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まず初めに感じたのは予想以上に熱い熱気だった、最初は訳が分からなかった。
予想外で想定外、雰囲気に思わず呑まれそうになるのをグッとこらえ、顔をパチンと叩いて自分を取り戻す。思わず後退ってしまいそうな迫力と、蠢く観衆に気圧されてしまったのだと数秒遅れで気が付いた。
けれども必死に踏みとどまる、引き返す道はいらないのに初っ端から後ずさりを決めるのなんて絶対に嫌だ、それにまだ初戦だというのにこの程度で怖気づいていてはこの先絶対に戦えないと思ったからでもある。
心を落ち着かせてようやく観衆の声が他の一回戦に比べて明らかに大きいことに気が付いた、そしてそれほどまでに余裕がないことも気が付いた。
気合を入れなおすために両手で頬をたたくと乾いた音ではなくて重たい音が控えの通路に響く。手を見ると汗でぐっしょりと濡れていた。
個人的な判断でしかないけどこの場所にはヒーローになるために一生懸命になる人たちがいる。相手は飯田君でヒーロー名家の御曹司だ。私はと言うと客観的にみれば普通科からヒーローを諦めきれずにここまで残ったダークホースとしてのイメージが強いのだと思う。この歓声のほとんどは夢を追いかける一人の少女だと思われていることだろう。
しかし私がここに立っているのはヒーローなんかになるためではない、だからこそ筋違いの歓声と予想していた以上の期待が私を圧し潰そうと圧し掛かってきたのだと思う。普通に考えても、よくよく考えても私は無理難題なことに挑んでいるのだと嫌でも実感させられる。
観衆は望んでいる、何を?……決まっている下克上だ。
普通科のヒーローの道をほとんど潰されてしまった一個人がエリートを倒し頂点に登るのをありえないとわかっていても望んでいるのだ、そして信頼されてはいないのだ。だからこその大声援、どうせ無理だろうけど夢くらい見させてくれよとの叫びの声だ。
善戦して負けても惜しみのない拍手が送られるだろう、人々はよくやったと褒めてくれるだろう、けれども私が命を懸けて絶対に手に入れてやると決めたものには程遠い、準優勝は敗者だ、勝者は一人でその勝者に私はなる。
突き刺さるような視線とゲリラ豪雨のように降り注ぐ歓声にも慣れた。私は飯田君を睨みつけるように見据える。心臓の音は聞こえない。
『レディ―――――ス&ジェントルメ――――ン!!!さあさあやってきましたこの大注目のカ――――ド!!!ヒーロー出身のエリート、その個性は正に韋駄天!ヒーロー科 飯田 天哉 VS 第一種目から異彩を放つ普通科の紅一点!台風の目になるか?なれるのか!?普通科 時尾 花架琉!! それでは第四試合スタァァァアト!!!』
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まず最初にどう出てくるか、それが一番大きな問題だ。
飯田君側としては私の情報があまりにも少ないため無暗に突っ込んでくるのはいい判断とも悪い判断とも断定しづらい、かと言ってこんなに睨みあうのも時間の無駄だと考えたのだろう。
ほんの数秒間じっと動かなかった私達だが、先に動き出したのはもちろん飯田君だった。
私の能力の一つである未来予測、そして精神干渉の副作用にもよる効果で未来は予測と比べ物にならない……観測へと至るがそもそも精神干渉の発動条件が相手に触れなければならない。
飯田君は様子を窺いつつも、もう少しすると探り探りの攻撃を入れてくるだろう、場所はどこに限定するのかが問題だが私の分析からすると飯田君は真面目の一言に尽きる。
真面目という事は少しくらいは女の子に対する気遣いも持ち合わせているだろう、だから顔に攻撃してくることはまずない、するのであれば比較的ガードのしやすい上半身。
