マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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ゲティング・トゥ・ザ・エンド

 ふむ、と軽く自分の手の中にあるものの感触を感じ取る。大分慣れてきたこの編み物にも熟練の技術というものが少しずつに滲みだしているな、と軽く自画自賛しておく。何せ家族には店の商品と全く見分けがつかないと褒められている。誇らないで一体何を誇るというのだ。家族の声があればそれだけやる気が出るというものだ。だから今回も割と上手くできたと自負している。今回はレヴィ用のマフラーだ。冬場でも遠慮なく動き回るから長いと逆に邪魔になる。だからその為に短めに作ってある。そして色はもちろん水色。違う色で編むと地味にぶーたれるので面倒な事この上ないが、受け取った時の表情が物凄く良いものなので苦にはならない。

 

「さて、これぐらいか」

 

 丁度水色の毛糸を使い終わった形だ。レヴィのマフラーは水色一色。おかげで使う毛糸の量は多いが、もう何年もやっているとその量も覚えてしまう。まあ、身体の方が成長してきているのでそれに合わせてマフラーも少しずつ長くしてはいるのだが。まあ、これでレヴィの分は完成だ。周りを見ればレヴィの姿はない。が、探そうと思えば、

 

「王様、僕を探したー?」

 

「うむ、丁度終わったぞ」

 

 察しがいいというか家内の事を完全に把握しているのか、気配だけでこっちを察して何時の間にか現れてくる。相変わらず神出鬼没ながら頼もしい臣下であると思う。ともあれ、レヴィを手で近寄る様に示すとマフラーを手に取り、それをレヴィの首に巻く。シンプルに水色だけなのはつまらないのでデザインは水色が全体のベースに白で地球の英語でレヴィ・B・ラッセルと書いてみた。他にも細かいデザインとかいろいろやっているのだが、それをレヴィに見せるだけ無駄だろう。服装に関しては、そういう細かい所は気にしないやつだ。だから首に巻き終えると、レヴィは顔を輝かせて、此方に抱きついてくる。

 

「ありがとう王様!」

 

「うむうむ、外で遊ぶのなら風邪を引かぬように気を付けるのだぞ」

 

「はぁ―――い!」

 

 そのままレヴィが玄関へと走って行く姿を見る。テンションが上がったのでそのまま庭で雪だるまでも作るのだろう、と外で振り続ける雪を見ながら思う。また雪の降る季節になったな、と。少し前までまだ十月だったと思っていたのに―――気が付けばもう既に十二月で、年末が直ぐそこへ迫っている。これが地球だったらクリスマスやらで色々と準備しているのだが、クリスマス文化はミッドチルダにもベルカにも存在しない。だから特にお祝いする事はないのだが……流石に新年を迎える時は盛大に派手にやっている。まあ、それもまだ数日あるので買いこんだものを使う機会はその時だ。

 

 と、リビングから裏庭を見るとマフラーとコート姿のレヴィが早速雪を集め、そして転がし始めている。テンションが高い所を見ると十分に喜んでもらえているらしい。そうと解ると製作者としては嬉しいものだ。次に作る編み物にも熱意が注がれるというものだ。だからテーブルの上に置いてある毛糸の玉を見て、どの色を使うか悩む。次に作る、というか最後に回ってきたのがイストの分だ。一人だけ成長がないので去年のものを使えばそれで済むのだ。

 

 それに結構物は丁寧に扱うタイプなのだ、アレは。ああ見えて自分の使う道具はメンテするし、直ぐに捨てるのは勿体ないとかで新聞を溜め込んでおくクセがあるし。その度に要らないものを判別して捨てる此方の身にもなってほしい。まあ、こうやって作った物を大事に扱われ続けるのは素直に喜ばしい事だ。だが、これとそれとでは問題になってくる。マフラーもニットキャップも手袋もセーターも作ってしまった。となると次に作る物がなくなってしまった。困った。実に困った。何も作らないのはというのは不公平であって個人的には許せない事だ。となると意地でも何か作らないと気が済まない。とはいえパっと思いつくものがない。

 

「イス―――」

 

 と、そこまで口にしたところで思い出した。

 

「ダーリンならいませんよ」

 

 ひょこり、と現れたシュテルがキッチンへと向かいながらそんな事を言う。ダーリンと呼ぶそのセンスはひとまず置いて、そういえば今朝は早めに出かけてしまった事を思い出す。無論、本日も仕事だ。仕事の都合上ナルと二人で出かけたのだ……あそこへと。

 

「ストラトスなぁ……」

 

「覇王イングヴァルトのクローンの”オリジナル”でしたっけ」

 

