マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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イン・ザ・スノウ

 ―――寒い。

 

 12月にもなると大分寒くなってくる。べつにクラナガンは温暖な気候ではないのだ。そりゃあ冬は寒い。少なくともマフラーは必須の装備になってくる。車椅子をレバーで操作しながらなんとか雪で滑らない様に進めつつ、雪の降る空を見る。まさか雪が降るとは思わなかった。車椅子で雪の中を一人……オツであるかもしれないが、同時に結構厳しい。何せ車椅子の前進も後退も全て機械のモーター任せで、それが溝にでもはまってしまえば自分にはそこから脱出する手段がないのだ。だから到着前に降り出して順調に積もっている雪を前に白い息を溜息として吐き出す。せめて雪でも降らなければもう少し楽だったのだろう。ここは見栄でも張らずに誰かの力を借りればよかったのかもしれない。

 

 そう思いつつも大分人通りが少なくなった夜の道路を行く。通り過ぎる誰かはしっかりと防寒具に身を包み、此方に気にする様子を見せる事無くどこかへと消えてゆく。そうやって誰かとすれ違うたびに人通りが少なくなり、寂しくなってゆく。やはり雪の降っている夜には誰も外には歩きたがらないものなんだと思う。面倒だし、寒いし、歩き回る理由はないし。自分の様に何か約束でもなければ外に出る者はいないだろう。ま、自分の場合はいいのだ。この後の事を考えると結構楽しみだし。ともあれ、目的はもう既に目と鼻ほど先だ。……タクシーを手前で降りて、景色を楽しみたいなんてことを考えなければよかった。

 

「あっ」

 

 がこん、と音を鳴らして車椅子が大きく揺れた。雪で見えなかった溝にはまったらしい。溜息を吐きながら車椅子のレバーをがしゃり、と弄るが車椅子のホイールは回転するだけで雪で滑り、前へと進む事はない。どうやら面倒な事に座っていては進まないようだ。困った事になってしまった。立ち上がって車椅子を引き上げればいいのだろうが、立つことはできても車椅子を持ち上げるだけの力が手には入らないし、たぶんそんな事をしようとしたら今の体では確実に滑って転ぶ。そして滑って転べば最近異常に心配性になったあいつが普段以上にべったりとなる。うん、それはちょっとだけメンドクサイ。だからとりあえず助けを求めようと視線を周りへと向けると、背後に気配を感じる。

 

「大丈夫かい?」

 

 視線を背後へと向けると黒髪、マフラーコート姿の青年が此方の車椅子のハンドルを握っていた。その姿が何度か資料やらデータやらで確認させてもらっている。彼の名前は確か、そう。

 

「クロノ・ハラオウン提督?」

 

「うん? ……あぁ! と言う事は君が騎士イストか」

 

「すんません、背中が痒くなるんでそういう呼び方はやめて」

 

「ははは、済まない。今車椅子を上げるからちょっと待っていてくれ」

 

 そう言うとクロノが一気に車椅子を溝から引き揚げてくれる。そしてそのまま車椅子を後ろから押してくれる。若干申し訳のない気持ちになるが、正直な話押してもらうのは非常に助かる。何せ雪で道が隠れているとなると一人で進むのは凄い面倒になるのだ。

 

「えーとイスト、でいいかい?」

 

「じゃあこっちもクロノって呼ばせてもらうけど?」

 

「うん、仕事抜きにして来ているしその方がいいね」

 

 クロノ・ハラオウン、フェイト・T・ハラオウンの義理の兄だったか、と彼に関する情報を頭の中で思い出しておく。確か一線級の魔導師でもあったはずだけど、また偉い人物に対して知り合いだよなユーノも、と友人の持っているコネに対して少なからず驚きを得る。まあいいや。今回は完全に仕事等を抜きにして来ているのだ。クロノに車椅子を押されて十数メートルほど進むと小さな店にやってくる。前にも来た事のある店だ。この店が再び指定された辺り人気の店なのかもしれない。ともあれ、クロノに手伝ってもらいながら車椅子を店内へと入れると早速接客の者がやってくる。そこへ予約と待ち合わせの件を伝えると、そそくさと奥へと案内される。そこには既に集まっている二人の姿があった。

 

「やぁ」

 

「悪いと思ったが既に始めさせてもらったぞ」

 

 そこにいたのはユーノとザフィーラの姿だった。既にその前にコップが置かれており、ザフィーラには酒が、そしてユーノには何か別のドリンクが置かれていた。そして此方へと視線を向けてから背後のクロノへと視線を向ける。

 

「アレ、君達顔見知りだっけ?」

 

「いや、直ぐそこで困っている所をバッタリとね」

 