踏み込む角度、突っ込んでくる勢い、予測される蹴りの種類から見てガードの上から私を吹き飛ばし場外に弾き出そうとしている、確かに良い案だ。
気遣いも勝利も両方できる最善手。
もちろん決まれば、だけど。
『おおっと飯田ここでギアを上げたぁぁぁ!!!痺れを切らして突っ込むのか!?』
『痺れを切らしたわけじゃない、悪くない判断だ』
急に速度が上がる、私は首のみでできるだけでその動きを追う。
攻撃が来るまでは動かない、未来予測で自分の未来を予測、そしてすべき姿が目に映ったら……勝負の始まりだ。
そして、更にギアが上がった。
丁度背後からジャッと方向転換するために踏ん張る音が聞こえた。
集中しろ、自分が吹き飛ぶ未来のタイミングを逃さないため全神経を張り巡らせろ。
静止時間は充分、動きは視界の隅には入れてある、あとはタイミングと蹴りの種類を瞬時に判断、飯田君が体勢を崩すポイントを予測。
「っ……ガードするんだ!」
ほとんど無防備の私を蹴りつけるのは良心が痛むのだろうか、蹴りに入る前に大声で私に忠告をする。
しかし偉いのは私が避ける素振りすら見せなくてもちゃんと忠告はしたからな、と自分に言い聞かせるような表情で一切攻撃を緩めなかったことは褒めるべきだし、私をとりあえずは倒すべき相手だとみられていることなのだろう。
全く、こっちは緩めてくれても助かるっていうのに……でも、嫌いじゃないよ、そういうの。
鋭い蹴りが的確に私の首、頸動脈のあたりにぶつかろうとする刹那私の視界は先ほどとは全く違う景色を覗き、耳元まで迫っていた空を裂く音はどこかへ飛んだように聞こえることは無く、大観衆のどよめきが一瞬にして静寂に変わる。
何が起こったのかわからないのだろう、一回この能力を使ったことは使ったけれど観衆には見えていなかったかもしれない。
移動するまでに3秒止まらないといけないくせに移動距離は半径2,5メートル。日常生活では一切使うことは無かったけれどもどんなゴミ能力も時と場合さえ選んで適切に使えば有効に使うことが出来ることを知れたのは良かった。
体勢を崩し、想定外の事態にたじろぐ飯田君に私は思いっきり拳をぶつけた。
…………ちょっと待って、ちょー痛い。
そりゃあ、私は格闘技なんてものをやっていなかったし、か弱い女の子だし、飯田君に比べて体重差もかなりあるから直接攻撃が効いていないのは想定内だけれどまさかここまでに拳が痛いとは……手首もぐねってるきがする。
飯田君も殴られたよな?とクエスチョンマークを浮かべながら「痛……くない!?」と驚きを隠せないでいる。
そんなに驚かないでほしいな、恥ずかしいから。
『ここで時尾の右ストレートが完璧に入ったように見えたが!飯田は効いたそぶりを見せない!飯田の耐久力が凄まじいのかそれとも時尾のパンチ力が弱いのか!!!???』
後者だよ!弱くてすいませんね!
ったく、あのクソ解説余計なことを……かわいいだの頑張ってとかそういう類の声援が飛んでくる、何だろう、すごくうれしくない。
しかし、これで条件は全てクリアされた。
飯田君に触れて精神干渉に成功し副作用と相まって未来観測が使える今、勝てる条件は整った。後は手順を間違えることなく詰めるだけ。
それが簡単ならばいいんだけど、難易度が高いからきついんだよなぁ。
ともあれ同じ土俵に立つ事は出来た、本腰を入れるのはここから……想定はしていたけれど実戦での疲労はいつもとは全然違う、緊張感と絶対に負けられないプレッシャーが神経をガリガリと削る音が聞こえる。
精神干渉から伝わってくる飯田君の心情は揺れに揺れている、何かを躊躇っているような感じがする。
何はわからないけれどもこの隙に乗じるしかない、瞬間移動の派生、アポートを使う。これも同じく静止時間とインターバルがある、一回使えば重さにもよるが大体1分に一回が限度だ、私よりも軽いもので尚且つ1つの物体につき一回まで。