「であったな」

 

 アインハルト・ストラトスという少女は幼いながら高い知性と才能を見せているらしい。まだ年齢は六歳であるのに、そんなレベルは飛び越えている、というのがイストの談だった。廃れつつある覇王流の奥義や動きの数々を本流の人間に教え、そしてそれを維持するのが再現に成功した人間としての役目であり、そして聖王教会へと所属し、騎士となった本当の役割らしい。イストもアインハルトという少女も伝承を伝えるための道具として認識されているのは純粋にかわいそうだと思うが……まあ、それ以外は自由だし別にどうでもいいという考えもある。

 

「ま、どうでもいい話ですよ。薬にも毒にもならない存在です。覚える必要がありませんね」

 

「貴様は両極端だなぁ」

 

「私の世界は私の周りだけなんですよ。それ以外の有象無象は正直どうでもいいんですよ。この生活さえ壊さなければ私は幸福で居続けられますから。ですからアインハルトなる塵芥が別にダーリンに師事していようとも、此方にそれ以外で関わる気が無ければどうでもいいんですよ。所詮はその他大勢の他人なんですから」

 

「お前はなぁ」

 

 もうちょっと協調性という言葉の意味を理解できないのか、と言いたい所だがどうにかなるものでもないし、強制するものでもない。自分も割と視野が狭いので人の事は言えないが、表面上の付き合いさえ拒絶するのは流石にヒッキー過ぎるのではないだろうか。というか我が家の面子がどいつもこいつも家族は家族、その他は他人という認識をしてしまっている。元々はこんな感じじゃなかったんだが……一体どこで狂ったんだろうなぁ、と軽く思考する。確実にどこかに”分岐点”は存在しているはずなのだ。……まあ、困るものでもないし良い環境だし、文句を言う必要を欠片も感じないのでこのままなのだが。

 

 ま、未来の覇王に関しては完全放置だ。どうにかするってわけでもないし、その部分に関してはシュテルと同意見だ。だが最低でもご近所へはもう少しだけオープンになってほしい。何せご近所付き合いで何気に助けられる事は多いのだから。……まあ自分が頑張っているのだからいいやって、部分もある。こいつらにコミュ能力を期待するの方が間違っているのだろうと最近では結論付けている。

 

 窓から裏庭を見る。レヴィが二つ目の雪玉を作り始めていた。それを眺めながら思う。これでもう三度目の冬だと。一年目の冬は馴染もうと頑張って……二度目の冬は愛しくて……そして、三度目の冬は手放せない。時が経過するごとに深まって行く愛情と絆。体を縛る鎖の様に己の身を縛り続けている。何が最善なのか、何が正しいのか。それを自分は理解している。だがそれとは別にこの環境と状況に縛られる己はそれを喜んでいる。頼られる事を望んでいる。

 

 ……すっかり乙女になったなぁ、我も。

 

 当初はこんな風になるとは全く思いもしなかった。

 

「あ、シュテル、それ以上クッキー食べるのならおやつは抜きぞ」

 

「我が王、ちょっと交渉しませんか」

 

 シュテルの声が震えているが交渉の余地はなしと断じるとシュテルが絶望した表情で食べ続けようとしていたクッキーを戸棚に戻す。全く油断も隙もありゃしない。これ以上食べるのであればおやつ抜きを真面目にやるつもりだったが、シュテルはそこらへん聞き分けがいいので実に助かる。これがレヴィやユーリだと見てない隙にフラッシュムーブとかで盗む食いするから面倒だ。その場合は容赦のないバインドが襲ったうえで家主にベルカ式スパンキングという悪夢の一ページが再び開かれるのだが。

 

「ふふふ」

 

「王?」

 

「いやな」

 

 楽しいなぁ、と思う。馬鹿やって、未来の心配をせずに騒げるこの日常が何よりも愛おしくて、そして美しく見える。だから楽しい、嬉しい、そして幸せだ。その事に疑いはない。だが空気に感じさせるこの感じは―――間違いなく何かの終焉だ。いや、己を騙すのは駄目だディアーチェ。貴様には解っているはずだ、と己に言う。この空気に漂っている感じの正体がなんであるかを、知っている。前にも感じた事のあるこれは”終焉”の匂いだ。

 

「楽しいなぁ、シュテル」

 

「そうですね、王。毎日が楽しいですね」

 

