マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ビギニング・ザ・ラスト

 スカリエッティもイングも硬直したように動きを止めている。おそらくタイム発言を受け取ってくれたのだろう。まぁ、ウチの隊での基本スキルなので通じなかったら非常に困ったのだが。まぁいい、と思って振り返り、なのはへと駆け寄って、しゃがむ。ふたりで頭を下げて、二人だけの円陣を組み、ひそひそと喋る始める。

 

「で、どうだった」

 

「スターライト・ブレイカー一発当てる事は出来た」

 

「この環境で良く叩きこめたな。軽く尊敬するよ」

 

 実際この閉鎖空間で、良くあんな大技を叩き込んだな、という驚きはある。リインフォースとの戦いでスターライト・ブレイカーの準備の難しさは把握しているし、何よりこいつとの模擬戦は何百回も行ってきている。大技なだけにこの状況でまず出させないというのが誰にとっても共通の認識だ。それを成し遂げたのだからこそ、尊敬できる。そしてこの通路が何故今も崩壊寸前の状況なのか把握できる。幸いここは本局内でも比較的内側の位置、此処が崩壊しても下のフロアやら部屋へと突撃できる。

 

「どんな感じで戦ってた?」

 

「近づいて物理で殴ればいい」

 

「把握。役立たずめ」

 

「さっさと死んで」

 

「君たちは本当に仲間なのかい?」

 

 スカリエッティにどうやら会話が聞かれていたらしい。俺となのはの友情の形を理解しないとは可哀想な奴め、と憐みの視線をスカリエッティへと向けて送ってやる。向こうはその意味を理解しないのか特にリアクションを見せない。そこに溜息を吐き、遊び心の足りないやつだなぁ、と呟いてなのはと握手を交わす。言葉でこれ以上語り合う必要はない。まあ……自分にはなのはをこっちの事情に巻き込んでしまったという負い目がある。だからここで動かないでいてくれるのなら十分だ。俺が―――ケリをつけられる。

 

 歩き。イングとの間にそれなりの距離を置く。と言っても自分でもイングでも、一歩の跳躍で十分踏み込める距離だ。つまり自分たちにとっては結構近い位置にある。その距離へと立ち、スカリエッティから視線を外し、なのはの存在を完全に脳から消し去り―――イングの存在のみを脳へ叩き込む。こいつはもう、殺すしかない。相手も己も納得している。ナルの様に悩む余地はない。もう、完結している。故に幕を引いてやらなくてはならない。

 

「―――イスト・バサラ」

 

 向き合い、構える中、イングは胸を抑えるようにして立ち、此方を見ている。その動作は戦闘用の物ではない。だが此方の名を呼んだ。ならそれに応えなくてはならない。

 

「おう」

 

「私は―――」

 

 イングは此方の目を見て、言う。

 

「―――貴方に恋をしました」

 

「―――うん? ん? んん?」

 

 構えを一旦解いて、そしてスカリエッティを見る。両手を広げて楽しそうな表情を浮かべている。これが終わったら殴るのは確定としておいて、再びイングへと視線を向けるとえぇ、とイングは呟いてから少し、艶っぽい動きで己の唇に触れて、

 

「貴方に対して異性としての愛を感じています」

 

 ちょっと理解の範疇を超えていた。ちょっとというか流石に敵に惚れられるなんて経験はない。なので困った。困ったというか怖い。なんだアレ。表情が完全に恋するアレである。助けを求めて後ろへと振り返ると、スカリエッティ並にいい表情を浮かべたなのはがいて、サムズアップを向けながらニヤニヤしている。アイツ、今の脳内でいろいろよからぬ妄想をしているに違いない。終わったらユーノにチクってやる。ともあれ、イングへと視線を向け、声を震わせながらつぶやく。

 

「ま、マジですか……?」

 

「大マジです」

 

「薄い本が厚くなる……って言えばいいのかな」

 

「なのはさん後でマジでお話しような」

 

「あぁ、安心してください―――肉体も意識も完全に女性ですので。心配した方向性はないかと」

 

 覇王様に腐った知識があった。軽く死にたい。そもそも古代ベルカにそういう文化はあったのだろうが。いや、そういう問題ではない。現実逃避はヤメロ、イスト・バサラ。目の前の覇王的存在は腐った知識を持って理解ある上に多分即売会とかまで知っているのだ。凄い身近に感じる反面歴史家に知らせたら泡を吹いて気絶しそうだ。これは歴史の闇へ葬らなくてはならない。

 

「―――そもそも」

 

 イングは口を開く。

 

「私はクラウス・G・S・イングヴァルトのDNAから生み出されたクローンではありません」

 

「……?」

 

 それは理解している。だがこうやって覇王イングヴァルトの記憶を持っている以上、本人と言っても全く遜色のない存在ではないのだろうか。だからこそ覇王の技術、経験、そして実力を発揮しているのではないのだろうか。

