運命よ、そこをどけ。   作:明鏡止水

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悪意から生まれる善意も、ある。

 

 

私の控え室は確か1の方だったはずだ、控え室は隣接していて芦戸さんとはさっき鉢合わせしたくらいにタイミングが悪いとばったり会う可能性もある、私がしようとしていることは真逆の事だけれど近いに越したことは無い、近ければ偶然を装って突入できるから。

 

 轟くんがすでに入室なのは確認済み、今からのことを考えると足取りはとても重くなる、がしかしやらないと、心は氷で出来ていると思い込めば何とかなる、と思ういずれにせよグダグダしている暇はない。

 

 何事もないようにさも当然かのように轟くんの控え室のドアノブを捻り突入する、ばったりと偶然を装い轟くんと目が合った。

 

「え?あれ!?なんで轟くんが……ってここ2の控え室か!」

 

 我ながら酷い演技力、わざとらしすぎて笑顔がひきつるけど轟くんはチラリと私を見た後さっきまで見ていたのかもしれない右側を、母親の個性の方を眺めている。緑谷くんとの戦いで何を言われたのかは分かっていた、あれだけ大声で叫んでいれば記録にも残るし唇の動きだけでおおよその内容は把握できる。

 

 父親を憎む気持ち、それ故に個性を半分しか使わずに全否定しようとする姿勢、しかしそれは自分の力ではないのかと言葉だけでなく緑谷くんの自損を恐れない行動に裏付けされた確固たるものに心を動かされている、揺れに揺れているのならば隙はあるしいくらでもつけ入れれる。

 

「うっわ、無視かい。女の子が困っているんだよ、ちょっとはこっちを向いてもいいんじゃない?」

 

「時尾とか言ったよな、悪い、考え事してて……」

 

「一体どうしたんだい?過保護なお父さんが大きな応援してくれるから恥ずかしくなったのかな?」

 

 あくまで何も知らない一般生徒を装って話しかける、始まった頃よりも柔らかくなった気もする、眼付とか雰囲気とか、考え事をしているからかもしれないけど刺々しくはない。

 

 軽く肩をポンと叩いて轟くんの横に座りもたれかかった。

 

「おい、違うってわかったんなら早く自分の控え室に戻ったほうがいいだろ。それに……なんでそんなにもたれかかってくる?」

 

「いいじゃん私と轟くんの仲だし、それより轟くん、私に言うことあるんじゃない?」

 

 少し考えた後に、気付いたのか頭をかきながら初めて私の眼を見てくれた。

 

「……悪いが謝らない、お前は弱くないから。第一俺とお前の仲ってこんな距離感じゃないだろ」

 

「それもそっか」

 

なぜ轟くんがここまで私に話をしてくれるのか、その理由は精神干渉の深化による派生的なものだったりする、心理的な距離を詰める個性、効力は接触時間の長さによって変わる。

 

 流石轟くん、言う事はかっこいいね。話をしてくれる程度には心を開くことに成功したからま、良しとするか……効果時間は離れた瞬間から徐々に解ける、使いようによっては玉の輿とか狙うにはいい個性なのかもしれない、私はそんな使い方絶対にしないけど。

 

「まぁ私もそこまで気にしてなかったし、轟くんがはじめて私をちゃんと見てくれたからいいよ」

 

「お前のことは嫌でも目に入っている、障害物競走の時から気になりはしていた」

 

 うん、ちょっと天然なのかな?私としてはもうちょっとこう……気障なセリフじゃなくて……まぁいいや。目的はそこじゃないし。

 

「ま、いろんなこと置いといて轟くん、さっきの戦い何があって左側を使ったの?あれ秘密兵器とか奥の手とかそういう乗りの奴?」

 

「いや……戦闘において左は使わないって決めているからな」

 

「へ~、『全否定するため』に?」

 

「っ!……どこでそれを聞いた?」

 

「話すのならもう少し人目につかないところを選ぶんだったね、まぁ私が立ち会ったのもたまたまだけどさ。右側の、母親の力で一番になって親父さんを全否定する、って言っていたけど。でもその決意って、十年間も培ってきたくせに緑谷くんに、ぽっと出てきた奴の言葉で揺れるほどしょうもないものだったんだ」

 

「正直わからない……緑谷が……人の抱えてきたものを無茶苦茶して壊しに来て、何が正しいのかわかんなくなっちまった」

 

「『君の力じゃないか』ってやつ?あはは……馬ッッッ鹿じゃないの?」

 

