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先に仕掛けたのは時尾花架琉だった、長さ20㎝程の鉄扇は手に持つのではなく拳を固めるためにきつく握る、爆豪勝己はあまりに正直な猪突猛進に些か驚いたものの不敵な笑みを浮かべて真正面から迎え撃った。
互いの脛が触れ合うほどに双方とも鋭く足を踏み込む、そこにはもう時尾花架琉のか弱い姿はなかった。
今までにないほど力強く踏み込まれた足から膝、股関節、腰へと徐々に力を伝え粉骨砕身の一撃を繰り出す。
爆豪勝己も類まれなる才能と努力によって恵まれた身体能力で時尾花架琉の下から上につき上げる一撃を体を逸らして避ける、だがその直後腹部に鋭い痛みが走った。
追撃が来る前に爆豪勝己は素早く距離をとる、後ろに跳んで距離をとるが時尾花架琉は爆豪勝己が宙に浮いた隙を見逃さない、だがそれは爆豪勝己の予想内の範疇だ。
勢いよく距離を詰める時尾花架琉に左拳で顎を狙いすます、が時尾花架琉にはその動きなど視えていた。
流れるように重力に逆らわないで頭を下げ逆にカウンターを爆豪勝己に叩き込む。
華奢な時尾花架琉に比べて厚さも大きさも一回り違う爆豪勝己の体が大きくふらつくも強靭な足腰で踏ん張りつつも横へ移動しながら体勢を立て直す。
目に見える形での個性使用はなく、見えないものとしての個性使用は時尾花架琉しかしていない、彼女の発動している力は外から見て派手なものではなく、爆豪勝己も個性使用はすることが出来ないがとても女の子と男の子が殴り合っているとは思えないほどハイレベルなやり取りに会場は熱狂し盛り上がりは常に最高潮を更新し続ける。
爆豪勝己は確かに化物レベルの運動神経の持ち主であり、他にも、疲れ知らずのスタミナや警戒していれば後出しでも対処出来る反射神経など、とにかく高い身体能力を持つ。
しかし時尾花架琉の速さは後出しでは対処できないレベルのものであり高い能力を持つ彼でも後手に回るしか他はない、それはただの実力差ではなく時尾花架琉が命を賭けて無茶をしているからにすぎない。
一呼吸間をおいて爆豪勝己が今度は仕掛けた。
一発一発が時尾花架琉のような少女であれば意識をたちまち刈り取ってしまうであろう威力をもつ手数の多い拳が容赦なく襲い掛かるも時尾花架琉は全てを見切りそれらすべてを躱し、いなし、鉄扇で攻防一体の防御を繰り返しひたすら耐える。
しかし爆豪勝己の格闘センスは時尾花架琉の想像を上回る、手数と筋力差による攻めで押し切ろうとする爆豪勝己から距離をとるべく後ろへのステップを踏むために花方に重心を移動させたの瞬間、爆豪勝己の体は反射的に動いていた。
右ストレートを躱しつつ後ろに跳んだ彼女に対し踏み出した左足を軸に爆豪勝己が腰を反時計回りに切るように素早く回す、鍛えられた足腰から放たれる強烈なミドルキック。
腕で威力を殺すも体重差がありすぎたせいか完全には防げない、勢いを殺せずに時尾花架琉の体が浮いた。
―やっぱりこう来るか……!ってか重い!
―成程なァ、隙もデケェが効果は絶大ってとこか
―このまま主導権を渡すわけにはいかない!
着地と同時に勢いを利用、鉄扇を持ち替えリーチを伸ばすために持ち替える、そのまま時計回りに回転し流れるように遠心力を利用して右手を振りぬく狙いは爆豪勝己のこめかみ。
殺気とでもいうのだろう、明確な意思を持って襲い掛かる鋭い攻撃を普通ならば避ける、または防ぐという選択肢しか持たない。
だがここで爆豪勝己という男は更に前に出た。
時尾花架琉も未来予測または未来観測を使えていたのならば鉄扇を持ち替え追撃を加えることが出来ただろう、あるいは他の対策をとれたのかもしれない、だが時尾花架琉は爆豪勝己という男を読み間違えてしまっていた。
彼は壁を前にした時よく笑う、それは今でも同じこと。
自分よりも上だと認めた相手にはリスクなしで勝てるわけがないと踏んで一か八かの攻勢に出た、時尾花架琉は冷静に空いた左手で顔面目掛けけて殴りかかるも勢いよく間合いを詰められダメージを受けたのは彼女の拳の方だった。
感覚がないのが功を奏したのか彼女は動じることは無かった、おそらく気づいてはいないのだろう。
―ヤバい、流れを持っていかれる!
