マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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 くろっくあっぷ


ミッド・オブ・ノーウェア

 ―――やっぱり、帰りは遅くなるよなぁ。

 

 休日も帰りが大分遅くなっているなぁ、と軽く反省しなくてはいけないかもしれない。元々あの娘達と平穏な生活をする為にこうやって色々と奮闘する様になったのに、その為の時間が減ってきているような感じがする。まぁ、それも状況を考えればしょうがないという事になるが、それでも”未来”の為、と綺麗な言葉を使って現在を蔑ろにするのは流石に本末転倒なのではないかと思う。ザフィーラとの鍛錬の時間は有意義で、週一で一緒に手合せと鍛錬をすると約束し、契約をしたわけだが、それ以外の休みの日はもうちょいと構う時間増やすべきなんじゃないのだろうか。

 

 ……俺も大分ダメになってきたなぁ。

 

 生活の基盤というか、生活の中心点にはあの四人の娘がベースに来ている。最初は保身の為に助けたのは事実だが、こうやって気づけば間違いなく彼女を家族として、そしてなくてはならない存在として認識してしまっている。非常に面倒な事だが彼女たち抜きでの生活はもうほぼ不可能だと思う。仮に彼女たちがいなくなったら―――一体どうなるのだろうか。あまり想像したくはない考えだ。少なくとも想像できない領域にまで彼女たちは自分の心に踏み込んできている。

 

「我ながらだめな男だなぁ」

 

 たぶん悪い女に騙される、そんな男だ俺は。そしてそれでいいと思う部分がある。誰かを騙すよりは騙された方がまだ幸せなんだろうと思う。だからそれでいいと決め、そして片手に握るドーナッツの入った箱を確認する。最近こうやってお土産を片手に帰宅する回数が多いような気もする。金銭的には最初の頃よりは割と余裕はあるが、最近は少々出費が多すぎるかもしれない。あと甘いものを食べすぎるのは結構体に悪い。栄養とかバランスは基本的にディアーチェが面倒を見てくれているが、一応最年長というか家の大黒柱としてそこらへんも気を遣わなくてはならない。まぁ、今回はいい。次回、次回だ―――とか言っていると次回も全く同じことを言い出すのでこれで最後と思わなくては。

 

 ともあれ、目を瞑っても帰れるほどに歩きなれた廊下を歩けばすぐに自宅前に到着する。デバイスと鍵で扉を開けて、中に入る。玄関で靴を脱ぎながら帰還を告げる為に口を開けて声を発する。

 

「うぉーい、俺様のおかえりだぞお前ら。喜べー」

 

 と、そこで靴を脱ごうとして気付く。玄関に子供用の靴が一つ多く存在している事に。見た事の無い靴で、サイズは明らかになのはのそれじゃない―――というかなのははさっき別れたばかりなのでなのはの可能性は限りなくない。なら近所の子供か? そう判断したところでこの四人は俺の知り合い以外に交友関係を広めようとしないからそれもあり得ないと判断し、首をかしげる。不穏な空気はしないので、一応は平気に思える。ともあれ、返答は直ぐに返ってくる。

 

「おかえりー」

 

「イストー、ちょっとこっちきてー」

 

 奥の方から良く知った声が聞こえてくる。だからそれに答える。

 

「はいはい、お客さん来てるんだろ? 誰だよこんな時間にお邪魔してるやつは……」

 

 軽く溜息を吐きながら反応し、そして玄関から奥、リビングへと向かう。そして扉を開けたところでそこにいる人数を軽く数える。まず水色なのがレヴィなので1だ。次に茶髪のシュテルで2になり、金髪のユーリで3だ。そして白髪のディアーチェがキッチンの方にいて4で―――レヴィとシュテルとユーリに囲まれて微妙に涙目になっているのがオレンジ色の頭の少女、

 

「……ティアナ……ちゃん?」

 

「あ、はい。お久しぶりですイストさん」

 

 ティーダ・ランスターの妹、ティアナ・ランスターの姿だった。何故、彼女の姿がここにある。彼女は自分の中ではわりかし安全だと思っているナカジマ家に預けていたはずだ。それ以外にもマテリアル娘たちの姿を深く知られるのは色々と問題がある。その為にナカジマ家に送ったようなものなのだ。だからここにいるのは都合が悪いが―――こちらの事情に無理やり付き合わせて直ぐに追い返すのも間違っているとは理解できている。ともあれ、

 

「えーと、ティアナちゃん何をしてるの?」

 

「あ、あのぉ……」

 

「家出娘ですよイスト。私達の愛の巣を邪魔しに来たんです。真っ先に排除しましょう、主に物理的な方法で」

 

