マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ハッピー・エンド

 先端技術医療センター。読んで字の如く、それは最先端の医療技術を備えた病院のような施設の事だ。様な、と付くのはここが病院の役割を果たすのと同時に本局から回される最先端の医療技術をテストするための場でもある為だ。確かにそれは危険な事ではあるが、それでも最先端の技術によって救える命もまた存在する。そういう事を色々と考慮し、地上本部近くにこれは存在している。―――逆に言えばここで優先的に治療を受けている人間はここでないと救えない、という意味でもあるのだ。

 

 パーキングエリアからフェイトと花束を手に歩き、医療センターの正面へと回る。正面から自動ドアを抜けて院内に入ると、そこには何時もの軽い騒がしさがあった。受付で並ぶ人や椅子で会計を待つ人、そして、

 

「うおおおお、よう―――」

 

 奇声を発しながら倒れる男の姿。そのすぐ横には銃型のデバイスを握ったナースが存在し、奇声を発しようとした男を蹴りで転がして端まで寄せる。途中で一旦此方へと視線を向け、笑顔で挨拶をするとデバイスを肩に担ぎながら、良く響く声で院内に声を届ける。

 

「えー、先生方ー、急患ですよー」

 

 ナースがそう言うのと同時に廊下からダッシュで飛び出してくる姿がある。白衣姿のそれは何処からどう見てもこの病院の医者だ。首に聴診器をぶら下げたまま彼はダッシュからのスライディングで減速すると、

 

「そこの木偶は小児科第三部、通称”しょうさん”が貰ったァ!」

 

 再びデバイスの銃声が響く。バタリ、と倒れる白衣姿を無視して、ナースが再び声を響かせる。

 

「先生方ー、増えましたよー」

 

「ういーっす」

 

 のそのそとやってきた医者たちが倒れている男たちを掴み、そして引きずって行く。引きずりながら会話から漏れる単語はどう聞き直しても”モルモット”やら”木偶”やらで不穏な単語ばかりだ。しまいには明らかに実験台とか言いのけている医者も存在するし、ナースはナースで満足げな表情を浮かべて業務へと戻って行く。激しく何時も通りの先端技術医療センターの光景を見て、フェイトが言葉を零す。

 

「なんかスカリエッティがいたら馴染みそうだなぁ」

 

「……駄目ですね、これは」

 

 軽くだが頭を抱えておく。横の女は全く役に立たないというか芸風に染まり過ぎていて駄目だ。なぜならこの光景を見て楽しそう程度にしか思っていないそう、つまりは―――師父達と同類という事だ。いや、それはそれでなんだか若干羨ましい響きだ。いや、しかしそれはそれで結構悩むところがある。この光景を見てフェイト並に順応しなければいけないのだから。そう考えると意外にハードル高くはないか、とは思うが思ったところでどうしようもないのでとりあえずは忘れておく。

 

「まずは許可ですね」

 

「少し面倒だよね」

 

 フェイトがそう言いながら苦笑して来る事に賛同し、受付へと向かう。そこには三人ほどの短い列が出来上がっているが、それでもそれも五分もしない内に片付く。列の先頭となって受付に到着すると、受付嬢は前に病院に来た時も受付をやっていた人だった。此方の顔を見て、そして要件を察してくれた。素早くホロウィンドウを立ち上げる姿に一応、言っておく。

 

「イスト・バサラと高町なのはの見舞いに来ました」

 

「はい、解っていますよ。アインハルト・ストラトスさんとフェイト・T・ハラオウンさんですね、はい、許可は出ていますので問題ありませんよ。あ、あとどうでもいい話ですが二人にもう脱獄ごっことか変な発想の遊びを院内に広めない様に言っておいてくれませんか? 車椅子レースとか脱獄ごっことか毎回やる度に皆悪乗りして仕事どころじゃなくなるので。もしやるなら、できたら土日にお願いします様に。では二人とも病室の方にいますのでどうぞ」

 

