音を立てて稼働していたバイクのエンジンを切る。どれだけここにいるかは解らないが、燃料の節約のためにもバイクのエンジンを切っておくことに越した事はない。被っていたヘルメットを取ってバイクの上に乗せると、しっかりバイクキーを抜いてポケットの中に入れておく。廃棄都市には犯罪者が隠れていたりするのだが、範囲としては結構広い。すぐに見つかってバイクがパクられない事は天に祈るほかはない。が……すぐに終わらせればいいだけの話だ。一応防犯登録しているし。ともあれ、ティーダもヘルメットを脱いで少しくしゃっとしてしまった髪の毛を整えている。自分もコートの中から櫛を取り出し軽くだけだが、髪型を整える。櫛をティーダへと投げてよこす。
「サンキュ」
「あいよ」
受け取ったティーダが軽く髪型を櫛で整え、櫛を返してくる。基本的に誰かと会ったりすることが多いこの空隊という仕事、身だしなみは割と大事な事である。社会人の基本として清潔であることは必須だが、髭のソリ残しはない様にチェックしたり、香水、シャンプーやコンディショナーと、割と気を使っている。近頃はそういう容姿的な部分にチェックが厳しい四人娘が我が家にいるのでそういうセンスは少々磨かれているのではないかと思っている。
まあ、そんな事は今はどうでもいい。
服装の乱れを直したところで二人で並んで廃墟を横に、奥へと進んで行く。情報屋に指定された場所は今の地点から少しだけ先の場所だ。歩きながらも奇襲や伏兵がいないことを確認するためにも、気配を軽く探る―――こればかりは魔導師としての技能ではなく、技能としての修練を積んで得たものだ。ここら辺はキチンと訓練を重ねてきたベルカ騎士でも壁越しに相手を感じることぐらいはできる。魔力もなしに行える探知行動は非常に貴重だ。なにせ、相手に警戒される事がない。
魔力を使うという事は相手を警戒させる一番の行動なのだから。
特に話す事もなくティーダと並び廃墟の乱立する土地を歩き進めていると、やがて目的地へと到着する。軽く周囲を窺っても周りには誰もいない。此方の到着は早かったらしい。電気式の時計を取り出して確認すれば、まだ約束の集合時間よりも数分早い事に気づく。
「早すぎたか」
「まあ、全力で飛ばせばこんなもんだろ」
待ち合わせ場所で暇なばかりに軽く背中を廃墟の石壁に預け、時間の経過を待つ。視線を上へと持ち上げればまだ日は高く登っているように見えるが……それが少しずつ傾いてきているのが解る。あと数十分もすればこの空も夕焼けのオレンジ色に染まっている者だと思う。
「冬だなぁ」
「冬だねぇ」
冬の空だと思う。暮れるのが早い。冬になると早く空が暗くなり、色々と面倒だと思う。なにせ暮れるのが早くなると時間を解っていても焦ってしまうのだ、もうこんな時間なのかと。春、夏、秋。冬。
「お前はどの季節が好きだ?」
「うん? 俺は冬かなぁ。雪とか嫌いじゃないし、今でも歳がいなくはしゃいじゃうし、ほら、やっぱり冬って家族一緒に仲良くしているってイメージあるじゃない、家の中で。俺、結構そういうの好きでだなぁー……」
「あぁ、奇遇な所に俺も冬が好きだなぁ……」
とことん気の合うコンビだなぁ、と軽く苦笑しながら思う。もう既に12月も中旬となっており、大分冷えはじめている。首に巻いたマフラーは防寒具としての機能を多いに果たしてくれている、ちょっと素敵な季節だ。冬の空は夏より澄んで見えるから、もうちょい綺麗だと思う。そういう空は見るのが好きだ―――数ヶ月前までは飛ぶという選択肢がほぼ存在しなかったため、今ではもう少しだけこの空に感慨がある。
「寒くなって来たしそろそろ鍋でも食べたい所だな」
「あー、いいね、鍋。やっぱり大人数で鍋を囲んで食べるのっていいよね。こう、普通に大皿からとって食べるのとは違う一体感があるよね。まあ、それが戦争の火種になる事もしばしばなんだけどさ」
「これが終わったら食うか?」