「あぁ、今日は午後から雪が降り出しちゃったもんね」

 

 大体察してくれたらしい。苦笑するとクロノが予約したスペースの前に車椅子を止めてくれた。手伝おうか、と問われるがその必要はない。これぐらいなら、と軽く言って、車椅子から降りて立ち上がり、そして予約したスペースに上がる。完全にダメになったような思われ方をしているが、別段足の方は駄目になったわけではないのだ。リハビリさえちゃんとやっていれば大丈夫なのだ。だから予約したスペースへ靴を脱いで上がり、大丈夫アピールしておく。

 

「まあ、相変わらず手は死んでるんだがな!」

 

「実に惜しいものだ……」

 

 そう言って惜しんでくれるのはザフィーラだ。何せ武技に関して誰よりも親身になって相談や訓練に付き合ってくれたのはザフィーラだ。ともなれば惜しんでくれる気持ちは分からなくもない。だが、個人としては家族を守れたのであれば妥当な代償ではないかと思う。まあ、世の中対価も払わずに何かを貰おうなんて傲慢すぎるという話だ。

 

 誇りであれ、プライドであれ、信念であれ、己の身であれ―――何事にも代償は必要なのだ。

 

「まあ、祝いの席に暗くなってもしゃーないというか主役はあっち、あっち」

 

 ユーノへと視線を向けさせると、ユーノが照れたような表情を見せる。もうちょっとそういうのをなのはへと見せれば一瞬で人生の墓場行き―――なのだが良く考えたらお前らまだ14歳だったよな、と驚愕の事実を思い出す。ともあれ、店員がビールを持ってくるので自分とクロノの分を注ぎ、それで全員に飲み物がいきわたる。それをクロノが確認すると、

 

「それじゃ全員持ったね? ―――ユーノの無限書庫司書長就任に乾杯!」

 

 グラスを叩きつけて乾杯する。

 

 

                           ◆

 

 

「最年少での司書長就任だよ。ホントマジパネェな。流石ユーノきゅん。マジ有能」

 

「僕をユーノきゅんって呼ぶの止めない? 最近同僚までが同じように呼んできて背筋が凍るんだけど」

 

「ははは、愛されているようじゃないかユーノきゅん」

 

「目にビールを注ぐよクロノ」

 

「君、昔から僕に対してだけは割と辛辣じゃないかなぁ」

 

 ギギギギ、と音と立ててユーノが若干威圧している様にも見えるその光景、普段のユーノからすればあまり見られないような姿だ。何事か、と思うとザフィーラがちょんちょん、と軽く肩をたたいて二人から少しだけ距離を開ける様に催促してくる。故にザフィーラの方へと寄ると、

 

「ユーノは前々からクロノに色々と対抗心を燃やしているのだ。まあ、歳の近い人物で格上というポジションが男として負けたくない気持ちに発破をかけているのだろう」

 

 流石ユーノきゅん、可愛さの中にかっこよさも忘れていない―――なんて馬鹿な事を言ってザフィーラと共に笑う。クロノとユーノの様子を見る限り、二人とも割と何時もの事らしく楽しそうにお互いを罵り合っている。ユーノはまだ流石に無理だから酒を渡してない筈なんだが―――アレは状況に酔っているなぁ、とその姿を見ながら思う。まあ、楽しそうにやっているんだしそれでいいんではないか、という意志もないわけではないのだが。

 

「そういえば最近はどうなんだ?」

 

 ザフィーラがユーノとクロノの楽しげな罵り合いを完全に無視してこちらへとどうか聞いてくる。それに対してそうだなぁ、と最近の自分の出来事を思い返しながら考える。どこまで話してもいいものか、そう思考したところでまず日常的なことを口にすればそれでいいのだと気づく。われながら隠し事ばかり慣れすぎて難儀な思考をしているなぁ、と軽く嘆き、

 

「まあ、いつもどおりリハビリを進めてるよ。指を動かして色々と掴んだりして運動したりさ、体も適度に動かして運動させているよ。まあ、体の方に関しては足場が不安定だったりしなきゃ普通に歩けるんだぜ? ……うちの連中がこれ、心配しすぎて最低でも杖が持てるぐらい握力が回復しなきゃ車椅子生活は続行だって脅してくるんだけどね」

 

「愛されているのは無関心でいられるよりもいいぞ?」

 

