「チッ」
一瞬で紫髪の女の姿が消える。十中八九転移魔法だ。その姿が遠方へと一瞬で姿を移すのが見える。それと引き換えに大量の魔力スフィアが転移前の場所に浮かべられていた。明らかにこっちの接近を封じる手段だ。それが動き出そうとする瞬間、同時に動き出す。
「―――」
一閃の光がスフィア群を貫き、誘爆させながら道を生み出す。その瞬間に飛行魔法と加速魔法を並列思考で同時に処理し、一気に体を加速させる。魔導師の女は悠然とその光景を眺め、此方の到来を待っている。十中八九誘われている。だがそれはいい。此方はもとより殴り、そして殴られて初めて役目を果たせる存在なのだ。殴れば殴るほど、殴られれば殴られるほど強くなる。
「いっくぞぉ―――」
『Bite』
ノータイムの打撃を叩き込む。それは女に届かず、その正面に現れるプロテクションによって阻まれる。これで一発目、
「にぃーっはつ!」
右を叩き込んだ次の瞬間に体の向きをスイッチし、左拳でのブローを叩き込む。プロテクションの解析が二発目により大幅に進み、プロテクションに罅が穿たれる。そして相手のリアクションを待つまでもなく、半秒以内に三発目の打撃を叩き込んでプロテクションを破壊する。
「……」
女は無言で唇を高速で動く。此方に対する感情は一切ない―――まるで無機物を、無価値の存在を見るような目立った。気に入らない。非常に気に入らない。気に入らないからその感情を拳にさらにこめて殴る。が、その動きは最後まで果たされる事はない。砕け散ったプロテクションの破片は鎖と姿を変えて、両手足を縛る。
ようやく、女は口を開く。
「―――愚かね」
そう言って策にはまった俺を女は笑う。だからこそ笑い返す。
「あぁ!? 馬鹿じゃねぇ男がいるかってんだよぉ!」
……テンションあがってきてるなぁ俺!
そう、大体テンションが上がる時はこういう空気だ。劣勢だ。相手が強い。自分よりも強い。追い込まれる未来が見える。だが―――勝てない未来ではない。決定的に絶望的じゃない。まだ自分が勝てる光景を想像できるのだ。そしてそれだけあれば十分。力任せにバインドを引きちぎり始める。空間へとバインドによって固定されているため、両手足はちぎれそうに悲鳴を上げながら血を流し始める。
「まるで躾のなってない獣の様ね」
「男は何時だって女に飢える獣なんだよ!」
『数分前までそういう会話だったしね!』
念話でティーダの声が一瞬だけだがこっちに届く。それを聞いてアイツもだいぶテンションあがってるなあ、と理解したところで、目の前の女が視線を逸らして杖を振るう。瞬間、一直線に雷鳴が槍となって放たれ、廃墟を吹き飛ばしながら雷撃を爆破させる。そしてその行動に女が視線を逸らした瞬間此方も動く。
「がぁっ!」
獣で結構。無頼漢で結構。そういう”役割”なのだ、俺に与えられたのは。最前線で激しく、馬鹿の様に、そして目立つように暴れる。ヘイトを集める。注目を集める。その隙に相棒を影の様に存在感を薄くして隠れる。隠れている間に俺が暴れてボコって、美味しいとこを持ってかれる。いや、まて、最後のはおかしい。ここはコンビネーション攻撃でフィニッシュに変えるべきだ。いや、あ、うん、大体そんな感じ。
深く考える必要はない。
体は治る。
心は折れない。
無理だとは感じない。
ならば、
『Bite bite bite bite―――bite』
「だぁらっしゃぁぁ―――!」
バインドは直接体に触れている。数秒も存在すれば術式の構成を解析し、そしてそれを破壊するための”アポトーシス”を用意するのは簡単すぎる話だ。仮にも総合AA、腐っても総合AAだ。伊達や酔狂で支援型適性なのにAA評価を奪ってきているわけではない。全身から回復の証に湯気を立てながら前進する。
「落とすッ……!」
「出来るかしら」
素早く拳を叩き込む。が、再び女は転移を使って距離を生む。だがその方角は大体、何となく、解る。つまりは勘だ。勘で大体どっちへ逃げたのかを悟る。だから拳を叩き込み、空振り、そして空ぶるのと同時に拳の先から殴りだす様に砲撃を逃げた方向へと叩き込む。
―――当たるな。
それを直感するのと同時に女は砲撃の前へと現れる様に転移してきた。
「なっ―――」
