Chap.4
10、人里寺子屋、霊夢、藍、三月精、慧音、寺子屋生徒たち、人の子と狐の子、リグル
藍「八雲紫様付きの九尾、八雲藍だ。この度は博麗大結界の付与への祝辞と、紫様より仕った依頼と貧乏巫女への伝言を口頭で述べる」
霊「貧乏とは失礼ね。間違っては無いけれど」
藍「金持ちのお嬢さんの演説では村の者は話を聞かない。目線を合わせるための振る舞いだ」
霊「一理あるわね。それで依頼と伝言って?」
藍「巨人征伐、否、肉弾戦も交えた熱い説得ご苦労だった。紫様の次なる要望は夢幻城に囚われているある人物の救出だ」
霊「風見幽香の根城ね……で、誰を?」
藍「理想郷書記係、稗田家九代目当主、現在も生きる稗田阿礼、阿求殿だ」
霊「稗田……転生術式持ちの歴史編算の大御所ね。身代金目当てか、単なる人質か分からないけれど、私たちも城には用があるし実行はその時ね」
藍「ご承諾痛み入る」
霊「伝言の方は何?」
藍「実質的には君は既に博麗の巫女だが、周知の事実にする必要がある。まずは人間の里で最も信用に足る人物に挨拶しておくと良いだろう。普段はは寺子屋にいるはずだ。場所は三匹の妖精が知っている」
サニー「へー、異変倶楽部?」
霊「そうよ、まあ、魔理沙が勝手に使っているだけなんだけど」
ルナ「霧雨魔法店に新しく天狗が二匹来ていたね。あいつらも仲間?」
霊「文屋に警官ね、妖精、式、魔法使い、巫女……閻魔に菩薩も来るかしらねえ」
スター「要はみんなで理想郷に悪戯仕掛けようって集まりでしょう!最高じゃない!」
霊「落とし穴や落書きとは違うわ。だけど、まだ何か足りないの……それが分からない」
寺子1「慧音先生―!また明日―!」
寺子2「さようならー!なあなあ、かまくら作ってそりで遊ぼうぜ!」
慧「子供は風の子だ。薪割りは覚えが早いし、火遊びもすぐに覚える。霜焼けは凍傷に繋がると教えれば次の日には手袋をする。池に張った氷に近づくには好奇心に足して警戒心もないと危険だと言うことは、教師としての務めだがな」
霊「屋外学習もいいけれど、銀世界の美しさを伝える芸術の時間は?」
慧「食糧難の時代だ。和歌や絵巻も教えてやりたいが子の親から苦情が来るんだ。男なら土木と建築、女なら調理と裁縫、それ以外は余計な知識だとな」
霊「寺子屋じゃなくて大工と家政婦になるための訓練施設ね」
慧「魔法を志せとは言わん。だが雪明りの下で本は読んでほしいんだ」
霊「みんなあなたの教え子だもの、きっと大丈夫だわ、慧音先生」
子「ええっと、三角形のここが直角なら……」
狐「そうそう。この辺から正方形を作って、そしてこっちにも……」
霊「教えているのは狐の子ね」
慧「子供たちには秘密だ。ノートが妖気を帯びることだけが心配だが、幼いなりに立派な変化だ。……肝心の術式を見せてもらったが君の自作か?」
霊「いいえ、発案は私だけど製作は友人の伝手よ。そこから設計図だけ借りてきたの」
慧「悪くはない。だが花もない。それが率直な感想だ。正しく緻密だが、見せ場やインパクトに欠ける。大勢の前で披露するに足るものは大立ち回りのプレゼンテーションが必要になる。ただの説明だけではダメなんだ。見る者を惹き付け内側に引き込む引力があるかどうかが運命の分かれ道。あとやるべきことは立派な骨子に華やかな肉付けだな」
霊「まるで成績表に赤ペンを入れられる気分だけど、ありがとう、慧音先生」
ドォン!(寺子屋の戸を蹴破る)
リ「さあさあさあ失礼するよ。子供は帰った帰った。今日の授業はおしまいだよ……困るよ、慧音先生、今日は城にお呼ばれの日だ。こうして僕が上司の命令でわざわざ出向いているのも、君が実質的な人里の長の仕事を放棄しているからなんだよ?分かるかい?自分の立場と行動に責任が……」
