マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ユニゾン

 紅葉していた葉が散り、空が明らかに冬の色をし始める頃の裏庭の中央に自分とナルの姿がある。他の連中は家の中から眺めていたりテレビを見ていたりと、結構好き勝手にやっている―――まあ、それでいいのだが。ともあれ、この時間になって裏庭でやる事は一つしかない。何時も通り車椅子のアームレストに乗せていた腕に少しだけ力を込める。と言っても、もうこの腕に力が入る事はない。だから一種のポーズだ。これから頑張るぞ、という。本当に力を入れるのは上半身ではなく下半身の方だ。もう両腕に関しては切り落として義手にでもしない限りどうにかなる見込みはない。それは医者の判断であり、そして多少の医学的知識を持っている自分の見解でもあった。だが体の他の部分は無理をしただけだ。そしてその負荷が体を多少ボロボロにしているだけだ。だからこっちはまだ治療できる。回復魔法と併用すればたぶん、予定よりも大幅に早く。

 

 だが結局の所人間の持っている生きるための、回復の力と言うものは凄い。そして魔法はそれを無理やり加速させているようなものだ、自然とは言えない状況だそれは。故に、できる事であれば魔法を使わず、本来の治癒の力で自然に体を直した方が何倍も健康のためにはいいのだ。折角の長期休暇の様なものだ―――娘達と平和な時間を過ごすためにも急いで治す事は完全に止めている。

 

 だから、この一日一回のリハビリ時間も体に無理をしない様にそう長いものではない、無理をやっているわけではない。毎日少しずつ、少しずつ前進するためにやっている。こっちへと引っ越してきた数ヶ月、このルーティーンにはもう完全になれた。下半身に力を込めて両足を地面につける。そこで体が倒れないように気をつけながらバランスを取り、両足で大地に立つ。少しだけ心配そうに前方でナルが此方の様子を見ているが、片手を出して大丈夫だ、こっちへ来るなと示す。それを受け取ったナルが動かず、ゴール地点で此方の事を待ってくれている。だからまず、ゆっくりと、牛歩の如く一歩、ゆっくりと前へ踏み出す。

 

 まだ園児の方が早く歩ける。そんな速度だ。だがそれでもちゃんと一歩前へ進めるのは数ヶ月前までとは大きな違いだ。なぜなら立つことすらできなかった時期と、そして歩く事が出来なかった時期が存在するからだ。今でも別に自由に歩き回れるわけではない。それでもこれは意味ある一歩だと思う。だから二歩目を踏み出す。まだ大丈夫。バランス感覚は全く衰えてはいない。足の筋肉は……少しだけ、自堕落な生活を送っているので落ちてきている。だけどこれぐらいならまた鍛え直せば追いつく範囲だ。魔法は本当に便利だ―――その魔法の力に頼り切らず、溺れず、そう生きて行くのが今の時代の課題なのかもしれない。

 

 ともあれ、三歩目を踏み出す。ゆっくりとだが、ようやく普通に歩けているなぁ、と軽い達成感が自分の中にはある。これは普通に歩ける人間には決してわかるものではないだろう。当たり前の事が出来ないストレス、そしてそれをできる人間に対して感じる苛立ちというものは誰にだってある―――まあ、大人を自称しているのでそこらへんは絶対に見せないし感じさせることもない。

 

 だから四歩目を踏み出し、五歩目を踏む。一気に二歩歩けた。楽しい。普通に歩けることが楽しい。この調子では走る事にはまた時間がかかりそうな予感がするが、それでも少しずつだけ前進すればそれでいいのだ。無理をする理由なんてどこにもない。だから、もう少し甘えていよう。

 

 そんな事を考えながら六歩目を踏み出す。

 

「大分冷えてきたなぁ」

 

「寒いなら私が体で温めますよ」

 

 裏庭の横から歩行練習を見ているシュテルがニヤリ、と笑みを浮かべながらそんな事を言う。

 

「そんなものはいらないからお茶でも淹れてろ」

 

「あと何年その強がりが持つのか実に私は楽しみです」

 

