マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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トランプル・トーク

 ―――嫌な流れだと確信した。

 

 私、たぶんシュテル・スタークスという名の少女はそう思って少しだけ強く歯を噛む。自分はクローン―――プロジェクトFの派生形から生み出されたコピーのコピー。高町なのはというオリジナルワンをベースにして生成された理のマテリアルのコピー。それがこの、シュテル・スタークスという存在。その役目はオリジナルのシュテルと何ら変わりはない。即ちこの集団での理の象徴として、ブレインとして、常に最善手を思いつき、実行する事だ。そしてその為の知識を忌々しくもインプリンティングされている。必要なモノが、自分を作りものだという事を強く認識させる。本当に、忌々しい―――が、今はこれが武器だ。

 

 マルチタスクをもって思考を分割する。別々の思考行動を同時に行えるのは非常に楽だ。魔導師としては術を複数同時に行使するためには必須のスキルだし、同時に別の方向から一つの事を見る事だってできる。―――レヴィも最低で思考を五分割できるぐらいにマルチタスクというのは常識的な技術なのだ。

 

 だから分割できる最大数においてこの状況に対して正面から睨む。大胆不敵に此方を見る男は最低限の義理を果たしたと言った―――そこだ。それが問題だ。

 

 義理を果たされたのだ。

 

 自分の記憶……いや、脳に記憶されている情報と照合すれば、もし管理局にそのまま引き渡されていた場合、モルモットとして解剖される運命が待っていたに違いない。そして目の前の男、青年イストはその運命を自分の首を天秤にかける事で回避してくれたのだ。実にすばらしい事だ。無駄なリスクと罵倒する事も出来るが、助かった本人からすれば感謝すべき事だ。いや、だからこその問題だ。

 

 義理を果たされた。最低限ではあるが、助けられた。

 

 つまり、もうこれ以上助ける理由が存在しないのだ。これ以上の助けは余裕のある人間が行うものであり、必要以上の”余分な行動”なのだ。世の中、全ての人間が決してやさしいわけではない。自分達を生み出したような外道が存在すれば、問答無用で全てを助けようとする聖人の様な人物だっている。だが目の前の人物はそういうタイプではない……最低限の義理は果たしてくれる、少々優しいというだけの人間だ。何処にでもいるタイプの。

 

 どうする。どうする。どうする。

 

 言葉を考える。どの言葉が正しいのか、どうやって喋ればいいのか。何に訴えればいいのか。そして何よりも、私達―――マテリアルズですらない、コピーの私達を助ける事にいったいどういうメリットがあるのか。それを思いつかなくてはならない。

 

『大丈夫ですかシュテル?』

 

 ユーリからの念話が届き、頭に声が響く。そして、分割した思考が目の前の青年が片目を少しだけ揺らすのを捉えた。此方が魔力を使った事を把握しているのだろう。だからあえて口にする。

 

「念話での話し合いの許可をください」

 

「いいぞ? あんまし長すぎると俺はそのまま空港に行っちまうけど」

 

 使用許可が出たので心置きなく念話を他の二人にもつなげる。レヴィにつなげるのは余計なことかもしれないが、それでも何もしないのよりはいい。それにデータ上はレヴィの突発的な発想が何らかの貢献を起こしたことはある―――らしい。やはり少々悔しい。このデータがオリジナル達のものであり、自分たちのものではない事であるのが。己達の結果を見て判断できないという事が。ともあれ、

 

『どうだシュテル』

 

『あまり良い状況ではないかと』

 

『そうなの? 僕よく解らないけど別にお兄さんの助けとか必要ないんじゃないかな? ほら、僕たちってお兄さんよりも魔力あるし、まだ出て来たばかりだけど時間かけて体に慣れれば何とかなるんじゃないかな? ユーリがいれば長距離転移とかもできるでしょ?』

 

 意外とまともなレヴィの考えに少々驚くが、即座にそれを否定する。

 

『私も一番最初に考えた事はそれでしたが、一番最初に否定したのもそれです。なぜなら私達には一番重要であるデバイスがないのですからね』

 

 そこが一番の問題だ。バルフィニカス、ルシフェリオン、そしてエルシニアクロイツに紫天の書のセット。これもまた、オリジナルのコピーだ。オリジナルに匹敵する戦力として創造された自分たちはもちろんその力を最大限に発揮するためにオリジナルの所持していたデバイスと極限まで似させたデバイスを持って運用させられる予定だった。唯一ユーリだけが特殊で、デバイスを必要としないのだが―――デバイスなしのユーリだけは技巧の成熟に時間がかかってしまう為、やはり私達のデバイスが必須となる。共に研究室に保管されていたというのが脳に記録されている情報だ。おそらく今頃管理局が所持している。

 

