マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 平和だなぁ。


ミーティングズ・グリーティングズ

「あー、疲れた!」

 

「スバル! 靴を適当に脱ぎ捨てちゃ駄目!」

 

 そんな賑やかな声が玄関の方から聞こえてくる。相変わらずにぎやかさでは我が家には負けないな、と思って視線をゲンヤへと向けると、ゲンヤも肩を揺らして苦笑する。思っている事は案外一緒なのかもしれない。ソファに深く座り込み、”緑茶”と呼ばれるお茶を飲みながら心を落ち着かせていると、リビングの扉が勢いよく開いた。

 

「お父さんただいま!」

 

 勢いよく扉を開けて入ってきたのはスバル・ナカジマ、この家の次女で、年齢はまだ9歳の少女だ。それでもこの家にいる娘たちの中では一番アクティブで、一番のトラブルメイカーかもしれない。我が家で言うレヴィのポジションだろうな、と元気そうな姿を見ながら思う。

 

「ちょっと、スバル! 靴を見ればお客さんが来ているって事が解るでしょ!」

 

 そう言ってリビングに入り、真っ先に頭を此方へと向けて下げてくるのがスバルの二歳年上の姉、ギンガ・ナカジマ。ゲンヤの話では母親のポジションを取って家事などをやっているのがギンガで、スバルにとっては姉であり、母でもあると言える人物。スバルもギンガに指摘されて此方に気づき、手を振ってくる。

 

「お久しぶりですイストさん」

 

「久しぶり師匠」

 

「名前で呼べよテメェ」

 

「えー! 師匠の方がかっこいいよ!」

 

「この子は……!」

 

 ギンガはもっと怒ってもいい。何よりスバルの為にもっと怒るべきだ。平気な顔をして師匠、何て誰かを呼べるのは子供の間だけだ。何せ、大人になると師匠、と普通に身近な人物を呼ぶと変なものを見る様な視線で見られるのだ。黒歴史入りは確定的なので直ぐにあだ名をつけるクセや、思い付きで発言するクセは直しておいた方がいい。じゃなきゃ痛い目を見る―――まぁ、大体の男はそれを経験して大きくなるわけだが。

 

 そして、その二人に続いてやってくるのが―――、

 

「―――ただいま、そして……お久しぶりです」

 

「おう……久しぶり、ティアナ」

 

 ティアナ・ランスター、10歳。俺の所で預かる訳にもいかず、かといって一人にさせておくわけにもいかず、唯一信頼できそうな知り合い―――つまりゲンヤ・ナカジマへと預けたティーダの妹。今となっては天涯孤独の身だが、不健康そうな様子はない。見た感じ体に傷もないようだし、此方を見て露骨に驚いた様子を見せている所以外にはどこもおかしなところはない―――安心した。

 

「……」

 

「……」

 

 どちらからも口を挟む事は出来ず、ただお互いの様子を見て黙る時間が増える。どうなのだろうか、彼女から見て自分は。生き残ってしまった憎い仇として見えているのだろうか。もしくは兄の親友として見てくれているのだろうか。……それとも無責任に他の家へ預けた知らない人なのだろうか。正直な話、ティアナとの付き合いはティーダと比べればほぼない。だから彼女が自分をどんな風に思っているかは全く分からない。ただ、どんな形であれば彼女が元気そうな姿を見せているのであれば、それでいいと思う。それが俺としての結論。

 

「うん? 何を固まってるのティア?」

 

「あ、う、うん」

 

 スバルに揺すられ、ティアナがようやく口を開き、

 

「今度会ったら怒鳴った事を謝りたいとか言ってなかったっけ」

 

「こら! バカスバル!」

 

 ティアナが即座に大声でスバルの言った事を隠そうとするが、その言葉はしっかりとこっちの耳へと届いていた。そしてその言葉は意味はちゃんと理解できる。つまり、ティアナは此方に対して一定の許しを持っていたのだ。そんなティアナが軽くスバルを叩いたところで、近づいてくる。

 

「えーと……その……あの時は怒鳴ったりしてごめんなさい。ちょっと感情に任せて心にもない事を言っちゃった」

 

「いや、いいんだ。間違いなくアイツがいなくて俺がいるのは、俺が間に合わなかったせいだから」

 

 せめて、俺がもっと強ければ―――強ければティーダに合流して、彼を守る事が出来たのだろう。だが俺にはそこまでの実力はないし、あの怪物を一瞬で倒せるような実力をつける事もないだろう。だからこそ後悔は―――ない、と言えば嘘になる。

 

「ううん、いいんです。あの後ずっと入院しているって知ってますし、今もずっと追いかけてるってゲンヤさんが教えてくれましたし」

 