 

「―――正確には違うね」

 

 スカリエッティが補足を挟み込む。

 

「それは数年前の海鳴市で発生したある事件の際に採取されたDNAと記憶情報をベースに作られた私の作品だよ。覇王の聖遺物は残念ながら存在しないが、彼の子孫ならいるんだよ。この時間軸だとまだ若すぎて話にならないが、その時に現れた彼女は既に中学生だからね。ベースとしては十分すぎる。あとはその記憶データの少女と覇王、どちらに比率を置くか、と言うのと肉体的構造を性別をそのままどれだけオリジナルの能力を再現できるか色々とやって―――まあ、こんな風に面白い結果になるんだから研究者は止められない。まさかアインハルト・ストラトスとしての”女”の本能が覇王イングヴァルトの記憶に勝るとはね。いやぁ、実に面白い」

 

 言葉が早く、そして詰まっているから良く解らないが、今少し聞き捨てならぬ言葉が聞こえた気がした。だがそれをなのはも自分も追及が出来る前にイングは邪魔をする様に口を開く。

 

「えぇ、ですから執着です。私を女として目覚めさせてしまった貴方にはそれを断ち切る義務があります。世で生き続ける事に幻想を抱いてしまいました。それは本来のこの姿の持ち主と、そして本来の覇王に対してあまりにも不誠実です。既にこの姿を借りて両手を血に染めてしまって、手遅れなのかもしれません。ですが、それでもこれ以上この世を穢したくはありません。故に終わらせてください。祝う様に殺し合ってください。愛し合う様にその拳で語り合ってください。呪いの様に続くこの命に終焉をください」

 

「あー……」

 

 話がややこしい。考えるのが面倒だ。考えるのは俺の仕事じゃない。そういう情報とか整理して理解するのはティーダの仕事だったのだ。厄介な事を全部置いて押しつけやがって。面倒だ。考える事を放棄する。止めた。結局の所やる事は変わらないのだ。だったら自分はその一点のみを見失わなければいい。そう、イスト・バサラの根幹は決して変わらない。最初から最後までその目的は変わらない。

 

「……めんどくさい考えはなしだ」

 

 そんなに欲しいのなら。

 

「終わらせてやる」

 

「感謝を」

 

 もはやスカリエッティもなのはも見えない聞こえない感じないどうでもいい。この世界でただ認識できるのはイング―――即ち敵のみ。脳を切り替えれば後は簡単だ。バリアジャケットの上着を捨てる。脳の中で殺せ、と叫ぶ声がする。その欲求に忠実に応える。

 

 応、と。

 

 次の瞬間、瞬発したイングの拳が迫ってくる。だがそれに対して防御なんてせず、あえて体で受け止める。激痛が体に走る。だが、耐えられない一撃ではない。そしてこの痛みは自分が生きているという事を証明する痛みでもある。あぁ、そうだ。俺は生きている。そして―――これでいい。馬鹿は考えるな。事実だけを理解すればいい。イングは女の意識で、俺に惚れているらしく、死にたがっている。そして、敵だ。

 

 敵だ。

 

 殺せ。

 

「ヘアルフデネ……!」

 

 全力で拳をイングへと叩き込む、拳が深くイングの体へと突き刺さる。衝撃がそのままイングの体から抜けて行くのが感じる。脱力で衝撃を逃がして致命的なダメージを抜いているに違いない。故に―――拳を突き刺したまま走る。そのまま一番近くの壁へと向かって運ぶように走り、そして拳に突き刺さったイングの体をそのまま壁へ叩きつける。衝撃が壁へと叩きつけられ、そして拡散が最低限で抑えられる。

 

「ふっ!」

 

 壁へと叩きつけられたイングが両手で腕をつかみ、足を首に絡める。それが組技の体勢だと理解した瞬間には体はイングの狙いに従って地面への落下を始めていた。あっさりと崩される重心を放置し、大地へと叩きつけられる。そこから腕を折る動きへとイングが入る。故にそれを阻むために、空いている左腕を床へと突き刺す。

 

 そして、全身を支え、それを壁へと叩きつける。

 

 既に何度もなのはの砲撃を受けていたのだろう、脆かった壁はそれを受けると一気に崩壊し、バラバラの金属片となって砕ける。そのまま散って行く一つの金属片を見つけ、それ目掛けて全身を投げ出す。腕が折れるよりも早く、首が折られるよりも早くそれを腕に絡みついたイングへと突き刺す為に動く。だが相手もそれを察知して、素早く離れる。同時に相手から離れる様に破壊した壁の向こう側へと自分の体を投げて、体勢を整える。

 

 だがやはり相手の方が細かい技術に関しては秀でている。体勢を整え直して攻撃に入るアクションが此方の半分以下の速度だ。微笑みなんかを浮かべ、彼女は拳を振るってくる。

 

