「全く話にならないわ」
千歳が、ライティングボードをデスクに投げ出した。
ここは、千歳の部屋だった。椅子に座った雪風に対し、千歳は口を開く。
「私の許可が無いと飛べないのに……対した経歴よ。つまみ食い4回に不服従が8回……普通だったらクビになると言うのに、特偵戦に来てから嘘みたいになくなってる。よっぽど川内さんは甘いのかしら? それとも――」
千歳はひらひらと、雪風に写真を見せた。それは、二式艦上偵察機だった。
「理想のお相手でも見つかった?」
すると、雪風は立ち上がり、扉へ向かった。
「ちょっと、何処行くの?」
しかし、雪風は答えない。
「戻って! 座り――」
千歳が雪風の腕を掴むが、振り解かれた。
そして、体勢を崩した千歳に向かって、雪風は口を開いた。
「許可なんて、関係ありません」
持ち直した千歳が溜め息をつきながら返した。
「いいわ、雪風。今日はもう終わり。でも、明日も来て頂戴よ。じゃないと、許可は永遠に出さないから」
雪風は、無言で千歳の部屋を出ていった。
そして、雪風は特偵戦 格納庫に来ていた。3番機スペースには、見覚えがあまり無い戦闘機、震電偵が置かれていた。
「最高速、旋回性、両方共格段に上がったよ。そして、私の仕事は、この怪物にお前を乗せる事だ。どうだ、新しい丹陽は?」
川内が来ていた。ラダーに登った雪風は、震電偵のキャノピーを撫で、口を開く。
「まるで、深海棲艦です」
「――これは、紛れもなく丹陽さ。新しい翼を得た姿だ。明日、空技廠(海軍航空技術廠)の無人機と模擬空戦を行う」
「何の、意味があるんですか?」
「意味なんて、お前にはどうでも良かったんじゃなかったか? ブリーフィングは1800からだ。時間に遅れるなよ」
そして、川内は格納庫を出ていった。一つ、言葉を残して。
「私だって、怖いんだ……」
雪風は、また牢屋の前で座っていた。しかし、牢屋の中には誰もいない。
そこへ、震電偵がやってくる。深海棲艦機のような、禍々しい塗装が施された震電偵が――
雪風は気付いた。見覚えのないコクピット、後ろを振り返ると、千歳がいた。千歳は雪風の視線に気付くと、左手でグーサインを出した。
「日立 千歳、でしたっけ? 許可する代わりに自分を乗せろ、とは」
フェアリィ鎮守府 航空管制室にて、川内がそう言った。その横で、長門がコーヒーを啜る。
エプロンから誘導路へ、震電偵と震電無、そして海軍航空技術廠仕様の一〇〇式司令部偵察機がタキシングしていた。
「空技廠も、何でまた」
「最近、損耗率が極端に上がっているのは知っているだろう? それも、空技廠が鳴り物入りで開発した、零戦 21型の後継となる零戦 52型や烈風ばかり……空技廠としても、ここで白黒つけたいんだろう」
川内は滑走路を見る。ちょうど、震電偵と震電無が並んでいた。
〔R-3, TX-1, clearance for takeoff.〕
2機は飛び上がった。