驚きは一瞬、だが致命傷にはならない。言葉が漏れるよりも早く女は自然とプロテクションを張っていた。だがそれは既に三度殴っているものだ。猟犬の牙は一度噛みついた獲物の味を忘れない。しっかりとプロテクションは味わっている―――故に一瞬の抵抗をしてからプロテクションは砕け散る。
そして、女は言葉もなく砲撃に飲み込まれる。
「同じ手を使うのは悪手だぜ」
「―――忠告有難う」
砲撃を雷撃で吹き飛ばしながら無傷の姿で女が現れた。ただし流石に姿を隠すローブまでは無事と行かず、完全に吹き飛んでいた。スラリとしたスタイルに出る所は出ている三十過ぎの女性、少し旬から離れていても大人の色気を持つ女性だった。だがそれを全て瞳の色が台無しにしていた。
無価値。圧倒的無価値。その瞳に感じられるのは無価値だった。相手に対して、世界に対して無価値。その女が瞳に映していたのはそれだけだ。再び思う、気に入らないと。こいつ根性ひん曲がっているな、と。そしてだからこそ、
「殴る!」
一直線に女へと向かって加速する。短距離転移で接近するなんて器用な事は自分には出来ない。だからこそ、出来る手段はこれだけだ。欲を言えば地上戦の方が圧倒的に得意だし、分もある。故に地上戦へと持ち込みたい所だが、相手がそれを許しはしない。故に接近して殴る。
それ以外の選択肢が存在しない。
「―――」
再び高速で唇が動く。次の瞬間魔力スフィアが十数と浮かび上がる。
そして、
再び虚空から放たれる閃光がスフィアを打ち抜き、誘爆させる。それによってスフィアは一気にダメになり道が開け―――
「舐めないでほしいわね」
―――十倍を超える量のスフィアが出現する。その総数は軽く百を超えていた。その全てに雷が込められ、バチバチとスパークしながら浮かび上がっていた。
「これだけの数があればどこに居ようと関係ないわね」
その発言に軽く頬を引きつらせた次の瞬間、
「サンダースフィア―――ファランクスシフト」
「―――噛みつけ猟犬の牙ァ!」
『Hrunting』
叫んだ次の瞬間、空に浮かびあげられた百を超える魔力スフィアが広範囲にばらまかれるが。その様子を語るとすれば豪雨や嵐等という言葉はなまぬるすぎる。非殺傷の設定が存在しないだけではなく、スフィア一つ一つ、全てが雷に変換されている―――それは弾けるのと同時に電撃となって広範囲を焼きつくし、伝導する殺戮の魔導となって廃墟を更に更地へと変えようとしていた。
―――あ、ヤバイコレ。
一撃目のスフィアを殴るのと同時にそれを認識する。それを殴るのと同時に全身が電撃によって痺れるのを感じる。それ故に体の動きは一瞬鈍り、同時に六発の雷撃を体が受け止める。全力で魔力を回復魔法に消費しながらカートリッジがアホの様に消耗されて行く。消費される魔力と回復が機関銃のように降り注ぐ弾幕に追いついていない。だが、それでも、
殴る。
「―――」
殴り、進む。
「―――っ」
殴り、進み、笑う。
「―――ははっ」
殴り、進み、笑い、そして吠える。
「―――ははっ! 今の俺超かっけぇ……!」
三十発目を殴り飛ばす頃には完全に相殺が完成し、殴り飛ばす分にはダメージを無くす事には出来た。それでも常に魔力スフィアが生み出され、毎秒百発のスフィアを放出してくる弾幕に終わりはない。此方が五十発殴り終わるころには体に八十発を超えるスフィアの着弾が発生していた。それがダメージとなって全身にやけど傷を作り、意識を削り、内臓を殺していくのを理解する。体の中の血が雷撃によって加熱され沸騰しそうになる。
それでもカートリッジのロードを止めない。
回復魔法が続く限りは死なない。
死なないんだったら止まらない。
そして死なないのであればまだまだ戦い続けられる。だから前進を止めず、弾幕の中をひたすら直進する。その光景を女は一瞥するだけで、
「―――殺す」
宣言する。明確な殺意を向けて。だから言い返す。
「ばぁーか……!」
次の瞬間変化を生んだのは俺でも女でもなく、
「残念、ティーダ・ランスター君でした!」
敵の肩を背後から掴んだのはティーダだった。
「ッ!?」
やっている事は簡単だ。幻術魔法で姿を隠したティーダは”常に”敵の真下に存在した。W・A・S用に放ったスフィアをそこから操作し、念話の中継地点に使用し、そして弾丸として使用した。まるで周りを移動しながら狙撃していたように見せかけるブラフ。俺という餌を使ったうえでのブラフ。
あとで殴る……!