「あぁ―――今、私は生を実感しています」

 

「ならお望みの死を感じなぁ!」

 

 攻撃を五発、一瞬で叩き込まれるが、それに耐えつつ一撃叩き込む。それをいなす様に動きイングが更に攻撃を叩き込んでくる。それに耐えつつ更に接近し、零距離へと到達したところで更に再び拳を叩き込む。それをすり抜けるようにイングは回避する。故に再び攻撃を耐え、服を掴む。逃れようとイングの服が破れそうになるが、その前に拳を振り抜く。

 

「ぉ、お……!」

 

 掴んだ部分をちぎりながらイングの体が吹き飛んでゆく。もはやバリアジャケットやプロテクションは頼りにならない完全な泥仕合。お互いに叩き込むのはそういう防護を完全に無視した鎧通しの奥義。故に防御は関係なく、できるのは迎撃だけだ。故に、殴る。

 

 耐えて、殴る。

 

 相手が女の体である以上、必然的に筋力は己よりも劣る。なのはがスターライト・ブレイカーで魔力を吹き飛ばしてくれたおかげで相手の強化魔法が”緩い”状態になっている。おかげで即死する威力はまだ出ていない。だが条件としては此方も同じぐらいに損耗している。ユーノによる回復支援があるからまだ耐えられている。

 

 殴り飛ばしたイングが衝撃から復帰し、着地しながら構える。

 

「覇王……!」

 

「鏖殺拳……!」

 

 互いに遠慮することなく全力で加速し、迎撃も防御もなしに必殺一撃を叩き込みあう。

 

「断空拳!!」

 

「ヘアルフデネ!!」

 

 強く踏み込んだ床は砕け、そして命中の衝撃で互いに吹き飛ばされる。互いに血反吐を吐きながらも、まだ決戦は始まったばかりだと認識し、壁から体を引きはがしながら立ち上がる。

 

「帰るためにも、お前は……!」

 

「貴方のその拳で私を……!」

 

 

                           ◆

 

 

「なんか蚊帳の外だなぁ……」

 

 そうやって壁の向こう側へと抜けて行った二人を見送った。まだ殴打の音は聞こえるが、段々と遠くへと移動して行っている。段々と離れている辺り、結構派手になぐり合いながら壊しまくっているっぽい。アレがどっかで読んだことのある殺し愛、というやつだろうか。凄まじいヤンデレだ。流石自称イケメン、自称だと引っかかる女が地雷ばっかりだなぁ、と軽く心の中で見下し、視線をスカリエッティへと向ける。

 

「捕まえていいですか」

 

「空気は読めるほうかね?」

 

「一応」

 

「じゃああの二人の勝負を待った方がいいのではないのかな。私個人としても恋愛方面に目覚めさせたアレがどれだけやれるのかは結構気になるところだ。いやぁ、実に面白いものが見れた」

 

 たぶんこの男、犯罪者ではなくて違法じゃない研究でクレイジーなままだったら、結構みんなと意見があったのではないかと思う。ただもう、駄目だ。自分とこいつは敵だ。倒すか倒されるかしか選択肢は残されていないのだ。このまま戦闘へ持ち込むのが最良のはずだが―――まだ何か隠し持っている様に思える。このまま襲い掛かっていいのか、という疑問がある。だからユーノが増援としてやってくるのを期待して、

 

「ねえ、さっき海鳴で何かあったって言ったけど答えてくれないかなぁ」

 

 情報を引き出せないか試みてみる。そして、そう話しかければ嬉しそうに笑みを浮かべるスカリエッティが見える。やはり、というかこういう研究者、学者、オタクタイプの人間は己の趣味とか好きなものをやたらと解説したがる。だから話題を与えればすぐに引っかかってくれる。

 

「あぁ、構わないさ。元々忘れているだけなのだから説明する事に全く持って異存はないよ―――ただ最後のゲストが到着したようだ。彼を交えて話そうじゃないか」

 

 そう言って、スカリエッティの視線の先を見る。そこからやってきたのは紫色の髪をした、白衣姿の男だった。何やらボディスーツを来た女を後ろに二人ほど連れてきているが、その白衣の男の姿を間違える事は出来ない。その顔はまず間違いなく、

 

「ジェイル・スカリエッティ!?」

 

「やあ私」

 

「やあ私」

 

 まるで友人の様に挨拶をすると、女を連れたスカリエッティの方が言う。

 

「老人共が私まで疑いだすんだ。だからさ―――私の保身の為に死んでくれないかなぁ」

 

 笑みを浮かべ、己に対して死ねと言ってきた。




 イングさんが純愛()枠でした。何故か覇王様が勝利する光景しか思い浮かばない。そうなったら拉致されて辺境で結婚式だぁ……!

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