『いいですかレヴィ? 我々はかなり優秀です。Bランク以下の魔導師であればデバイスなしでも封殺する事は可能です。Aランクでさえツーマンセルで戦えば負ける事はありません。ですが、それとは別にルシフェリオンなどが無ければ最大の戦果を得る事も、そして大がかりな術式を使用する事も出来ません―――デバイスが無ければこの世界に閉じ込められている状況なんですよ、私達は』

 

 そしてデバイスがないのであれば情報の改竄やごまかしも通じない。脳内には電子クレジットの偽造方法も記憶されているが、これもやはりデバイスを使う事が前提だ。何せ情報改変というのは作業がかなり細かい―――正直言って人間の脳でやるにはかなり面倒な部類にはいるものとして判断できる。

 

『では現状の問題をレヴィでも解る様に説明します。簡単に言うとまず1に私達には身分がありません。2に私達には移動の手段がありません。3に金が無くて生活ができなく、そして4に管理局に見つかったら間違いなく実験室行きという事でしょう』

 

『意外と我ら人生ハードモード入っているな』

 

 というか9割方詰んでいる。この状況でもしこの男を見逃してしまえばまずこの世界から出る方法がない。その時点で手段を選べなくなってしまうし、手段を選ばなくなれば必然的に管理局に見つかってしまう。そして我々レベルの魔導師に対して管理局も戦力を惜しむようなことはしない―――確実にエースレベル、ストライカー級の人員がやってくる。だから、

 

『今日を、そして明日を生きるには』

 

『なるほど、我らを保護させるしかないのか。そして保護させるに足る理由が存在しないのが今一番の問題という事なのだな? 何をしなくてはいけないのかが我にも見えてきたな』

 

 ディアーチェは伝えたかったことをちゃんと理解してくれた。流石王というべきか、頭は悪くはない。寧ろ決断力においてはこの中で一番上だろう。所詮自分の役割は理であり、知である事だ。考える事までは私の仕事。判断は王にまかせる。だからこそここで、自分たちが保護にたる存在であることを証明しなくてはならない。

 

『シュテル、ディアーチェ?』

 

 ユーリからの念話が届きユーリへと振り返るが、

 

『レヴィが何かしてますよ』

 

 保護者予定の男にレヴィが突貫していた。

 

「れ、レヴィ……!」

 

 即座に頭を抱えそうになる。が、レヴィは気にする風なく、男に向かって歩き、そして両手を腰に当て、胸を張っている。

 

「僕は強いんだぞ」

 

「おう」

 

「僕は凄いんだぞ」

 

「おう」

 

「だから養って」

 

「……」

 

「すいません、ちょっとタイムで」

 

「お、おう」

 

 とりあえずレヴィの頭を全力で叩き、首を掴んで後ろへと引っ張ってくる。全力で笑顔を浮かべて男、イストに対する心象を良くしておくのを忘れない。小さなことからコツコツと、好感度を稼ぐにはマメさが大切なのだ。

 

『悪いが威嚇しているようにしか見えなかったぞ』

 

 五月蠅いです王。

 

 レヴィを元の位置にまで引っ張ってくると、とりあえずディアーチェと共に挟み込む。苦笑するユーリもやってきて、レヴィを逃がさない円陣を組む。

 

『えー、ではシュテル』

 

『はい。被告人レヴィ・ラッセル―――辞世の句を』

 

『僕殺されちゃうの!? ちょっと待って、今裁判が始まった瞬間終わった気がするんだけど!』

 

『まあまあ』

 

 ユーリは優しいですねー、なんて事を思いながらとりあえず先ほどのリアクションを見る。―――予想していたよりも、割と驚きの反応だったと思う。いや、その前にレヴィに聞いておかなくてはならない。

 

『何故あんなことをしたんですか』

 

 レヴィは表情をきょとんとさせた。そして指を口に当て、首をかしげる。だって、と言葉を前置きしてから話始める。

 

『お兄さんは曲がった事は苦手だって言ったよね? だったらめんどくさい事を考えずにこうドバーン! と言った方が楽でいいんじゃないかなぁ、と僕思うんだ。だって王様とかシュテるんが言っている事が面倒すぎて僕考えるの嫌だもん。それに助けてもらうのに色々理由を作るのだっておかしいじゃん。だったら普通に真正面から助けてくださいって言った方がいいと思うんだ。それにほら、ユーリが”助けて”って言ったら助けてくれたんだし』

 

『それでも養ってくださいは流石にアウトじゃないですか……?』

 

『まあ、間違いなくアウトですね』

 

 レヴィの死刑は確定した事だがしかし―――レヴィの話はあまり悪くはないのかもしれない。いや、むしろ、今の会話で光明を見出した。レヴィの話は極論だ。いや、極論だからこそ通じるのだ。賭けにはなるが、おそらくこの方法が一番勝率が高いと踏む。

 

