マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 なのはシリーズ最大のヒロイン……!


ラーニング・リトル・バイ・リトル

「つ、疲れた……!」

 

 バタリ、と自分に与えられたデスクに突っ伏す。デスクワークの多い部署であることは一週間前、此処に入隊した時にイストが説明してくれたこともあって理解したつもりであった。だが流石にこれほどとは聞いていない。戦闘中に使ったマガジンの数、魔法量、戦闘時間、自分がテロリストと相対する事で行った行動を細かく、その意味を一つ一つ書かなくてはならない。話によればそれは自分の戦い方を客観的に分析する為であれば、分析から自分のミスや欠点、長所を毎度見つめ直す為でもあるらしいとか。いや、それならまだいいのだ。まだ楽な方だし。自分の事は良く解っているつもりだからそれは結構スラスラ書ける。

 

 問題は報告書の方だ。

 

 まず書き方、言葉使い、そして背景からの現時点までの事などの細やかなレポート。グラフとかまで要求される部分があって非常に辛い。しかもこの報告書、意外と判断が厳しく、辛い。そういうわけがあり、こっちの報告書を四苦八苦しながら書いていると、1時間ほど前には既にレポートを書き終えたイストが椅子を引っ張ってきて此方のデスクの前で足を止めてくる。だが終わっているのはイストだけではなく、隊の他の皆もだ。

 

「おらおら、どうした。皆反省文まで書いたぞー」

 

「なんで反省文含めて書くのが早いんですか……」

 

「慣れてるからに決まってんだろ」

 

 そんな慣れは嫌だと思う。

 

 今書いている報告書は休みの日に休日出動した時の分だ。書くのは暇な平日でいい、と言われたのでこうやって休み明けの今、書いている。だがあの出動、実はメールで焼き討ちすると宣言したここの狂人達は本気で焼き討ちをはじめ、出てきたところを射的して遊んでいたのだ。流石にこれは看過できないと言った隊長のフィガロ・アトレーが反省文を書かせたが、

 

「ほれ、完璧な反省文」

 

「なんで5ページもする程無駄に長いんですか」

 

「毎回書いてりゃあそうなる」

 

「ほんと嫌な慣れですね!」

 

 ……私を抜いた全員が反省文っていったいどこの小学校なんだろう。

 

 いや、小学校でもここまで酷い事はない。いや、小学校以下だ。レベルとしては幼稚園―――いや、それは幼稚園に失礼だ。ここの連中は一体どうしたらこんな風になってしまったのだろうか。そして馬鹿なのに有能だから困る。無駄に有能。ここにいる連中を表すのであればその言葉がぴったりはまる。そして、そんな有能な連中だからこそクラナガンの平和を守っていられるのだろう。

 

 確かに頭のおかしい連中だが、その実力を疑う事は出来なかった。

 

 魔力は低くてもA、高くてAAAランク、自分を含めればSなどがいる。総合ランクも安定してAAクラス前後の準エース級が多い。だがそれは少々違うと思う。昇段試験を受ければ確実に総合AAA、もしくはSへと届く人材がここにいると思う。自分とパートナーを組んでいるイストは一緒に行動する事が多い為、実力は割と理解しているつもりだ。彼なら確実に総合AAAは行ける筈だ。だがどの隊にも”保有可能戦力”、つまりは置けるランクの上限が決まっている。ここが首都防衛の最前線である為若干緩くなっているが、それでも上限いっぱいだという事に変わりはない。あえて試験を受けない事でランクを低いまま所属しているのだ。

 

 首都航空隊という職に対して誇りがあるのだろうか。もしくはこの場所に対して執着があるのだろうか。それを判断するだけ、自分はここにはいない。だから多くを判断することはできないが、イストに関してはこの短い時間で判断できることがある。それは―――間違いなく今の場所へ執着を持っている事だ。そして何か、目的がある。流石にその先は解らない為、自分の考察はここで終わるのだが。

 

「なーのーはーちゃーん!」

 

「あー、もう! 邪魔しないでくださいよ!」

 

「というかなのはちゃん中卒してないってマジ?」

 

「通信教育で今卒業資格を貰っている最中です! というか誰から聞いたんですかそれ!?」

 

「はやてちゃん」

 

「はやてちゃ―――ん!!」

 

 あの腹黒少女、自分の友達の個人情報を簡単に売り渡したな……!