慧「ああ、すまない。また忘れていたよ。通告された時は覚えているんだが、日頃の疲れか、朝この小屋の屋根の雪下ろしをしている内にどうにも記憶が曖昧になりやすいらしい。上司と私に挟まれて苦労する君も骨が折れることは十二分に分かっているよ」
リ「自分の記憶も無かったことにしているんじゃ、君の歴史を食べる力も形無しだよ。君が頑なにあの古事記を書いた娘の記憶を人里の者から消そうとしないから無用な不安が人々の間で続いてしまっているんだ。これは言い逃れようのない失態だよ。近々必ず然るべき処分を下す。この理想郷で幽香の命令は絶対だからね」
慧「私は歴史に敬意を払っている。そして人間の里は私自身のことよりも気にかけている存在だ。それにここだけではない。妖怪の山に妖精連合、そこ以外にも暮らす多くの人間と妖怪の不安のことも考えろ。私は人間の妖怪のハーフだが、私自身が思うんだ。彼らに違いはあれっても些細だと。もしも君が風見に使い捨てられたとしてもそれも理想郷の歴史の一ページに過ぎない。私は君の将来の方が不安だな」
リ「……それこそ無用なものだよ。これが最後通告だ。上白沢慧音。歴史は都合よく勝者が決める者だと、君が一番よく分かっているはずだ。君自身が無かったことにされないよう、気を付けるんだね」
慧「教師としてそれはよくわかっている。政には必ず終りがあることも。君らの延命に手を貸すつもりはない」
リ「ははは、面白いね。君の教え子が僕らの仕事に加担する日が楽しみだね。それじゃ」
慧「すまない、霊夢。見苦しいところを見せた」
霊「構わないわ。あれがリグルナイトバグ……サニーミルクの術式を解読しておいて良かったわ」
慧「ああは言ったものの、結局は私にできることは無い。人間の里の安全を優先しなければならない故に私は君への助力ができない。今の私は君の敵なのかもしれんな」
霊「そんなことないわ。今までで最大の助言をくれたもの」
慧「それは聞き捨てならないな。私のありがたい歴史の講義を聞いてなかったのか」
霊「歴史は苦手なの。それに慧音先生の講義は必ず眠くなっちゃうもの」
11、香霖堂、霖之助と紫
霖「いらっしゃいませ……三珠は切り捨てておいて今度は霊夢に何をさせる気だ。八雲紫」
紫「接客がなっていなくて?霊夢はよくやっているわよ。霧雨店の下っ端さん」
霖「今はここの店主だ。玄武の沢であの子たちが暴れるように嗾けたのは君らしいな。その場で霊夢たちと意気投合した天狗、椛くんの伝手で山の技術屋に仕事を依頼できることになったが、その時に沢を荒らされた苦情を戴いたよ」
紫「当店、八雲財団はその件に関して感知しておりませんので、折り返し連絡を。……客足もないこの店に河童への金払いができるのかしら?」
霖「身を切り崩してもなんとかするさ。財団って?」
紫「交渉において相手に利益を提示できないことは致命的です。ダム建設の際に三珠でさえ私の財団を頼ったわ。山を動かす資金源としてうちを利用してみないか、そう持ちかけているのよ、あなたにね」
霖「僕が本当に必要としている物は資金でなく市場だ。風見幽香のせいで人間の妖怪に対する印象は最悪だ。そして妖怪もまたそんな風見幽香の言いなりになる人里の者達を見て自分たちとの隔絶を感じている。河童や天狗…弱小妖怪達のことを人間が取り次ぎもしない状況が長く続きすぎた、彼らの多くは人前から立ち去り人間と妖怪の楽園が失われたと絶望している。終わりのない冬が、人と妖怪の絆の芽吹きを邪魔しているんだ」
