マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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クローザー・バイ

 ―――運命と言う言葉は人が思うよりも遥かに重い。

 

 運命を戯言や、ロマンチズムで語る人間は多い。何せ運命という言葉は聞こえがいいからだ。それを口にしたら大抵の出来事に対して説明がついてしまう。考える必要はない。何よりも運命とは理不尽だ。誰よりも無情であり続けると人間は思考する。そしてそれはある意味正しい―――何故なら運命というものは存在する。そこに、確かに存在するのだ。それをはっきりと認識できる人間はおそらくこの世には正しく存在しない―――私を抜いては。

 

 だから運命という言葉を私は信じている。おそらくこの世界―――次元世界全てを回っても私以上に運命と時が生み出す残酷さを信じている存在はいないと断言できる。何せ私は運命を理解している。それがどういうものであるかを解っている。だから誰よりも運命という言葉を信じているし、それがどうしようもない幸運と悪意の塊である事を知っている。

 

 ―――そんな事を思いつつ夢を見る。

 

 浮かんでいる。沈んでいる。沈められている。漂っている。その表現に意味はない。ただそこで存在していた。気づいた時にはそこに存在した。多くの情報と記憶と共に。存在していた。自分が何であるのか、どういう機能を持っているのか、どういう存在で何のために生まれてきたのか―――それらが全て記録されていた。そうして己を満たしていたのは虚無だった。

 

 なんだ、その程度か。こんな存在だったのか。

 

 落胆と諦めと絶望と虚無。夢は何時もそれで始まる。失敗作。他の三人と比べて自分は失敗し、そして未完成品―――本物の劣化というレッテルが常に張り続けられている存在だ。故に夢は絶対にここから始まる。調整槽の中で姿を隠す事も動く事も出来ず、ただ調整と仕上げを行われ放置される日々。故に感じるのは虚無。得るのも虚無。そこにはマテリアルズの一員としての自覚も誇りもあるが―――繋がりはない。調整槽の中では限りなく孤独で、無だ。

 

 だから、貴方に恋をした。一目惚れをした。そこに運命を知った。その先の運命を知った。修羅の道であると、いばらの道であると知った。それでもそれが絶対的に必要なものだと、満たされるものだと、絶対不変の価値であると理解した。それだけは絶対に手放せないと理解してしまった。全細胞が見られただけで熱くなる。―――あの出会いは、運命だった。

 

 見つけて貰ったあの瞬間から―――七年前に仕込まれた全ての歯車が動き出した。

 

 

                           ◆

 

 

 そして夢から目覚める。目の端には少しだけ涙があるのを自覚する。それを左手で拭おうとして、左手が何かを掴んでいる事に気づく。起きた瞬間には眠気が消えているので確認は早い。そうやって確認する左手は暖かなものを握っている。―――手だ。硬くて、大きくて、そして大好きな手だ。視線をそのまま動かしてゆけばその主、イストがベッドの横で開いているもう片手を上げてくるのが見える。

 

「おはよ」

 

「……おはようございます」

 

 朝一番に彼の顔が見れた。今日は素晴らしい日になりそうだと確信しつつ、手を離さない。

 

「お前、起きるのが遅かったから起こしに来たんだけどいきなりガバっと手を掴むからどうしたもんかと思ったぞ。なんだ、嫌な夢でも見たのか?」

 

 そう言ってイストが指で目の端の涙をぬぐってくれる。計画通り、と心の中でガッツポーズを取る。それと同時に心を歓喜が満たしていた。見られている、触れられている。今、この瞬間だけは私が彼の存在を独占していると。それを認識して笑い声が漏れそうだった。この程度で幸せを覚えるのだから自分は安い―――今はまだ。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、はい、問題ないです」

 

 少し悶えていただけなので全く問題はない。それを表面上に表わす事は全くないが。ともあれ、イストは振り払うだけの力がないので此方から手を離さない限りは離れる事も出来ないのだ。それを思い出すとなると少しだけ悪戯心が湧いてくる。イストの手を解放せずに、そのまま近くへと寄せる。

 

「ゆ、ユーリちゃーん」

 

「ぐいぐい」

 