 

 戦慄と共にはやての自重が最近なくなって行くことを自覚する。早めにどうにかしないと全面的に被害が来るのは此方だ。だから今度の休みにシグナムに頼もう。―――少しばかりはやてと道場の中で精神修行してくれないか。一度だけ勧められて経験したが、拷問にも似たようなあの感覚を味わえばはやても少しはまともに戻るはずだ。しかしキチガイへの接触による友人のキチガイ化は見逃せない。なんとしてでもはやてをこの地獄から救い出さなくては。

 

「お前、今物凄く悪そうな顔をしているからな?」

 

「えっ、い、いやだ……」

 

 顔を抑えた瞬間、此方が報告書の打ち込みをやっているホロウィンドウをイストは強奪する。今のは気を逸らすための嘘だと悟った瞬間素早くつかみかかる。だがイストは椅子を回し、既に背中を向けて報告書の見分を始めている。

 

「ほうほうほう」

 

「わ! わー! わあ―――!!」

 

 椅子から飛び降りてデスクの向こう側へと回り込むと、イストも立ち上がって報告書を確認し始める。身長は相手の方が圧倒的に高いので、此方は飛び跳ねても一向に届かない。普通なら別に恥ずかしくはないのだが、見ているのがこの男だというのが問題なのだ。この男、細かい所で此方を弄り倒すフシがあるのだ。この間も焼き討ち現場に到着して犯罪者の生存を確認した時、犯罪者たちに”なのはちゃんマジ天使!”と言わなきゃ燃やすと脅迫していた。この男、どうしてそこまで脳が非常にアレなんだ、というか外道というレベル超えてないかと叫びたくなる。

 

 で、

 

「返してくださいよ―――!!」

 

「ボツ」

 

「きゃああ―――!?」

 

 目の前で報告書の書かれていたホロウィンドウを容赦なく目の前の男は叩き折った。そこには一切の躊躇はない。ただボツ、と言った瞬間にホロウィンドウを両手で真っ二つに折ったのだ。自分の二時間の苦悩の結晶が一瞬で無に帰す光景を目の当たりに、思わず膝から崩れ落ちる。

 

「お、鬼! 悪魔! 修羅! 外道! 鬼畜ベルカ人! キチガイ!」

 

「ふははは! 褒めろ褒めろ! もっと褒めろ! 俺は頭おかしいって事自覚してるぞ!」

 

 駄目だ、この男どんな罵倒をしても落ち込むどころか喜んでいる。こうなってしまったら非常に遺憾ながら最終手段しかない。

 

「レイジング―――」

 

「まて、流石に物理的ツッコミは止めよう。ローキックぐらいなら受ける気だったけど流石にそれはなし、なしな?」

 

 ……確かにレイジングハートを持ち出すのは少々やり過ぎだったかもしれない。というよりも普段の自分ならここまで短絡的な思考もしなかったと思うんだけど―――朱に交わって染まっている……?

 

 ……ない、ありえない。うん。

 

 それだけはない。ありえない。ありえてはいけない。私がここにいる人たちと同レベルとか絶対だめだ。なにがダメって、それはつまりはやてやイストと同じレベルになるという事だ。それは非常に駄目だ。ないがどうとかは言わないけど、駄目だ。選択肢としてはそもそも存在してはいけないタイプだ。

 

「まあ、待て高町なのは嬢。この超グレイトなセンパイ様にも慈悲の心はある―――有料だがな」

 

「有料なの!? そこは後輩であることに免じて無料じゃないんですか!?」

 

「それはドラマの見過ぎだ。お前の様な子供にはもっと現実を知ってもらわなくてはならないこの超偉大な先輩様の心を解らないのか?」

 

 サングラスに隠されているとはいえ、イストのドヤ顔が容易に想像がつく。そしてそれを思い浮かべると無性にイラッ、としてくる。

 

「いいか? 交換条件だ。俺がこいつの簡単な書き方を中卒も出来ていないなのはちゃんに教えよう。だがその代わりに―――」

 

 

                           ◆

 

 

 ……今更ながら、何であの時自分はキッパリと断らなかったのだろう、と軽く後悔している。おかげでまた一人、友人を犠牲にすることになってしま―――いや、はやては同族だから犠牲でもなんでもなかった。ともあれ、此処まで来てしまったからにはもう遅いと確信しつつ、到着した建物の扉を開く。

 

 そうして広がるのは縦に続く塔だった。

 