紫「取引関係や雇用関係と言った固形物が、絆や友好関係と言った流動物を支えるのです。どちらが確かな物なのか……霊夢たちは分かっていないようね」
霖「教えてやらないのか。側で見守っておいて」
紫「それはあなたも同じでしょう?」
霖「……君が何をしたいのか分からない」
紫「分かる必要もないわ。半端者は路頭に迷っているのがお似合いよ」
霖「確かに僕は半端者だ、人間への未練も、三珠への想いも引きずったまま中途半端に生き残ってしまっている、だけど言い訳はしない、今僕にできることをあの子達のためにするだけだ」
紫「可哀想な人ね、本気で誰かを愛したことなんてないくせに」
霖「……君はあるのか?」
紫「私はこの理想郷を愛しているわ。だけど最近は物忘れも多くて、式の名前も呼び間違えちゃったりするのだけれど、何を忘れているのか思い出せないわ。まあ、せいぜいあの娘たちの前では仲良くしましょう?珍品収集家の変わった店主さん?」
12、霧雨魔法店、霊夢と魔理沙、霖文椛橙藍
庭
霊「……お庭の手入れご苦労様。今日は冷えるわね。マフラーが無いと風邪引くし、ブーツが無いと滑って転んじゃう」
魔「これでも前日比プラス二度だ。寒がりのあたしは帽子も上着も着込んでないとやってられん。それに庭じゃないぜ?立派な農園候補地さ。」ザクザク
霊「土の中は暖かい?」
魔「多くの動物や植物は、冬は活動を控えめにする。だが3年も続くと話は別だ」
霊「というと?」
魔「冬は壺の中に春を閉じ込める蓋だ。溜まりに溜まった春の気が雪に覆われて土の中で眠っている。今にも爆発しそうなくらいだ」
霊「おかげで立派なモノが生えたわねえ」
魔「ああ、最初はマンドレークかと勘違いした。冬でも採れる作物を5年前に植えてきたが完全に自生してやがる」
霊「ところで何それ?」
魔「超特大のごぼうだぜ」
居間
霖「魔理沙、霊夢、食べながらでいいから聞いてくれ」
橙「うわあ、何の匂いにゃ?何の匂いにゃ?」
霊「ただの昼御飯よ」
魔「魔理沙さんお手製森のキノコと爆弾ごぼう入り特製クリームシチューだ」
文「おお、これはまろやかな風味と独特な色合い……後で椛に食べさせましょう」
椛「先輩、どうぜまた私の変なブロマイドをコレクションにする気でしょう」
霖「……まったく、香霖堂と博麗神社を往復していた僕の身にもなってほしいよ」
霊「ごめんなさい、それで蔵にあった設計図、陰陽玉の方はどう?霖之助さん?」
霖「河童への報酬の面では思わぬはした金が入ったから安心だ。ただ霊夢、まだ待ってくれ」
魔「おっ、香霖堂が儲かっているのか?そんなわけないか」
椛「城への侵入ルートと脱出経路の確認、完了しました」
文「それと既にいつでも刷れるよう魔界の印刷業者に依頼はしておきました。山吹天狗には私はブラックリストに載せられているもので」
藍「これで城に囚われている稗田阿求を奪還する作戦は整ったというわけか?」
橙「藍様藍様、異変倶楽部に任せてしまって本当によかったんでしょうか?」
霊「心配しないで橙、むしろこっちからやらせてって頼んだのだから」
椛「それで作戦名は……『稗田阿求救出及び理想郷住民の意識改革を目的とする博麗新術式展開を主軸とした作戦要綱』……長いですね」
霊「霖之助さんの命名よ、イワト作戦に変更ね」
魔「城での各自の行動の手順、確認しておけよ」
文「カメラの腕は衰えていません」
椛「私もいざという時は日頃の鍛練で磨いた剣で皆さんをお守りします」
霖「今回の作戦の肝は霊夢が誰も傷つけないことだ。人間も妖怪も死ぬ必要のない戦い、それを理想郷中に広めるための射命丸くんの新聞だ。巫女の神性が崩れては意味がない」
