マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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スティル・スモール

「―――いきなりで済まんなぁ」

 

 Bランク昇段試験を受けていたはずだった。いや、受けた。そして結果は考えられる限り最高の結果だった。ミスはしなかったし、問題は起こさなかった。終わった後でスバルのローラーブレードが火花を吹いたのはもう見えていた事なので泣きそうになっていた顔はこの際スルーした。問題なのは今の状況だ。ガラスのテーブルを挟んだスバルと共に相対するのは現在の管理局でもかなりの有名人、現在大活躍中のエースの三人とデバイスが一人なのだ。

 

 金髪で三人の中で一番スタイルが良いのがフェイト・T・ハラオウン。長い金髪は纏める事無く腰近くまで伸びている、ハラオウンの才女。己の目標である執務官である為、彼女の事は”彼女”との関係を含めて調べた事がある。その結果試験に三度も挑んだという話を見つけた時は大いに驚いたものだった。その横に座っているのが茶髪ショートの女、八神はやて。自分とスバルの事をスカウトしたいと言っている張本人だ。その実力と経歴は見る者を認めさせるしかないパワフルなものだ。彼女の肩の上の小さな存在がリインフォース・ツヴァイでユニゾン型のデバイス、今回の試験を受け持ったのが彼女だ。そして最後に―――高町なのは。彼女に関して語る事は多くはない。ただ、思う事はある。

 

「っと、そういうわけで私としては二人を私が設立する部隊に来てもらいたいと思ってるんよ。正式名称は古代遺物管理部機動六課……主な業務内容はロストロギアの探索と確保や。と言っても探索が任務内容やないんで見つかったら確保しに行く、ってのがスタイルや。入ると色々と特典あるで?」

 

 スカウト。それが今、己が受けている物。それも八神はやて程の人物が設立しようとしているものにだ。まず考えれば間違いなく多くの経験と昇格をするためのチャンスだ。それに関しては全く疑う必要はない。ただそこには色々と情報が抜けている。そして横で目を輝かせながらぐるぐると目を回すなどという器用な真似をしている相棒が心配だ。

 

『ティア、ティア!』

 

 あ、そろそろ来る頃だ、と思っていたところにスバルの念話が届いてきた。なによ、ともう慣れてしまった念話での会話に答える。まさか古代遺物の意味とかを聞いてくる程馬鹿じゃないわよね、と思いながらスバルの言葉を待っていると、

 

『ミッド語で話してるよね!?』

 

『そこからっ!?』

 

 ストレートを放ってくるのかと思ったらドロップキックだった気分だ。スバルの陸士校の卒業成績は覚えている。勉強だって付きっきりで自分が教えた。だから一緒にトップをワンツーで取って卒業したのはまだ二年前の話、記憶に新しい事だ。だからこの程度の会話でまずスバルが理解できない事なんてありえないと思うのだが。

 

『いやぁ、交渉事は全部ティアに任せようかなぁ、って思ってたら別言語に聞こえてきて』

 

『それ、私に丸投げしすぎじゃない。でも、いいわ。解りやすく説明してあげるわ―――あとで』

 

『だからティアの事を愛している』

 

 はいはい、と適当にスバルの事をあしらいながら目の前、はやてへと視線を向ける。とりあえず、今の話だけで飲み込めるほど自分は甘ちゃんではない。いろいろ話を濁している部分がある。だがそれに意識を向けさせない様に振舞っている。この女の感じ―――どこかゲンヤと同種の気配がする。つまり狸だ。油断すると全部持っていかれそうになる感じ。あとから契約書をチェックしたら相談してない事が勝手に決められていそうな感じだ―――あぁ、本当にスバル一人じゃなくて良かった。

 

「八神二等陸佐」

 

「なんや?」

 

 ふぅ、と軽く息を整え直し、そして口を開く。

 

「では質問させていただきます。古代遺物を確保するための部隊とお聞きしますが正直な話それに対して我々をスカウトする意味が解りません」

 

「意味が解らんって部隊の人員を私は揃え―――」

 

「いえ、その様子を見るにハラオウン執務官と高町一等空尉は既に所属する予定の様に思えます―――そしてそうなるとどうしても八神二等陸佐がヴォルケンリッターを己の部隊から外す理由が見つかりません。その時点で一部隊で保有できる戦力としては確実に”過剰”なレベルです。その上で試験を受けたばかりのヒヨッコ魔導師、言いかえれば将来性のある成長の出来る魔導師です」

 

