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遂にここまでやってきた、振り返ってみれば長いようで短いような人生でいえばほんの僅かな一コマに過ぎないとある一日、それでも私にとって唯一にしてたった一度な晴れ舞台。
相手は強敵、雄英主席の金の卵。
私は凡人、身の程を知らずの愚か者。
けれども、ここまでこれば関係ない、誰であろうともただ一つの頂を目指して死力を尽くして戦うまでだ。
状態は良くない、既に体力も底を尽きている、後戻りも不可能だ。
状況は最高。
これから計算と借りものの力による奇跡を起こしてやる。
本来であれば君が優勝を勝ち取っただろう、しかし残念、あと一年我慢してほしい。
爆豪くん、何をしてでもどんな汚い手を使ってでも、私は君に勝つ。
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会場が騒がしくなるのとほとんど同時に大会を総括する本部も騒がしくなっていた、理由は単純故に明快、現状と伝わってきた情報のズレによるものだ。
今日中に起き上がることは叶わない、と言われていた時尾花架琉が壁にもたれかかりながら控え室に入っていくのを雄英高校教師兼プロヒーロー兼体育祭の解説を務めるマイクがふと監視カメラを見上げたことによりそれは発覚した。
「おいおい、マジかよ。なぁイレイザー、時尾花架琉って棄権するみたいな話が出ていなかったか?」
その光景を唖然と見ていたマイクは控え室に入り爆豪勝己が間違えて入ってしまい少しばかりのやり取りを見届けたあと確実にめんどくさそうなその後の対応に頭を悩ませていた相澤に声を掛ける。
「…………ああ、俺もそう聞いていたがどういう風の吹き回しだろうな、リカバリーガールは許可を出したのか?」
少し飲み込む時間を要したものの相澤は事態を理解し面倒な仕事を投げて早急に大会を正常に進める方針に頭を切り替えた。
「何を聞いても『私は何も止めやしないよ』の一点張りだ」
その一言でようやく動き始めたマイクを視界の隅で確認しながら相澤は戸惑いながらも準備を進める、先ほどまで今日中起きることはもうない、もし起きたとしても私は絶対に時尾花架琉を決勝に進めさせない、と言い張っていたリカバリーガールが何も止めやしないとの一点張りに大きな違和感を覚えた。
「そうか、何をしたかは知らないがそれが彼女の選んだ道なら俺は止めない。さあマイク史上最高に盛り上げてやれ」
しかし、違和感を覚えたもののリカバリーガールからの連絡がない以上、彼女が戦いを選んだ以上それに対して口を挟むのは合理的ではない。
何より、あの場でもう先が長くはなかったはずの少女が必死になって何かを残そうと行動を起こしているのを相澤は止めることが出来なかった。
贖罪かはたまた個人的な感情か相澤は自分でもわからなかったがともかく彼女の行く末がどんな結果であれ見届けることが、彼女が望むままにやらせた方がいいのではないかと思ったからだ。
せめてもの餞に、もしかしたらそんな気持ちもあったのかもしれない、ただ少女のいたいけな姿が合理主義で一見無情にも思える相澤の判断を狂わせてしまったのかもしれない、この時はまだ誰もその後の結末を知る由もなかったのだから。
「OK!それじゃあ始めるぜ!」
相澤はマイクが準備している間に大画面に映し出す画像をセッティングする、きつそうに壁にもたれかかる時尾花架琉が目に入るが戦意を見せた以上止めるようなことはしなかった。