藍「城の賭博場は年中無休で開かれている。まるで誘われているみたいだが、例のアイデアは纏まりそうなのか?」
霊「私と魔理沙で演算中、形自体は単純だから組立は魔理沙お墨付きの魔女さんに依頼中よ」
椛「作戦はその完了と試験運用のあとですね」
霊「いいえ、城で使うのをそのまま実地試験にするわ。時間がもったいないの」
橙「橙は作戦開始ギリギリまで地質調査しているにゃ?」
藍「そうだな。橙、紫様からの大切なお使いだ。できるね?」
霖「霊夢、君の要望通り、脇を空けて動かしやすく仕立ててみたが、本当にいいのか?」
霊「ええ、綺麗な紅白……ありがとう、霖之助さん」
霖「ほつれたらまた言ってくれれば仕立て直すからな。ん?どうした魔理沙」
魔「こーりんから珍しく酒の匂いがするぜ、焼酎か?」
霊「霖之助さんだし、日本酒じゃない?」
霖「霊夢が正解だ、昨晩仕立てを終えた僕自身へのご褒美さ」
霊「魔理沙、私たちは最後に呑んだの、二日前でしょ?」
魔「いいや霊夢、あたしの記憶では三日前だ。間違いないぜ」
霖「とほほ、僕は君らの成長を素直に喜べないよ」
<城>男、萃香、霊橙文魔椛、メディスン、リグル、風見幽香、阿求、三月精、子
城本丸、酒場兼賭博場
男「俺の負けか?」
萃「いいや、あたしの勝ちだ」
男「はんっ、出所祝いがこれでパアだ」
萃「風見に雇われる前にもっとマシな仕事に就け」
男「俺は薬を運んでいるだけだ。客に届ける立派な仕事だよ」
萃「そうかい、またあたしに負けた時にあんたが文無しだと取り分がないよりはマシだな」
霊「決して結果を焦ってはいけない……風見の雇われヤクの密売人さん?」
男「なんだ?嬢ちゃんも吸いたいのか?やめときな、肺が焦げるって噂だぜ」
霊「大天狗が釈放したのはあなたね」
男「妖怪の山も風見ににらまれたらただのカエルだ」
霊「風見は蛇じゃないわ、虎。だからあなたは狐」
男「化け物だらけの理想郷で、誰が強い奴の威を借りずに無事でいれるってんだよ」
萃「橙か、見るに猫の式神だな、今に閻魔や龍人も来るに違いない」
橙「夢幻館の鬼、伊吹様の拝謁の栄に浴せるとはなんたる至福ですにゃ」
萃「ここでは神も悪魔も運任せ、余計な地位は関係ない、萃香でいい」
橙「この賭博場全体に術式封じが仕掛けられているにゃね、運命を変える力を持っていてもここでは無駄ってことだにゃ、萃香!」
萃「運命は浮気者、勝負は時の運ってやつだ。だが、鬼にしかなせない力……未知の力を前にして夢破れるがいい!」
橙「猫は気ままにゃ、式は憑きたてのホヤホヤだにゃ、まだ知らにゃい可能性がきっと私の中に眠っているにゃ!」
霊「伊吹萃香って花札強いの?」
男「ああ、奴の勝率は八割を超えている」
霊「二割は負けているのね」
男「イカサマしていると?」
霊「鬼は強気なだけ、だけどそれが最大の武器になるのね」
男「つくづく分かんねえ嬢ちゃんだ、あばよ、今夜は冷え込みそうだ」
文「あやや、順調ですね。八雲の支給品も合わせて、橙さんと霊夢さんはうまいこと潜り込んで、少しずつですが賭博場で注目を集めつつあります。イワト作戦……天岩戸……城の奥に籠っている風見幽香を、ほんとに誘い出すことができるのでしょうか……?一連の作戦が成功すれば文々。新聞の復興第一号の大見出し間違いなしですが……椛、そして魔理沙さん、裏方任務頼みますよ……!」
城地下、料理場
椛「手に知れた城の設計図によると、稗田阿求が囚われているのはこの先です」
魔「牛に豚に鶏……ここは精肉室か?城の警護の妖怪たちの食糧庫……ほんとにこの先に地下空洞への入り口が」