「今日は無理だけど皆連れて鍋にでも行く? 少し前にクラナガンに美味しい鍋の店ができてさ、彼女の一人でもできたら連れて行こうとって思ってマークしてたんだけどこう……ねえ? だからもう皆連れてヤケ食いするしかないね、これは」
「俺達の春は何時になったら訪れるのだろうか」
「少なくともこの冬を乗り越したところで訪れそうにはないなあ」
辛い。超辛い。彼女の一人はガチで欲しい。空隊、自分が所属している隊の女性は全員既に既婚か、もしくは彼氏持ちなのだ。流石エリートレディー達、男の引っ掛け方も上手い。……なんて事も言ってられない。消耗率が高く、そして死亡率が高いこの職業では早めに家庭を持っておいた方が後々後悔を残さずに済むので、いい出会いは欲しい。
「あー、彼女欲しい」
「同窓会でも開いて昔のクラスメイト引っ掛けようかなぁ……」
仕事中なのにまったく緊張感ないよな、等と思って再び時計を確認する。その時計に出ている時刻は―――約束の時刻は数分過ぎていた。おや、と声を漏らして時計をティーダに見せる。ティーダも時間を見て眉を歪める。情報屋という職業は基本的に信用が第一なのだ。信用を失えば情報源と客を失うのが情報屋という職業の辛さ、一つのミスが全体のネットワークを崩してしまう。だから基本的に時間に遅れる事はありえない。
「メールを送ってみるね」
ティーダがデバイスであるタスラムに触れると、目の前のホロボードとウィンドウが出現する。そこに素早く連絡のメッセージを入力し、送信する。その光景を眺めながら、目を閉じる。本当はなんらかの罠にハメられたのではないかと、そんな疑いが胸中をよぎる。目を閉じて軽く精神を集中すれば、より多くの情報が耳に、そして六感に引っかかる。そうして集中して聞こえてくるのは―――足音。
一人分の足音だ。
……少なくとも奇襲はないだろう。
そう思い、内心安堵する。総合AAを二人相手に一人で勝負を挑むの等よほどの実力がなければ無理な話だ。だから一人できた事をただ遅れただけだと判断する。その事をティーダへと伝えるとティーダもまた少しだけ安心した表情を浮かべる。まあ、何らかのトラブルがあったのだろう。その分こっちはしっかりもぎ取らせてもらおうと思い、集中しなくても聞こえてくるゆっくりな足音へと視線を向ける。
そうして現れたのはスーツ姿の情報屋の姿だった。前回とあった時同様肥満体の情報屋だ。だがその姿は前回あった時とは大幅に違う点があった。
一つ、その表情には恐怖が張り付いていた事。
「た、たすけ―――」
二つ、その体にはカートリッジマガジンが何十個と巻きつく様に体に付けられていた事。
カートリッジマガジンはただの魔力の詰め物で、指向性の無い魔力の塊だ。つまり火薬の詰まった弾丸と何ら変わりはない。もちろんデバイスではないので非殺傷設定等という上等なものはついていない。
―――それが爆発したとしてどうする?
「―――て」
「タスラムセットアァァァァップ!!」
「おぉぉぉぉォォ―――!!」
その体を見た次の瞬間の行動は早い。
アレは、人間爆弾だ。
情報屋の男の体に紫電が一瞬走るのが見えた。間違いなく体に巻きついているマガジンを爆破するための”火”だ。そしてそれを理解しているからこそ体が取るのは助けるための動きではなく、防御の為の動きだ。迷うことなくティーダはセットアップしながら体を此方の後ろへと隠し、そして此方も、セットアップを開始し、両手にガントレットを纏いながら全力で大地を踏む。
力を籠め、魔力を流し込まれ、そして脆い部分と強化された部分に分かれた道路だったものは全力で踏まれた結果、望まれた四角い形でせり上がり、壁として目の前に立ちはだかる。そしてそれが目の前に完成した瞬間、閃光と爆発は生じる。
鼻に血の臭いが届く前に、凄まじい衝撃が魔力と共に壁を一瞬で食い破る。肉片なんて残さない程の爆発、壁は一瞬だけ持ったにしても十分すぎる結果を与えている。即ち時間稼ぎ。その間に此方のセットアップ―――管理局制服を少しだけ着崩した状態のバリアジャケットの展開は終了している。ならばここはメイン盾としてやることは一つしかない。
殴りつつ、
『Reacter Purge』