 イストのバランスが崩れて前のめりに、上半身をベッドに乗せる形でゆっくりと倒れてくる。そして倒れてきたイストの両腕をもっと深く抱く。具体的に言うと”胸と両足に挟む様な形”で挟み込む。その為に体が少し方向転換するが、それは些細な問題だ。とりあえず最近自己主張が少しずつ激しくなってきた胸と、そして若さたっぷりの両腿で挟む様に腕を捕獲する。作業完了。イストがベッドから持ち上げる頃には完全に腕の捕獲が完了している。

 

「ユーリさぁーん」

 

「ちょっと攻勢に出てみました」

 

「自分の服装を見てから行動してよ!」

 

 自分の服装を見る。それはもちろんパジャマではない。何せ最近の夜は暑いのだ、八月にでもなればそんなものだ。だけど自分はエアコン派ではないので基本的に窓を開けっぱなしにして、上に何もかけないで寝るのが就寝時のスタイルだ。ただこれだとまだ寝汗を掻く事も多いので―――寝る時は下着姿で寝ている。レヴィ辺りが割と容赦なく下着姿で廊下を歩き回る姿が多々目撃されているのでこの元保護者、現狙われ中の男も見るのは慣れているだろう……だが接触はどうだ。最近体が育ってきていて胸も自己主張する様になってきた。軽く挟む程度であれば十分にある。

 

「あー……」

 

 少し困った様子から、

 

「ユーリー、はーなーせーよー」

 

「ちっ、まだ悩殺には程遠いようです」

 

「まだ考えるには早いっての」

 

 イストを解放する。もう完全に目が覚めているのでそのまま体を持ち上げると、部屋の扉の向こう側に今回の作戦が通じなかった戦犯が―――ナルが立っている。それも体を半分だけ隠す様なポーズで、部屋の中を窺うようにしている。それで一回振り返って、廊下の奥を確認する様にしてから再び部屋の中へと振り返り、

 

「―――この泥棒ネコ!」

 

「お母様!」

 

「ノリがいいなぁ、お前ら」

 

 廊下の奥からシュテルとレヴィがイエーイ、と言う声がする。まず間違いなくナルに要らない芸を仕込んだのはあの馬鹿二人だ。でも自分もあの二人並に馬鹿なので実際はそう強く馬鹿って言えるわけではない。というかナルに学習能力と言う機能は存在してないのだろうか。ネットへと接続して検索すれば一瞬でどういう事をしているか解るだろうに、完全にデバイスとしての機能が活躍していない。唯一思考能力と演算力が色ボケ方面でフル稼働してデレデレになっている。……そのせいで全くこっちが通用しない。

 

 スタイル差が絶望的過ぎる。せめてあと数年成熟に必要だなぁ、と改めて自分とナルの姿を確認して確信する。

 

「まぁいいや。それよりも―――」

 

 イストがそこまで言ったところで、一階から声が聞こえる。

 

「―――貴様ら何時まで遊んでいるのだ!! いい加減降りてこないとメシをしまうぞ!」

 

 ディアーチェを怒らせる事だけは駄目だ。さっさと起きる事にする。

 

 

                           ◆

 

 

「御馳走様でした」

 

「お粗末様でした」

 

 食べ終わるとディアーチェが食器を片づけ始めるので、それを手伝うために食べ終わった食器を集め、重ね、そして台所へと運んでゆく。それをシンクへと降ろすと、ディアーチェがありがとう、と言って洗い物を始める。ここで逆に手伝うと効率が下がるから一人でやっていた方が圧倒的に良いらしい。少し寂しい話だ。が、台所の支配者の言葉なので従わないわけにはいかない。手を軽く洗って拭いてから、台所からでる。

 

 こうなると少々暇になってくる。実の所我々の立ち位置は結構微妙な所だ。保護者としては間違いなくイスト名義なのだが、年齢がそう違わない上に戦闘能力は非常に高い。だから職に安易につかせるわけにはいかないと、アルバイトさえも今は出来ない。だから基本的に一日を遊んですごすか、イストの手伝いをするしかないので暇が多い。シュテルなど最近は14歳の少女と19歳の青年の恋愛小説を書いてネットにアップしている。個人的に面白いと感じるがどう考えてもシュテル自身がモデルになっているのは気に食わない。後で絶対に荒してやろうと思いつつも、リビングのソファへと座る。もちろんイストの隣だ。

 

「今日は仕事があるんですか?」

 