椛「靴や衣服、装飾品も捨てられていることから察するに、このソーセージの加工前は人肉です」
魔「人間のあたしの前でそれを言うかよ……外の世界で神隠しにあったか、魔界からの難民か」
椛「すみません、山暮らしだとどうも人間の死臭に疎くなるみたいで……」
メ「こんにちは~、お姉ちゃんたちもお人形さん?」
魔「ん?どうしたお嬢さん、こんなところに……」
椛「ッ!?魔理沙さん、走って!!」
魔「なッ!どうした椛!?」
椛「いいからこっちです!話は走りながら!」
魔「……分かった!あいつは妖怪か?」
椛「はい、メディスンメランコリー、毒人形の妖怪、人に捨てられた玩具の人形が毒沼で妖力を溜め続け生まれた無差別に人間に害をなす危険分子、自分を捨てた人間に恨みを持っています」
魔「妖怪は精神に左右される生き物だ。良くも悪くも自分の感情に対しては徹底している」
椛「妖怪の私の前でそれを言うんですね」
魔「さっきのお返しだ」
椛「人畜無害な外見ほど妖怪は危険である場合が多く、メディスンはつい最近になって風見幽香の傘下に下ったと聞いています」
魔「あのリグルってのが蟲を操るとすると、さっきのメディスンは毒を操るのか」
椛「その通り。そして風見幽香は花を愛でる。植物は蟲を使って数を増やすし、植物には毒を栄養とする種も存在します。毒を使うのは虫も同じ。幽香、リグル、メディスン。この三者はお互いに協力関係にあるんですよ」
魔「風見トライアングルか。その一角が笑いながら追いかけてきいてるって不味くないか?」
椛「ええ、非常にまずい。風見傘下の雑魚妖怪を1000体相手にするよりまずいです」
魔「マスパは撃てない。派手なことはしないって作戦だからな」
大浴場
リ「湯加減はどうだった?幽香」
風「芯に染みたわ、香りも十分」
リ「そうか、良かったよ」
風「……下の見張りから報告は無い?」
リ「何の報告だい?」
風「そう、ならいいわ……」
酒場
霊「私の猫が迷惑かけたわね」
萃「ずいぶんとお転婆なペットを飼っているんだな」
霊「あなたより優しいわ」
萃「花札、ルール知っているのか?」
霊「さっき覚えた。説明書を読んだの」
萃「トーシロが鬼に頭突かれて尻尾振って逃げるんじゃないぞ?」
霊「あんたこそ得意の蒸発をしないでよね」
萃「水が水蒸気に変わる時は体積が1700倍になるんだ。この城ごと吹っ飛ぶよ」
橙「藍しゃま~」
藍「橙、頑張ったな。射命丸殿、反対側はどうか?」
文「こちら射命丸、感度良好、階段付近は特に問題ないかと」
藍「了解いたした。こちらも良く聞こえる、私か射命丸殿どちらか先に宙を飛んだら」
文「それが合図ですね。霊夢さんの晴れ舞台、ここがブームの爆心地になるわけですね」
霊「あんたは花札の何処が好きなの?」
萃「勝負事だ。それだけでいい、そんな訳はない、感じるんだよ、受け継がれてきた伝統や積み重ねられた文化の結晶がここにあるすべての札に凝縮されているって」
霊「札に、ね」
萃「将棋の駒や囲碁の碁石、縄や竹だって使い勝手で遊び道具に変わる、そういう知恵に痺れるね」
霊「侍の刀、役人の書物、職人の道具もその人が働いているのか遊んでいるのか見分けるのに使えるわね」
萃「行動している姿が身分を、立ち振る舞いが性格を表す、人間も妖怪もそこだけははっきりわかる」
霊「今だったら、花札という遊び道具が、私と萃香が一緒に遊んでいるってことを、誰でも分かるようにしてくれているのね」
萃「その通りだ。しかも美しい絵柄、残酷なルール、華麗さと無慈悲を兼ねた余興だよ」
