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逆パートは本命の爆豪君が案の定勝ち上がっていて、その他にも常闇君や八百万さんは勝ち上がっていた、そっちはまだ関係ないので結果を流し見ぐらいにして自分が今いるパートのことに考えをめぐらす。
次は芦戸さん、個性は『酸』。まぁそこまで強力なものを使ってくることは無いでしょ、殺傷能力のあるレベルまで強めることはしないと思う。
攻撃方法も酸を直接振りまくのではなくて溶解液で床を溶かしながら移動し攻撃してくるものであるから未来観測まで行かずとも未来予測くらいで落ち着くだろうと思ってはいる。
「怖い顔してるね~、緊張してる?」
青山君も実際に顎パッカーンでやられてしまったわけだし、少し変則的な動きとかが多いらしいけれど十分に対応できるだろう、ダンスが好きらしいのでその動きを組み合わされると考えるとやっぱり細心の注意を払うに越したことは無い。
それと、思った以上に未来観測の副作用が大きい、さっき飯田君との戦いで思った以上に使い過ぎてしまったせいか視力は落ちているのは否めない、1.2から0.6くらいに下がっている感じなのでアポートを使ってあらかじめ買っておいた1Dayのコンタクトレンズで視力を補う。
うん、少し見えすぎるけど悪くはない、視力が回復するとしても今日中ではないし未来観測が思った以上に副作用が重いというのは想定外でもあった、未来予測で視力がガタ落ちしたときはそれこそ朝6時から翌日深夜2時くらいまでずっと使っていたのに対して、ほんの数分間でここまでガタ落ちするとなると光を失うことも想定の範囲に入れないといけないのかもしれない。
「アハハ無視か~、ねぇちょっとはお話ししようよ」
盲目になるのは絶対に嫌だから多少は温存、という事も考えるべきなのかもしれない、勿論手を抜くことなんて出来っこないからオンオフの切り替えを多くするとか、ここぞという時にしか使わないとか、まぁ次まではそれが出来るけどその次からが問題なんだよ。
轟君に爆豪君、茨どころじゃない有刺鉄線ばりばり張り巡らされているでしょ、それに高圧電流流されていてもおかしいとは全く思えない、あくまで比喩的表現になるけど少し間違えば即死という状況もあながち嘘とは言いにくいほどに危険なのだ。
何度も何度も考えいるけれど先のことを見据えすぎると足元を掬われる、けれどもこう言ってしまっては芦戸さんに非常に失礼だけれど、芦戸さんが霞んで見えなくなってしまうほどに私にとってはあの2大巨頭が絶望的に見えてしまうのだ。
芦戸 三奈ちゃん、今のところ特に目立ってはいないけれど相澤先生が独断で行った体力テストでは上位にいた、個性はそこまで使っていない(使いどころがいまいちない)のにもかかわらずそのポジションにいるという事は身体能力の高さを物語っていると思う、でもそれだけだ。
圧倒的な何かがないのなら負けはしない、飯田君の場合は圧倒的な速さに押された、予想していたのにもかかわらず体がついていけないほどに、けれどもこの勝負ではその展開はほとんどないと踏んでいる、なんか凄く盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど何というか……地味な戦いになるだろう。
顔を撫でるような熱気も、圧し潰そうと一層圧を増す重圧にも、慣れたとは言えないけど近いものは経験済みだ、怖気づくことはもうない。
「いや~すごいね!緑谷君……あ、さっき轟君と戦った天パの男の子が言っていたんだけどこれに勝ったら歴史的快挙なんだってね!花架琉ちゃん」
さっきからこうもフレンドリーに話しかけられると調子が狂う。無視を決め込んでいるのにめげずにここまでしつこく話しかけられるとは思わなかった、やりにくい。
あの、集中してるんで後にしてもらえます?