『お前ら起きているか―――――――!?目をかっぽじって見届けろ!!!!空前絶後!超絶怒涛の決勝戦がようやく始まるぜ――――――!!!!開会式の伏線を回収できるか!?ヒーロー科主席の鬼才!戦う姿は正に修羅!圧倒的な火力で頂点まで駆け上がることはできるのか!?ヒーロー科 爆豪勝己 VS 今を煌めく超新星!彼女の起した奇跡は伝説をつくり歴史を作り上げることが出来るのか!?過去最強!史上最強!ダークホースが本命を喰らうか!?奇跡を起こせ!!! 普通科 時尾花架琉!!!!!!』
空をも割らんばかりの大声援が異様な熱気をもって主役たちに降りかかる。
始まる前の僅かな猶予、準備運動をしている時尾花架琉に爆豪勝己が話しかけた。
「おい、赤女。ここまで来たら手加減なんてなしだ、完膚なきまでに正面から叩き潰す」
詰まるところ正々堂々、正面切って負かしてやる、そう言い放つ。
それはまるで自分にも言い聞かせているような言葉。
痛々しい頬の痣、切れた唇、他にもこれまでに戦ってきた疲労やダメージが一度は癒えた言えどもあくまでそれは修復しかけただけの話、完全に元に戻ったわけではない。
一度は癒えた、しかし度重なる無理とまだ馴染んでいない仮初の力、限界を超えた能力の行使に体は既に悲鳴を上げていた、悲鳴を上げて叫んで……その声を無視し続け精神が肉体を超えたいつ倒れてもおかしくない状況で時尾花架琉は戦場へ足を運んだ。
その状態を誰もが詳しく知ることは無い、おそらく時尾花架琉の容態を詳しく知るのはリカバリーガールだけでその他大勢が想像しうる状況よりも遥かに酷いのだから。
一番近くにいる爆豪勝己でさえもそのことに気付かない、時尾花架琉が被った鍍金は、彼女が纏い自己暗示にも似た虚勢は威圧感にまで至り自身にも外界にも影響を与えている。
未来というガソリンを今日を生きるためだけに燃やす、その気迫は弱点や弱さすらも握りつぶしていた。
「悪いね、爆豪くん。どんな汚い手を使ってでも私は勝つ」
その言葉には力があった、否、力があるように思われた。
虚勢によって現れる見栄が得体のしれない自信に、どんな汚い手を使ってでも勝つ、その勝利への執着が言葉を剣に変えて爆豪勝己に食いついた。
太陽をも彷彿とさせる橙色の髪はただ下ろされているだけなのに美しかった、決意を形にしたその可愛らしい唇は妖艶に、その動きだけで人目を引き付けていた。
思いを秘めた切れ長の目は眼は、宝石のように炎々と輝いていた。
その炎は今にも燃え尽きそうなほどに激しく燃えていた、限界をも超越した時尾花架琉の最後の晴れ舞台は最高のシチュエーションで始まろうとしていた。
2
正直言ってここまで上がってこれたのは計算外、ぶっちゃけどこかで負けてしまうだろうと心のどこかで思っていたし偶然にも使える力が増えたことと周りの助力がなければこの舞台にも立てていない。
決勝の相手は確実に爆豪くんと轟くんのどちらかと思っていた私の読みは確かだった、だからこの勝負はすでに対策済み、私が勝つための必要最低条件は先手を取り絶対的優位のまま勝ち逃げること。
その為のカードは既に手の内にある、ルールの裏をかいた、というよりかも私の個性届の抜け穴を使った道を外れた勝つことだけを考えた作戦。
本来であればこの手段だけは使いたくなかった、何故ならば今までの戦いはほとんど正攻法であったし正面切って勝ってきたからここまで想像以上に私の望む結果が得られているわけだ、だからこそこの手段をとると終わりは汚いものになってしまうのではないかという懸念があった。
この手段だけは使いたくないとは言いつつも私にとって一番大事なことは勝利、ただ一つだけ。
だから私は何の躊躇も一切の迷いもなくこの方法に踏み切ることにした、家庭や内容なんてどうでもいい、ただ一つ『勝利』が得られるのならば何だってする、その考えは一切の変化を見せず私の中に強く強く根付いている。