 そこで日を指定する辺り完全に諦めている証拠だ。あのコンビは揃うとエキセントリックさが非常に目立つと思う。まあ、何事も楽しい方がいいと言い切ってしまっているコンビなのでそれが自然体なのだと思う。受付での確認を済ませると、そのまま院内を歩きはじめる。時々すれ違うスタッフたちの姿も何度もここへ足を運んでいるので既に見知った顔だ。故に軽く頭を下げて挨拶をし、そのままエレベーターへと向かう。

 

 エレベーターに乗って真直ぐ向かうのは六階建ての六階、屋上を抜けば最上階となる個人部屋のあるフロアだ。何度も来ているだけあって道筋は覚えている。エレベーターを降りたところでなのはと、そして師父のいる方向は全く逆方向だが―――フェイトは自分と共になのはの方ではなく、師父のいる病室へと向かって歩きはじめる。というのもなのはは基本的に自分の病室には寝る時ぐらいしかいない。本人曰く一人では暇過ぎるらしい。

 

 故に三十秒ほど廊下を進み、そしてイスト・バサラ、ナル・バサラと扉に書かれてある病室を見つける。二度ほどノックすれば向こう側から声が返ってくる。

 

「む、誰だ」

 

 そう言って聞こえてくるのはナルの声だ。病室の自動ドアを内側から開けて出てくるのもやはりナルの姿だった。服装は髪色に近いグレーのセーターにロングスカートと、地味なものになっている。その姿は完全に普段着のそのもので、一部分を抜けば今までの彼女と全く変わらない姿だった。

 

「おーい、ナルー」

 

「あぁ、待て。アインハルトとフェイトが来たぞ」

 

「うん? あ、ホントだ。フェイトちゃんいらっしゃーい」

 

「いらっしゃーい!」

 

 病室だと言うのにその中は賑やかだった。ナルが病室の中に戻るのに合わせて入れば、そこには青いジャージ姿の師父と、赤いジャージ姿のなのは、そして―――ヴィヴィオの姿があった。病室の筈なのにテレビが置いてあり、そしてベッドをどかす様にしてテレビの前にはテーブルやゲーム機、椅子が設置されている。ヴィヴィオは師父の膝の上に乗る様にして義手でゲームコントローラーを握り、そしてイストとなのはもゲームのコントローラーを握っている。見間違いじゃなければテーブルの上に置いてあるのはビールの缶だ。しかも感じからしてついさっき飲んだばかりらしい―――一応まだ外は明るい。

 

 まあ、見舞いに来ると何時もこんな感じなので非常に今更な事だ。頭を下げて師父に会釈を送ると、師父がおぉ、と声を漏らしながらこっちへ来いと手招きしてくる。

 

「よぉ、そんとアイン」

 

「名前を略さないで! それと変な略し方しないで!」

 

 ヴィヴィオがそこでフェイトを見てそんママなんてことを言ってフェイトが心が砕け散る。花束を持ったまま床に倒れるフェイトの姿を無視して師父へと寄ると、

 

「何時も何時も何にもない所に良く来るなぁ、お前も」

 

「いえ、そんな事もないです」

 

 そう言いながら頭を撫でてくる。黙ってそれを受け入れていると、なのはが床に倒れたフェイトに軽い蹴りを入れると言う光景が発生していた。身内に対してとことん容赦ないなぁ、と思っていると、フェイトが立ち上がり、そしてなのはを掴む。

 

「な、なのは!」

 

「どうしたのそんママ? うん? どうしたのかなぁ、そんママァー? そんしてるの ねぇ、そんそん。オラァ、何か言ってみろよそんママ」

 

「いやぁ―――!! やめてー! なのはそんな言い方をしないでよー!」

 

 フェイトが頭を抱えて絶叫するが、なのはは物凄い悪い笑みを浮かべている。身内に対してとことん容赦がないのはこれ、もはやデフォルトなのだろうか。そんな風に崩れ落ちるフェイトの姿を無視して、師父を―――イスト・バサラの姿を見る。ジャージ姿である彼は服装を除けばいくつか今までの彼とは別の部分がある。まず特徴的なのはその髪だ。

 

