マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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コングレチュレーション・ユー・アー・デッド

 軽く体を動かす。

 

 ベッドの前で軽く捻り、伸ばす体は予想を裏切らない性能を発揮する。ジャンプすれば軽く天井に届き、下へと体を曲げて伸ばせば床に触れる事が出来る。格闘家にとって柔軟性は非常に大事なものだ。だからそのまま自分の体が固まっていないか、それを確かめるためにも少しずつ足を広げてゆく。やがて数秒もかからない内に足は完全に広がり、上から覗ければ線となって見えるだろう。その状態のまま前へと倒れ、両手を床に当てる。そしてその手を支えに、体を持ち上げる。

 

「よっ」

 

 全身を両腕だけで支え、持ち上げる。足を閉じ、両足を天に向ける形で腕を伸ばし、真直ぐと伸ばしたところで動きを止める。そのまま数秒間何もせずにただ逆立ちした状態で体を止め、腕の筋肉が一週間の入院生活で鈍っていないのかを調べる。

 

 十秒が経過する。腕には疲労も衰えも感じない。

 

 三十秒が経過する。疲れはまだない。

 

 一分が経過する。全く問題を感じない。故にそのまま体を支える腕を一本に変える。左手で支えるのを止め、それを背中に回す。そのまま右手だけで体を一分だけ支える。そして今度はそれを左手でやる。

 

「問題はない、なっ」

 

 両手で床を押して体を軽く飛ばす。その跳躍から着地し、両足で床に立つ。軽く両手を叩いて埃を掃う。腕全体を回すようにし、そして手や指を振る。そうやって少しずつ関節の可動を確かめ、足にも軽く触れる。

 

「魔法って便利だよなぁ……」

 

 日常的に体を鍛えている人間が一週間も寝たきりで過ごせばそれなりに筋肉が衰えたりするものだが、やはりそこらへんは魔法によって肉体を維持する事が出来る。一週間ベッドの中で過ごしたぐらいでは体は、筋肉は衰えない。だからいつも通りの鍛錬だけで済む事と考えれば楽な話になる。もう少しだけ体を軽く動かし、そしてベッドサイドの上に置いてあるバッグを取る。その中にはこの病院、一週間の生活に使った様々な私物が入っている。

 

 その五割がティーダとシュテルのお土産であるアダルト雑誌なのが非常に解せないところなのだが。ちなみにティーダが妹モノ中心、シュテルはロリモノ中心。貴様ら一度逮捕されろ。

 

 捨てたくとも病院に置いていくわけにはいかないため、無駄に重くなった鞄を持ち上げ、最後に手鏡で自分の姿を確認する。ここ一週間髭を剃る事が出来なかったので髭が少し濃い目に伸びているが、それ以外はベルカの剣十字をプリントしたTシャツ、ジーンズ、マフラー、ロングコート、ベルトと靴。実にシンプルな服装になっている。どこかおかしい所がないかを確認しつつ、髪の毛に触れる。

 

「ちょっと伸びてきているかもなぁ……」

 

 格闘をするなら髪は長い方よりも短い方が断然有利なのだ。というか基本的に戦闘においてはショートヘアーの方が好まれる。戦っていると解る事だが、髪の毛が視界に入って一瞬相手が見えなくなるとか、格闘戦で相手が髪の毛を掴んでくるとか、そういうケースが増えるのだ、戦闘回数が多くて髪が長いと。そんなわけで格闘主体の自分も基本的にショートヘアーで纏めている。だからこの髭も含めて、髪もサッパリカットしてしまった方がいいのだろう。今日は家でのんびりするとして、それらは明日やってしまうとしよう。

 

 コンコン、とそこでドアの叩く音がする。

 

「入っていいですよ」

 

「邪魔するよ」

 

 部屋を開けて入ってきたのはティーダだった。敬語をして損した気分になった。が、丁度いい所だった。カバンを持ち上げ、それをティーダへと投げつける。元々の退院スケジュールは5時だったが、それまで時間を過ごすのは非常に面倒だ。既に昨日の内に機能としては回復しているのだ。この一日は大事を取って、という理由でしかない。

 

「おら、ほとんどお前が運んできたモンなんだから責任もって荷物持ちしろよ」

 

「あげたんだしやだよ」

 

 そこで投げ返してくる辺りが激しくティーダらしい。溜息を吐きながらキャッチし、片手で握る。それほど重くはないものだが、それでも運ぶとなると非常に面倒だ。

 