霊「決闘の妙ね」
文「藍さん、こちら動けます。八雲家製のスキマ通信機はちゃんと使えていますね」
藍「紫様の能力で支えられた連絡網だから当然……では、理想郷最速の烏天狗の疾風怒涛、ここで見せてもらっても構いませんが」
文「賢者が体を張っている訳ですか……久しぶりなので、そのまま外まで行きますね」
藍「中の様子はこちらからお伝えする。脱出してきた地下班と合流してほしい、もちろん」
文「本職を全うしてから、ですよね」
藍「ええ、それが博麗異変の要ですから」
ドドォン・・・・・・(大風の衝撃音)
城上階
リ「……んん?今のは?幽香、感じたかい?」
風「ええ、私のハラワタが鳴る音よ。腹の中で鼠が鳴いている」
リ「僕が下の様子を見てくるかい?幽香じきじきに行くのもまずいだろうし」
風「あなたは城の外を包囲して。賭博場へは私が下りる……今夜は楽しくなりそうね」
城地下
椛「魔理沙さん、上で始まったみたいですね」
魔「ああ、合図だ。このまま城がぶっつぶれてあたしたちも下敷きにならないといいが」
椛「烏天狗が巻き起こす風は竜巻、この城は風見幽香が暴れても壊れない硬さです」
魔「じゃあ安心して地底探検を楽しめるな。さっさと稗田阿求さんに雪を見せてやろう」
賭博場
萃「はあ!?勝負がぱあじゃねえか!誰だ入り口をちゃんと閉じておかんのは!」
霊「落ち着いて、伊吹萃香、今のは隙間風じゃないわ」
萃「なあに!?」
霊「決戦を始めるための一陣の風、開幕の幕をはためかせるつむじ風」
萃「訳知り顔だな……これからここで何かおっぱじめようってのか」
霊「ごめん。あんたとの勝負を蔑ろにして」
萃「気にスンナ。それよりも今からは観客側に回ったほうが身のためだよな?」
霊「ええそうね。……如何に観客を味方に付けられるか、如何に人気を集められるか、嫌悪感を与えるような勝ち方じゃ意味がない、そう思わない?」
萃「ごもっとも」
霊「理想郷の大妖怪と、復讐に燃える巫女、今こそ積年の因縁を晴らすとき、博麗の名に懸けていざ尋常に、表に出なさい!風見幽香!!!」
風「ははは、これはこれは驚いた。気づいていたのね、博麗の巫女、お久しぶり」
霊「ちゃんと名前で呼びなさい。私は博麗霊夢よ」
風「じゃあ霊夢、少し私の言いたいことを言わせてちょうだい?その決戦とやらを始める前にね……地上に咲く花はその鮮やかさから生の象徴であり、」
霊「いったい何を」
風「同時に花の儚さより死の象徴でもある。不思議よね。今の地上の花は、死の香りがぷんぷんするわ」
霊「だから何が言いたいのよ」
風「霊夢、あなたの中にあった種は立派に咲き誇ったわ。もう愛でたいくらいに、可憐に、優美に、艶やかに。あなたこそ私に抱かれて永遠に変わらぬ姿で造花になるのが相応しい」
霊「私とあんたじゃ人間と妖怪の禁断の愛よ。残念だけどプロポーズはお断りさせていただくわ」
風「ますます欲しくなるわね。その減らず口も、正義感も」
霊「うるさいわね、ここじゃ狭いから、目立つように上へ行くわ」
風「あら、今階段を下ってきたばっかりなのに……それにあなた、飛べないんじゃなかったかしら?」
霊「今は亀の神様が憑いているのよ。甲羅しかないけど!」
風「今度の巫女は変わっているわね。伝統も減ったくれもありゃしない、新時代の巫女」
霊「そんな気は全くしないんだけど!」
風「上まで行って何する気?」
霊「行けば分かるわ。ちょうど今は雪も止んでいるみたいだし好都合よ」
藍「伊吹萃香殿、こちらの計画の巻き添えで興を削いでしまい、すまない」
萃「なんだ九尾、あんたもグルか。興に関しては問題あるまい。これからもっと面白いことが見られそうだからな」