 会ったばかりの見知らぬ人間だが―――知っている限りの情報、そして対応を見るにこれが一番のアタリだという事に違いない。

 

『―――解りました。何とかする方法を思いつきました。……正直自分でもどうかと思うぐらい酷い方法ですが』

 

『気にする必要はない』

 

『シュテルが思いついた方法であるのならば、おそらくそれが最善なのでしょう』

 

『僕は解らないからとりあえずシュテるんに任せた!』

 

 レヴィは何時も通りとして―――いや、これもそう作られたからなのだろうか。この信頼も、能力も、役割を円滑にこなす為に供えられたものだ。この中で一番思考力に優れてしまっているために多く、余計な事を思いついてしまう。非常に面倒だと思う反面、この信頼がオリジナル達にあったものであるなら―――それは偽物ではないのだろうと思う。

 

『一番効果的なのは王にやってもらう事でしょう……ですから王よ、我々の命運を託します』

 

 とん、と胸を叩きながら張ったディアーチェはまかせろ、という。なので念話を通し、ディアーチェに対してやってもらうべき事を伝える。問題は多くあるが、それでもたぶん―――これが正しい回答だと思う。もしこれが間違っていれば、その場合はただ単に自分の見る目がなかったのだ。だからこそ、

 

『マジか!?』

 

『マジです』

 

『王様頑張って!』

 

『えーと、もしディアーチェがやり辛いというのであれば……』

 

『……えぇい、我も紫天の王かそれっぽい何か! 腹は括ろう!』

 

 それっぽい何かとか言わないでください。此方が激しく悲しくなるので。それでは紫天の王っぽい何かの従者っぽい何かに我々がランクダウンしてしまうではないですか。

 

 ともあれ、ディアーチェが覚悟を決めてくれた。なら後は見守るしかない。

 

「……で、作戦会議は終わったのか?」

 

「う、うむ。待っているんだぞ? 動くなよ? 絶対にそこから動くなよ?」

 

「すげぇ挙動不審だな……」

 

 やはり少し無謀だったかもしれないと今更ながら思うも、既にディアーチェは動き出している。前へと踏み出し、イストの前へと出ると、流れるような動作でひざを折り、手を床に着け、頭を下げて、それを床に着ける。その状態で、口を開く。

 

「―――我らを助けてください!」

 

 見事に土下座だった。そしてそれを見てイストは頬を若干引きつらせている。―――その様子を見るに土下座は流石に予想外だったのだろう。

 

『ぶっちゃけ土下座に意味は』

 

『特にありません。オリジナルの出身世界の文化らしいので無難にピックアップしました』

 

『貴様覚えていろよ』

 

 これを乗り切れるのであればいくらでも、という言葉は聞こえない様に自分の内に飲み込むと、イストは口を開く。

 

「メリットは?」

 

「ない!」

 

「デメリットは?」

 

「いっぱいだ!」

 

「それでも?」

 

「うむ!」

 

 もうこれ完全に開き直っていますね。

 

 それを確信し苦笑する。なぜならこの場で笑っているのは自分一人ではなく、もう一人だけ、笑みを浮かべている存在がいるからだ。

 

「メリットもなく、デメリットのみの状態で俺に助けろというのか。これ以上の義理はないのに」

 

「そうだ!」

 

 イストの言葉に反射的にディアーチェが答えると、苦笑は声となって部屋に響く。その声の主は―――ディアーチェの前で腕を組んでいた青年のものだった。苦笑しながら組んだ腕を解き、そして手をディアーチェの頭に乗せる。

 

「子供が大人に助けを求めるのに理由なんていらないんだから最初から素直に助けてって言いやぁ良いのに」

 

 じゃあ何故試すような事を言ったのか―――と言われれば此方が答えを出してしまう。

 

 ……おそらく自信をつけてほしかったのでしょう。

 

 不器用な男だと思う。あえてこちらを窮地に落とす事で団結し、共に考える時間を与えたのだ。そしてそれは確実にクローンやコピー、出生には関係なく”今”我々が協力し合う事で出来上がった結果なのだ。そこには背景等は関係なく、”子供”としか認識されていない我々がいる、という事なのだ。その事に他に気づいている者がいるかどうかはわからないが、とりあえずは、

 

「乗り越えられましたか……」

 

 助かった、という結果が安堵を生む。実に心臓に悪い……が、解った事がある。この男、間違いなくお人好しなのに偽悪的なのだ。いや、自分の性根を理解しているからこそ偽悪的であろうとしているように見える。なるほど、苦労しているのは自分達だけではないと理解した。

 

 さて。

 

 ……どうしよう。

 

 この状況を乗り越えるだけで、未来に対する具体的な見識がない事に今更気が付いて軽く頭を抱えた。




 マテ子達の外見年齢は今のなのは達とそう変わりません。つまりマテ子達13歳(外見)で、なのは達も大体13歳です。

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