運命よ、そこをどけ。   作:明鏡止水

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エピローグ ~オール・フォー・ワン~

 

 春の気配が完全に消え、夏の入り口となる雨が容赦なく降りつける季節に私は目覚めた。

 

 気怠さはなく、意識も体も以前とは違い、打って変わって軽い。

 

 時計を見るとお昼前、腕に刺されている管の多さに驚いてしまった。

 

 体が軽い、どんなことでもできそうな力が溢れているのが分かる、体を縛っていたものが無くなったみたい。

 

 思い出して体が少し凍り付いた。

 

 そして、我ながら馬鹿だなぁと歯がゆく思う。

 

 体育祭での自分の自暴自棄な姿は客観的にみて恐ろしい、目的だけを見続けて命を賭して動いた一日。きっと私の動きは理想的なものとは程遠いみっともない姿で、その姿はあまりにも醜く無様だ。

 

けれど、馬鹿にすることはきっとできない、と思う。

 

もし仮に、自分も観客側だったらそうは出来なくて、寧ろ祈るように応援していただろうから。

 

『やあ、お久しぶりだね。時尾花架琉』

 

ふと、顔のない男が脳裏に浮かんだ。

 

 雑音の筈なのに鮮明にその声を脳が覚えている。

 

……悪い夢を見たような気がする、悪夢の始まりを振り返っているようだった。

 

たくさんの管が繋がった点滴を下げている器具を杖の代わりにして体を起こした。

 

体はすごく軽くなっていて、歩くだけでも世界は変わって見えてしまう。

 

まるで今まで縛り付けられていた鎖が無くなったかのように、そんなことは嘘だと思ってしまうほどに、本当に体が軽かった。

 

「あれ、おかしいな………」

 

 そんな筈はない、ずっとあった違和感がキレイさっぱり消えているなんて。

 

 そんなうまい話があるわけがない、それにこの体は……

 

 あれは、悪い夢なはずで。

 

 けれども確かに残っている感触は。

 

 あの時の先生と全く同じで……。

 

「違う…………うそ、嘘に決まっている」

 

 そう、嘘に決まっている。

 

 顔が半分もない状態で生きていられる人間がいるわけがない、もし潰されて亡くなっていたと仮定すれば脳髄を破壊され脳をも潰されたことになる、そんな状態で人間が生きていられるわけがない。

 

 けれども…………。

 

 違う、目を背けていただけだ。

 

 忘れたふりをして、わからないふりをしていただけだ。

 

 逃げてんじゃねぇよ。

 

 頭が怒りと混乱で真っ白になる、焼き切れるような怒り、人の決意をあざ笑うかのような行為、一方的に個性を与え、あるいは奪い、そんな超越した存在を認めるのが、あれを現実だと受け入れるのにまだ心の余裕がなくて。

 

 己の無力感、大切なものを踏みにじられた喪失感。

 

 膝から崩れ落ちぼうっと窓の外を眺めていた。

 

 それがあっという間、というよりかは寝たきりで私に構わず進んでいった刹那のような梅雨の終わり。

 

 心境は今も複雑で受け入れがたい現実は事実で、けれども、それよりも、頭の中にふと浮かぶ小さな思い付きが物凄く大事な気がして、当分の間私はそれを道標として進んでいこうと決意した。

 

 

 雄英高校のセキュリティゲート、通称雄英バリアは雄英の関係者以外の人間(主にマス〇ミ)が敷地に入れないようにするためのセキュリティが施されており、 学生証がない人間が一歩でも入れば自動的にかつ素早くゲートが閉じる仕組みになっている。

 

 ほとんどの生徒が帰路につき活気あふれた昼間と打って変わった夕暮れ時、とある少女が雄英高校に足を踏み入れた。

 

 その少女は真っ赤な髪に高校1年生の女性にすれば背が高く、体のメリハリもしっかりしている。制服ではなく黒いパーカー、太ももをあらわにしたショートパンツは間違いなく男の視線を釘付けにしてしまうだろう。

 

美しい、綺麗という言葉よりかはかっこいいという言葉がぴたりとあてはまるのかもしれない。一挙一動が人を引き付ける何かを持っていて、雄英高校の生徒でなく一般人でも彼女の姿を見たら気付くであろう知名度まで持ち合わせていた。

 

 だが、彼女に声を掛けるものはいない。

 