藍「私の計算では23%の確率でうまくいくんだがな……成功すればあなたも満足する世界が訪れるだろう」
萃「そりゃ楽しみだ。なんたって今日は遥か西洋では“くりすます”って言うんだぜ。神の子が生まれた日だ」
城地下
魔「八卦炉に最初からピッキング術式が仕込まれていたとは」
阿「森近さんがすることですから、霧雨店はあなたが居なくなって以来分裂していますよ」
魔「理想郷の情勢だ。風見幽香が君臨しているなら傘下に下るのも悪くない」
阿「今は彼女の家に不法侵入ですが」
魔「気づかれなきゃ泥棒はいない」
阿「理想郷に法律はありません。あなたの自律に何もかもかかっていますよ」
魔「あっきゅんの家からは盗まねえよ。理想郷の歴史には興味ないからな」
阿「あっきゅんって……人間と妖怪とのバランス関係が崩れたら理想郷は終わる、その時私たちの役目も終わりです」
魔「私たちじゃなく、私だろ?それにまだ楽になれると思うのは早計だぜ」
阿「私は一度見たものを忘れません。過去の戦乱の歴史も昨日のことのようです。あなたの言う巫女の計画が成功するのなら、いくらか希望は持てますね」
椛「ようやく繋がった。文さん、上の様子はどうですか?」
文「無事でしたか椛、たった今霊夢さんと風見が城の天上に迫っているところです」
椛「いい絵が撮れそうです?」
文「ええ、ばっちり、今もシャッターを切っています。椛、あなたには礼を言わないといけませんね。暗がりから私の手を引いてくれたあなたに」
椛「踏み出したのは文さん自身ですよ。私がしたことは最初だけです」
文「ありがとう、勇気ある白狼天狗がジャーナリストの魂に火をつけた、それが博麗霊夢の雄姿を世界に広める。あなたはただの橋渡し役ではありませんよ」
椛「私も警官でなく記者だったなら、文さんの記事を書きたいです」
文「新聞には自分の姿は出てきません。常に第三者でなければならないのです。さあ、そろそろ世紀の大相撲が始まりそうです。一旦切りますね、椛」
魔「おーい聞こえるか椛、こちら魔理沙、あっきゅんは無事に救出したぜ」
椛「はい聞こえます、魔理沙さん、おそらく城の最下層に辿りつきました、まずいです」
魔「どうした!?敵か!?」
椛「いいえ、今私が見ているものです。巨大な魔力炉と、蟲の大群が保管された倉庫です」
魔「魔力炉と、蟲?」
椛「幼虫の群れですが、あれは年越し虫です。大晦日に一斉に成長してハチのような成虫になり、その日のうちに子孫を残し死んでいく」
阿「今は地獄の深層にのみ生息する希少な妖怪蟲ですね。しかし仮にサナギから脱皮しても今の地上は三年の冬、年越し虫も花が無ければ栄養が無くて死んでしまいます」
魔「地獄には冬にも咲く花があるのか?」
阿「地獄に冬はないんですよ」
椛「どっちにしろ、蟲に大量の妖力を供給している魔力炉と、あと五日で破裂する時限爆弾みたいな蟲蔵があるということは、何かしらの策略の可能性が非常に高い」
魔「だな。情報は武器だぜ。持って帰らなきゃ意味がない。椛、例のポイントで落ち合おう」
椛「稗田さんの護衛、任せます。あとは上がうまくいけば作戦成功ですね」
城天上
風「ここからなら妖怪の山も人間の里も見える。巫女の無残な姿を晒すにはもってこいの場所ね」
霊「いいえ、ここは私の復讐を果たす場所よ、私を陥れようとしたあんたへの、あんたを生み出したし母さんを見殺しにした理想郷への、ね」
風「そしてあの日も私はここにいたわ。大砲を支えられる石垣の地盤。豊穣の祭りで賑わう人里に照準を定めるのにはもってこい場所」