この日のために銃刀法違反に引っかからないように裏でこそこそやったしお金もつぎ込んだ、アルミニウム合金パイプを自宅のクローゼットの中から引き出す、長さは90㎝。
重すぎず私が振り回せる程度に加工したものだ。私物しかアポートできなくその私物の境界線が分からなかったので武器と一緒にベッドで寝たのはいい思い出だ。
臥薪嘗胆、的な。
「君の個性は一体何なんだ……!?」
「さぁ当ててみたら?第一教えるわけないでしょ」
「くっ……それもそう、だっ!」
そこから先は私の読んだ通り持久戦、乃ち削り合い。
飯田君がギアを変えて四方八方から蹴りに来るが、見えている私からすれば避けることは少し難しいけれど決定打は簡単に避けることが出来る。
最初は反応もしづらかったが体の方も緊張がほぐれて来たのか温まってきたのかすんなりと動く、そして手にした獲物は徐々に、しかし確実に飯田君を捉え始めた。
そして、遂に私の手に嫌な感触が伝わった。
会場が息をのんだのが分かる、鉄の棒で頭を(か弱い女の子だけれど躊躇なく思い切り)振りぬき飯田君のこめかみを射抜いた。
離れて追撃を加えようとするけれども一瞬で離れられる。
続いて遠距離攻撃のできるスリングショットorゴム弾を取り寄せて打ってみるけれど如何せん私の狙撃技術では当てられない、でも攻守の切り替えはわかるし鋭い蹴りもアルミニウム合金パイプで防げばどうにかなる。
精神干渉の副作用はもう切れたけれど体の反応も悪くない、もう目の前に勝ちは見えている。
本日4本目となる変形して折れかけたパイプを確認する、まだ使えそうだから新しいパイプには新調しない、もしかしたら不測の事態が起こるかもしれないから温存しておくのも悪くは無い。
あとは手順を踏むだけ。
空気が今にも張り裂けそうだ、それは下克上を目の前にした観衆の叫びの前兆。
ヒーロー家の御曹司を落ちぶれた凡人が喰らうのを今か今かと待ちわびているのだ、だけどどうして目の前の男はまだ勝てるとでも言いたげに私を見据えるのだろうか?
出血も決して少なくは無い、脚にも相当ダメージは蓄積されている筈で対して私は先ほど少し痛めた手首と擦り傷くらいしかダメージはない。
未来予測の常時発動のせいか視界は良好とは言いづらいけれども、まだ全然見える。
焦らず慎重に、止めを刺すだけなのだけれど……。
「時尾君、すまない!」
「……は?」
突然、飯田君が私に向けて謝罪の言葉を叫んできた。
「君を見くびっていた、舐めていた、心のどこかで格下だと決めつけていたようだ。君は強い!」
「何が、言いたいの?」
「だから、俺も全力で挑ませてもらおう!」
そう言うと90度頭を下げた姿勢から流れるようにしゃがんでクラウチングスタートのような姿勢を取る。
何かがやばい、と感じる前に体は動いていた。
止めを刺すべくパイプを投げ捨てとっさに取り寄せたビニール袋に石を入れたやつを振りかぶる、狙うは後頭部。
未来予測でどう動くのかはわかる、クラウチングスタートのような姿勢をとる飯田君の頭を砕かんとばかりに叩く直前だった。
「トルクオーバー・レシプロバースト!」
左の脇腹に強い衝撃が加わる、痛みを感じる前に飯田君の位置を確認するがどこにいるのかわからない、瞬間視界が黒に染まる。
未来予測だと気付くのに数瞬遅れて背中にいい攻撃が入る、思いっきり叩きつけられた地面に叩きつけられて肺の空気が全部漏れた。
そして引っ張られる、このままだと場外に投げ飛ばす算段だろう。
くそ、考えろ、何が使える?
念動力、発火能力(発火したためしがない)、精神干渉、瞬間移動、空中浮揚、残留思念感応、未来予想。
使えるツールがない!
畜生、こんなところで……負けてたまるか!