痛い思いをした分だけティーダを殴る事で自分の中では納得しておく。そして、
「俺、非殺傷切っている相手に攻撃やめろとか甘い事を吐くつもりないんで、―――レッツ死ね!」
タスラムを思いっきりを女の頭へと叩きつけるのと同時に襲い掛かってきていた弾幕は一瞬だが動きを止める。そしてそうやって叩かれた瞬間、前に出る。彼女の体は此方へと投げ飛ばされている。それは好機だった。ほんの一瞬だけ動きを止めたスフィアが再び動き出すが、それを全身で受け止め、体をそれを受け止める衝撃で赤い傷痕を何筋も生み出しながら、一気に接近する。
「―――超痛かったぜ……!」
殺す、という明確な殺意を持っている相手に対して手加減する慈悲を俺もティーダも持っていない。
ティーダが狙って殴ったのは相手を気絶させるための箇所だ。だがそれは無力化するためではなく、俺が明確に一撃を、必殺となる一撃を叩き込むための時間を稼ぐためだ。だからこちらへと迫ってきた女の体、
その鳩尾に容赦なく拳を叩き込む。
「一撃……!」
その拳を短く引き戻してから膝を叩き込むのと同時に右の肘を折れ曲がった体の背中に叩き込む。
「二撃目ェ……!」
膝と肘のサンドイッチから解放した女の頭を掴んで無理やり体を伸ばさせる。頭から手を離し、
「三、四、五、六、ハイ、バリアジャケット貫通!」
連続で拳を叩き込む。全てをとっても二秒もかからない連携からの連撃。解析術式がバリアジャケットを完全に解析し、打撃に関して言えば完全にその守護を無視する事に成功する。だから完全に無力化するためにも拳を振るおうとし、
「……ッァ!!」
女が全身から雷撃を放った。威力自体は大した事がない―――だが問題は光量だった。眩しすぎるそれはとても目を開いていられるほどのものではなかった。故に目を潰さないために、反射的に目を閉じてしまう。
そして感じるのは一瞬の位置の変化。
「やってくれたわね」
目を開いて確認できるのは敵が生み出した更地から数キロ離れた位置。ティーダから大きく離れた場所。十中八九この女が此方もろとも逃げて来たに違いない。
「潰すわ」
「やってみろ」
再び踏み出し拳を振り上げようとする―――だが相手の思考速度の方がそれよりも早い。虚空からバインドが出現し体を縛り上げる。だがそれは半秒ほどでちぎれる。
だから新たなバインドが生み出される。
千切る。
バインド、破壊、この繰り返しが一瞬の間に凄まじい回数で繰り返される。が、そのループが十回ほど完成したところで女の姿が唐突に消失し、そしてその代わりに現れたのは雷鳴だった。
一撃目の奇襲に放たれた物よりも巨大な魔法陣が空に浮かび上がっている。―――到底避ける事の出来る範囲ではない。表面上の傷は完全に癒えている。が、それでも目の前の脅威を乗り切れるかどうか―――それを問われるのであれば、かなり厳しい。
「助けてティーダ―――!」
「無理―――!」
神は死んだ。
そして天が落ちた。
一瞬で視界が紫に染まり上がり、そして全身を雷撃が貫く。激痛と再生が同時に発生し、この世の生き地獄かと思えるほどの痛みが全身で発生する。飛行魔法は一瞬で発動を停止し、そして体は雷撃と共に大地へと叩きつけられる。衝撃をバリアジャケットは殺すが、それでも魔力によるダメージは慈悲なく全身を焦がす。
「かはぁ―――」
口から鮮血が吐き出される。吐き出された―――ならまだ生きているという事だろう。全身を貫く雷撃を感じつつ確認する。激痛は―――ある。これもまた生への証明。血を吐いて痛みを感じている。手足は繋がっているのか? 動く。なら問題はない。
「メイン盾に感謝しろやイケメンシスコンスナイパァ―――!」
返事が返ってこないのは解っている。というよりも叫ばれても聞こえない。それだけの雷撃と轟音が自分を中心に発生している、泣きそうなほどに痛い、が、
