マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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エンディング・ストーリーズ

「おっと」

 

 拳に触れたオリヴィエは特に衝撃を受けたわけでもなく、ゆっくりと目を閉じ、そしてそのまま姿を小さな、少女の物へと変えて行き、そして床へと落ちて行く。その姿をキャッチするのと同時に今度こそ体が限界を迎える。それ以上力を込める事が出来ず、身体は倒れる。それでもオリヴィエを―――ヴィヴィオを傷つけないように背中から倒れる。

 

「ぐえっ」

 

「うわ、途中までいい感じだったのに最後の最後で全て台無しにした」

 

 首を動かして視界を移せば体を引きずる様になのはが近づいてくる。片手でボロボロのレイジングハートとルシフェリオンを引きずり、苦しそうな笑顔で寄ると、近くの壁にもたれ掛る。ちーっす、と言いつつ片手を上げればなのはがちーっす、と挨拶をし返してくる。とりあえずお互いに生存したまま勝利する事が出来た模様。最上の結果を得る事は出来た。壁に寄り掛かったなのはは此方へと視線を向けて来る。

 

「んで?」

 

「オリヴィエは殺したよ」

 

 ”は”という所に軽く力を込めて強調するとなのはは安心したような表情を浮かべる。

 

「そ、お疲れ様」

 

「あぁ、お疲れ様」

 

 俺がなのはの最終奥義に興味を持たないように、彼女も別に興味は持たない―――重要なのは何をした、ではなくその結果だ。故になのはも俺もアレが人生一度きりの大技だとしても、こういう結果を得られた以上全く問題はない。万事解決、これで良い。―――とはいえ、今度はまた別の問題が浮上してくる。

 

「超いてぇ」

 

「動ける?」

 

「少しだけ」

 

『あまり無茶をするな、回復魔法が通じないレベルでのダメージを受けている』

 

 知ってるよ、と態々念話で言ってくれるナルに対して答え、そして体を引きずりなのはが寄り掛かる壁に自分も寄りかかる。立つ気力もないのでなのは同様座り込む様に寄り掛かると、自分が倒れた地点からここまで血が線となって続いている。どっかで切ったかなぁ、と思ったが出血してない方がおかしい状態だと今更気づいた。これは辛い、と思いながら横に座るなのはにヴィヴィオを渡す。それを受けとり、そしてなのははようやく長い溜息を吐く。

 

「やっと、抱く事が出来た」

 

「お疲れさん」

 

 手をバリアジャケットのポケットの中に突っ込み、大分感覚が薄れた指先でその中を探る。そうやって見つけ出すのは戦闘の衝撃でぐちゃぐちゃになってしまったタバコの箱だ。そこから一本取り出し咥え、そして魔力を炎へと変換してタバコを吸う。

 

「あー……不味い」

 

「そんなに?」

 

「ほれ」

 

 タバコの箱をなのはへと向けると、なのはが一瞬躊躇する。が、今更副流煙がどうとか心配しているわけではないだろ、その心配はもう今のタバコには存在しないし。となるとモラルの問題だが、確かミッドやベルカでの喫煙年齢をなのはは過ぎているはずだったが。

 

「もしかして故郷だと未成年だとか?」

 

「ううん、そうじゃないけど初めてだったから」

 

「あぁ、なるほど」

 

 じゃあ問題ないな、と言うとなのはが降参の証拠に両手を上げる。タバコの箱から出ているタバコを一本取ると、なのはがそれにを火をつけようとする。が、火のつかないタバコの姿に軽くなのはが眉を歪める。その光景に小さく苦笑し、そしてタバコを口に咥える様に指示する。タバコは咥えて吸っていないと中々火がつかないものだ。だからタバコを咥えたなのはに顔を寄せ、タバコの火をそのままタバコに押し付け、火をつける。

 

 数秒後、そこには見事に咳き込んで煙草を投げ捨てるなのはの姿があった。

 