「おら、受付行くぞ」

 

「はいはい」

 

 軽くティーダの脛を蹴って部屋の外へと追い出す。そして病室から出る直前で―――振り返る。一週間の間、退屈だったが世話になった部屋に対して軽く頭を下げてから外へとでたティーダの姿を追う。横を並び、廊下を歩きながらエレベーターへと移動する。

 

「調子はどう? 入院で少しは体が鈍ったんじゃないかな?」

 

「悪いがすこぶる快調。今からでも仕事はできるぜ―――と、言いたい所だけど家に帰ってまともなメシが食いてぇ。相変わらず病院のメシは殺人的に味がねぇよなぁー……」

 

「あぁ、そういえばイスト内臓系だったもんね、ダメージ」

 

 そのせいで病院からは胃に優しいものしか食べる事を許されなかった。食物繊維の多いものも消化に悪いのでアウト、消化しやすく、そして胃に負担をかけない食べ物ばかりであったため、柔らかかったり、スープばっかりだったり、まともにメシを食っていない。家に帰ったらガツンと食いでのある肉にかぶりつきたいものだ。一週間も肉を食べてないとか軽く信じられない事実だ。

 

 エレベーターが到着した。

 

 それに乗って、二人そろって一階へと向かう。自分だけは一人で受付の方へと向かい、そこで支払いと退院に関して話をつけてくる。既に大まかな話は終わっているのでそう長くつくものではない。ポケットの中にしまっておいたベーオウルフを取り出すと、それを端末に近づけて支払いを確定する。これで病院ですべきことはすべて終了する。受付に背を向け、一足先に病院の外で待っているティーダと合流する。病院内ではデバイスの装着は禁止となっているため、病院の外に出てようやくデバイスを装着できる。

 

「あー、何かやっと落ち着いた」

 

『We usually are together』(普段は一緒ですからね)

 

 基本的に家にいる間も手に装着してたりと、割と身近な所にあるベーオウルフを一週間も装着しなかったのは割と心細かった話だ。だがこうやって装着すると落ち着いてくる。……どんなに邪険に扱おうが、今まで一番命を預けてきた相棒はやはりこれなのだ。あるなしでは安心感が大いに違う。おかえりマイフレンド、これで遠慮なく犯罪を殴る仕事ができるよ、やったね。

 

 と、そこでティーダがタクシー乗り場とは逆側に立っているのが見える。その様子に溜息を吐く。

 

「そっち、タクシー乗り場じゃねぇぞ」

 

「歩くのも悪くないよ? 運動したいだろうし」

 

 いや、それはそうだけどさ。たしかに運動をしたい気分ではあるんですけど。

 

 クラナガンの病院ではあるのだ、ここは。だが立地はクラナガンの”外れ”と言った方が正しい。ここからクラナガンまで歩いて約三十分、そしてクラナガンに到着してから歩いて更に三十分。それも、自分とティーダという大人の歩幅にそれなりに鍛えられた男性であることを考慮してのペースだ。……歩くには少々遠い。

 

 だが既にノリノリになっているティーダを見てしまうと断るのは中々難しい。まあ、断る理由はない。幸い朝に退院したので予定時刻まではかなりある、というより歩いても予定時刻にはならない。……なら仕方がない、と諦めて溜息を吐く。

 

「溜息を吐く割には嬉しそうだよね、ツンデレ系?」

 

「殴ってもいいか?」

 

 互いに笑いあいながら道を歩きはじめる。まだ時間が早い事もあってクラナガンへと続く長い道には人の気配がない。これが1時を過ぎれば人の量が増えて車などが通るのも見えるのだが、この時間は誰もいない。なので少し調子に乗って道路の真ん中を歩いても文句は言われないし、問題もない。

 

「こう、誰もいない道路の真ん中を歩きたくならないか? すっげぇ衝動的な話だけどさ」

 

「あー、あるある。こう、歩行者天国とかになると思わず真ん中を目指すよね。たぶんアレって日常的には出来ない事をするから凄いやりたくなるんじゃないかなぁ。ほら、毎日道路の真ん中を歩けたとして衝動的に歩きたくなるかな」

 

「確かにそんな感じだよなぁ」

 

 ティーダの話に納得し、首元のマフラーをもう少し強く締める。少しだけ、予想よりも外は寒かった。窓を開けると寒気が入ってきて病院に迷惑がかかるのでできなかったのだが、

 

