急いだ。冷たい液体のなかからガラス越しに見た幻想を追って。姿、形は違えども、確かにあの人だったんだ。
自身に何が起きていたのかなにもわからなかった。耳の形は変わっていたし、角も生えた。見える世界の色はバラバラ。体に浮き出た模様は、自分を極悪人の如く仕立て上げている。
苦しい。走っていくうちに未熟な体が悲鳴をあげる。でも急がなきゃ届かない。立ち止まってしまえば終わりだ。
走った。ただひたすら走った。街を越えて。夜を何度も何度も明かして。
視界が霞む。前が見えない。
足がもつれる。微かに判別できる地面に広がる赤色。
世界が暗転した。
『……オ…………姉ちゃ………』
◇
「おーい。ルーク起きろ~、早く起きないと…」
忠告のあとの背中への物理的ダメージで目が覚める。なぜか、股関節のストレッチのような姿勢になっていた。顔だけなんとか上げると、そこにはイオ姉。つまり背中にいるのは…
「あはは……オハヨー少年。パティちゃんだよ」
なんでだよ。たしか部屋は俺専用だったはず…
「いやーゴメンゴメン。起こしに来たつもりだったんだけど、ついついベッドが空いてたもんで…」
いくらなんでも寝相が悪すぎるでは…。ベッドの近くで寝ていた俺も悪いが、癖はなかなか直せない。それが種族としてのものならなおさらだ。
「今日はずいぶんと寝坊したじゃないか。そんなに昨日はキツかったのか?」
確かにここ最近は実戦の訓練も増えて、疲れがたまっていた。パティさんもなんやかんやでずっと面倒を見てくれている。特に昨日は、カタナを扱ったことがないと言った側からそれで殺されかけた。
「…それもあるけど、夢を見てたんだ。昔の記憶みたいな、そうでないような……」
「……夢を見るのは睡眠が浅い証拠だ。ベッドで寝れば多少はマシだぞ。」
「パティちゃんもそうおもう!だってすごく寝心地よかったもの!」
ベッドは角で……と言おうとしたが、話が堂々巡りしそうなので止めた。ただでさえ寝坊している身で、これ以上の遅延は悦ばしくない。早急に支度を済ませ、今日の行程に向かった。
今日を一言で表すならば『過酷』であった。それも超がつくほどの。寝起きのために霞む視界で狙い射ちした矢は、今までになく大きく外れてパティさんにひどく笑われたうえに、イオ姉には大目玉を喰らい、基礎トレーニングの量を大幅に増やされた。自業自得なのは分かっているが、なんとも辛いものだ。
……フォースの訓練も、こんなに大変なのだろうか。