「マッズッ!」

 

「最初はそう思うよなぁ」

 

 まぁ、慣れてくると別に平気になってきて、そして付き合いやポーズでタバコを吸う必要はたまにあったりで、一応吸える吸えないでは吸える方が若干かっこよくてオトクだったりする―――まあ、精神的に。

 

 ともあれ、

 

 なのはがポイ捨てを行って軽犯罪者になったのはこの際どうでもいい。問題なのは静かに震え始めているゆりかごの方だ。先ほどからガン無視しているがゆりかごを制御していた聖王は、少なくともその人格部分のみは確実に葬り去った。故にゆりかごのコントロールは現在、完全に放置状態。これが通常時であれば聖王がいなくなったことを確認し、何らかのモードへと突入するものなのだが―――この場合、ちょっとだけ事情が異なる。

 

 目の前で床や壁がもう少しだけ活発になって蠢いている様子を見ると、ゆりかごに侵食させられたナハトヴァールの部分が急活性を始めているように思える。先ほどまでぼろぼろで傷痕を晒していた壁や床は全て何事もなかったかのように再生を初め、そして元通りの姿を見せている。驚異的な回復能力だ。

 

「おい、なのは」

 

「何イスト」

 

「何か言おうと思ったけどその前に軽く質問したいけどさ、何でヴァイスやユーノだと君づけで、最低限でもさんづけなのに俺だけイストって超呼び捨てなの。一応俺、すっげぇんだぞ。ほら、言葉で説明できない凄さがあるんだけど超小物の後輩なら察してくれるよな」

 

「とりあえず結論から言うけど先輩とか元先輩って呼ぶのはいいけどなんか君とかさんづけすると負けた気がするから。あと一応私からも聞いておきたいんだけど重婚ガチなの?」

 

「イケメンは全てを受け入れるのさ」

 

「むしろ出来なきゃ刺されて終わるエンドだった気配」

 

「おい、やめろ」

 

 そこで息を深く吐き出しながら溜息をつく。もう少しだけ体から力を抜いて、そして口に咥えるタバコを吐きだし、タバコの箱も捨てる。今すぐここから動くべきだというのは解っているのだが、体がその動きを許さない。起き上がろうと力を入れるが腕を動かすだけでそれ以上体は動かない。なら体をナルと入れ替えればいいなんて発想もあるが、ファイナルユニゾン状態で無理しすぎている為にナル側のボディも完全にダウン、どうしようもない。そしてなのはも手からの出血を見れば大分血を失っているのが解る。とてもだがヴィヴィオを運んで歩けるようには見えない。

 

「おい、見ろよ後輩」

 

「何よ先輩」

 

 前の方を指さすとグネグネしている壁が少しずつもっと肉感的、有機的な形を生み出して行く。いいか、と先になのはに対して前置きをしておく。

 

「たぶん今から壁が触手に変わったり床が触手に変わったりするんだぜ。しかもこの光景は中継されていた―――来季の薄い本確定だな」

 

「売れたらユーノ君買ってくれるかなぁ」

 

 そこかよ。流石俺の後輩は一味違うなぁ……。

 

 そんな事を思いながら視線を虚空へと向けていると、破砕音が響き、正面の壁が完全に砕ける。赤い巨大なかぎ爪を持って壁を引き裂きながら、身体を半分だけ隠す様にして、ジト目で此方を見てくる金髪巨乳の姿がある。

 

「旦那の薄い本が出ると聞いて」

 

「さっさと助けろ」

 

「ういーっす」

 

 ユーリが魄翼を腕の形へと変化させたものが壁を完全に粉砕すると、ゆりかごがその再生を始める。だがその前に剣を召喚したユーリは再生を邪魔する様にそれを床に突き刺し、無理やり道を広げる。ユーリの背後を見れば同じように剣で縫いとめられた壁や床で出来上がった剣の道が外へと貫通する様に出来上がっていた。流石我が家の最終兵器、身体に傷一つ見せない姿で余裕を貫いてらっしゃる。

