
ヴィータは瓦礫の山に埋まり、シグナムは大地に転がり、ザフィーラはクレーターの中で倒れ、そしてイングは廃墟に叩きつけられてから大地へと落ちた。”鉄腕”に損傷がないかを確認する。が、確認したところ鉄腕にはそれほど大きな傷はない。機能を阻害する程でも、後で致命傷に成り得そうな傷もない。体の方に通った衝撃を軽く分析するが、それも内臓機能にダメージを与えたようではない。
「貴女は一体、何をしたんですか……?」
大地へと落ちたイングへと視線を向ける。もう、彼女のユニゾン状態は解除されていた。ユニゾンしていた融合機もその横でぐったりと、動かずに気絶している。ただイングの方はまだ意識があるらしく。ボロボロの姿で顔だけを持ち上げ、此方へと視線を真直ぐ向ける。
「ふ……ふふふ……はははは……」
イングは正気の瞳で此方を射抜いていた。
「馬鹿で可哀想なオリヴィエ。王手をかけられているなんて理解も出来ずに勝者だと思い込んでいればいい」
そう、イングは間違いなく正気だった。狂ってはいない。どこまでも正気を保った状態で言葉を放っていた。―――決して負け惜しみなんかからではなく、心の底からそう信じている。
「予言しますよ―――貴女は負ける。確実に負ける。ふふふ……ははは……目的は果たしました。私の勝ち、です……。全部終わったら……」
そこまで言葉を口にし、イングは気を失って倒れる。ファイナルユニゾン状態だったうえに攻撃をノーガードで受けてしまったのがいけなかったのだろう―――本来のスペックであればまだまだ戦えたかもしれない事を考えると少々惜しさは感じるが、さて。
「全部終わったら―――はたして貴女に残るものはあるのでしょうか?」
気絶したイングに背を向け、そして遠く、ガジェット側が展開している空を見る。そこには巨大な黒い建造物が空を飛んでいるのが見える。
―――ゆりかごだ。
もうそんな時間だったのか、と。予想以上にこの四人相手に時間をかけてしまった事に気づく。足止めが目的だとすればこれ以上ない結果のはずだ。本来ならゆりかごが飛ぶ前には戻っている筈なのだから。故にこの分は敗北として扱っていいだろうと思考し、鎧を纏う。イングの言葉は気になるが、それでもかまっている時間はない。
「セイン、ウェンディ。いるのでしょう出て来なさい」
名を呼ぶのと同時に大地からそろーり、とセインとウェンディが姿を現す。二人は軽く辺りを眺め、そして四人全員が沈黙している事を確認すると地上に出てくる。
「うわぁ、キチガイレンジャー全員倒しちゃってる」
「初代ラスボスまで倒してるっすねー……」
「これよりゆりかごまで戻り客人の到着まで待ちます。戦場を通り、蹂躙しながら進むのも悪くはないでしょうがそれではスカリエッティの方が不都合でしょう」
そう言えばウィエンディとセインが手を上げる。
「ハイハイ! 我ら運送コンビ!」
「運びます! 隠れます! 戦いません!」
「キチガイと戦わなくて済む!」
「つまり勝ち組!」
無言で手を上げて笑顔を浮かべる二人を睨む。
「……」
「あ、はい、真面目にやります」
「ネタを挟まないと死んじゃう系なんスよウチら……」
とぼとぼと運搬用の大きめのライディングボードを取り出すウェンディと、それに乗るセインの姿に追いつきながら、改めて空を見る。空に浮かぶゆりかごはスカリエッティ側の絶対的な制空権獲得を意味している。そしてゆりかごの投入と同時に行われるのはガジェットの三型から飛行型までのモデルの投入だ。ここから一気にスカリエッティ側の圧力が強くなる。管理局側が劣勢に立つのは目に見える。だが、それでも、
「貴方は私の前に立ってくれますよね? 私の期待を裏切りませんよね? ……届いてくれますよね」
―――この一分が、一秒が、何よりも待ち遠しく、愛おしい。
書けば書くほどヤンデレる不思議。あれぇ、おかしいなぁ。何だろこれ。まぁ、いいや。せいおー様は今日も可愛いので許される。ともあれ、せいおー様は今日も可愛いですね。
セイン&ウェンディ。戦闘力がついて行けないので運送してます。たぶん勝ち組。少なくともキチガイと戦わなくていいと言う時点で圧倒的勝ち組。