 フードから覗く炎のように炎々と輝いていた瞳は見るものすべてを焼き尽くしそうなほど憎悪の業火を灯している、それはもちろん自分に対して。未だに自問自答を続けている、自分の中にある個性に話しかけている彼女は自分の心を整理しきれないまま雄英高校へと足を運んだ。

 

 足取りは驚くほどに軽い、何の戸惑いも躊躇も感じられないくらいに軽やかで華麗なステップは風のように軽やかだ、それほどまでに彼女の体は軽かった、変わってしまっていた。

 

 その手には『退学届』と書かれ中には正式な書面が入っている、彼女の覚悟そのもので普通の世界との決別を表していた。

 

 より良い選択がありながら、大事なものをたくさん受け取りながら、それら全てを拒み、選ばなかった彼女の意思の表れだった。取り戻すにはまだ十分な余裕がある、決して今からでも遅くはない、けれども歪な中身である自分がそんな道を選ぶのを彼女は良しとはしなかった。

 

 彼女は道なき道を歩く選択をしたのだ、自分が奪ってしまったものに対する償いを、責任を、やり方もとり方も右も左もわからないまま歩くことを選んだ、手探りの状態で道を切り開くことを決めたのだ。

 

 しかし、最後の心残り、どうしても会いたくなってしまった人がいた。

 

 普通に考えればわざわざ学校に退学届けをもっていかなくとも電話で宣言し、書類を郵送すれば済む話だ、そうでなくとも病院から抜け出している彼女はそのまま身元をくらますだけでも彼女の存在は消えたことになり自動的に籍が消されるのは眼に見えている。

 

 それを良しとしなかったのは、ただ単にオールマイトに会わなければならないと心の中にわずかに引っかかる思いに駆り立てられたからでもある。

 

 何もかもが分からなくなった少女は自虐的に笑みを浮かべる、何もかもが自分への罰なのだと、それが当然の報いだと自分を嗤った。

 

 廊下にコツコツと音を鳴り響かせ誰もいない廊下を歩く、感傷に浸ったのか歩く速度が少しだけ遅くなった、雄英高校ヒーロー科A組の前で足が止まる。

 

 始まりの場所で、終わりを決意した場所。

 

 彼女の物語を始めた場所で絶え間なく動いていた足が初めて止まった。

 

 長くなった日が傾き沈むころまで彼女は立ち尽くしていた、決意は変わらない、けれども後悔や寂しさはないわけではない。だから噛み締めるように自分が歩んだ道を振り返る、自分が最も輝いた一日を大人が過去の良き思い出を思い出すように懐かしむ。

 

「私は…………「おい、そこで何をしている?」」

 

 夕日と同じ色をした少女は、無精ひげを伸ばしくたびれたヒーローを視認するとさっきまでとは打って変わった雰囲気で微笑み返す。

 

「あ、相澤先生。お久しぶりです」

 

「っ!時尾!?お前体は?」

 

「大丈夫ですよ、この通り元気です。病院の先生から外出許可も貰ったんですよ」

 

 嘘だけど、と心の中で舌を出す。

 

「……で、そのふざけた格好はなんだ?」

 

「え~似合ってませんか?街を歩けばモデル業界からスカウトされそうな自信はあるんですけど?」

 

 クルリと一回転、病的に細い手足と白い肌が余計に時尾花架琉を儚く、健気に振舞っているからこそ勇ましく映している。

 

華麗な着地を決めて流れるようにポケットに入れてある封筒を相澤に差し出す、堂々と書かれている文字を見るまでもなく何かを察したのか首を横に振った。

 

はにかむ時尾花架琉をみて毒気が抜かれたのか、相澤はひとまず先ほどまで抱いていた疑問をあえて振り払い最短距離で本題に入る。

 

「そうか、そういう決断をしたなら俺が口を挟むことは無い。けどそれは担任の先生に渡しておけ、お世話になっているだろう」

 

「はいはーい、一番お世話になってる先生選んだつもりなんだけどなぁ……じゃあついでなんですけど、忍冬山の大火災って知っていますか?」

 

 火災メインでそれに付属した小さな事件だったんですけど、と付け加える。

 

 単なる質問ではない、相手の出方を窺った言わば誘導尋問のような問いかけ。

 

 もし相澤が動揺を見せれば確実に付け込んでくる、表情の機微をも見逃さぬようにじっと顔を見つめた、両者の間に僅かばかりの緊張感が生まれる。

 