 軽く視線をゲンヤへと向けると、ゲンヤが素知らぬ顔で視線をそむける。まあ、割と派手に動いていたので知られないなんてことはないと思っていたが、それにしてもそれをティアナに話すとかこの男、無駄なフォローを入れてきたな。

 

 と、そこで軽くディアーチェが横を肘で突いてくる。

 

「慰めてほしかったら胸を貸すぞ?」

 

 お前、そのセリフはせめてもうチョイ育ってから使え。

 

 と、スバルの活躍もあって空気はようやく動き出す。安堵に息を漏らし、ソファに深く沈み込む。これでだいぶ心が楽になった―――あぁ、許されていて本当に良かったと思う。親友の義妹に恨まれてたら本当に嫌なやつでい続けなければならなかった。それは実際疲れるし、いい思いをしない連中もいる。ともあれ、スバルのおかげで助かった。本当にありがとう。

 

「えーと、イストさん? 横の方は?」

 

「む」

 

 そこでようやくスポットライトが横に座っているディアーチェへと当たる。視線を軽くゲンヤへと向ければ、短いハンドサインで隠すとこは隠せと示してくる。やはり本人や関係者とはいえ、子供を巻き込むのはよくない。それに関しては賛成だ。

 

「こいつはウチで預かっているヤツでディアーチェってんだ。お前らよりは年上だけどオツムの方はそう変わらないから仲良くしてくれよ」

 

「コラァ―――!! ちょっとまったぁ―――! 我のオツムが同レベルとか流石に酷過ぎではないか!? レヴィならともかく! レヴィならともかく!」

 

「そこでレヴィの名前を2回も言ってやんなよ。言いたい事は解るけどさ」

 

 我が家で一番のアホの子、こういう時に真っ先にネタにできるのが彼女の存在のありがたさだ。とりあえず自分が底辺にいないという認識は素晴らしく必要だ。たぶん我が家にいる全員、レヴィに頭脳関係で負けたら一生立ち上がれない。でもああ見えて結構頭のいい所もあるからなぁ、呟いたところで。

 

「まぁいいや!」

 

「我の存在をまあいいやで済ませおったぞコイツ!?」

 

 スバルの大物っぷりは今に始まった事ではないと思う。軽くかかって来いと言ったらまず最初に容赦なく金的狙ってきたお嬢様は凄まじいな、と思う。

 

「それよりも師匠! 稽古付けてくださいよ稽古! 前教えられた正拳突き毎日欠かさずやってるんです!」

 

「マジすか」

 

 ゲンヤへと視線を向けると、首を縦に頷く。

 

「大マジ。スバルだけじゃあくてギンガの方も陸士になりたい気持ちはマジの様なんでな。お前一応は格闘技系の講師としてはかなりの逸材なんだから将来に向けて少しばかり鍛えてやってくれよ」

 

 そして彼女たちが帰ってくる前に既にオーケイは出していたので、もちろん快諾する。それにスバルは顔を喜びで満たし、ギンガは惜しそうな表情を見せる。この時間から稽古をするとなったら確実に料理の時間と被るからだろう。だからそこらへんは、

 

「ゲンヤさん、ウチの王様に軽く厨房貸してやってくれません? コイツ、ウチのキッチンを支配しているんで」

 

「八神の方はそういうのダメだったんだけど、……単にめんどくさがってるだけかもしれねぇけど。まぁ、信頼されているようだし問題ねぇよ。ほら、教えてやるからちょっくらキッチンまでこい」

 

「む、何かこのために連れてこられた気がしないでもないが、まあ期待されているとあっては仕方がないな! ふふふ、この闇統べる王の実力を見せてやろう―――食卓でなぁ!」

 

 何とも小さい戦場なのだろうか。そこらへんで満足してしまう辺り、我が家の破壊兵器共は割と良心的というか、実に安定しているもんだと思う。飴をあげれば満足する水色、頭を撫でれば満足する金髪、そして仕事を与えれば喜ぶ茶髪。あの連中のチョロさは今に始まった事ではないが、本当にアレでいいのだろうか。

 

 ともあれ、

 

「んじゃ、庭、借りますね」

 

「あんまし滅茶苦茶にすんなよ」

 

「解ってますよ」

 

「あ、私靴を取ってきますねー!」

 

 何かを言い返せる前にスバルが玄関の方へと向かって走って行き、靴を回収しに行ってくる。その様子だとそのまま比較的広い裏庭の方へと向かうのだろう。元気だなぁ、と素早く頭を下げてスバルを追いかけに行くギンガの姿を眺めながらにいると、ティアナがまだ残っているのを見つける。

 

「お前は良いのか?」

 

「……私も……いいんですか?」

 