それよりも彼女を焦らせたのは爆豪勝己の攻めの質の変化だ。
確実性を捨て一撃を狙った重く鈍い体の芯を貫かれるような攻撃にシフトチェンジをされたのだ、時尾花架琉としては堪ったものではない、速さと量、鉄扇を握り拳を固めより軽い攻撃を何とかダメージを与えられるほどのものにしたが爆豪勝己と時尾花架琉では身体能力のスペックが違い過ぎた。
172㎝の身長に鍛え上げられた筋肉で覆われた爆豪勝己と160㎝と女性にしては中の上ほどの身長であるがモデルと言われても納得してしまうほど細く華奢な彼女とでは体重差が20㎏近くの差がある、その中で力勝負に出られたら堪ったものではない。
爆豪勝己のセンスゆえにできることではあるが状況を盛り返そうとするも時尾花架琉がまだ優位な状況を保ちながら状況は動かない、紙一重で爆豪勝己の重攻撃と確実性を求めた鋭い攻撃を紙一重で防ぎ、躱しながら精一杯の攻撃当て続けてきたからだ。
しかし、互いに決定的な決め手がない中互いに消耗する、全力で殴り合う二人だがまだ30秒ほどしかたっていないのにもかかわらず疲労の色は激しい、時尾花架琉も爆豪勝己も肩で息をして束の間の酸素補給を行いながら睨みあう。
その表情は対照的だった、不敵に笑顔を浮かべる爆豪勝己と生気の抜けた虚ろな表情を浮かべる時尾花架琉、時間にして僅か30秒という短い時間の中で濃密なやり取りを繰り広げた二人は脳の消耗も激しい。
一つ間違えばそれが命取りになる、時尾花架琉も爆豪勝己がこの戦いに対する執念に賞賛の感情を抱いていた。
―鉄の塊でガンガン殴られて立っていられるだなんてどんな人間だよ!いつになったら倒れるんだコイツは!
修羅の如く、血にまみれた不敵な笑顔で爆豪勝己は笑う。
巨大な壁が時尾花架琉の目の前に立ちふさがって道をふさいでる、それでも乗り越えなければ手に入れられない目的がある、不可能はない、私ならば。
そう言い聞かせ折れそうな心をどうにかして保つ、目の前の壁には抜け道も迂回する道も乗り越ることも出来ない様な難攻不落の要塞のような感触をを受けていた。
―いいねェいいねェ……そう来なくっちゃ納得いかねェよ、お前を倒した一番には満足できそうだ!
桜みてェだな、そんな場違いな印象を時尾花架琉に対し爆豪勝己は持っていた。
春に咲く桜の花のように時尾花架琉はそこにいた、真っ赤な髪からは想像できない淡いピンク色の花を思い浮かべていた。
四月に咲き、桜吹雪を散らせるその様子が今の様子にぴったりだなと感傷に浸る、その間も束の間、吠えながら勝負を決めに来る時尾花架琉に対処するためにスイッチを切り替えて自身も吠えて再び目の前の少女を破るために。
ただ、それでも、その在り方を美しいと爆豪勝己は感じてしまっていた。
―もう、何もかもわからない、何が何だか、何が目的だとか忘れてしまいそう。
本当に大切なものを投げ捨てて、気付いたのに拾わないで見捨てて、その上で未来を捨てて燃え尽きる彼女の行動には一挙一動全部が人々を引き付ける何かを帯びていた、齢16の少女が魅せる奇跡は人々の心に確かな爪痕を残している。
―この10秒で決める、だからお願い、それまで持って……
体は断末魔を上げていた、関節が、筋肉が、心臓が、血管が、時尾花架琉の動きについていけない……視界は真っ赤、筋肉も切れた音がする、心臓の音も何かおかしい、それら全部が分かったうえでも時尾花架琉は止まれない。
その上で更にギアを上げる。
―1回だけ、絶対領域を一瞬だけ全開で使う!
―これだ、この攻撃だけには要注意だ!