出し惜しみしている場合じゃない、これは予定外だ。
けれども飯田君のこの技術もそうなのだから、出し惜しみなんて馬鹿げている。
脳が焼き切れるような痛覚と全身の血が冷たくなっていくような感じが体を支配する、今にも発狂しそうな耐え難いものが全身を支配する。
そういえば最初は気絶もしたなぁと懐かしく振り返る、しかしこれ使うのは最小限にしなければどうなるか分からない。
やがて世界は色を失い白と黒で構成される。
私は急いで飯田君の手を振り払い、おそらく全速力で駆けているであろう体勢を思いっきり崩す。
その黒白の世界では私だけが動いていた。
私は時を、駆けたのだった。
全身の力が抜けるとともに世界は色づいて動き始める、私が仕込んでおいた通り飯田君は足を引っかけて転んだ、でも……場外には出ていない。
体に力が入らない、立てはしないのなら片膝ついて戦闘する意思をみせるだけだ。
徐々に血の通う感じと忘れていた痛みで頭を垂れる。
気を失わないようにするので精一杯だった。
おなかやわき腹が死ぬほど痛い、正直泣いてしまいたい、けど……それは相手だって同じこと、この場で異彩を放つエンジン音が更に唸りを上げて足音がだんだん近づいてくる、このまま動いていないと格好の的になる、それだけは避けるために這いずり回ってでも動き続けた。
なにか制限があるはずだ、あの異質なエンジン音と移動速度に最後まで隠しておきたかったというとっておき、それだけ大きなリスクがあるという事だ。
だからまずは顔を上げろ、何時までも地面を見ていたら何も始まらない。
腹部の痛みにはもう慣れた、脚も手もまだ動く、つまり……「降参だ」まだ戦える。
って、え……降参?
「トルクの回転数を操作し無理矢理高速移動を可能にするトルクオーバー・レシプロバーストは、一度使うとしばらくエンストして動けなくなる。それを今使ってしまって、もう動けない、だから降参だ」
と、言うことは……私が勝った?
『と、言う事はぁぁぁああああ!まさかまさかの下克上!お前ら大好きだろ?この展開!血を血で洗うような第四試合、激戦を制したのは普通科の時尾 花架琉だ――――――!』
こうして最後はあっけなく、少しもどかしくもあるけど私は何とか一回戦を勝ち抜いた。
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今の状態を表すなら満身創痍、一回戦で相当なダメージを覚悟していたけれど想定よりもずっと痛いし疲労はすごい、想定と実践では大きな差があるのは知っていたけどこれほどまでに違うとは……。
これでようやく一つ、か。
第一歩踏み出せたわけだけど、あと3つ……気が遠くなりそうだ、と言うか本当に命があるかも心配なのだけれども。
次の相手は芦戸さんか青山君、正直のところ飯田君ほどは厳しい戦いになるとは思っていないけれど警戒するのは必要だ、その後のことは正直考えたくない。
日本トップレベル……それも未来のトップを争うヒーローたちに挑むと考えるのは今は嫌だ、もう少し時間がたってからじゃないと心が折れそう。
何にせよ飯田君を下したという事実は変わらないし険しい道のりが長く遠く続いている、私が知りたかったのは楽な道の探し方ではなく険しい道の歩き方、体育祭のこの勝負で勝つことを選択した時からその思いは変わらない。
残酷な運命が定まってるとして、それが今日私の前に現れるとしてもそんな運命クソ喰らえだ、受け入れてやるものか。
未だにお腹は痛いし気分は悪いし頭はガンガンする、擦り傷や打撲のような個所も所々見られる、万全の状態とはとても言いづらく寧ろかなり悪いほう。
めちゃめちゃしんどかった……初めて男の人に蹴られた、初めて人をパイプで叩いた……等々いろんなことを経験したけれども、初めて生きている実感が出来た。
私が手を振ると呼応するかのように私を応援する声が聞こえた、このまま余韻に浸るのもいいが次の試合もあるので一旦席の方に戻ろう。
ひんやり冷たい通路を通る、さっきとは真逆の温度が私の思考を落ち着かせる、自分の影を見ながら私は先の見えない暗い通路を歩いていくのだった。
PS:主人公の名前が「ときお かける」なんですが例の山口メンバーの事件からTOKIO×少女=書類送検というネタを見かけ複雑な心境です。
作品名を運命よ、そこをどけ。にしといてよかったなと思っています。