バリアジャケット上着部分を破壊、リアクティブアーマーの要領で破棄、衝撃を打撃と載せて相殺する。状況がとっさ過ぎてそれ以上の魔法を使う事は脳が追いついていても魔法の並列処理が間に合わない。だが、相手がマガジン爆発だけだったのが幸いした。それが砲撃の様に一点集中した魔力攻撃であればキツイが、
「しゃらくせぇ!」
全方面へと向かって広がる衝撃である為、相殺しきる。拳を振り切るのと同時に息を吐き、呼吸を整え、強く大地を踏んで体を固定する。それに合わせる様にティーダが背中を合わせる。自分に強化魔法を使用し、素早く身体能力を魔法を使ったフルスペック状態へと引き上げる。そして、
『Reconstruction』
消えた上着を再びバリアジャケットとして生み出す。これで戦闘前の準備は此方としては完了した。ティーダもタスラムをライフル状の形にし、そして背中を合わせながら周囲を警戒する。
「W・A・S(ワイド・エリア・サーチ)」
ティーダの周囲に魔力スフィアが数個浮かび上がり、そして別の方向へと散る。散って行く魔力スフィアを一瞥し、口を開く。
「これ生き残ったら捜査降りるって方向で」
「せんせー! ティーダ君、この状況が絶望的に見えるんです!」
「ま、まだ大丈夫、バイクにたどり着けば……!」
そう言った瞬間、遠方で雷鳴と閃光、そして爆音が生じるのを感じる。汗をかき、顔を蒼くしながらまさか、と呟く。次の瞬間ベーオウルフに知らされたのは知りたくも、そして信じたくない情報だった。
『Congratulations! Your bike is destroyed!』(おめでとうございます! バイクは破壊されました!)
「クソがあぁぁ―――!!!」
頭を抱えて絶叫するしかなかった。そしてそうやってネタへと走った瞬間、空に浮かび上がったのは紫色の魔法陣だった。その規模も、魔力も大きい。確実に此方を仕留める目的として放たれた大規模の魔法として理解できる存在だった。それを目視した瞬間判断は早く、
「イスト!」
「俺のバイクがぁぁ―――!!」
ティーダが此方のバリアジャケットを掴む。そしてその瞬間、限界速度で跳躍する。魔法を使った飛行よりも、身体能力を使った跳躍の方が圧倒的に速度が出る身の為、迷わず跳躍から廃墟ビルの壁を蹴り、それを足場に全力で蹴り砕きながら体を加速させ、素早く効果範囲から体を逃がそうとする。
「間に合わないッ……!」
そう叫んだティーダの判断は素早く、ティーダは次の瞬間に―――自爆した。
カートリッジマガジンから取り出した魔力入りの薬莢。それをティーダは起爆剤に加速を一瞬だけ伸ばした。その爆破によって稼がれた距離で―――ギリギリ魔法陣の射程範囲から逃れる事に成功し、身体は空から降り注ぐ紫電の雨から辛くも逃れることに成功する。だがそれが降り注ぎ終わった次の瞬間、巨大な魔法陣は消え、小さな魔法陣が十数と浮かび上がってくる。その全てが小型ながらも距離を無視して跳躍魔法と砲撃の魔法の混合だと見抜く。
一瞬の判断でティーダの腕をつかみ、投げる。
「いつも通りよろしく!」
そう叫んだティーダの姿は数メートル進んだことでまるで陽炎のように揺らめいてから消える。ティーダが得意とする幻術魔法が発動した証拠だ。極限まで魔力を使わず、完全に潜む状態となったティーダは自分から尻尾を出さない限りか、もしくは相手が優秀な解析能力を所持していない限りはバレないだろう。
だから必然的に全ての攻撃は此方に集中する。
魔法陣から一斉に雷撃が放たれる。純粋に雷へと変換された魔力。雷を回避できる生物は存在しない。だから最善の策は放たれる前に射程か範囲から逃れている事だ。―――ただ、魔力から変換された雷は100%純正の雷とは違い、速度は大幅に落ちる。それは此方に対して一手だけ挟み込む余地を与える。
「フルンディング!」
『Byte』
雷に対して拳を叩きつける―――それは無論此方の敗北で結果を得る。十数の雷撃が拳を貫通し、身体へと伝導し、全身に衝撃を与えながら此方を空中から叩き落とす。非殺傷設定の切ってある魔力攻撃により、壮絶な痛みが体を襲うが、