「……お前の兄貴に並んで戦ってきたのは俺だぜ? 誰よりもアイツの弾丸を、ランスターの弾丸を見てきたよ」

 

「なら―――お願いします」

 

「……おう、知っている事、覚えてる事を全部望むままに教えるさ、お前の兄貴との約束だしな」

 

 ティアナと並んでナカジマ家の裏庭を目指す。

 

 

                           ◆

 

 

 去って行くイストとティアナの後ろ姿を眺め、そしてそれから息を吐き出す。正直な話、いまいち不安だ。何せ、

 

「いまいち不安定か」

 

「む」

 

「そう思ってそう見えたんだろ? ほら、どうなんだよそこらへん」

 

 キッチンに残ったゲンヤがフライパンや鍋、食材を色々と取り出しながらどこに何があるのかを紹介し始める。それを一つ一つ確認し、脳内で作れそうなものを確認し、折角台所を借りるのであれば得意な料理を―――作り慣れたベルカ系列の料理にしようと決めて、肉があるのも再び冷蔵庫を見て確認する。今一瞬地面が揺れた気がしたが、何か震脚でも叩き込んだのだろうか。ともあれ、運動したら肉だ、肉。肉料理にしよう。

 

「そうだなぁ―――あの娘、いまいち固まっておらんな。今は比較的安定しているだけで、何か衝撃的な事実でもあれば大きく傾きそうだな。……たとえば我や貴様の娘が仇によって生み出された存在である、とか」

 

「王様を名乗るだけはある、って事か」

 

「愚か者め。我は闇統べる王ぞ。臣下や民の事を理解できずして何が王か。心や思考が読めずとも人のあり方を見るには何も不都合はなかろう、何せ我は王だからな」

 

「羨ましいこった。お前の様な部下が俺は欲しいよ」

 

「残念だな。おそらく我や我が臣下の持ちうる戦闘者としての才や資質は不測の事態が起きない限り一生振るわれる事はあるまい。―――あぁ、おそらく普通の娘として育ち、普通に恋をして、普通に結婚をし、普通に子をなして死ぬ。そのような人生が待っておるのだ。我は疑うことなく幸いだ。何せこれだけ思われて天寿を全うできるのだ。それ以上の幸いはあるまい?」

 

「お前は本当にアイツの事が好きなんだな、ま、幸いだと信じれる人生ってのはいいものさ。期待をしない事とはまた別だ。期待の無い人生は死んでいるのと同じ、高望みしない事は叶わないと諦める事だ。何があってもそれが幸いだと思える事は純粋にハッピーな馬鹿だ」

 

「言ってくれるな」

 

 まあ、余計な事がない限りはティアナに関しては放っておいても大丈夫のはずだ。まだ数ヶ月しか兄の死から経過していないのだから不安定なのは当たり前だ。肉親や身内の死を乗り越えられない人間なんてザラにいる。ティアナの環境は恵まれているからこそ、あと数ヶ月、もしくは一年時間を与えれば十分立ち直れる―――そうすればイストに迷惑をかける事もないだろう。

 

「ふふ」

 

「あん?」

 

「いや、我ながら中々腐っているな、と」

 

 何せあの娘へと気をかけているのは”イストが気をかけているから”という理由が来るからだ。そしてあの娘が不安定だったり問題があれば、それは確実に彼に負担を強いるだろう。それが理由だからこそ、自分は気にしているのだろう。

 

「ゲンヤ、我は予想よりも大分腐っているようだ」

 

「おう、そのまま家の中で腐ってろ。そうしてもらった方が俺としても大助かりだ。あと重婚できる国を選んでおけ。クローン元の性能ちゃんと受け継いでるのだったら争奪戦とかやらかした場合悪夢にしかならねぇからな。俺は嫌だぞ、出動」

 

 その場合はユーリがエンシェント・マトリクスとエグザミア・レプカで無双しそうだなぁ、と自分にとっての軽い悪夢を想像する。まず間違いなく勝てない。というか勝機が見えない。レヴィとシュテルの魔力を全部分けてもらって王様最強モード入ってワンチャン……あるかも、というレベルかも。よし、帰ったら対策考えておこう。

 

 この男結構話せるな、と思いつつ、そのまま手伝いを願い出てくれるゲンヤに感謝し、夕食の準備を進める。

 

 しばらくはこういう、なんでもない日常が続く事を祈りながら。




 そんなわけでティアナちゃんは割と平気ですよ? という感じのお話でした達観組からするとそれでも若干不安定だけど時間がありゃあどうとでもなる、って認識でしたね。まあ、しばらくは平和ですし問題ないんじゃないかな(棒

 誰が一番揺れてる? という事でまた次回

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