「そりゃああるよ。一応社会人だし」

 

「むう、残念ですね」

 

 仕事がないのであれば一日中引っ付いているのだが、それは叶わないらしい。というかできたら本当に一日中引っ付いていたいものだ。そう思うと仕事の関係でよく連れ出されるナルの存在が羨ましい。

 

「ディアーチェ、洗濯物終わったぞ」

 

「む、では三階から掃除機をかけておいてくれ」

 

「解った」

 

 すっかり家事をやっている光景がにあって来ているというか、エプロンの似合う人物になってきたような気がする。あざとい係は割とディアーチェの領分だった気がするが、段々と夜の相手をしてもらえているナルが優勢になってきている、これはこれでヤバイのではなかろうか。何というか、一人だけ好感度がドンドンあげられている感覚だ。

 

「むー」

 

「おいおい、如何したんだよ」

 

 イストが此方の唸り声に心配して視線を向けてきてくれている。こんな細かい所で一々気を使ってくるのだから嬉しい。それを表現するためにももう少しだけすり寄って、そして体を預ける。イストのリハビリ自体はつい先日完了して、そして両腕以外であれば完治している状態になっている―――前の様に動くにはやはり運動は必要だが。

 

「別に、何でもありませんよ。ただこうやって一緒にいられる時がやはり幸せですから」

 

「うんうん、そうそう!」

 

 ポン、とレヴィが新聞を広げていたイストの股の間に座り、新聞の邪魔をしてくる。若干困ったように両手を上げて新聞を避難させていると、逆にシュテルが座り、自分と同じように寄り添うように座ってくる。座る前に此方を見てニヤリ、と笑みを浮かべたのは間違いなく牽制行為だ。あとで小説の感想を荒す事を使命として認識しつつ、

 

「どうですか、世間一般では物凄い魅力的な美少女達に囲まれていますよ?」

 

「ネットへといけば需要たっぷりのお年頃です」

 

「勃たないのでアウト」

 

「ホントだ」

 

「確かめようとするな……!」

 

 股の間に座るレヴィの頭を掴んでぐりぐりとイストが拳を突きつける。その痛みにレヴィが軽い悲鳴を上げている間に思う。こんな時間が大好きだ。こうやってイストといられる時間が愛しい。毎日馬鹿で居られる時間が楽しい。この時間が永遠に続かないと思うと悲しい。そう、永遠はない。この世に絶対は無いように永遠なんてありえない。望んでもいけない。

 

「……ユーリ? 泣いてるの?」

 

 真っ先に気づいたのはレヴィだった。降りて立ち上がると心配そうに此方を見てくる。何時の間に自分はこんなに感情豊かになったのだろうか。何時の間にこうやって悲しみを我慢出来ない様になったのだろうか―――あぁ、私は変わってきている。確実に、少しずつ。それが理解できるし、自覚しているし、恐ろしくもある。私は兵器。未完の兵器。そもそも心を持たせてはいけなかった存在。エグザミア、その試作で未完成品で、そして凶悪な兵器を宿した存在。

 

 何よりもこの空間を守りたいと他の皆同様思っている。それが壊されるのであれば間違いなく本気で持てる全てを使うだろう―――あの時の様に。

 

「なんでもないですよ。ちょっと目に髪の毛がはいっちゃって、それだけですよ」

 

「お前髪の毛長いからなぁ……」

 

「だってイスト前こっそり言ったじゃないですか―――髪の長い女性がタイプだって」

 

 瞬間、その場にいる全員が動きを止めた。キッチンで洗い物をしているディアーチェでさえ動きを止めた。そしてシュテルもディアーチェもショートカットの己の髪に手を伸ばし、そして軽く触れる。レヴィに関しては勝ち誇った勝利と共にポニーテールにしている髪をイストの前で揺らしている。今にも逃げたそうな表情をしているイストの表情に軽く苦笑しながら、

 

 あぁ、と悟る。

 

 ―――長くないなぁ。

 

 明確に何が、と理解できているわけではない。ただ漠然とした認識でもう長くはない、ということが理解できた。そしてその時が来たら―――ついに始まってしまうのだろう。始まるのだろう。始めるのだ。

 

 愛という免罪符の下に狂う少女達の話が。




 キチろうと思ったけど本番前だしピコンピコンさせる程度で許したる

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