 そりゃあ愛が普通の連中の言葉だ。こちとら肉食獣一歩手前の集団を躾けているんだ。どうしてこうなったって日ごろから嘆いていてもしょうがないぐらいだ。まあ、彼女たちの心配も献身の意味も理解しているのだが。だけど、だけどいいから風呂はやめろ。目つきが本気すぎるんだよ特にシュテル。唯一の清涼剤がディアーチェだ。彼女は何時か振り向かせると公言しておきながらまだ時ではないと迷惑かけないように気を使うどころか心配してくれる。本当にいい子だ……どこで他の連中とはこんなに差がついてしまったのだろうか。

 

 まあ、と答える。

 

「念願の教職を手に入れたわけだし、そこそこ充実した生活だよ。まだリハビリ中だから仕事ができないけど隠す必要のなくなった連中に襲撃に怯えなくていい毎日、ほんと日常生活って最高だね!」

 

「イストだけ人生ハードモード突入してたもんね、数ヶ月前まで」

 

 そう言ってユーノがクロノと共にこちら側の世界へと戻ってくる。軽くお帰り、って言うとただいまと言い返された。もう少しそこでツッコミかボケを入れてもらいたかったけど、どちらかというと天然系なので流石にそこは狙いすぎか。まぁいいやと結論付ける。

 

「現在進行形でハードモードというかエクストリーム入ってるのはユーノきゅんだろ」

 

「もうユーノきゅんでいいよ―――後それに関しては否定しない。というか僕が司書長になったのはそれが無限書庫という空間を効率的に運用するために一番だと判断されたからでしょ? 功績が認められたのはうれしいけどそれ以上に管理局が無限書庫を便利な場所だと思って本格的運用の前触れのための人事だと思うと正直恐ろしくて震えがとまらないんだけど……」

 

 ユーノの目線からハイライトが消えてゆくのが見える。やばい、このままではなのはに襲われた後のユーノみたいな光景が出来上がってしまう。その前に会話を変えるべきだ、と視線をクロノとザフィーラへと向ける。同じことを考えていたのか二人も即座に頷きを返答として此方へ返してくれる。どうやら我々の意思は同じだった。クロノに関してはあまり時間を過ごしていないどころか今日初見のはずなんだが割りとノリのいい人物らしい。だから口を開く。

 

「恋愛事情を暴露しよう」

 

「男でか!?」

 

「それって女子会でやることじゃないのか!?」

 

 ナイスツッコミと二人のキレのある即答に対して内心賛辞を送る。でもさ、気になるじゃないか。自分以外の連中は基本的にどういう恋愛事情を送っているのか。だから、

 

「将来的になのはに食われて結婚しそうなユーノは除外な」

 

「否定できない悔しさがそこにはあった」

 

 なのはが俺の予想を超える成長を見せてしまった。もはや俺でもあの娘がどこへ向かうかはわからない。ただ”なのは、なのはなら……!”と言っておくとなぜか信憑性が出てくるのが最近のなのはの怖さだ。そろそろ痛い目にあわせる必要がある。アレ、絶対に調子に乗っている。そしてクロノとザフィーラが黙っている。なので、

 

「じゃあ俺から行くな。理性が持たなかったので同居人とヤっちゃった。はい、次」

 

「待ったぁ―――! 待て、僕が調べた情報が正しければ君のところにいるのはフェイト達のクローンとデバイス、リインフォースのコピーなんだけど……!」

 

「誘惑には勝てなかったよぉ」

 

「うざっ」

 

 そりゃあわざとうざい風に、というか深刻に聞こえないように話をしているんだからそう聞こえるのは当たり前である。

 

「……ところで誰とだ?」

 

 意外にも食いついたザフィーラに全員の視線が向かうが、特に隠すことはないので教える。

 

「リインフォース・ナル。向こうが口移しでお酒飲ませてきたのが原因に理性が吹き飛びました」

 

「……」

 

「あ、予想外の答えにザフィーラフリーズしてるなこれ」

 

 ザフィーラが若干フリーズしている様子なのでザフィーラアウト、ということを満場一致で決定し、ターゲットを狼から若い提督へと向ける。と言ってもクロノの年齢は確か21、自分より一つ上の年齢のはずだ。だから何もないと言うわけはないだろう。

 

「あー……クロノには―――」

 

「そこまでだユーノ。それ以上しゃべると言うのなら僕はデバイスを抜かなくちゃいけなくなる」

 

「出禁食らうからマジでやめようぜ」

 

 チラっとザフィーラの方を見るがいまだにフリーズ状態から復帰する様子を見せない。やはり元同僚か、元仲間っぽい姿の存在がアグレッシブなことをするのを知ったらそれはショッキングか。知ってて言ったのだが。

 

「イストー! イストー! 顔がゲスいよー!」

 

「知ってる」

 

 ―――こうやって男だけのユーノの就任祝いの会は続いた。




 大学で執筆、更新するのは何気に始めてやなぁ……

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