 長く伸びた髪は首の後ろで揃えられている。途中までは完全に炎の様な赤色をしている髪も、それが毛先へと近づくにつれてだんだんと銀色に変色し始め、頭髪の毛先は完全に銀色になっている―――ナルと全く同じ色だ。そして目だ。片目は本来の琥珀色の目となっているが、もう片目、戦闘によって失われたそれは赤い色となっている。ナルの方へと視線を向ければナルの髪も、毛先へと進むにつれて赤く変色し、毛先で完全に赤くなっているのが解る。そしてその左目は長髪によって隠されてはいるが、そこには何も存在しない。そして、それが戻って来る事もない。

 

 なのはが入院した理由はリンカーコアの大幅な損耗、筋肉の断裂、骨折、内臓へのダメージ―――そういう肉体への凄まじいダメージが発生した事による入院だ。リンカーコアに関しては数パーセント単位での回復不能が確定しているらしい。此方はまだいい。若干問題となるのは師父、イスト・バサラの方となる。

 

 融合事故。

 

 それが”病状”となっている。

 

「おじさん」

 

「はぁーい、イストおじさんだよ―――いや、まあ、まだおじさんって言われる年齢じゃねぇんだけど。オイ、そこ何笑ってんだよなのは。お前の旦那をキャバクラに連れてくぞ。あぁ!? もちろん店員側にするんだよ! お前よりも絶対に人気でそうだよなあ!」

 

「表に出ろよ……私、久しぶりにキレちまったよ……貢ぐしかないじゃない!!」

 

「どうどう」

 

 ナルとフェイトが慣れた手つきで二人を落ち着かせる。そこで直ぐに落ち着いて次のネタに取り掛かろうとする辺り、この二人は本当に仲がいいというか、むしろそこまで息があっていてなぜ親友止まりなの、と疑問を投げさせられる程度には仲がいい。本当に、これで友情しか存在しないと言っているし、それしか存在してないので世の中驚く事はまだあると思う。

 

 ともあれ、落ち着いたところで、ヴィヴィオが師父の膝の上から師父のジャージを引っ張る。それを見て相変わらず自分を含めた子供には人気があるなぁ、と思っていると、

 

「相変わらず元先輩って子供に人気あるね。ヴィヴィオもそうだけどこの前抜け出して公園に行った時、初等科の子供たちと混じって鬼ごっこをしていたよね。しかもなんか元先輩途中から”ベルカ式リアル鬼ごっこ”なんて奇抜なゲームを始めていたし」

 

「ベルカ式リアル鬼ごっこ?」

 

 フェイトが首をかしげて来るので、それが何であるのかを知っている自分が解説する。

 

「普通の鬼ごっこは一人の鬼が複数人を追いかけるわけですが、この鬼ごっこではリアルさを要求されますので、一人で追いかけるのはまずありえないって発想なんです。基本的に多対多で集団による鬼ごっことなります」

 

「あ、ベルカにしてはまとも」

 

「―――あと道具が使用されないのはおかしいという発想で網と棍棒は基本ですね。鬼側はリアルさを演出する為に態々棍棒をケチャップで赤くデコレートしたり、夜勤明けメイクをして恐怖感を増して挑みますね」

 

「まともだと思った瞬間こうなったよ」

 

 自分でも割と思っているが故郷に対してまともな事を期待する方が悪いと思う。頭から離れる師父の手を名残惜しく思いながらも、持ってきた花束をそのままにしておくわけにはいかないので、花瓶まで花束を持って行き、さっさとその中に花束を入れ始める。フェイトは未だにショックが抜けきれないのかなのはから言葉の死体蹴りを食らわされ続けている。良く親友でいられると思うけどひょっとしてマゾヒストなのだろうか。まあ……友情の形は人それぞれだと思う。

 

「おじさん」

 

「あー、あー、解ってる解ってる。ほら、なのは、親友を死体蹴りするよりもこっちで遊んでた方が楽しいぞ」

 

「フェイトちゃん防御力低ければ心の防御力も低いよね」

 

「もう死体蹴りは止めた方がいいのではないのか」

 

 フェイトにトドメを刺したなのはテーブル前の椅子に座ると、再びコントローラを握る。花瓶の中身を変える作業を終わらせて師父の傍によると、三人でライフゲームなるゲームを遊んでいた。

 

「あ、五マス戻された」

 

「元先輩ざまぁ―――あ、借金マス」

 