「ま、何にせよ私も準決勝かかっているし、ここまで花架琉ちゃんを持たれるとちょっとやりづらいかな。これだけ注目してもらっているんだからどっちが勝つにしろ悔いのないようにしようね」
どっちが勝つにしろ悔いのないようにしよう、か。
良くもそんなに悠長なことが言えるものだ、こっちは命を張っている、そんな甘ったれたことは無い。
「そうだね芦戸さん、悔いだけは残さないように全力で戦ってね」
「そだね、がんばろ!」
嫌味で言ったつもりなんだけどなぁ、彼女の明るさはきっとヒーローになっても人々を元気にするのだろう、もし私に特別な事情さえなければ……いやそんなことはどうでもいいか。
『みんな喜べ――――――!!!!大波乱か順当か!決定づける大一番がやってきた―――――!!!!歴史上初めての普通科から準決勝進出なるか!?今まさに時の人!時尾 花架琉 VSこのプレッシャーを押しのけ勢いに乗れるか!?ヒーロー科のお転婆娘 芦戸 三奈!』
さて、行きますか……修羅の道への片道切符を手に入れに。
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この戦いにおいて私が気を付けなければならないのは、芦戸さんが酸で床を溶かし、まるでスケートをするかのような動きから直線的な動きで私を押し出そうとするタイミングを見誤らないことだ、私は芦戸さんの戦いを見ていないけれども芦戸さんは私の戦いを見ている、とすると飯田君のスピードにある程度ついて行っていた私に対して正面からぶつかることはしないだろう。
私が相手の立場であれば自由自在かつそこそこある機動力を生かし動き回りながらのヒットアンドラン、からの隙を見てタックルしに行く、もし外したとしても全身から出せるという酸で地面を溶かして止まれるほどまで抉れば何の問題もないのだから。
酸の強度とか全くわからないけれど多分できそうだ、それに彼女ならもっと他の奇想天外で型破りな方法も思いつくかもしれないが私には思い浮かばない、もっとも思いつく必要なんて一切ないから考えていないというのもあるけど。
VS飯田君と同じく持久戦になるかと思ったこの戦い、開始早々期待を裏切られることとなる。
『それじゃあ……始めぇぇぇええええ!!!!』
その掛け声とともに、私は直ぐにアポートで鉄パイプを取り出した、様子を窺うつもりでただファイティングポーズを形だけ取った瞬間、芦戸さんは私が目線を切った隙を見逃さなかった。
「油断、大敵っ!」
そう言いながら決して速くはなく、けれども虚を突いた突進に反応は出来たものの対応は出来ずに簡単に懐に入れてしまった。
無駄撃ちは止めようとしていたために未来予測は使わず(オンオフの切り替えの練習も兼ねて)、というか安牌だと踏んでいたためにろくに準備していなく、久々にコンタクトを着けたこともあって目を少し切ったところ思いっきり懐に飛び込んできたのだった。
目の前にしゃがんで飛び上がろうとするところを辛うじてとらえることに成功したのが不幸中の幸いか、主に上半身を逸らしつつ顔を両手で覆って一発ノックアウトだけは防ごうと試みる。
が、攻撃は来ない。
ちらりと腕の合間から芦戸さんの姿を確認すると同時に鳩尾へ思いっきり拳がめり込んだ、鳩尾と胃袋の間を突いてかれ皮膚に触れる瞬間に拳に力を込め更に跳躍しながら下から上への力も加わる。
その拳は胃袋こそ潰すことは無かったけれども、鳩尾の痛覚を刺激し呼吸困難と今までにない激痛を生み出させる。
胃から何かがせりあがる感覚、喉を焼くように逆流する胃の中身をどうにかして抑え込んで私はみっともなく、無様に動き回る、流石に吐くまではなかったのが幸いしたけれど追撃は止まらない、未来予測である程度の動きが見えるとは言うものの今の体の状態ではいなすことも防御することもかなわず変則的な攻撃を受けつつも決定打だけは絶対に防ぐ。
今は耐える、この攻撃を耐えきれば、あと10秒耐えれば私の勝ちだ。