その瞬間、爆豪勝己は、観客は不思議な光景を見た。
時尾花架琉だけが別の時間を動いている、そんな光景。
やたらと自分の息遣いが遅く大きく聞こえて瞬きによって視界が閉ざされてしまう全てがスローになった世界で時尾花架琉だけが自由に動ける世界を体感していた。
爆豪勝己から見た世界は特に顕著で、思考すら超えて動く時尾花架琉を目で追う事すらままならない、気付いたときには甲高いモスキート音だけが聴覚を支配する。
攻撃を受けた本人も何を受けたのかがわからなかった。
絶対領域を全開で使い、時尾花架琉が選んだ攻撃は両の掌で思いっきり耳を叩いて鼓膜を破ることだ、鋭い痛みが爆豪勝己を襲うがエンドルフィンが既に大量に出ているため痛みによる苦痛はそこまでない。
だから爆豪勝己が大して怯まなかったのは時尾花架琉にとってはこの戦いの中で一番想定外の事だった。
時尾花架琉は止まらない、止まってしまえばそれが終わりだと理解しているからだ。
手に持った鉄扇を逆手持ちのナイフのように握り替え思いっきり振りぬこうとするも踏み込んだ足が思うように踏ん張り切れずに体が横に流れる、逆の足で倒れまいと踏ん張り十分なタメをつくった左のフックを爆豪勝己の顎に目掛けて繰り出す。
反射だった、渾身の攻撃は対象に当たることなく空しく空を切る。
必然だった、聴覚をなくし三半規管が正常でない中紙一重で回避する。
―ここで……来るか。
―危ねェ、一発目が当たってたら終わっていた。だが……もう終わりだ。
サッカーボールを蹴るように四つん這いになった時尾花架琉のお腹を蹴り上げる、歓声と悲鳴が入り混じった声が悲鳴に変わった。
嗚咽とよだれ、くぐもった声を漏らして蹴りの勢いを受けて場外の境界線まで転がる、立ち上がろうとするも体が言うことを聞いてはくれない。
「間違いないお前は強かったよ」
―もう、どうなってもいい。だから最後に動く力を……!
「万全の状態だったら俺が敗けてたかもれねェくらい、今までにやったどんな奴より強敵だった」
―賞賛の言葉を吐いているのが運の尽きだ。
「じゃあな……時尾花架琉」
爆豪勝己も決して悠長に歩いていたわけではない、鉄の塊で至るところを叩かれドーピングのような手法で固められた拳をまともに受けてノーダメージな訳がないのだ。
既に聴覚もなく、脚もだいぶ削られた、顔も幾たびの拳を受けていたるところに痣や腫れが見える。
最後の最後、あと少し押すだけで勝負は決する。
足が上がり、時尾花架琉に触れる。
そのまま足で押し出すように、虫を裏から表へひっくり返すようにいとも簡単に。
「やっぱ最後まで侮れねェな」
足は前に出すことは無く軸足となる左足を掴んだまま爆豪勝己の右足に時尾花架琉の左腕が踏まれていた。
意外性で言えば№1の彼女のことだから何かするであろう、その考えは当たっていた、細く綺麗な腕はやがて掴むことすらできなくなりより一層強く踏まれ指が少し動くまでに拘束される。
「おい、審判!もういいだろ……もうこいつは戦えねェぞ」
―……グリグリすんな。傷つくだろ?
悲鳴は収まった、観客全員は爆豪勝己を認めている。
時尾花架琉も確かに頑張った、一番爆豪勝己を苦しめたし数々のエリートを正面から打ち破ってきた、だからしょうがない、そんな思いと爆豪勝己の戦闘センスとタフさ、個性なしでも比類なき強さとセンスを見せつけ実力で勝ち取った勝利だと認めざるを得ない、いくら文句を言ったところで勝敗が覆るわけでないし勝者へ敬意を表そうという思いが入り混じる。
―まだ……終わってない、私はまだやれる、まだ動ける、だから立て、立て、立て、動け、動け、動け!
「……誰が、戦えないって?」
「まだそんな力残ってたのか」
立ち上がろうとしたところ、正面から前屈みになっている時尾花架琉の頭部を抱え込んで爆豪勝己が前腕を首に回し、もう片方の腕で時尾花架琉の肘付近を抱え込む。
前方首固め、またはフロント・チョーク・スリーパーと呼ばれる絞め技で静かに、だが確実に意識を刈り取ろうと頸動脈を力強く圧迫する。
「ゕはっ……くっ……そ…………」
「暴れるだけ無駄だ、完璧に決まってっからなァ」
―ヤバいヤバいヤバいヤバい!ホントに落ちる!