「かっこつけなきゃいけないガキ共いるから痩せ我慢するぜ……!」
全身で雷鳴を浴びながら―――魔法陣の外へと走り抜ける。その様子を空に浮かび上がる紫電の魔導師は初めて驚愕の表情と共に迎える。その唇がバカな、と呟いているように見える。だがそんな声は聞こえない。あぁ、なるほど、耳がイカレたかと納得しておく。生死にかかわる問題なので優先的に聴覚の回復を始める。その再生の証としてキーン、と耳鳴りがし始める。敵はまだダメージが低い様に見える。だから、睨み、地を蹴ろうとした次の瞬間―――
「―――こほっ」
女が吐血した。咳と共に発生する吐血を女は止められなく、そしてしまった、と後悔の表情を浮かべていた。まだ内臓へと届くようなダメージはバリアジャケットによって阻まれて成功していなかったはずだが―――これは明確な勝機だ。逃すわけが、
「ないでしょ……!」
「しまっ―――」
虚空から幻影を脱ぎ捨ててティーダが出現する―――それは女の頭上だった。タスラムの姿は変形しており、もっと一撃必殺を意識した長く、そしてゴツイ、スナイパーライフルの姿へと変化していた。空中で逆立ちする様に出現したティーダは銃口へと女の頭へと向け、
「パス!」
躊躇なく引き金を引いた。
場合によっては殺す可能性さえある一撃を迷うことなくティーダは行った。そしてその結果として女は目の前へと落ちてくる。高速で、バリアジャケットが砕かれながらも、大地へと叩きつけられて体は跳ね上がる。
―――良い位置だ。
そう思う。だから、
―――通す。
ならば叫ぶしかない。
「死ね……!」
即ち殺すしかない。それしか目的の無い拳。容赦も遠慮もなく、ただ”ぶち殺す”その一点だけに鍛え続けてきたベルカ式武術、キチガイの所業。シューティングアーツも、ストライクアーツも、その全てを習ってつぎこんできたものをつぎはぎで形とする。
それを容赦も遠慮なく、殺す気で叩き込む。実を言えば正当防衛で、生殺与奪の権利は既に自由となっている。ここまで大暴れする犯罪者に対しては当たり前の法律だ。だから、万感を込めて叫ぶ。
「鏖、殺……!」
叩き込んだ体を衝撃が突き抜け、アバラを易々と砕き、衝撃を全身へと響かせる感触を得る。衝撃は完全に貫通し、体を吹き飛ばさずその場に留める。拳を引き、後ろへと数歩下がれば、その場に女が倒れる。
「……っく、はぁ、はぁ、はぁ……」
目標が沈黙した事に安堵し、息を吐く。それと同時に全身に激痛が走る。素早く魔法を使って痛みを一時的に殺すが、それで状況が好転するわけではない。休息を訴える体を無理やり立たせたまま、ティーダの到着を待つ。
「お疲れさん」
「あいよ」
すぐに追いついてきたティーダはこちらほどではないが、少なからず傷ついていた。おそらくあの魔力スフィアの豪雨の余波を受けたに違いない。まあ、それでも自分よりも圧倒的に損害が少ない所を見るに、俺は己の仕事を果たせたようで少しだけ、誇らしい。何せ、バインドするだけの魔力もカートリッジを使わなければ出てこないという惨状になっているのだ。
『Cartridge load』
「あまり無理はいけないよ」
「無理してナンボのポジなんだよ」
口の中に溜まった血液を吐き出しながら収穫である女に向けて視線を向ける。まだ女からは魔力を感じる。その気になれば暴れる事も出来るだろう。だから何かをさせる前にバインドをかけようとし―――
「―――御免なさい、勝てたら貴女を蘇らせて―――」
女が漏らした言葉に凄まじい不吉を感じた。
「止めろティーダァ―――!」
「解ってる!」
反射的にカートリッジをロードし魔力を生み出す。ティーダもバインドなんて甘い事を言わずにタスラムを振り上げる。だが、
「―――アリシア」
そう呟き、
女は閃光となって破裂した。