腕や足に無数の打撲のような痛み(痣になるかもしれない)をたっぷりと蓄えて長い長い攻撃を受けきると芦戸さんは酸素を求め私から離れた。完全な無呼吸攻撃でなくてもあれだけの激しい動きと仕留めるための大技を繰り出したのだから疲れは絶対に出る。
それに途中から伝わってくる感触に違和感を感じたのだろう、作用反作用によるそれなりの衝撃は徐々に軽くなっていくのを怪しく思い距離を取ったのかもしれない。
会場の雰囲気に流されるようにこの場の皆が私を応援しているという圧倒的なホーム感にのまれていた、浮ついていて自分のことを過大評価しすぎていた、それに彼女の明るさに少し人間的魅力を感じ僅かながらにもいい人だと思ってしまったのが間違いだった。
クソッ、頭はそこまでよくないと踏んでいたのに心理的に揺さぶりをかけてくるとは思わなかった、もう彼女を安牌だと……いや誰であってもそんなことは思わない、私はあくまで格下の挑戦者であるという事を自覚しろ、確実に勝つために余計な思考を切り落とせ。
『おおっと!?どうした時尾?気が抜けすぎじゃないのか!?先手を取られ何とか猛攻を耐えたものの形成は圧倒的に傾いているぞ!』
『油断だよ、初めての空気と芦戸を甘く見過ぎていたツケだ。轟や爆豪が目立っていて他は霞みがちだが彼女だってれっきとしたヒーロー科、飯田に実力で勝利し気付かないうちに浮かれていたんだろう』
解説どうも、ごもっともです。
『けど、これで分かったはずだ。形勢は決して傾いていない、寧ろ今ので仕留めきれなかった芦戸の方が分が悪い』
『その心は?』
『自分で考えろ』
『こいつはシヴィ―――――!!!』
どうやら外野が盛り上がりを見せてはいるがこちらとしては内心冷や汗だらだらだ、冷や汗のほかにも手汗や脇汗もすごい、これは焦りや生理現象も関係しているかもしれないけれど恥ずかしさも結構な割合占めている気がする、実際今も申し訳なさと悔しさと恥ずかしさが感情の半分を占めているし。
けれども、だからこそ、もう同じ過ちは犯さない。
言ってみればこの油断は仕方のないことだったのだ、目標こそ辿り着いてはいないものの初めて多くの人に応援、背中を押される経験をしたのだ、私は今まで大人しくしてきたけれども人に注目されるのが嫌いだったわけでは決してない。
馬鹿は死んでも直らないというが私は馬鹿ではないので痛い思いをすればすぐに気付く、いい方向に考えればこれはきっと必要な過程でもあったととらえておこう、もうどんな優位に立っても一瞬たりとも手加減、躊躇、尻込みはしない。
勝負に勝つという事は、力で相手を上回る事でも、ましてや幸運を待つ事でもない。
負かす事、蹴落とす事、つまずいた奴を踏みつぶす事、勝ち残るって事はしかばねを越える事だ。
そんな残酷なことをしようとしている時点で相手がいい人だとか関係ない。
全身気を研ぎ澄ませ、隙なんかもう見せない。
アルミニウム合金のパイプを牽制の意味も含め芦戸さんに投げつける、粘土の高い酸により防がれるがその隙を見計らって鉄扇を一つ手に取る、パイプよりかはリーチが短いが威力重さはこちらが断然上だ、この戦いが長引けば私の体力は当然回復する。
それは私にとって好都合だし芦戸さんにとっては不利だ、だから息が整い次第もう一度猛攻を仕掛けてくる、さっきは不覚を取って先手を取られたけれどももうそんなことはあり得ない。
それでも攻めるしか、攻め時は今しかないのだから。
今度は酸で移動せずに普通に走ってきた、真正面から今のところ小細工もなしに馬鹿正直な軌道で接近される。
ここで未来予測のスイッチを入れた、眼に血液が集まったかのように熱くなる、せき止められた熱が一瞬で流れ込むような感覚には未だになれないが準備完了の合図と考えると幾分いいのかもしれない。
ふむ、あまり考えていないのか思い切りがいいのか他の人達と比べて見やすい。
飯田君の時は3つくらいの選択肢の中から1つを選択しないといけない場面が多かったから骨が折れたけれどもこれくらいならば容易に対処できる。
私の3メートルほど前で酸を使いスケートの要領で飛び跳ねる、胴回し回転蹴りか、そんな大技私に通用するわけないだろ?