 襲い掛かってくるのではなく襲い掛かられる事を待っているからこいつら怖い。逃がす気は欠片もないという事を感じる。まあ、拾ってきたお父さん的心境としては正直な話、もっと外側へと視線を向けてほしい。今の状態だと内側へ、身内にしか視線を全く向けないところがある。正直な話で言えばその好意は嬉しい。そりゃあ可愛い女の子に好かれて嫌がる様な男はホモでもなければいない。だが自分からすれば相手は幼いし、そして外にはもっと出会いがある。そういうあり得る可能性を無視して此方だけ見続けるのは人生を勿体なく過ごしているのではないか、と思う。

 

「よ、っと」

 

 少しだけ崩れたバランスを整えようとしながら次の一歩、七歩目を踏み出す。ここまで来るのに大分時間がかかったなぁ、と既に戦いが終わってから経過している数ヶ月を思い返してみる。入院生活に引っ越しに新しい職業の説明に交流会……ほんと、たった数ヶ月色々と会ったものだと思う。

 

「お、っと」

 

 バランスを整えようとした端から再びバランスが崩れる。どうやら体が前の方へと傾き始める。だがゴールはもう目前だ。少しだけ気合を込めて、大股で前へと踏み出す。バランスが余計に崩れるが、それでも前へと進む事は出来た。前に向かって倒れそうになるが、そのまま急いで次の一歩を踏み出す。十歩目、つまりゴールだ。目の前にはナルが立っている。だからそのまま彼女に倒れ込む様に力を抜いて、ゴールだ。倒れそうになる此方を正面から抱いて受け止めて、ゴール。

 

「ぐぬぬぬぬ、私もあんなポジションでおっぱいゴールとかしたいです」

 

「その為にはもうちょっと背と胸が必要なんじゃないかなぁ、シュテるんは」

 

 ナルの胸から顔を持ち上げて視線を横へと逸らせば胸を張るレヴィの姿と、そして己の胸を見比べるシュテルの様子がある。そしてそれから視線を此方側、ナルへと向けてから再びシュテルへレヴィの方へと視線を向ける。

 

「しょ、将来性ありますし……!」

 

「声が震えてるねシュテるん! あ、僕はバストアップ体操をユーリや王様と一緒に毎朝やってるから」

 

「裏切りましたねレヴィ―――!!」

 

 譲れない戦いがそこにあるらしい。レヴィが逃げ出し、シュテルがそれを追いかける。レヴィもシュテルも割とガチな表情で走り回っているが、その光景が微笑ましく感じるから嫌だ。―――つまり微笑ましく感じるぐらいには日常的な光景なのだ。相変わらずあの赤と青は仲がいい。今日はどこまで走るのだろうか、何て思いつつも今の状況を思い出す。……そういえばナルに抱きしめられたままだな、と。

 

「そろそろ車椅子まで運んでくれないか?」

 

「これでも私なりに精一杯勇気を出して誘惑しているつもりなのだがそっけないな」

 

 そう言ってナルは少しだけ力を込めて、体を寄せてくる。ぐいぐい、と自分の体のそれが凶器であることを理解して見せつけるように押し付ける。おぉ、柔らかい、何て言葉が喉にまで浮かび上がるが、即座に頭から追い払う。それを認めて口に出してしまえば何か色々と抑えきれなくなりそうな気がする。だから鋼の精神を持って理性を保つ。少しだけ困ったような声を出しながら、

 

「いや、お前少しストレートすぎないか?」

 

「言っただろう? お前に惚れたいと。だから、ただの女として持てる愛情の全てをお前へ向けて、捧げているんだ。お前から感じるこの温もりを感じ続けたいと思う事は悪い事なのか?」

 

 そう言われてしまうと本当に何も言えない。あの時、こいつにこんな逃げ道を与えてしまったのは自分だ。まぁ、正直に言えば美人にここまで情熱的な言葉を貰うのは男としてはやぶさかではない―――ただこんな風に彼女を少し、歪めてしまった事に対する責任は感じている。普通に見れば真直ぐ恋に、愛に生きている女性のように見えるだろう……だがその本質は違う。第一の前提としてリインフォース・ナルが人の姿であるが、デバイスであることを忘れてはいけない。

 

 まあ……他の誰かにはどうでもいい話だ。自分にだけは意味のある話だ。だから、ナルに関しては軽いが、それでも負い目がある。そんな事もあっておいそれと簡単に思いに応える事は出来ない。まあ、簡単に行ってしまえば言葉を選んで、それを理由にヘタレているのだ。そんな事を言っていられる環境でもないのに。だから、まあ、これぐらいはサービスで黙っている事にする。そうしているとナルが機嫌良さそうにふふ、と声を零しながら微笑む。