五月蠅いだけの観衆の声はやがて落ち着きを見せ始め徐々にそうしなければならない雰囲気が流れ始める、中々始まらない始まりのコールに不満を漏らし逆に声が大きくなるのではなく静かになるとは驚きだ。
あれか、「はい、静かになるまで〇秒かかりました」みたいな雰囲気の静かになり方か。
目の前の爆豪くんもイライラし始めている、まどろっこしい間は彼にとっても好ましいものだろう、早く戦いを始めたいのかそれとも終わらせたいのかその顔には焦躁感であふれていた。
大事なのは最初の攻撃、それが全てを決定付ける。
私が今から繰り出すのは必殺の一撃、場合によっては色々と後遺症も残るかもしれない選択だけれど状況が状況だ、やむを得ない。
標的補足、能力の発動準備……完了。
『それでは……始めっ!!!』
開始の合図と当時に発動して能力は念動力、狙いは爆豪のリトル爆豪にぶら下がってる2つの玉のうちの一つ。
正確な場所は透視を駆使すればわかる、モノはご立派なものを持っていると伝えておこう。
余談ではあるが平均的な金〇は50〜60kgの圧力をかけないと潰れないらしい、私の念動力は以前は30Kgが限界、深化したとはいえ劇的にその力が上がるわけではない、副作用は今一度使用してみて全力を出しているのにもかかわらずに以前のような大きな負担は感じられないのは幸いではあるけれども、作用している場所の感覚は私には伝わらないので爆豪君の〇玉の状況が心配だ。
私は女だしこの大会でいざとなったら男の子は潰す、女の子は辱めると決めたその日から男の子に対してそれがどれだけ有効なのか少しばかり調べさせてもらった。
急所に打撃を受けると、神経信号が脳に伝達される。
そのスピードなんと時速約460キロらしい。
恐ろしいのは、急所が打撃を受けた後だ。
一発目の “灼熱の苦しみ” は地獄の始まりであるという。
大脳は脳内麻薬とも呼ばれる「エンドルフィン」を分泌鎮痛効果が得られるわけだが、これにより脳内の酸素濃度が低下、そのため、頭痛やときに吐き気を催してしまうとのことである。
さらに、腹部と金〇の痛みに対する感覚受容器を共有している。
そのため〇玉が傷つくと男性は胎児のようにお腹を抱えてしまうのだという。
また眩暈を起こす人もいるが、それは内耳を満たしている液体「内リンパ」が振動するためである。
その後、実際に吐いてしまうかどうかは、打撃の精度、そして体質によるのだそうだ。この激痛地獄からどうやって抜け出すのか。
その方法とは「横になって安静にする」一択らしい。
仰向けになって休むと、血液は大脳に流れやすくなり、平衡感覚も回復するかららしい。
横になることで脳に酸素も溜まり、頭痛や吐き気の症状も軽減される、もし吐いてしまったり、汗が止まらない場合は、水分や栄養の補給を、そうすれば回復も早くなるそうだ。15分経っても痛みが引かない場合は迷わずに病院に行くべきと書いてあった。
閑話休題
まぁとりあえず、苦しみ悶えろ。
爆豪くんの上半身がビクン、と跳ねた。
次第に重心は下がり膝をつく、ありえないほど目が吊り上がっていて何やら物騒な言葉をこちらへ飛ばしているが小学生みたいな煽り方で煽られる私ではない。
それよりも爆豪くんが自由に動けなくなっている今が最大の好機、金〇を攻撃したのはこのための布石だ、〇玉攻撃が決定打になるとは考えずらい、念動力は確かに便利ではあるけれど対象に干渉するにはこうも動かれては正確な効果は得られないから。
轟くん対策に用意した奥の手が私の恒温維持だったように、爆豪くん相手にももちろん対策は用意してある、しかも攻防一体の妙手であると自信をもって用意したものだ、個性使用によるものは使っていいというルールのもと大会が進められている。