だって視えているんだから。
最小限に防御の姿勢を見せながら当たる瞬間に思いっきり最短距離で鉄扇をぶつける、ついでにピンポイントに念動力を上から下に使って叩き落とす、ぐしゃりと嫌な感触が伝わってくるが躊躇せずに押し込んだ。
体勢を崩しつつも地面とぶつかる前に持ち前の運動能力とダンスの動きで私から素早く離れるが体勢を崩し転んだ、右足はこれでいい、あとは左足か右を完全に潰せば詰める、戦闘不能と判断されれば勝ちだから。
ここで私は攻めに出た、試合を決定づける致命傷を負わせるために、体力の消耗を抑えるためにこの場で決めなければならないと直感的に感じたからだ、考えるよりも早く体は動いていた。
負傷したのは右足、私から見たら左の方で当然余力のある左足で跳ぼうとするが跳ぶ前に鉄扇をその場所付近に投げつけて行動を阻止させる、急に物が飛んで来たら大抵の人、普通の人は体が強張るからね。
驚いて突いた右手を念動力を使って払い背中を完全に地面につける。距離はあとわずか、最後の詰め程慎重にならなければならないのは身をもって体感している。ここで絶対領域と名付けた能力を使用する。全身の血管の中身を沸騰させられたような激痛と熱さでどうにかなりそう、けれども一回経験したことある痛みだから耐えられないわけでもない。
不思議と使い方は何となくわかっていた、今度は全部に広げるんじゃなくて内側に止める、さっきは広がって勝手に溢れ出ていたものをそれこそ蛇口を捻るように最小限に圧しとどめる。加減はまだ微妙に掴めていない、しかし先ほど飯田君に使った時よりも色の彩度は鮮やかだ。
今回は完全に止まっているわけではなくてゆっくりとした時間が流れているようにも感じた、私は自由に動けているけれども芦戸さんはゆっくりと、非常にゆっくりとした動きをしていた、私は相変わらず普通に動けていたのでこの能力は1.私が早く動けているのか、2.相手の動きが遅くなるのかのどちらかだ。
どちらにせよ相手の時間か自分の時間のどちらかを停止、または遅滞させるものというのが今のところの見解で、はっきりとは辿り着けない。
射程距離に入ると私は思いっきり振りかぶって、昔野球という競技の投手というポジションの人がやっていたようなダイナミックな動きで思いっきり芦戸さんの顎に向けて拳を振りぬいた(念動力で手首を固定して)。
そして時は動き出す。
非常にゆっくりとした動きをしていた芦戸さんだったが糸の切れた操り人形のように仰向けに倒れ込む、それでもまだ油断はできない。
馬乗りになって確実に息の根を止めようとアポートでものを取り寄せようとするけれども制約によって取り寄せられず、丁度近くに鉄扇が見えたものだから徐にそれを掴み今度こそ息の根を止めようと振りかぶっ…………
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一瞬の空白の後、ざわざわと会場は戸惑いに包まれる、それは目の前の戦いの勝者が確とわからなかったからだ。先に倒れたのは芦戸だがその直後に時尾も何かを手に取るや否や倒れ込んでしまっため普通は時尾が勝ちなのだが……。
「おい……これってどっちが勝ちなんだ?」
「先に倒れた芦戸の負けなんじゃないか?」
「でも今立っているのは芦戸で時尾は寝たまんまだぞ」
試合の勝敗のコールもなく互いに倒れてしばらくした後に芦戸が立ったために余計に混乱を招いていた、芦戸は飛び上がるように跳ね起きファイティングポーズをとるが何がどうなっているのか分からない状況でオロオロとしていた。
あまり物事を深く考えない芦戸だが三半規管がぶれることによる特有の気持ち悪さと顎に残る鈍い痛みを感じて気を失っていたことにも気付いたようだ、審判役でもあるミッドナイトと目が合うと不思議と勝敗は分かっていた。
心配しかしていない目、それは勝者に向けるものじゃない。
自分が敗けてしまったのだと、いつもなら負けちゃったと悔しがる素振りを見せていたと思うが今回はそんな気も起らなかった、それは目の前で昏睡状態に陥る彼女のせいか、本当に悔しいのか芦戸は自分でもよく分かっていなかった。
『えーっと、ただ今の勝負、こちらの判断が遅れて申し訳ないのですが既に意識がないだろうと判断される人間を追撃させるのは危険だと判断し、私が個性で眠らせました。一瞬のことで何が何やら分からなく、確証も何もありませんでしたが……』
『俺も何が起きたか未だに状況を呑み込んでいないが、もし、彼女が時尾を眠らせなかったら芦戸は重傷を負っていた可能性がある、よって芦戸 三奈を戦闘不能と判断し、勝者は……』
『時尾 花架琉だぁぁぁぁぁああああああああ!!!!』
まだ自分の気持ちに整理をつけられていない、けれども目の前の少女を応援したくなったのは心の底からの気持ちだと信じることが出来た。
いまいち盛り上がりに欠けるがまばらな拍手がこぼれ始める、芦戸は少し考えるとミッドナイトに何やら話しかけて寝ていた少女を持ち上げる、お姫様抱っこではなくおぶって、勝者らしく少しでも頭を高く、敗者である背負う側の芦戸の気遣いだ。
そうして、彼女たちがリングから去るころにはたくさんの賞賛と激励の言葉、拍手で埋め尽くされた。
破竹の勢いで次々とエリートに打ち勝っていく時尾 花架琉。
その姿が、その結果がどんな作用を起こしているのか今はまだ彼女はそれを知らない。
沢山の謎を秘めた個性は彼女を苦しめ、孤独にした、けれどもそれを乗り越えたのなら、彼女はきっと、どんな困難も乗り越えられる器を手にしているのだろう。