 一歩前へと踏み出せばそこに足場はなく、上と下へと無限に続いて行くような広さを持った場所。その壁は全て本棚であり、そしてその本棚には隙間を残すことなく本がびっしりと詰められている。この入り口近くの区間は全て本が整理されているため割と整頓されており、目的のものを探すのも比較的楽だが、奥へといけば違うという事を自分は知っている。本棚の間にはまた本棚によって囲まれている通路が存在し、枝の様に分岐していて奥へと進める様になっている。まるで外装を無視する様にこの空間は無限とも思えるほどに広がっており、一度遭難すれば絶対に個人の力では抜ける事が出来ないと言われる場所だ。

 

 背後にイストがいる事を確認し、前へと一歩踏み出す。

 

「あ、ここは無重力設定になっているので飛行魔法使わなくても大丈夫ですよ」

 

「お、マジか?」

 

 虚無に向かって一歩踏み出せば体は下へと向かって落ちず、ふわりと重力に逆らって浮かび上がる。そこから軽く体を傾ける事で其方へ推進力が生まれ、身体がそっちへと向けて流れるように動き出す。

 

「お、っと、っと」

 

 イストはやはり初めての経験らしく、少しこの無重力状態に戸惑いを見せるが、数秒もすれば感覚を掴んだのかすぐさま自由に動けるようになる。空戦魔導師はここらへん、割と簡単に感覚を掴むらしいとは話を聞いている。だからそこまで心配はしていない。ただ問題は今、目当ての人物がいるかどうかだ。予めメールをいれて来ると言っておいたが、

 

「―――おーい」

 

「あっ」

 

 声のした方向、上へと視線を向けると柔和な顔立ちの少年がスーツ姿で上からゆっくりと降りてくる。慣れた様子で此方の前へふわりと現れるのは本日の生贄、というより苦渋の決断の末、売り渡す事しかできなかった人物。

 

「や、待たせちゃったかな、なのは」

 

「ううん、今来たところだよユーノ君」

 

 ユーノ・スクライア、長年の友人であり、魔法を知るきっかけの人物であり、そして”本局”に存在する管理局最大のデータベース、無限書庫の司書だ。今まで混沌としていた無限書庫に着任すると同時に改革をはじめ、本局内でも無限書庫の整理状況に関しては救世主とあがめられるほどの人物。

 

 だがその実態は超ブラック勤務。社畜でもこんなに働かないというレベルで残業と寝泊り、休日はほぼ確実に無限書庫での整理作業、友人と会う時はほぼ確実に目の下に隈が存在しており、何時みても死にそうな表情をしている。半年に一回程度に取れる休みの日は確実に家のベッドで一日中休んでいないと次の半年を乗り切る事が出来ない修羅場の救世主。

 

 ……売り渡してごめんね……!

 

 今も目の下に隈を浮かび上がらせるユーノの姿を見て軽く心が痛む。

 

「えーと、確か知り合いの人が使いたいんだよね?」

 

「うん、今一緒にお仕事をしている―――」

 

「イスト・バサラ准空尉ですスクライア司書」

 

「!?」

 

 イストの丁寧な態度に驚き、そしてそのせいで反応が遅れる。今までこんな態度で誰かに接する所を見た事がないだけに酷いショックだった。そしてその間にユーノとイストは握手を交わし、

 

「無限書庫は利用しようとするとそれなりの権限と時間を要しますからね、なのはを通して貴方に知り合えて良かったです」

 

「いえ、どうやら頼りになる人がなのはと一緒にいるようで安心しました。結構無茶をするのでできたら年上の人に無茶しない様に見ていてほしい所なんですが……」

 

「はは、今の所少し元気なぐらいで問題はありませんよ。ただ少し報告書の作成に戸惑っている所があるようで」

 

「あぁ、確かに今までの部署じゃそう言う必要性はなかったですからね……これを機にバンバン必要な事を教えてあげてください」

 

「えぇ、そのつもりですよ」

 

 誰だこいつ。

 

 そんなことを思いながら、呆然と二人の弾む会話を見る事しかできなかった。




 中卒前で報告書を書く人生って凄いなぁ。

 そんなわけで今回から引き続き、次回もスクライアせんせーの登場です。ユーノ君はなのはシリーズ最大のヒロインキャラだと信じている。それにしても無限書庫のブラックさのネタにされっぷりは異常である。

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