「12月25日か」

 

「もうそろそろ年末だね。これはゲンヤさんに聞いた話だけど祖父の代の故郷である地球……あ、最近では割と有名な世界だよね? ハイパー砲撃少女とかハイパー惨殺少女とかハイパー殲滅焦少女が発見されたり何度か滅びかけたりして」

 

「すげぇ、俺地球にだけは関わりたくなくなったよ」

 

 というかSランク魔導師発掘しまくったうえで二度以上滅びかけたという経歴は世界として一体どうなんだそれ。物騒というレベル通り越して古代ベルカレベルのヤバさに足を突っ込んでないか、地球という世界は。

 

「あ、話題が逸れたな」

 

「あ、うん。とりあえず話を戻すけど、12月25日は何やら聖人の誕生日らしくて、カップルは皆ベッドへゴールインする日らしいよ」

 

「地球すげぇ。あらゆる意味で頭がおかしい世界だな」

 

「うん、これを聞いて俺も地球にだけは関わりたくなくなったよ。とりあえずティアナには”地球関連厳禁”と教育しておいてあるんだけど―――まあ、激しくどうでもいい話だよね」

 

「ならそもそも何故話題に上げたんだお前……!」

 

 そこで素早く特に意味はない、と言い切れる辺りティーダは大物だと思う。しかし地球、地球か。なのは、フェイト、そしてはやて―――我が家で保護しているマテリアルズ四人娘の内三人のオリジナルの故郷だ。ティーダ発信のキチガイ世界地球の情報はこの際無視するとして、あの世界が遺伝的故郷とも言える場所である、という話になると……少しは興味が湧いてくる。文明レベルもそう低いわけではなく、現在のミッドチルダよりも二世代下のレベル、魔導科学がないという状態らしい。ともなれば旅行でもすれば、いい観光ができるかもしれない。

 

 まあ、常識的に考えてあの娘達を遠出に連れて行くことは選択肢としてあり得ないのだが。

 

「はぁー」

 

 息を吐き出してみると、それは気温のせいですぐに白く染まる。そうやって吐き出した息を見て、そして肌で寒気を感じる。その後、軽く空を見上げれば―――遠方で少しだけ、空が曇っているように見える。遠方と言ってもそう遠いわけではない。

 

「……雪が降りそうだなぁ」

 

「そうなのかい? 天気予報は特に見てないんだよねぇ」

 

 ここら辺、勘というか、予測は割と当たる方なのだ。それに肌で感じる限り、割と空気が湿って重く感じる。ともなれば、そう遠くない内に雪でも降りそうな勢いだが、まあ、それも悪くはないと思う自分がいる。友達と二人で雪の降る道を歩く……絵としてはそれなりに悪くはない絵だと思う。

 

「あ、そういえばイストはどうする?」

 

 何が、と追い返すとティーダが答えてくる。

 

「新年。とりあえず新年最初の三日は俺ら休みが出るよ?」

 

「え、マジ?」

 

「マジマジ。だから新年予定ある……わけないか、そのリアクションからすると。ならどうだい? 1日ぐらい一緒にゲンヤさんの所で過ごさない? あの人遊びに来い遊びに来いって結構五月蠅いんだよ? こう、男のノリって感じが凄い強い」

 

 あー、まあ、ティーダの言わんとしている事は解る。見た目通りというべきか、あの悪辣な手腕の陸士隊長は割と豪快というか、たった一度会っただけでもズカズカと踏み込んでくる。そこに思惑はあるのかもしれないが、それを思わせない人の良さがある。

 

 でも、まあ、

 

「アレもコレも全部まず家に帰って居候達と相談してから決めるよ。俺一人で決められるようなもんでもないしな」

 

「あー、確か親戚の子とかが何人かいるんだっけ?」

 

「まあな、騒がしくてばかばかしい連中だけど、俺からすればどいつもこいつも可愛い連中だよ。将来が美人に育ちそうで怖いねー」

 

 道路を歩き、二人で笑いあいながら帰路を行く。まあ、たまにはこんな風に無駄にやる事は決して通り道ではないと思う。馬鹿な話も建設的じゃない話も、全く無意味ではない。それがこういう時間を作り上げるのであれば、全く持って悪くはないと思う。こんな時間には嫌でも気が緩んでしまう。

 

 だからだろうか。

 

 判断は一瞬遅れた。

 

 ―――気が付いた時には自分の左腕が鮮血と共に宙を舞っていた。


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