 

「だがそこまでです」

 

 裏庭へと通じる窓を大きく開けて、腕を組んで立つのはユーリだった。その状態から両手を持ち上げる様な自称・砕けないかもしれない闇のポーズを決めながらユーリが宣言した。何気にその背後には炎の翼の様なものまで出現している。それは明らかにユーリ・エーベルヴァインが戦闘態勢を示すためのものだ。だからそれを眺め、言う。

 

「ご近所の迷惑になるのでそれはしまいなさい」

 

「あ、はい」

 

 ポーズを解除しないまま、ユーリが背後の翼だけを消す。そのポーズ気に入ってるのかなぁ、なんて思った直後にユーリがポーズを解除し、ナルへと向かってビシ、何て擬音が付きそうな勢いで指をさす。

 

「羨ましいです!!」

 

「ナル、そろそろ車椅子へと戻してくれよ。リハビリ続けたいし」

 

「仕方がないな。名残惜しいが一旦放すとしよう。まあ、私の抱擁が頑張ったご褒美だと思えば多少やる気も増すだろう」

 

「あ、軽く無視された。ちょっとショックだけど大体こんな感じですよ、我が家での流れって」

 

 解っているならお前なんでネタを振ってきたんだ―――と聞くのは野暮だろう。というか大体の行動がノリとテンションとネタが原因なので何故やった、と言っても確実にノリで、という答えしか返ってこない。だから追及するだけ無駄なのは自分も割と同じ性質なのでしない。

 

「では戻すぞ」

 

 等と言いながらこっちを持ち上げて運ぶ形はお姫様抱っこだ。実に男らしい。シチュエーションがこれはやはり逆ではないだろうか。こう、男がやってもらうのではなく女がやってもらうから良い絵になる訳で―――あぁ、またヒロイン属性があがって行くような気がする。バレたらまたなのはにからかわれる。いい加減休みの日にネタを振る為だけに来るの止めないかアレ。

 

 ともあれ、車椅子の上へと戻される。大分使っているせいかこの車椅子も結構座り慣れたものだと思う。この背中と腰への安心感、間違いなく自分の車椅子だと解る。アームレスト部分のコントロールもスプーンが震えずに持てるぐらいには握力が戻ってきているので、ギリギリ動かす事が出来つつある様になっている。あと少し、あと少しリハビリを進めれば一人での外出も可能になってくる。そう思うと心が少しウキウキしてくる。

 

「そう言えば」

 

 と、ナルが離れようとしたところでユーリが首をかしげる。

 

「ユニゾンしてみました?」

 

「……あ」

 

 そういえばユニゾンデバイスだった。その事実をすっかり忘れていた。デバイスであることは覚えていたがユニゾンができるという事実はすっかり忘れていた。何せ、戦闘でユニゾンする機会を一度も目撃してないからだ。それ、ユニゾンデバイスとして正しいのか、何て考えが浮かび上がってくる。

 

「そういえばユニゾンできるのお前? イングとユニゾンする所は一回も見なかったけど」

 

「出来るぞ。適性は高かった方だしな。ただお前には披露しなかっただけでユニゾンして追手を迎撃した事は何度もあったぞ」

 

「なんという解りやすい悪夢」

 

 勝てるビジョンが全くと言っていいほど思い浮かばない。イングは最初から最後までデバイスなしの状態で戦っていたのだ。それでなのはを戦闘不能にさせていたのだからかなり頭がおかしい。それにユニゾンのできるユニゾンデバイスを追加したら色んな意味で頭がおかしくなる。つまり全体的に見て頭がおかしい。

 

 ナルが腕を組む。

 

「というか一通り全員の適性を調べているぞ」

 

「おぉ」

 

 ユーリと共に声を揃える。ユニゾンデバイス。それは一種のロマン、そして憧れ。どんなデバイスでも手に入るのであれば何が欲しい? そう問われれば間違いなく返ってくるのがユニゾンデバイス。人間よりも優れた思考能力を持っているのにほとんど人間と変わらない内面、そして主を一気にブーストするユニゾン能力、様々な方面、分野で役立つユニゾン! ……美少女の姿で作れるんなら誰だって欲しいわそりゃ。故にユニゾンできる事実をすっかり忘れていたユーリと共に声を漏らす。