 相澤は内心驚きを隠せなかったが表情に出すことは無かった、その大火災で助かったただ一人の少女が目の前にいて、当時の事を忘れていたはずの当事者がつらかったはずの記憶と思い出したくもない様な悪夢と向き合おうとしているのだから。

 

 互いに抱く思いは違えど、相澤が出した答えは時尾花架琉も予想だにしなかった最善の展開へたどり着いた。

 

「わかった、だが話すのは明日だ」

 

「理由は?」

 

「お前に全部、知りたいことを、あの日の事を伝えるためだ。そのためには俺だけじゃ情報が足りない」

 

「…………わかりました、それでは先生の口車に乗せられることにします。あ、オールマイトどこだか知ってます?せっかく雄英に来たんだから会っとかないと」

 

「安心しろ、明日会えるよ」

 

「なるほど、ではまた明日」

 

 相澤の想定以上にあっさりと踵を返す、自分の決めたことは何が何でも通そうとする唯我独尊のような性格だと思っていたが、相澤は体育祭を経て変わったのだと自分勝手に解釈をした。

 

 体育祭の時、鬼気迫るような一生懸命さ、危うさを全面的に押し出していたが今は打って変わって一輪の花のように儚くそこに在るような存在になっていた。

 

 真っ赤な髪は花弁を連想させ華奢な体は細い茎を思わせる、何か吹っ切れたような笑顔は相変わらず年相応な面影を見せず彼女の年齢よりもずっとずっと大人びていて、人を惑わす魔女のようだ。

 

 相澤は時尾花架琉の選んだ道を聞こうともしなかった、聞いたところで彼女が歩みを止めることは無いとわかっていたし何より間近で彼女を見て自分が受け持った生徒よりも大きく成長していると肌で感じたからでもある。

 

 それを踏まえたうえで口を挟むのは非合理だと考えたまで。

 

 自分を犠牲に何かをなし得ようとする行為の果てに何があるのかを知っている、彼女が彼のような道をなぞるとは限らないけれど狂気じみた執念はいつか必ず身を滅ぼしてしまう、僅かな時間しか平和の象徴としていられないオールマイトのように。

 

 伝えることは体育祭で全部伝えた、自分の経験上での大事なことはあの一言に全部込めた、それでも、それを踏まえたうえでの判断であれば相澤のできることは無いのだから。

 

 

 驚くことに人生の分岐点とも言える昔の話をしてくれたのは、相澤先生とオールマイトだった。

 

 話が始まる前に色々触ったりサインを貰ったりしてしまった、オールマイトに興味は無い筈なのに突発的に頼みごとが次から次に出てきたのだ、訳も分からぬままその欲望に従い充実感が得られたところでオールマイトがしぼんでいた。

 

 オールマイト曰くあのムキムキな姿はプールで力んでお腹を引っ込める人と同じらしい、お腹にある傷跡は私が巻き込まれた火災の後についた傷で、『先生』と戦った時に負ってしまったのだとか。

 

 私と同じ先生の被害者の話も聞いた、脳無といって私と同じく複数の個性と薬物投与などで体も心もめちゃくちゃになり今は物言わぬ人形になった、もしかすると私が辿る結末と重なるのかもしれない。

 

 伝えられた事実は都市伝説のような普通に聞いていたら眉唾物で予想以上に規模が大きく、想定以上にきつく、酷い話であったけれども不思議と私は受け入れることが出来た、腑に落ちるというか自分でも冷静なくらいにその事実を受け入れていた。

 

 綺麗ごとは一切なく、隠し事も欠片もなく、全てありのままを教えてくれた。

 

 私をこんなにした黒幕が都市伝説の日本を統治していた裏の人間だなんて思っていなかったけれどあれだけの力を目の当たりにしたら認めざるを得ないだろう。

 

 ただ、残念な話と言うか、残酷な話と言うか……

 

 私が巻き込まれたとある施設で起きた災害で、その施設にいた子たちは…………私を除いて亡くなってしまったらしい。

 

 それも極少人数で、言わば親御さんが裏社会に精通する子達が多かったようなので大体的に報道されることは無く、そのまま闇に消えていったらしいのだけれど。

 

 相澤先生とオールマイトは我々の判断ミスが多くの犠牲者を出してしまった、と個性を使わずとも痛いくらいにわかるくらいにきつく拳を結び、唇を噛んでいた。

 