 自分個人と、そしてスバルの評価をするのであれば―――才能溢れている、だ。その評価を間違える事は決してしない。それは何ができるのか、と認識するためにはまず大事な事だ。そして己にできる事が把握できれば、自然と守れるものと守れないもの、倒せるものと倒せないものが把握できる。だから自己評価は残酷なほどに冷静で正確でなければならない。自分もスバルもまだ発展途上の魔導師だ。―――部隊に引き込んだとすれば”所属中の成長”という方法で部隊の強化が行える。

 

 これは部隊の戦力上限を誤魔化すうえでの裏技の一種だ。

 

「高町一等空尉を教導官としても所属させているのは間違いなく私達を訓練、教育するためですよね? それだけの過剰戦力を保有し、そして裏技までも使って部隊に使える、”信用”の出来る戦力を集めようとしている理由が不明瞭です。ただのロストロギア捕獲部隊としてはそれでは説明不十分です、正確な任務・業務内容を伝えてくれませんとスカウトの件に関してはスバル共々お答えできません」

 

「あ、はい! そんな感じです!」

 

 無駄な事を口に出さない分、今回のスバルの返答の仕方は七十点―――もっと高い点数は実際に交渉などができるようになってからだ。とりあえずは軽いジャブだ。話を聞いた感じと自分が知っている情報から此方がバカではない、と示すための行動でもある。ゲンヤの教えだがとりあえず相手を優位に立たせていけないのはどの交渉であっても重要な事だ。こんな状況でも、スカウトされてもらっているのではなく、スカウトさせてやっているんだ、という気概で挑むべきなのだ。だから、言葉を出し切った所ではやてのリアクションを待ち―――相手の笑みを浮かべる姿に違和感を覚える。

 

「そうやな、済まんわぁ。ちょっとド忘れしてて大事な所を伝え忘れとったわ。そうやあ、確かに何でここまで戦力を集めているのかは気になるところやな」

 

 絶対に意図的に”言い忘れていたな”と彼女のリアクションから察する。おそらくこちらを確かめる為にやったのだろうな、と判断する。まあ、相手は部隊を指揮する立場なのだから部下になるかもしれない人間はテストしておきたいのだろうが。

 

「じゃあランスター二等陸士はこのロストロギアの名前聞いたことないかな?」

 

 この会話もまた試されているのだろうな、と思いつつはやての言葉に耳を傾ける。戦いでなら頼れるのだが……こういう事では一切頼れないスバルの存在がこういう時だけは若干恨めしい。まあ、その分己が頑張るしかない、と思いつつ耳を傾け―――

 

「レリックを知っているやろか?」

 

 ―――動きを凍らせる。

 

 

                           ◆

 

 

「少し卑怯だったんじゃないですか?」

 

「せやろか? 交渉事に私情を挟む方が悪いんや」

 

 嫌らしい笑みを浮かべるはやての姿にツヴァイとフェイトは疲れた様な溜息を吐くしかない。それに対して自分の意見は―――ティアナとそう変わりはしない。彼女たちが先ほどまで座っていた席へと目を向け、そして軽く苦笑する。勢いによる返事で、はやては確かに卑怯な手段を用いた。だが間違いなくどう足掻いても彼女たちはこの部隊に、”機動六課”に参加する事になっていたはずだ。それは確かに確信できることだった。

 

「ま、報告に聞いた通り優秀そうな子で助かったってのが正直な感想やね。ここで逃がすのは勿体ないと思うたし遠慮なく捕獲させてもらったわ。このまま普通の陸士部隊で運用させるよりはフェイトちゃんに執務官関係任せてなのはちゃんの砲撃浴びてれば立派に育つやろ」

 

「はやて、後半のは絶対におかしいと思うんだ」

 

 視線が自分に集まるのでサムズアップを向けると、フェイトが顔を手で覆う。たまに情緒不安定になるのがフェイトの悪い所だ。本当に大丈夫なのだろうか。まあ、フェイトがこうなのは何時もの事なので無視するとして、あと一週間、二週間ほどで部隊の発足だ―――ギリギリ滑り込む形で”自分の推薦である”彼女たちを部隊へと入れる事はできそうだった。

 

「なのはちゃん?」

 

「うん? 大丈夫大丈夫、今からでも砲撃撃てるよ!」

 

 反射的に答えるとはやてがあきれた表情を向けてくる。

 

「なのはちゃんって私を超える芸風もっとるよな。なのはちゃん、元教え子には見かけられたら”でたな魔王……!”とか言われて自動で対砲撃防御されているって話やないか。なのはちゃんもう少し教導に趣味を全力でぶっこむ事やめへん?」