「愛の巣!?」

 

 シュテルの発する言葉に軽くティアナが驚愕の表情と驚きの声を零す。何か初期の頃のなのはを見ている感じで少しだけ懐かしさに浸る。あぁ、ティーダは外道だったが家にいる間はあんまり発揮されなかったのかなぁ、と思いつつもシュテルの足を掴み、逆さまに引き上げる。

 

「まさかスカートの中身を確かめ―――」

 

「言わせねぇよ」

 

 そのままシュテルが喋れない様に足で掴んで軽く振り回す。本来は空戦魔導師だし、これ以上の速さで振り回しても何ともないのだろうが、とりあえず何もしゃべらなければそれでいい。というかコイツ、あの夜から大分調子に乗っている節がある。すぐ隣で楽しそうな悲鳴を上げながら振り回されているシュテルを眺めるレヴィを無視し、もう片手でドーナッツの入った箱をユーリへと渡す。受け取ったユーリが直ぐ様にキッチンへと退散し、レヴィがそれを追いかける。

 

「で、ティアナちゃんは何でここにいるのかな」

 

「それよりも右腕で振り回している彼女の方をどうにかした方がいい気がします」

 

「これはこれでいいんだよ」

 

 どうせこの程度じゃ懲りないし、結構楽しんでいる感じがするし。というか存外に冷静な所を見る辺り、ティアナも割と順応できるタイプらしい。ただ愛とかそんな言葉に反応したのはやはり若い所から来る初心な所なんだろうなぁ、と軽く認識したところで、

 

「で、ティアナちゃんは何でここにいるんだ?」

 

「……」

 

 そう聞くとティアナが俯いて一瞬言葉を止め、そして視線を此方へと向けてくる。そろそろ邪魔になってきたのでシュテルを振り回すのを止めてソファの上へと投げ捨てると、期待のまなざしを此方へと向けてくる。それがないものとし、黙ってティアナの事を待っていると、

 

「その……家出しました」

 

「それは……何故だ?」

 

 自分が知っている限りナカジマ家でのティアナとゲンヤやスバル、ギンガとの関係は良好だったはずだ。ちょくちょくゲンヤからどういう風に生活しているとか、そういう事を聞いて安堵もしていたのだが―――こうやって急に家出した、何て言われると激しく不安になる。ゲンヤが何かをしたとは思えないので、何か自分が見えていないところでミスったのだろうか。そう言う覚えはないから困る話だ。

 

 しばし無言でティアナを見つめていると、ティアナが少し、遠慮がちに答えてきた。

 

「―――タスラムと話したかったんです」

 

 

                           ◆

 

 

『―――で、問題の娘はどうなんだよ、うん?』

 

「そうですねぇー……まぁ、確実に何か隠していますね」

 

『だろうな』

 

 電話越しにゲンヤの苦笑が聞こえ、それに反応する様に自分も笑うしかなかった。ティアナが一体どんな思いでナカジマ家を出てこっちへとやって来たかは解らないが、ゲンヤは心配なんかしていなかった。彼女が家を出るとして行ける場所はここぐらいしかないからだ。だからこちらから電話を入れた時は直ぐに掛かり、そして話が通じた。こういう時直ぐに話の通じる人物がいるのは非常に助かる。

 

『で、今はどうなっている?』

 

「タスラムと話したいって言ってましたからねー、一応渡してゲストルーム使わせていますよ。ディアーチェがサクサクっと部屋の準備やってくれたおかげで何とか泊められそうな感じですね」

 

『お前んとこのは本当に優秀だなぁ……おい、ちょっとウチのスバルと交換しないか? ほら、いい感じに懐いてるじゃねぇか。もうちょっと本格的に修行つけてやってくれよ』

 

「スバルちゃんとのトレードはナシで。此方の台所担当を寄越せというのであればギンガちゃんを送ってもらいましょうか」

 

『くぅ、やっぱそっちを要求されるかぁ……じゃあ話はなしだな』

 

 と、冗談を飛ばしあってまずは軽く空気を暖める。非常に面倒な話だがティアナが何かを隠しているというのは見れば解る事なのだ。それが何か、を察する事は脳の中を見る事が出来ない限りは難しい話だ。だが態度や仕草から大凡の事は察せるかもしれない。

 

「10歳の子供が大人に秘密を隠せるわけがないだろうに……」

 

『ははは、俺達がまだ可愛いガキだった頃もそんなもんさ。必死に悟られてないと思って色々とやるもんなんだよ。俺とかアレだ、親にこっそりエロ本買っておいて隠しきれていると思ってら親父がこっそり”隠し場所、移しておいたよ”なんて事を暴露するイベントがあってなぁ……色んな意味でショックだったわ』

