たいしたことはない、小さな物語

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ねがいごと

七夕を前日に迎えた、7月6日の宵の時。

生徒会長・天都かなたは、校庭の片隅に配置されている

笹の葉に結び付けられた短冊に目を通していた。

 

「もう少し体力がつきますように」。

「水泳のタイムが短くなりますように」。

「今年も怪我なく過ごせますように」。

 

……他にも様々な短冊が結び付けられていて、それらの一つ一つに

目を通しながら、かなたは深くうなづく。

(――― 今年も色とりどりね……)

この行事は体育祭や文化祭と違い、生徒個人の自由参加である。

にもかかわらず、こうして数多くの願い事が結び付けられているというのは

学校が平和であるということの証であって、生徒会長を務めるかなたにとっても

とても喜ばしいことである。

(そういえば、先輩があんなことを言ってたわね……)

かなたはその場で、昔の思い出をめぐらせる。

 

はるか昔……付き合いのある先輩が、こんなことを言っていた。

かつてこの学校は、世情の騒乱と共に大きく荒れた時代があり、

その時に、生徒の誰かが笹の葉に放火をした事件があった。

幸いにも大事には至らなかったが、事態を重く見た学校は、

七夕祭を無期限中止とする判断を下した。

それを知った当時の生徒会長が、臨時の生徒会総会を開き、

生徒たちにこんなことを言ったという。

「あの笹の葉と短冊は生徒みんなのもの。

願いを括りつけた人だけのものではなく、火を放った人のものでもある。

それをないがしろにするのは、ここにいる全校生徒はもちろん、

あなた自身をも蔑ろにすることになる。

それはあなたを幸せにはしないし、あなたも他の人から大事にされることはないだろう」と。

 

そして自らが先頭に立ち、自分たちの手で校舎を修復・清掃する取り組みを発議、

実行に移した。

最初は少しの生徒しか集まらなかったが、最終的には生徒全員が参加するようになり。

それと共に、学園の騒乱が少しずつ静まっていくのを見届けた彼女は、

学園に七夕祭の復興を願い出て。

そしてその年の春、彼女の卒業前に臨時の行事として開催され、

次いでその年の7月、定期行事としての再開が宣言されたという。

 

――― 改めて、かなたは目の前の笹の葉に意識を戻す。

生徒会長に就任した去年の9月からの1年間、学園を揺るがす大きな問題というのは

起きてはいない。むろんそれは、かなた一人の力ではないことはわかっている。

けれど役員全員で力を合わせ、最後まで学園の安寧を守り抜いたことは、

胸を張っていいことだと思う。

(――― 良い形で後を継ぐ2年生たちに引き渡してあげられそうね……ふふっ)

 

穏やかな笑みを見せながら、短冊に視線を向け続けるかなた。

そんな折、聞きなれた声がかかった。

「あら、天都さん」

気がついて声のほうに振りむくと、赤いロングヘアーに、

肩に学生カバンを下げた、背の高い女子生徒……浅見景が目の前に立っていた。

「あら、浅見さん。どうしたの?」

「今部活の後片付けが終わったところなの」

「そう。お疲れさま♪」

笑顔でそう伝えるかなた。

景は頷き、カバンの中から短冊を取り出す。

「これ、まだ結んでなくて」

「あら、じゃあここが空いてるわよ。どうぞ」

かなたに案内された景はカバンを置き、その場所に短冊を結びつける。

その様子を見届けるかなた、やがて結び終えた景の手が離れると、こう書いてあった。

(――― みんなが怪我なく、練習を続けられますように)

「うふふ、いい願い事ね」

「そ、そうかしら?」

微笑みを見せたかなたに、照れ笑いを浮かべる景。

「ええ。3年生の……みんなのお姉さんのお願い事、という感じだと思うわ」

そういわれた景は、しばらく考え込んだ後、しみじみとした口調でつぶやいた。

「お姉さん……お姉さんかあ」

そして、恥じらいを秘めた苦笑いを浮かべる。

「そんなこと言われたのは初めてかも」

そう言って、景は自分のことを話し出す。

彼女曰く、今までそういう意識をしたことはなかったという。

特に兄弟がいるわけではないし……。

単純に、バレーボールは怪我の少なくないスポーツで、

大きなものでこそないが、自分も怪我をしたことがあったし、

後輩たちや同級生の部員たちが同じように怪我をしないか気を使っていたという。

「けど、こればかりは私一人ではどうにもならないから……。

だから、お願いするならこれかな、って」

「浅見さん、優しいのね」

「別にそういうわけじゃ……」

「いいのいいの♪」

そう言って、かなたは持っていた学生カバンを持ち上げる。

「それじゃ、最後に一つ、私もお願いしようかしら~」

「あ、まだしてなかったんだ?」

「まあね~」

そういって、かなたはカバンから短冊を取り出す。

それを覗き込む景。そこにはこう書いてあった。

 

(ここに結び付けられた、全ての願いが叶いますように)

 

「天都さんらしいね」

「そうかしら?」

「うん」

そう言って、景は自分の短冊の隣を指差す。

「あ、ここ空いてるよ」

「じゃあ、そこにしましょう」

かなたはカバンを置き、景の隣に短冊を結びつける。

そして結び終えたのを見た景が言った。

「これで、準備完了ね」

「いいえ、後一つあるわ」

その言葉に、きょとんとした表情を見せる景。

そんな景を横目に、かなたは夜空を見上げ祈りのポーズをとる。

「明日は晴れますように」

その言葉に、景は納得した表情を見せる。

そして自分も祈りの姿勢をとった。

「晴れますように」

一呼吸置いて、かなたは次の願いを発する。

「みんなの願いが、届きますように」

「届きますように」

それを復唱する景。少しの間、二人は目を瞑り、空に祈りを捧げる。

ほどなくして、先に目を開けたかなたが声をかけた。

 

「うん、これで完了ね」

かなたの言葉に頷く景。

そして、二人は下ろしていた学生カバンを持ち上げる。

「じゃ、久しぶりに一緒に帰りましょうか」

「ええ♪」

二人は歩調を合わせ、雑談を交わしながら正門へ向けて歩き出した。

 

……ちょうどその時。

二人の真後ろを、小さな流れ星が―――。

二人の思いを織姫と彦星に届けるかのように、純白の光を引いて流れていった―――。

 


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