「カッ! レヴィ程じゃねぇなぁ!」
四肢を大地へと叩きつけ、着地する。もちろん痛い。泣きたいぐらいに痛いし、ダメージはデカイ。が、こちとら食らってナンボのタンク型プレイヤーなのだ。それに、既に一回”噛んだ”のだ。
『Heal』
即座に回復魔法が発動し、傷ついた体を回復し始める。そして空に再び無数の魔法陣が浮かび上がり、此方へと向けられる。此方が走り出す前に魔法陣から雷が放たれる。それに向けてやることは一つ。
「フルンディング……!」
『Byte』
拳を雷撃へと叩き込む。その結果は以前と変わりなく、全身に激痛を生み出す。だがそれは一度目ほどではない。一回”噛んで”味は覚えた。これで2回目が終了した。―――術式”フルンディング”はその役割を大いに果たしてくれている。と言っても状況が不利なのに変わりはない。
「まだか……!」
回復魔法を多重展開し、全身の傷を早急に回復させながら構える。治療の証が全身から湯気として証明され、溢れる。雷撃によって体に刻まれた軽度の火傷も素早く回復されて行く。完全回復は不可能だが、司祭としての血統、それによって備われる回復魔法への適性は高い。戦闘続行には十分すぎる回復は行える。
そして、
三度目の雷撃が降り注いでくる。
「味は覚えたか? 解析術式”フルンディング”……!」
『Byte』
雷撃を打撃する。その全ては無理だが、これで三度目の打撃となる―――三度の接触により術式の構成内容は解析を大分終え、術式と構成魔力が判明される。ここまでとなれば、次の打撃で半分以下まで威力を減らす事が出来る、
解析術式フルンディング。
魔法、または相手へと打撃による接触を得る事で接触対象を解析し記録する魔法。解析という支援型魔導師の武器を攻撃へと転化させた結果―――相手の術式に対して一番有効なハッキングプログラムを打撃として乗せる。即ち、打撃による魔法解除。術式への妨害という行動。
攻撃用の最大の切り札を惜しげもなく切る。―――これは切り札を使うに値する敵だ。
『―――見つけたよ』
次の瞬間、一瞬の閃光が空を照らし、そしてベーオウルフに位置情報が送信されてくる。それを確認した瞬間体は目的地へと向かって走り出す。
「邪魔、だ!」
『Cartridge load』
ベーオウルフから空の薬莢が排出されるのと同時に、一直線へ座標へと向かって疾走を開始する。
文字通り一直線。
即ち目の前にある廃墟や、崩れた高速道路、壁、フェンス、そう言った障害を全て走る事で粉砕しながら直進する。速度は落ちない、落とさない。強化された肉体により道程にある全てを破壊しながら直進し、空を見上げる。
そこに、それはいた。
全身をローブで隠している存在だった。間違いなく敵だ。此方への敵意と、素早い対応へのいら立ちを感じる。だからこそ此方も怨嗟を込めて叫ぶ。
「お前が俺のバイクをぶっ壊したクソかぁぁぁあ―――!!」
即座に飛び上がり、足を掴もうとすれば飛行魔法で相手が避ける。そして同時に杖型のストーレージデバイスを振るい、
「―――サンダーレイジ」
ノータイムで雷撃を頭上へと落とす。反応する暇も、打撃する暇もない。成すすべもなく全身を雷撃に撃たれるが、
「それぐらいで止まる様な俺でもねぇ」
構わず飛行魔法で浮遊し、加速術式で一瞬の加速で接近する。素早く、短く、必中のコースで繰り出す拳を、
「……」
相手は短い加速術式の動きで避けた。だが、
「―――そこ、危ないよ」
「っ!」
二対一で戦って勝てると踏んでいる敵なのだ―――避けられる事は織り込み済みだ。
既に狙撃に適する位置に陣取っていたティーダが狙撃した。溜めの入った魔力弾はレーザーの様な細い閃光となって空を貫き、敵に―――掠った。敵は最後の瞬間で此方と同じことした。即ち自爆。爆風によって敵は体を横へと飛ばして必殺を回避した。
ただし、素顔を晒すという代償を払って。
そうやって晒されたのは―――紫の色の髪をした女の顔だった。