「ざまぁ」

 

「その言葉、絶対忘れないの」

 

「えい」

 

 そう言ってボタンを押したヴィヴィオが一人だけ最大数値を出して前進していた。止まったマスも給料マスでお金を貰っていた。師父となのはが互いの足を引っ張り合っている状況で、明らかにヴィヴィオの一人勝ちの状態だった。

 

 そんな、日常と全く変わりもしない環境を見ながら思う。

 

 ―――これもそう長くは続かないのでしょう。

 

 現代の科学力では融合事故による融合状態の細胞レベルでの解除は不可能とされており、ナルとイストの心臓の共有状態を解除する術は存在しないという。そしてそれがどうにも治療できない以上、それはそこで諦め―――今の状態で監獄に入る事が決定している。早くて今月、遅くても来月には入る、と決まっている。それはもうどうしようもない事実であり、そして本人が自ら進んで決めた事だった。ナルがその関係上傍から離れられない為、ナルも師父にこの場合つきっきりなのだが―――これを世間は一人勝ちというのではないだろうか。

 

「師父、あまり無茶しないでくださいね?」

 

「お前も心配性だなぁ……もう俺の出番は終わったし、俺の世代で俺がやるべき事も全部終わらせたし、頑張る理由は何処にもないんだよ。だからほら、もうあとは罪を償って平穏に生きるだけなんだよな」

 

 そう答えた師父は片手で頭を掻くと、その膝の上の姿が抱きつくのが見えた。はいはい、と師父が平和そうにヴィヴィオのコントローラーを握って操作を手伝おうとした時、

 

「……?」

 

「うん? どうしたのアインハルトちゃん」

 

「いえ、何でもないですそれよりも―――」

 

 今一瞬師父に抱きついていたヴィヴィオが此方に向かって軽く笑ったような気がしたが、楽しそうだし別にどうという事もないだろう。それよりも今は大事な事は師父と同じ時間を過ごす事だ。何と言ったって残された時間は少ない。だとしたらあとはどれだけ濃密な時間が過ごせるかが重要だ。だとしたら、

 

「師父、私もゲームに混ぜてください」

 

「む、どうせならそこで死んでるフェイトちゃん蘇生して六人全員で遊ぼうよ。マルチタップあったっけ」

 

「コントローラーもたりねぇよ。たぶん院長室にあるんじゃねぇかなぁ」

 

「ちょっと略奪してくる。レイジングハート」

 

『All right, here I go』(あぁ、今日もですか)

 

 デバイスのシステムボイスには疲れとかの表現がないはずなのになぜか、どこか疲れた様な感じがするのは間違いだろうか。とりあえず、

 

「失礼します」

 

 一声かけてから師父の開いている方の膝に座らせてもらう。軽く背中を胸に預ける様にすると、師父が視線を後ろへと向ける。

 

「おーい、マイワイフ。俺ってばモテモテ」

 

「今なら幼児誘拐で訴えられる絵だな。試してみるか?」

 

「嫁がセメントで辛い」

 

 本当に、何時も通りに笑みを浮かべて馬鹿をやって、そして今を生きている師父達の姿を見て、変わるものもあれば、変わらないものもある。それを認識し、そして理解する。

 

「ま、なんだ……色々遠回りしてきたけどスカ太郎や俺達の処遇も大分決まって、色々と終わるのが近い時期だし、ようやっとたどり着いたというか……まあ、何というか。アレだな」

 

 師父の長い戦いは今、

 

「―――これが陳腐でつまらないハッピーエンドってやつだな」

 

 終わったのだと。




 これにてイスト・バサラを中心とした彼の物語は終了です。

 半年間駆け抜ける様な形で一緒に追ってきた読者の皆様本当にありがとうございます。あとがきは消すのが面倒になったので放置で決定するとして、今までキチガイキャラばかりのこの小説に良くついてこれるな、等と言いたい事はいっぱいありますが、

 マテリアルズRebirthはこの話を持って完結とします。近いうちにあとがきをこの次の話として更新する予定なので、質問などがあれば感想に投げてくださればある程度はお応えできると思います。

 それでは約半年間、お疲れ様でした。

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