たった二人が数万人の意識を釘付けにしていた、それは彼と彼女が背負っている肩書や経歴ではなく、彼らの歴史すらも越えたただそこにあるだけで、いるだけで引き寄せてられてしまう何かがそこにはあった。
既にボロボロの二人だ。
片やヒーロー名家の御曹司、片や何も持っていない、今手に入れようとしている普通科の少女。
彼は確かな実力と期待、そして宿命と復讐を背負っていて、彼女は命に代えてでも成し遂げたい強い決意と、今まで残してきた奇跡と軌跡を。
歴史に残るジャイアントキリングを成し遂げてくれという大きな期待が寄せられている、
表面に現れているもの、本人たちにしか分からないもの、色々の感情、思い、決意が渦巻く中始まった雄英体育祭準決勝は混戦に混戦を極めた。
下馬評で優位だったはずの轟焦凍がまさかの大苦戦、破竹の勢いで奇跡と呼ばれる大勝利を収めた少女が善戦、数々の難敵を一瞬で屠り去った轟焦凍の氷結を無効化する術を惜しみなく発揮し、それに応えるように轟焦凍も遺憾なく氷結で構わず勝負を挑んでいった。
またもや轟焦凍の圧勝で幕を閉じると思われた準決勝は思いの外、想定外なことに苦戦を強いられることとなった。しかも相手は普通科の生徒。
端から見れば一見地味な戦いではある、けれども2人の鬼気迫る思いと意地が生み出す緊張感が、観客に伝染するほどに、ただ例年通り行われているものとは格段に、別の方向にではあるが昇華、あるいは異様なものへと成っていた。
催し物から真剣勝負に、剣道と実戦の斬り合いの間合いが違うように、通常のそれとは異なるものを誰もが……いやプレゼントマイクのハイテンションな実況が空しく響くほどに固唾をのんでじっと見守っている。
どちらがいつ倒れてもおかしくない、いつ決着がつくのかも予想できない、しかし少年の覇道の行く末を、少女の快進撃、起こした奇跡の中で最も輝いている今を集中してみなければいけないと本能的に判断していた。
2人が硬直状態にあるのは単純故に明快、どちらも個性の発動準備が出来ていないからだ、時尾花架琉は最後のピースをはめる作業を、轟焦凍は最大限の威力を引き出すためのためをつくっている。
時尾花架琉の絶対領域なる能力は既に時間を止めるまでの力はない、それは使い方が分からない時に、飯田天哉の時に効力を最大最高の状態で使ったためにガス欠のようなものを起こしていた。
しかしそれでも命を燃料にして使い続けた結果、全身を襲う激痛、意識を失いかけ思考をまとめられない様な激痛を負いながらも使用していた。
そうでもしなければ勝ち筋はないと判断したからでもあるが、それ相応の痛みに飛び込むのには勇気がいる。死ぬ気で、死ぬつもりで今日を生きている彼女にとって、その勇気は持ち合わせているものの、体はついて行けてなく気持ちだけが先走っていた。
轟焦凍の氷結はすでに限界が来ていた、体はゆっくりと歩くことが限界に近く、出せる氷結も体に霜が降り切った状態ではたかが知れている。けれども今の轟焦凍にはどこか確証のない自信があった。お母さんの個性なら大丈夫だと。
あの日の情景を、あの日の言葉を、あの時に抱いた憧れだけ持っていればそれでいいと、憑き物の落ちたような優しい瞳に柔らかな炎を宿して時尾花架琉を見つめていた。
その吹っ切れたことによる作用がここでは吉と出た。時尾花架琉にはない余裕というものが、時尾花架琉の揺るぎない強い勝利への執着心から生まれる焦りと相反し、大きく形勢を傾けていた。
しかしそれはあくまで客観的なものであり、互いが互いに自分が不利だと思っている状況で完璧な冷静な判断は出来ない。全部を絞りつくした残りかすを集めて立っている双方ともに、もうそんなことに考えを回すほどの余裕はあまりなかった。
「どういう、つもり?私を舐めているのかしら?そんな体で、正々堂々と正面切って向かってきて、うざい薄ら笑いを浮かべてっ……それとも、凄く舐めているのかしら?」
痛みに耐えながら、途切れ途切れの質問を投げかける。
それは絶対領域をいつでも発動させるための時間稼ぎに過ぎない。
「舐めてねぇ、確実に仕留めるためにはこれが一番だと思っただけだ」
「はっ、碌に、氷結も、出せないくせに、体も……動かないくせに何を」
「それはお前だって同じだろ、強がっていても流石にわかる」
「それは、轟くん、も、同じでしょ」
「ああ、そうだ」
片膝をつきながら轟焦凍を見上げていた時尾花架琉はようやく腰に手を当てながらも自分の力で立ち上がった、それはつまり準備が整ったことを意味する。
―体感的には3秒が限界、今仕掛けるには距離がありすぎる。せめてあと1m近くないと轟くんには届かない。
―これ以上前に踏み出せねぇ、踏み出したら不味い、勘でしかないがこれ以上先に進むのは危険だ。ここから届くか?
時間が分からなくなるほどの濃密な睨みあい、先に動いたのは轟焦凍だった。
決して速くはない、それでも現状で最も速く動かせる速さで、足を上げずにすり足で僅かに前に出して氷結を出現させる。
それに反比例するかのように好調時を彷彿とさせる規模と速さ。
―うそ、でしょっ!