 私は、正直な思いを吐き捨てる、轟くんの精神を削りに来たのが本命だがこれは緑谷くんと轟くんとの戦いを見て素直に思った気持ちだった。

 

 私はヒーローを目指していないから、ヒーロー科にいなくて様々なトラブルに巻き込まれてはいないから主観的な判断は出来ないし、偏見にまみれた捉え方しかできないけれども強い意志と偏見に凝り固まった強い思いは今の轟くんの精神を多少抉るくらいなら問題ない。

 

 目を見開いて驚く轟くんの眼をしっかり見据えて、眼の奥で揺らいでいる(揺らいでいるのはわかりきっているけれども)何かが大きくぶれたことを確認すると更に畳みかけた。

 

「轟くんの思いはそれだけで救われるの?それで全部精算できるの?君のことを何も知らない奴に少し手を差し伸べられたからって……その程度で揺らぐ君の十数年は一体何だったのかなぁ?」

 

「半分の力で勝つ?大いに結構、勝てば官軍負ければ賊軍、勝って言うのは汚いことだ、正々堂々やる必要なんて、美学なんて一切必要ない、全力を出さないで勝つのが悪いことは無いって私は声を大にして言いたいね」

 

「話は少しそれたけど、つまり私は、その程度で覆るようなしょぼい復讐だったんならさっさと体育祭抜け出して色々清算して来いよ」

 

「別にもう、1位にならなくていいんでしょ?ならさっさと戦いから下りてくんない、邪魔だから。さっさとお母さんに泣きつきに行けよ半端野郎」

 

 言いたいことは一通り言った、個性の効果も切れてほぼほぼ他人の私にこうもきついことを言われれば戦意喪失、もしくは逆上、感情を起伏させるのが当たり前だと思う、私も偉そうに言ったものの轟くんの過去なんて詳しく知らないし、お父さんからどんなひどい仕打ちを受けたのかも言葉上でしか知らない。

 

 さぁ、君はどっちだ、吉と出るか凶と出るか。

 

 私としては逆上して両方使ってくるって言うのが最悪のパターンで出来れば完全に戦意喪失して棄権してくれればありがたい、瞳にはいろいろな感情が渦巻いている、精神干渉を使っているからか色々な映像と感情が流れ込む、轟くんの過去(地獄)を見た、父親にされたことを(地獄)見た、母親に煮え湯を掛けられたところも(地獄)見た……緑谷くんとの対話が(狂気にまみ)どれだけ彼にとって救いだったか(れた正義)を、みた。

 

 彼が辿ってきた地獄を見た。

 

 そんな轟くんだからこそ、その回答は私の想像を上回った、舐めてかかっていたとも取れる、ただこんなことしている自分が情けなくなって救いのない愚か者であることが認知できただけだ。

 

「半端野郎、か。随分酷い言いようだな…………ほとんど同じことを考えた、ふざけんな、俺は何年苦しんだと思っているんだって、でもあいつの一言で一瞬あいつを忘れた、それがいいことなのか悪いことなのか、正しいのか間違っているのか分からない。でもやっぱり、忘れていたものをあいつは思い出させてくれたんだ、なりたい自分になっていいんだよってお母さんの言葉も。でもお前の言う通り精算しないといけないこともある、だから……体育祭では左はもう使わない、結果がどうであれ色んなことを清算してそれから考える」

 

 私は精神干渉を切った、私自身の醜さだけが際立って、とてもひどいことをしたという結果しか残らない、それで戦力が削がれたのならいいけれどこれじゃあただ悪口を言いに来ただけだ、全くもって想定外、収穫なしで私が頑張って考えた悪口は既に消化されていた。

 

 仕方のない、こればかりはどうしようもないからあとはリングの上で殴り合いで決着をつけるしかないようだ。

 

「いや、本当にごめんなさい。じゃあ私はこれで」

 

 バツが悪すぎて私は即座に部屋を後にする、とても酷いことをした、けれども轟くんは自分の中で充分葛藤して答えを出したのだ、それならばもう揺れることは無いだろう。戦う前に負けた気持ちだ、人として。

 

 勝利は絶対に譲らないけど、譲るつもりもないけど骨が折れそうだ、比喩的な表現じゃなくて。

 

「少しだけ」

 

 何かを言いかけたので立ち止まる、振り返ることはもうしない、次に顔を合わせるのはリングの上で充分、それが最後だ。

 

 あとは私に明日が、未来があれば、話は別だ。テレビの前で轟くんが活躍する姿を楽しみにみておこう。

 