 

「もう一生分戦ったわぁ……」

 

「だよねぇー……」

 

 もうしばらく仕事でも戦いはしたくないなぁ、そう呟いていると腕の形に姿を変えた魄翼が此方の足元の床を抉り、そして掬い上げる様に自分となのはを確保する。ゆりかごから切り離された床と壁は完全に命を失って沈黙し、ユーリに運び出されるようにゆりかごから一直線に脱出する。情けない、と思いつつも自分はかなり頑張ったしこれぐらい許されるだろう、とやっと安心しながら空から見える光景を、ゆりかごの姿を見ようとして、

 

「―――あ、やべ、バルニフィカスゆりかごに忘れてきた」

 

『ちょっとまてぇ―――!! 僕の! それ僕の―――!!』

 

『信じて預けたバルニフィカスがまさかのポイ捨て、タバコと同じ扱いですね』

 

 水色の閃光が今しがた出てきた穴へと音速を超えて飛び込んで行った。あの速度が出せるという事はどう足掻いても元気なのだろうなぁ、と微笑ましく思い、本格的に床にぶっ倒れる。ゆりかごがどうとか、ガジェットがどうとか、そういう問題は確かにまだ解決されてない。だが、それでも、確実に一つ言える事がある。

 

 ―――それは自分の戦いが完全に終了した、という事だ。

 

 視線を空へと向ければゆっくりと大地へと向かって降下して行く中で、巨大な影がゆりかごとは別に大地を覆うのが見える。間違いなくそれは管理局の保有する戦艦の姿だ。一体誰かは知らないが、こんな混沌として、出航許可何てもらえる筈もない状況で良くミッドチルダまでこれたものだと思う。まあ、ゆりかごの面倒はもはや意識すら持たせることが難しい自分ではどうにもならないので、

 

「は、良く眠ってるなぁ……」

 

 静かな寝息を立てているヴィヴィオの姿を一眺めするとやっと自分の仕事が終わった、という感覚が襲い掛かってくる。それは確実に間違いだ。問題はこの後、どうやってここまで狂ってしまった状況を修復するかだ。スカリエッティが横流しした兵器、失墜した管理局の信頼、崩された平穏―――戦いが終わってからこそ秩序側の苦労と、そして手腕が発揮されるのだ。だからこれから始まるのは復興と、そして再生の苦労だ。ただ、

 

 自分がそこで悩む事なんて何もない。

 

 もし、俺に物語があったとして、その始まりはまず間違いなくマテリアルズとの出会いに始まり、そして今、此処で終わる。長い長い物語として、漸くエンディングを見る。そして最後の最後にこう書かれべきだ。

 

「めでたしめでたし」

 

「めでたしじゃないですよ。借金とか色々ありますからね、ウチ。あと罪状とか」

 

 ……ただ人生、何事もそう上手く行くわけがない。現実的に考えると今まで暴れた分のツケを掃わなくてはいけないわけで、ついでにヴィヴィオがちゃんとなのはに”保護”されるようにしなきゃいけないわけで―――やはり責任とはつくづく面倒なものだ。そう思いつつ、目を閉じる。もうそろそろいい頃だと、自分は十分に頑張った。即死級の攻撃に何発も耐えたし、ふだんは使わない頭をフル稼働させたし。問題は起こしたけどちゃんと解決できるところはしたし。できない所はもう完全に任せるとして、

 

「寝る」

 

 いい加減疲れた。体が休息を欲している。長い、とても長い休息を求めている。だからそれに抗う事無くあっさりと意識を落とす。

 

 ―――お疲れ様。




 活動報告を読んでない方はあけましておめでとうございます、てんぞーです。これにて聖王やゆりかご、とっとこスカ太郎をめぐる戦いは終了して、数話のエピローグの後に完結です。

 あとちょっとやで!

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