 だが、話を聞く限り誰も悪くなく、一人の独断により犠牲者が出たけれども、相澤先生とオールマイトに関しては負う必要のない重い十字架を自ら背負っているようにも見えた。

 

 誰かの肩代わりをするかのように。

 

 だから、それ以上追及する気も起きず、私は再び先生たちが話始めるのをじっとまっていた。

 

 記憶の損失に関してはおそらく個性を与えられたショックで無くなったと思われ、こればかりはどうしようもないのかもしれない、可能性の話として今の私と昔の私は別人かもしれないのだ。

 

 もしそうであったならば非常に申し訳ないけれど多分その可能性はないだろう、どんな困難もどんな窮地でも私はずっと私だった、それだけで十分だ。

 

 病院の人達は軒並み個性を使って認識を書き換えたので自由の身にはなったわけだ、長らく帰っていなかった家に帰って自分の通帳を見てみると案の定見たことがないほどの金額が記されていた。

 

 多分だけど、親も先生とつながりを持っている、あれだけ私を持ち上げていたのももしかすると先生に何か吹き込まれたのが理由かもしれない。

 

 ともかく、貰えるものは貰っておく、この恩はきっと仇で返そう。

 

 両親にも個性を使って私がいたという認識を書き替える、産んでもらい育ててもらったことには感謝しているけれど正直言ってもう関わりたくない、というのが本音だ。

 

 我が子を裏組織のボスの研究所に送りつけるのはどうかと思う、私のことを思ったことだとしても結果的に化物になってしまったのだから。

 

 分相応な高級マンションから通帳とカードだけをポケットに入れて家を出た、不本意だけれど先生に与えられた個性のおかげで暫くは野宿でも生きていけそうだ、先ずは日本を回ろう、今まで思っていなかったけれど行きたいところがあるし、その後は海外かな。

 

 個性のおかげで科学技術があまり進んでいないから個性で欺くことは簡単だろう、今の私は期間は限定されているだろうけど人の理を大きく超えている、やろうと思えば何でもできる気がするし手負いのオールマイトなら勝てると思う。

 

 寿命は延びたけれども私が使う個性は結局のところ私は命を使って個性と私を架け合わせている、体が万全に戻ってもいくら健康的になろうとも大きな力を引き出すには大きな対価が必要となる、私の命に期限がついていると思ったのもそれが理由だ。

 

 これから私は旅に出る、道なき道を歩く旅。

 

 決めたことはただ一つ、自分の歩く道はまっすぐ歩く、そしてどんな邪魔を、たとえ運命が阻んできても私はそれだけは貫き通そう。

 

 街灯の灯りしか残っていない商店街の真ん中を我が物顔で歩いた、夜空には星が瞬いていて優しく見守ってくれている気がする。

 

 私が輝いた時間の話は終わりだ、これからは随分と長い夜を私は彷徨い歩く。つまり表立って私の名前、時尾花架琉という存在が表立つことはない。

 

 私は歴史上初めて普通科からの雄英体育祭優勝という奇跡を起こした代償として、明日を失った。

 

 失うはずだった明日があるのならこんな私のためじゃなくて、他の人達のために正しくこの力を使おうと思ったのだ、そのためには悠長にヒーローなんて目指している時間がもったいない、というより職業としてのヒーローには向いていないだろう。

 

 これから色々な場所を彷徨う、その時に私の手が届く範囲だけでもいいから幸せになる手伝いができたらいいな、なんて思う。

 

 心の中には今日の夜空と同じくらいに小さいけれど僅かながらの道標があるのだから何も不安に思うことは無い。

 

 だから、どんな困難が待ち受けようとも、壁に当たろうとも、例えばそれが絶対的なことであったとしても、その度に高らかに笑って、こう言って乗り越えてやる。

 

 

 

 

 

 運命よ、そこをどけ。私が通る。

 

 

 

                                FIN

 

 

【挿絵表示】

 

 




 これで本当の本当に終幕です。

 最後の最後でもう一つクライマックスのような臨場感を出したかったんですけど難しいものですね。

 終わり良ければ総て良しといいますが、果たしてこの終わり方が、終わりに持っていくまでの過程がこれで良かったのかどうか……。


 少し間が空いてしまったのですがきっちり終わらせることが出来て良かったです、何回言ったか分からないんですけどこの作品を評価してくださる方々が思いのほか多く執筆するうえで力になりました。

 ありがとうございます。


 
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