無理な姿勢からポコポコと可愛らしい攻撃を繰り出すのが精いっぱい、もがけばもがくほど意識が刈り取られる時間は早くなってしまう、些細な時間しか変わらないがこのままでは確実に落ちてしまう、必死の抵抗を見せるもそれは意味をなさない。
―マジ…で…………まだ、か……?
最後の気力を振り絞り、時尾花架琉は拳を握る。
ここを耐えきればまだ可能性はあると信じ無駄な動きをせずにじっと耐える、薄れゆく景色の中、暗闇に意識が埋もれていく寸前でようやく準備が整う。
―完璧に決まってるからって抜け出す術を私が持っていないとでも?
爆豪勝己の腕の中から質量が消えた、彼の死角からドサリ、と大きなものが落ちるような音が聞こえる。
思考時間を確保するためだけに時尾花架琉は絶対領域を再び使用した、咳と同時に血が勢いよく地面に飛び散るが彼女の目には倒すべき相手しか見えていない。
―私に出来ることは、ただ架け橋を架けるように、何かと何かをつなぎ合わせることだけだ。
―あそこから巻き返すか……俺の想定を軽く超えてきやがる。スゲェよ、お前
―与えられた身に余る力を、借りモノの力を。
―だがあんな決着は後味が悪ぃ
―だから、やることは変わらない。
―だから今度こそ……
―有りっ丈の力と、私のこれまでの軌跡を支えてくれた力で勝ちをもぎ取る!
―全力で、真正面からテメェを叩き潰す!
「くたばれやぁぁぁぁぁあああああ」
「ぶっ殺す!」
頂上決戦、最終局面、一手でも間違えば互いに即詰みの状況で双方ともにすぐ手を伸ばせば手に入る栄光をもぎ取りに一歩踏み出す。
それは偶然ではなく必然で、晴れ晴れとした今の空のような綺麗な結末だ。
肉を打つ音が、人が意識を失い崩れ落ちる音が静かに木霊する。
―何も聞こえない、見ている空は真っ赤で、体は自分のものじゃないみたいに動かない。
『………信じられるか?誰がこの結末を予想した!?リスナー諸君!詳しい解説なんて不要だろ!!雄英体育祭決勝戦激戦を制し見事勝ったのは………さあみんなでその名を呼んでやれ――――――――――――!!!!!!………勝者!!!!!!!!』
―最後に表彰台に立って言いたいことあったけどどうやら無理っぽい。
『『『『『『時尾 花架琉!!!!!!』』
―けどまぁ、この結末なら……満足だ。
仰向けで拳を掲げる少女とうつ伏せで倒れる少年。
空を割るような歓声と悲鳴と感動がスタジアムを覆い尽くす、皆が一人の少女に惜しみのない拍手と賞賛、あるいは労いの言葉を投げかけるもそれらは残念ながらその少女に届くことは無かった。
奇跡を起こした責任を果たした少女は歓声にこたえる間もなく、勝利を宣告されると静かに眠りにつく、擦り傷だらけの体に青白い顔、細い手足が余計に痛ましく映る。
太陽をも彷彿とさせる橙色の髪は太陽のようにに綺麗だった、満足した笑みを浮かべた蒼白の顔に浮かぶ笑顔は、雪のように溶けては消える、思いを秘めた切れ長の目は眼は、開かれることは無い、それでも彼女は…………人々の心に時尾花架琉がいた証を刻みつけた。
ここまで付き合ってくださった皆様、ありがとうございました。
自分自身もこの作品を途中で放り出すことなくここまで書くことが出来てとても勉強になりました。
この作品は自分が好きな話をごちゃ混ぜして何とか僕のヒーローアカデミアという作品に落とし込んだもので、途中途中で可笑しな雰囲気などになった場面も多々あったと思いますが評価してくださる人が思いのほか多くて凄く励みになり凄く励まされました、この作品を読んでくださり、ありがとうございます。
長く創作活動をしている方々は素晴らしいアイデアと継続力、文章構成・作成能力が素晴らしいのだなと痛感しました。
この作品も体育祭後の話を後日談のような形で投稿するかもしれないのでその時は軽い気持ちで楽しんでください。
近いうちにまた別の作品も書きたいなと思っているのでその時はまた読んでくれるとありがたいです。