 だから胸を寂しさと苦しみが襲う。この時間が永遠に続けばいいと願っても、そんな事は不可能だと解っている。そういう運命の下に生まれてしまった故として、完全な平穏は諦めなくてはならない……それでもこんな平和な時間が過ごせただけ我々は幸福だったのかもしれない。いや、間違いなく幸福だった。たとえこの先何があろうとも、そして今までの事を見て、我々が幸福であった事実は何者にも覆せない。だから……我らはこれでいいのだ、と断じる。幸せだった。……あぁ、幸せだったんだ。もう、十分に幸せでいたんじゃないだろうか。

 

「我なぁ、空気は読めないけど結構人の心は読めるんだぞ?」

 

「前半が軽く致命的なんですが大丈夫ですか王」

 

「というかディアーチェが空気読めないとか我々の地雷属性っぷりと比べると遥かに良い方じゃないんですか? 愛が重いし、地雷だし、いつ爆発してもいい様にスタンバイしているし。これでもか、って位に地雷女ですよ私達」

 

 そう言いつつユーリがよいしょ、と言いながらソファの開いている所に座ってテレビをつける。昼のワイドショーがテレビに映し出され、そしてそこに出ている時間は既に二時過ぎを伝えていた。もうそんな時間なのかぁ、と呟いたところで、テレビに見た事のある人物が映し出されていた。

 

 高町なのはだ。

 

「お、教導隊の特集のようですね」

 

 他にも教導官の姿がテレビには映し出されている。知り合いの登場に一旦口を閉じてテレビの方へと視線を向けていると、レポーターがなのはにインタビューを初め、指導される側は一体どういう気持ちなのかをレポートしている途中でレポーターがなのはに掴まり、そして無理やり訓練に参加させられ―――そして桜色の砲撃を叩き込まれていた。いやぁ、良いものを見ましたとユーリが言いながらチャンネルを変えた。相変わらずキャラが濃いなぁ、と思っていると。

 

「甘いですねなのはは。あそこはすかさず二発目を叩き込んでも許される流れです」

 

「教導官がレポーターをリンチしてどうするんだ貴様」

 

「私に、私にルシフェリオンがあればお手本を披露できるのですが……」

 

「残念そうな事を言っても貴様が残念である事実に変わりはないぞ」

 

「ディアーチェ、座布団一枚進呈です」

 

 五月蠅いわと言い返し、軽く溜息を吐く。まあ、こんなばかなノリはずっと続いて行くのだろう。それこそ場所や時が変わっても。この形が理想で、そして立場が変わっても守り続けたいものだと思うから。だからそれが薄氷の上で行っている茶番だと解っていても、砕けるその日まで全力で自分たちは、道化を演じ続けるに違いない。……それが、我々流の愛の示し方なのだから。何も愛を語ったり、触れ合ったり、睦みあったり―――それだけが愛の示し方ではない。これもまた、一つの愛の示し方なのだ。

 

 だからなぁ―――。

 

 溜息を吐いて、そして座っているユーリへと視線を向ける。

 

「ユーリよ」

 

「なんですか王」

 

「あと何か月ぐらい持つと思う?」

 

 そうですねぇ、とユーリは呟くようにして軽く首を捻る。何かを思い出すかのように少しだけ目を閉じて、そして再び開き、此方を見ずに、テレビへと視線を向けたまま答える。

 

「あと五か月……いえ、四か月と言ったところでしょうか」

 

 短いなぁ。

 

「短いなぁ……」

 

「ディアーチェ……」

 

 何が原因なのか、何が来るのか、それは解らないが―――この生活を終わらせるような何かが近いうちに起きる事だけは解っている。だから終わりの近い事実に嘆くしかない―――そして、また進むのだろう。何処かへ。何かの為に。何かを成す為に。しかし、見くびらないでほしい。黙って受け入れる程我々は決して甘えさせてやらない。……なにかをやるなら一緒だ。

 

「今度ばかしは混ぜて貰うか」

 

「お留守番は辛いですもんね」

 

「ついにエンシェント無双ですか」

 

「引っ込んでろ」

 

 苦笑しながら来る未来の事を思い、そして覚悟する。笑いあえる未来である事を切に願って。

 

 と、そこでコンコン、と窓が叩かれる。外へと視線を向ければレヴィが雪だるまを重ね終わり、そしてそれを装飾しようとしていたところだった。それを見て適当なものでも渡しておくか、と編み物セットを置いてキッチンへとにんじんやら何やら、雪だるまに使えそうなものを探す。

 

 ……あぁ。

 

 便利な女でいてあげるつもりは一切ない。

 

「そろそろかなぁ」

 

 家族で話し合う必要があるなぁ、と思いつつ今日もまた、くだらない日常で幸福を感じる。




 おかしい。王様だけ地雷の気配がしねぇ。

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