「少しだけ、救われた」

 

「何に?」

 

 私は問い返す。

 

「少しでも、俺の気持ちわかっている奴がいるんだなって」

 

「買いかぶりすぎ、ていうか何で感謝されないといけないの?私はただ、キミの心を抉りに来たのに」

 

 もう話もしたくない、心を抉りに来たのに結果私が損しているだけだ、時間の無駄。それならばもっと個性の架け合わせしとけばよかった。

 

「それは多分、俺と似ているところがあるからだと思う、だから……」

 

「ははは、面白いこと言うね。何の接点もないのに」

 

「なんか、頭に流れてきた」

 

「幻覚の類だとおもうけど?」

 

「なんでそこまでこの体育祭にかけるのかわかる気がする、信じれないかもしれないけどお前のことが少し見えた」

 

 ここまでくればもう言葉なんていらない、互いに互いのことがある程度わかっている、轟くんの過去を覗き見たという事は逆に私の思いも見られたという事だ、流石に作戦までは漏れているとは信じたくないけど。

 

 確かに私は憎んでいる、色々なものにその思いをぶつけるために炎を燃やして戦っている、でもだからといって他人の言葉で動くほど私の心は融通が利かない、結局は人の本質が関係しているのだろう、ヒーローになる人とそうではない人との決定的な差が私と轟くんの間にはある、絶対に埋めることのできない大きなものが。

 

 くそ、全くかっこいいな。私がもう少しまともな人間だったら惚れていたぜ。

 

「これ以上は話しても無駄だよ、次は拳で語り合おう。じゃあせいぜい手加減して頂戴ね」

 

「悪いが、右側でどこまでいけるかやってみる。生憎手加減なんて器用な真似は出来ないけど」

 

 躊躇いも含みながら真っすぐな声に思わず振り返りそうになる、代わりに私はせいぜい頑張って私を引き立ててよと捨て台詞を吐いて控え室を後にする。

 

 精神面を攻撃するのはこれだけしか方法がないわけじゃない、もっと酷くてそれこそ轟君の意思さえも捻じ曲げてしまうようなことだって出来るかもしれない、私がやれるのは不確定要素の多いことだけ、さっきの話し合いでも轟くんは私が想定しているよりも遥かに手ごわい相手だった、隙だらけのように見えたけれども私の剣じゃ彼の心に突き立てられなかった。

 

 ただそれだけの事。

 

 譲れない未来のために、立ちはだかり、めぐり合う運命を越えたその先に。校風にのっとるならばplus ultraといったところだね。

 

 映像で垣間見た轟くんは、この後優勝するつもりはあるのかもしれないけれどそれほどギラギラとはしていなかった、まだ迷っている。揺れている、そして誰かに罰を求めているような感じもした、自分の考えに踏ん切りをつけるために。

 

 個性というのは自分自身の力、けれども私たちは少なくともこの体育祭まではそう思ってはいなかった、だからこそこの戦いはきっと互いに何らかの意味を持つものになるのだろう。

 

 轟くんにとっては、その意味合いがとても大きいのだと思う。

 

 私はそれでも、勝つしかない。この道に引き返すなんて選択肢なんてないのだから。

 

 色んなものが今日という短期間で手に入りそうになった、大事なものはそこら中に転がっていて手を伸ばせばきっとつかめる程度に近くにあるのだろう、けれども欲しいものを優先させた私の手の中にはそれらは一個も触れていない、触れてはいけない。

 

 振り返ると歩んできた道に色々なものが転がっていて、でも私はどうしようもなく空っぽで……本当はもっと別のものが欲しかったんじゃないかと思ってしまう。

 

 馬鹿を言うな、甘いこと言ってんじゃねぇよ自分に言い聞かせ私は歩み始める。

 

 轟くんの心に干渉しすぎたせいかくだらない考えばかりが頭をよぎる、やっぱり私は弱いままだ、全部が全部弱すぎる、でも意志だけは捻じ曲げたくないから。

 

 どんなことをしてでも、何をしてでもこの体育祭頂点を獲ってみせる。

 

 私も体育祭に向けていろんなこと策を練ってきたけれど実際にはほとんどが使えないものだった。

 

 何かを得るためには何かを失わなければならない、等価交換の原則という当然の摂理。私はこの体育祭で優勝という結果を得るためにその他すべてを失っても構わない。

 

 私にはもう失うものなんて見当たりはしない、だから……その先に残るものがどんなものでも、受け止める覚悟はもう出来ている。

 

 

 

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