 

 あぁ、そりゃあ確かにショックだろう。使われたショックとバレていたショック、そして最後に親父の方が上手だったショック、むしろトラウマにしかならない。と、それは激しくどうでもいい話だ。

 

「すみませんけどティアナはこっちの方でしばらく預からせてもらいますね」

 

『あぁ、そうしろ。預からせてもらうじゃなくて正しくは”返す”なんだろうがな。元々お前から預かってたもんだ。面倒見切れるもんなら最後までちゃんと面倒見てやれ。あの馬鹿野郎との約束なんだろう?』

 

 あぁ、確かにあの馬鹿な相棒との約束だ。ティアナの面倒は任されたが―――俺が生き残った日、あの日にイスト・バサラは死んだも同然なのだ。今ここにあるのは生き恥を晒している残りカスにも似た様な存在だ。果たす事を果たせない間は、永遠に蘇る事は出来ない。だから、

 

「なるべくそちらの方へ早く送り返します」

 

『ま、お前がそう言うのならいいさ。あの馬鹿と関わっちまったやつとして相応の責任を取るだけさ。テメェのケツは拾ってやるから死なない程度には好き勝手やってろ』

 

「ありがとうございます」

 

 そこで会話は終わり、電話が切れる。電話を戻し、そして軽く溜息を吐く。幸い周りに四人娘の姿が無ければティアナの姿もない。なるべく彼女たちの前で溜息を吐いたり、弱音を見せる様な姿は男として見せたくはないが、困った。いや、ゲンヤの存在には助けられている。ティーダが頼っている意味も解る。実際自分より経験豊富で、そして知識の多い大人に頼る事は選択肢として悪くはない。だがヒントも貰えず放り投げられるとは思いもしなかった。

 

「失敗も経験、って事か」

 

『Difficulity comes any time』(困難とはいつだってやってくるものですよ)

 

「んなこと解ってら。ただ俺も大分大人ぶっているけど結局の所経験不足だってのは否めねぇ。ミッドだと軽く感覚が狂うけど19歳だってまだまだガキだって言われてもしょうがねぇ年齢だ。まだ19年しか生きてねぇのに正直な話、命を預かるとか重くてしょうがねぇけど……」

 

『But, you will do』(ですが、やるのですね)

 

「まあな」

 

 やるしかない、というのが正しい。ベーオウルフは魔導師としての人生をずっとサポートしてきたパートナーだ。正真正銘の半身とも呼べる存在。だからこそ此方の事を誰よりも理解し、そして必要な時以外は黙っていてくれる。適度に挟んでくれる会話をプログラムルーチンによるものじゃなければいいなぁ、と夢想しながら体を軽く伸ばす。

 

「ま、これで決まりか」

 

 そう呟いたところで、廊下の方からティアナが出てくるのが見えた。此方に大分遠慮している様子だから此方から近づき、頭を触ろうとして……手を引っ込める。もう少しだけ、相手の感情を考慮した方がいいだろう。

 

 ともあれ、

 

「黙って出てったことにゲンヤさん―――あんまし心配してなかったけど心配かけるようなことをしちゃだめだぞ?」

 

「すいません、前後で軽く矛盾しているんですけど」

 

「男ならそこはスルーしろよ」

 

「女です」

 

 頭を抱え、

 

「それでもティーダの妹か!」

 

「なんで兄さんの妹だとおかしなことを求められるんですか……?」

 

 そりゃあティーダの妹だからだ、と言おうとして止める。これぐらい言い返す事が出来るのであればとりあえず、この家ではやっていけるし、割と大丈夫そうだ。特に心配する事は隠しごと以外にはなさそうだな、と判断しつつ、

 

「とりあえず満足するまではここにいていいから。あとタスラムは好きなだけ弄っていてくれ。……まあ、元々はお前が持っておくべきものなんだけどな、あんまし子供にデバイスとか持たせたくないしなぁ」

 

「いえ、……あの時の私にデバイスなんか持たせていればどうなるかは解っていましたから」

 

 それが客観的に見えているのならいい、10歳にしては若干達観しているのが少し不安だが……まぁ、許容範囲内だ。

 

「よろしくな、ティアナちゃん」

 

「よろしくお願いしますイストさん」

 

 握手を交わし、新たな生活が始まる。

 

 小さな不安と共に。




 今更だけど原作キャラや原作が”コレジャナイ”になる感じが大きいですよー。原作遵守派は注意。

 超今更だなぁ。

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