時尾花架琉が既に絶対領域を発動させてしまった時、轟焦凍の氷結を躱すという選択肢しかできなかった、それほどまでに予想外、轟焦凍が選んだ自分の決意は限界も制限すらも超えて時尾花架琉に牙をむいた。
本来であれば体の位置を少しずらすだけでかわせたはずの、恒温維持で簡単に対処できるはずの氷結が全開時とほとんど同じ速度、規模で迫り来る。
鬼気迫る気迫のこもった攻撃に、思わず取ってしまった反射にも近い回避行動は確実に自らの首を絞めてしまっていた。
結果として時尾花架琉の後の先をとる目的はあっさりと砕かれ、避けるためだけに、回避行動を行うためだけに最後の切り札を切ってしまった。
余りにも一瞬の出来事、そこにいる誰もがその一瞬を理解するために息を吞んだ。そして割れんばかりの歓声と応援が怒涛の勢いで二人に注がれる。だがしかし、それは二人にとっては届きもしないただの雑音だ。
時尾花架琉は歯を強く強く食いしばる。もうここで終わりなのかと、あんな甘ったれに負けてしまうのかと、自分の意思とは関係なしに力の入らない体を無理やり起こしながら、もう風前の灯火のように消えそうな僅かな光にすがるように力を振り絞った。
轟焦凍は強く強く歯を食いしばろうとした。しかしそれは叶うことは無い。カタカタと震えによる小刻みになる歯の音を無理やり抑えながら自身の右半身を冷静に分析する。
これまでに、体に霜が降りることはあった、しかし凍傷になるまでに追い込まれたことは無い。
瀬呂範太に出した大氷結にも匹敵する規模の氷を限界を超えて出したせいか右半身には力が入らない。だから動かないまま立ち尽くしただ願う。
もう、立つなと。
頼むからそのまま寝ていてくれ、と全てを投げ捨てようやく得た、自分の口にするのも烏滸がましく感じられる秘めた想いを思い続ける。
しかしそんな思いも空しく時尾花架琉は立ち上がる。
「私には、やらないと、いけないことがある」
「そんなに……勝ちたいのか、だったら」
「……だった、ら?」
「なおさら、お前を勝たせちゃいけねぇ。お前を倒し俺が優勝する」
「それは……させない!」
既に満身創痍の二人。
轟焦凍は体の半分が動かない。
時尾花架琉は立っているのがやっとだ。
しかし体の限界すら超える狂った思いは肉体を凌駕する。勝つために、救うために、思いは違えどその思いだけを原動力に激しく交錯した。
―これでもう、個性はつかえない。
―未来予測を使う余力ですら、尽きた。
『『それでも!!』』
轟焦凍に比べて些か体の自由が利く時尾花架琉が、その弱い拳に凶器を握り締め数にものを言わせて殴打する。
―決めきれない、結構な数当てているのに……ほんっと邪魔だなぁ!
―俺の実力の方が遥かに上の筈なのに、手も足も出ねぇ。時尾花架琉どうしてお前はそこまで……
―いい加減私の邪魔をするな!轟焦凍!!!
―俺に、力さえ、あれば……
轟焦凍の鍛え抜かれた左が時尾花架琉の顔面を射抜く、伸ばした結果当たっただけの本来ならばなんともない攻撃が今の時尾花架琉には酷く重かった。
膝に手をつき立っているだけが精いっぱいの時尾花架琉は霞む視界に轟焦凍が左足を踏み出すのを捉えていた。
―そんな……届かなかったの?
―いや、とっくに届いているさ。時尾花架琉……
その踏み出したはずの左足は体を支えることは無く、そのまま折れ糸の切れた人形のように倒れ込み、そのまましばらく動くことは無かった。
『オイオイ……マジかよ……………』
その光景は大衆が望んでいたものでもあったけれど、所詮は絵空事だと思っていた夢のような儚い青写真。
誰もが望んでいたはずの結末を、望んでいたはずなのに誰もが受け入れようとはしていなかった、まさかの事態にまさかの結果。
それでも時間が経てばその事実すらも呑み込まなければならない。
立っているだけでも倒れそうな女の子、戦場に咲く一輪の花と同じく彼女はそんな美しさと強かさを見せてはいるものの、所詮は弱く健気なもの、そんな姿にも準える少女の姿はあまりにも痛ましかった。
時尾花架琉は自らの勝利を誇示するために右手を大きく上に上げて精一杯の笑顔で微笑んだ。
『ついにやっちまったよ!!!!歴史的瞬間を目に焼き付けて忘れるなよ?リスナー諸君!!普通科の時尾花架琉、決勝進出!!!!このまま優勝しちまえ――――!!!!!』
空を裂く爆音にも等しい拍手と歓声が惜しみもなく飛び交う。
その歓声を聞いたのか拳を上げたまま時尾花架琉は倒れ込んだ、力なく拳が地につく。
時尾花架琉は今日を求めた、今日よりずっと良くなる可能性のある明日を捨てて今日を生きる、命を原料に燃やし続けているような戦い方は多くの挫折した者に勇気を与えた。
だからこそ、その代償はあまりにも重い。
昨日を捨て、明日を捨てて今日に全部を賭けているその在り方は美しくないわけがない。
大気が張り裂ける様な爆音で、観衆は彼女に惜しみのない賞賛と励ましの声を投げかけた。何も知らず、純粋無垢なる声援を。
静寂に消えていく小さな拍手が空気中に溶け込んでいく、超新星のような輝きにも似た、いつか消えてしまう光だと知りながら、賞賛と愁いを込めて届かない賛辞を送った。
その光がせめて、次まで輝くように。
嗤って。