 

「ごめん、ちょっと今仕事ができた。えーと、めんどくさいし片っ端から会いに行けばいいか」

 

「止めてあげようよなのはぁ!」

 

 もちろん冗談だ。冗談だ―――だけど見かけたらちょっとガン飛ばすぐらいはするかもしれない。それぐらいならたぶん問題ないはずだ。ともあれ、……今頃ティアナは後悔しているんだろうなぁ、と若人の苦悩を少しだけ羨む。自分は割と簡単に割り切れる大人になってしまったなぁと。

 

 

                           ◆

 

 

「うがぁ……」

 

「てぃ、ティアがゴロゴロ転がっている……! ちょっとかわいいし記録しておこう」

 

 あとで貴様の頭をかち割ってやると、とスバルに宣言しておきながらはやて達と話し合っていた施設の傍の原っぱで頭を抱え、唸りながら転がる。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。あんなにかっこつけて自信満々だったのに、過去に触れられた瞬間感情任せにオーケイサインを出してしまった。明らかに怪しすぎる部隊だからもうちょっとちゃんと契約関係話し合わなきゃいけない筈だったのに……!

 

 自分の失態を思い出すたびに頭を抱えて転がる。ドヤ顔したんだぞ。ドヤ顔だ。自分の領域だと思ってドヤ顔で攻撃はじめたら2ターン目で一撃必殺技使われてKOされた気分だ。激しく死にたい。

 

「スバルの前で醜態晒した……スバル以下って思われたら死にたい」

 

「待ってティア、そこでどうして私が出てくるの」

 

 スバルをネタにすると少しだけ気分が晴れる。体を軽く伸ばして空を見上げる。そして思い出すのははやての言葉―――ロストロギア・レリックだ。彼女は古代遺物管理機動六課、通称機動六課が”レリックに関する問題専門”の部隊として設立したと説明した。そしてレリックは―――四年前、空港で起きた火災の原因でもある。話によればあの日、あの空港には別世界からミッドチルダへと管理と保護の為にレリックが運び込まれていたという話だった。そしてあのテロはそれを運び出すためが一つの目的でもあったと。

 

 あの事件を起こした犯人はまだ捕まっていないし判明もしていない。だがレリックへと関わるという事は、あの事件を起こした犯人へと間違いなく近づくための最良の手段になる。その結論だけが脳を支配して、反射的に契約書にサインしてしまった。

 

「うわぁ、超死にたい……」

 

「ティアー。お腹すいたー」

 

「帰りにメシ食わせてあげるから黙ってなさい」

 

 わぁい、とこの程度で喜んでくれるからスバルは好きだ。まあ、自己嫌悪もそこそこにしておく。ここ数年、墓参り以外では彼らの死に関しては一度も触れてはいないのだ。そんな状態にいきなりこんな劇物ぶっこんだら自分もこうなるんだろうなぁ、とどこか感心してしまう。うん、自分は未熟だ。

 

 ―――つまり、まだ成長できる。

 

「うっし、自己嫌悪と反省終了」

 

 立ち上がって軽く体を捻る。口にした通り自己嫌悪は終了。何時までも引きずっていてもかっこ悪いと笑われてしまうだけだ。

 

「食いに行くわよスバル」

 

「ティアの奢りだやったぁー!」

 

「ちょっと待て」

 

 奢りだとサイフへのクリティカルヒットというレベルでは済まない。

 

「わ、ワリカンで」

 

「おかわりするぞー!」

 

「ゲンヤさん仕込みの交渉術が今日は欠片も機能していない。苦労して習得した割には全く役に立たない。解せない。家に帰る事があったらゲンヤさんに訴訟も辞さない」

 

 この場合はお前の未熟が悪いって確実にゲンヤに怒られるのだろうが。

 

 ―――ともあれ、

 

 機動六課が怪しさ満点なのはもう完全に理解できている事だが、それでもレリックが関わっているのであれば参加しない理由にはならない。気持ちは完全に切り替え、少し前まで圧倒的な実力の三人と話し合っていた場所を見る。だがそれも一瞬だけの話だ。再び視線をスバルへと戻し、近寄ってから蹴りを入れる。

 

「ワリカンよ」

 

「ゴチに―――」

 

「ワリカンよ」

 

「はーい……」

 

 やっぱりこっちの方が効果がある。もうこの際ゲンヤ式交渉術は忘れた方がいいのかもしれない。




 機動六課発足・入隊までは若干駆け足気味ですねー。というかマテ子出したい。

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