 

「ちなみにダントツで相性による適性が低いのはユーリだ」

 

「あー、私体内にロストロギアありますし、たぶんそれが原因だと思います」

 

「そういやぁそれ、管理局に報告してねぇ」

 

「面倒ですしこのままでいいですよ」

 

 そうだな、と納得すると次にレヴィとシュテルが適性が低いとナルが言う。この二人とは何かが阻害しているとかではなく、純粋に相性や適性が悪いらしい。これをあの二人が聞いたら落ち込みそうだなぁ、何て思っていると未だに己の名が呼ばれていない事に気づく。

 

「アレ、俺意外と適性高い?」

 

「いや、最高値だ。まるで”そういう風に作り出された”かのように最高をマークしている。次点で来るのはかなり高い適性でディアーチェだ。此方は八神はやての細胞をモデルにして作られているのだから当然と言えば当然、というのが感想だがな」

 

「良かったですねイスト、愛されている才能もあったようですよ?」

 

「こんな体になってから発覚するというのもまたものすごく皮肉なもんだと思うけどな」

 

 ……才能にギリギリの所で嫌われたのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。まだ魔導師らしい才能はあったようだ。その事にちょっとだけ喜びを感じるが、同時に悲しさをも感じる―――何かがあればナルを巻き込む理由になってしまうからだこれは。

 

「ためしにユニゾンしてみるか? 適性が高すぎる故にユニゾン中に色々あるが」

 

 たしかにユニゾンは一度は経験してみたい事だが、

 

「今色々あるって……」

 

「魔導師とデバイスが融合しているのだぞ? 適性が低ければ上手くいかず、高ければ上手くいき”すぎる”。そうなった場合発生するのは融合事故時の被害緩和やユニゾン中の思考、感情の共有、デバイス側の特徴がロード側に濃く出る……まあ、それぐらいであろうか」

 

 それを聞いて少し安心する。まあ、それぐらいなら全く問題ない。何せ読み取られる思考も感情も何も恥ずかしいものはない。車椅子から起き上がれないのは非常にアレだが。ともあれ、そうと決まれば早い。

 

「いっちょ試してみっか!」

 

「おぉ! ちょっと待っててください、今タスラム持ってきて録画させますので!」

 

 ユーリが凄まじい速度で家の中へと戻って行くと、リビングのテーブルの上に置いてあるタスラムを回収し、そして録画モードを起動させる。正直そこまでするイベントなのだろうか、と思いつつも少しだけ緊張し、ナルを見る。

 

「さ、さあ、やるぞ!」

 

「緊張しているのか? 安心しろカラダの相性がいいのは解っている、緊張せずにそこに座っていればいい」

 

 何故こんなにも発言が乙女らしくないのだろうか我が家の連中は。まともな乙女とはいったいなんだったのだろうか。ともあれ、ナルにそう言われたので短く息を吐き出し、ナルを見る。タイミングを確認する必要もなく、言葉は不思議と重なった。

 

「―――ユニゾン・イン」

 

 ナルの姿が此方の中へと溶け込んでくる。その存在を受け入れながら目を瞑ると―――自然と彼女の思考が此方へと流れ込んできた。それはシンプルに、そして強烈に強い感情と共に此方へと流れ込んできた。

 

 ―――愛している。

 

 そして、

 

 愛している。好きだ。貴方を愛している。貴方の全てに恋をしている。貴方の全てに惚れている。貴方に私の全てを捧げたい。貴方と一つになりたい。貴方の為に生きたい。貴方を愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。愛している。―――私の血肉の全てで、貴方を愛している。

 

 彼女の思考の中身を覗き込んで理解した。彼女は間違いなく本気で、デバイスの全機能としてそう思い、そう判断し、そう信じている―――狂う程に一途。故に思考できる事はこれだけ。

 

 ―――どうしようこれ。凄い恥ずかしい。

 

 頭にはそれしか言葉が思い浮かばなかった。




 純愛枠その2。ナルさん。イケメンに見えたデレデレ。かわいい。ユニゾンで一つになれるので圧倒的勝ち組。ユーリ+ナルという究極生物はなかったんや……。

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