確認をとってみたところ八百万さんのように個性で何かをつくるのは問題ないという事であったが物質移動で何かを取り出すというのも個性であれば問題ないとのことだった。
ならばと買い込んだたくさんの武器と対策用のアイテムの数々、その中で用意した爆豪くん対策のものをイメージしここに移動させる、先ずは手に二つ、ソフトボール大の祭りで売られているヨーヨーの中にあるものを入れた対爆豪くん用の秘密兵器を。
彩鮮やかな球体が目の前でいきなり出てきたのだから頭のいい爆豪くんは苦痛の中に怪訝そうな表情を浮かべる、しかしまだ足元はおぼつかなく動きが鈍い、動いて距離をとるよりも生まれたての小鹿のような姿勢で完全に防御の姿勢を取った。
いい判断だ、今の私にはアルミニウム合金パイプを持っても、ビニール袋に石を入れたやつを持っても、鉄扇を持ったところで大した攻撃に繋がりはしないだろう、何よりも全力で振れる腕力なんて残っていないし、もうすでに力は残っていません、とアピールしてしまうだけだ、弱みはいつかばれてしまうものだけれど今はまだ晒せない。
そして今はもう視力が著しく下がった目に力を入れる、コンタクトを入れたかったけれど、どういう訳か痛すぎて付けれなかった、言い訳はさておきある程度見れる目で爆豪君の未来を見通す。
完ぺきではないにせよある程度の先回りは未来予測でも対応可能、顔を狙う素振りを見せれば下腹部を抑えていた片腕さえも顔のガードに回してくれた。
自ら腕を差し出してくれるとはありがたい、あるものと一緒にいれていたガラスの破片はあらかじめ念動力で捉えてある、爆豪くんにぶつかる瞬間それを内側から風船のゴムを食い破るように操作し、そのまま破裂させる。
予想通り、その液体の正体に気付いた爆豪くんに隙が出来る、得体のしれない、しかし確実に知っているであろうその液体の正体と私の目論見に気付くならばいくら爆豪くんと言えども少しだけ思考が停止するはずだ。
その隙を私は見逃さない、座標移動で死角に移動しもう一つ持っていたものを爆豪くんの頭上で破裂させジャージをその液体まみれにする、これで掌を拭いたところで意味がない。
これで条件は全てクリア、後は作戦通り私が動けるかどうか。
「これで詰み、火達磨になる前に降参すれば?」
念のため降参を促すけれど爆豪くんは「するわけねェだろ、クソが」と一層凄みを増した目で睨みつけてきた、おー怖い。
いや本当に人間の目ってあんなに吊り上がるもんなんだね。
どうでもいい感想はさておきこっからが本番だ。
この勝負、私がこのままのペースで勝ち切れたら私の勝ち、少しでも盛替えされたら私の負け、そんな戦い。
体力は底をついていて今だって立っているだけで正直きつい、でもここまで来た、あと何分動けるかわからない。
開始30秒足らずで膝ガクガクだしガードを上げる力もない、あとどれだけ動けるのか想像もしたくないけれど自分が一番分かっている、短期決戦に持ち込まなければいけないと。
もしも、あの日空を見ずにこの力のことを、身に余るもののことを考えなければ今も退屈な日常を自分が誰かもわからないまま生きていただろう。
厳しい条件のもと人生最悪の状態の中、人生最大の難題が目の前に立ちはだかる、無数にそそり立つ針の穴の中から勝ち筋を見つけ出し糸を通す、そんな作業、それでも僅かな勝ち筋があるなら私は決してあきらめない。
「全く……どうなっても知らないよ」
どちらとも取れる言葉を私は爆豪くんに向けて言っていた。
本当にどうなるかわからないのは私なのに。
そんな不安なんてちっぽけだとでも言いたげに見上げた空は雲一つなく、青くどこまでも広がっていて腹が立つほどに、綺麗だった。