霊「お前……!」
風「人里の大混乱を起こしておいて、再戦の危機に乗じて理想郷を乗っ取ったの。良い演出と脚本でしょう?あなたの母親の死も追い風になって助かったわ」
霊「何もかも最初から仕組んでいたのか、母さんが尽力したこの郷を奪うために計画を立てて、自分の手も汚さずに母さんを殺したのか」
風「ふふふ、あなたの心の中の種は立派に花開かせたようね。永遠に飾って愛でたいくらい。あの少年は後で食ったわ。手も汚れたわよ」
霊「私があんたの手のひらの上で踊っていようがどうだっていい。ここまで来たらやるだけよ。本当は分かっているわ。あんたが悪の権化じゃなくて別の正義だってことは。だけど私は私の正義を貫く。エゴで邪魔者を退かす。それくらいやらないと母さんにも追いつけない」
文「私もブランクを埋めるためのスクープをしないと椛に会わせる顔がありませんよ」
風「文屋がネタ探しのために紛れ込んだのかしら?」
藍「大妖怪がスキャンダルの特ダネでもあるまいし、何をイラついている?」
風「ここは私の家だ。不法侵入よ」
霊「理想郷に法律は無い。だけど一定のルールを作ることはできる。誰もが手段を問わず毒殺や暗殺、爆殺も厭わずに殺し合うこと、それが戦争よ。では戦いから悲惨さや恐怖を取り除くにはどうしたらいいのか。それは戦いの手段を固定すること」
風「最近の若者が言うことは分からないわね」
霊「良いから聞きなさい。お札だったら霊術戦、拳だったら肉弾戦、カメラだったら情報戦、手段に伴って対人戦闘の種類が変わることは卑怯な戦術や一方的な凌辱を生む。それを恐れて皆がお互いに自己紹介さえできはしない。人間と妖怪が共に暮らすにはまずはお互いを知ることが大切なのに阻まれている。そこで編み出したのが遊びながら戦うことよ」
風「遊び?」
霊「そうよ。この世で最も美しく、最も無駄な決闘法。知的で単純、競うのは力ではなく美しさ。使う手段は花札。一時的な博麗大結界が簡単な弾幕術式を万人に提供する」
風「何を……」
霊「……母さん、誰の血も見ない。これが私の復讐よ」
風「赤い牡丹みたいに綺麗な飛沫を上げるのかしら?恥じらいの巫女の鮮血は」
霊「風見幽香、あんた、花札のルール分かる?」
風「……ええ、賭けごとに興味は全くないけれどルールくらいは」
ブイーン・・・・・・(大結界の一部の起動音)
霊「じゃあ話が早い」
風「……弾幕、とか言っていたかしら。マシンガンやガトリング砲でも飛び出てくる?」
霊「鉄の塊は無愛想、この大結界の上で許されるのは立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、だけね」
風「演出家気取り?道化の巫女さん」
霊「舞台監督兼女優。ヒロインが負けるシナリオなんて誰も望まないの」
風「私と対峙していたら舞台と呼ぶより土俵が似合いそうだけど」
霊「寄り切りも押し出しも無いけれど、感情の勝負よ。思い描いた弾幕は感情の数量化そのもの。だから相手に感動させられたら負けなのよ。弾なんて誰でも避けられるし」
風「儀式めいていて、力士が塩を撒いたり節分の豆まきみたいだわ。それで、花札は?」
霊「オリジナルの札を作っていいわ。そしてこの遊びに参加するための条件、切符でもある」
風「こんな薄っぺらい金棒じゃ鬼も追い出せない」
霊「これはそんな暴力的な塊じゃない。いい?力んだところで無駄なだけ。師匠の怒りもひらりと躱せる美しさか、師匠に認めてもらいたい努力か」
風「世渡りのための遊びなら雀荘もでも行けば」
霊「指先だけでなく、体全体をダイナミックに使うのよ。体力、知力、想像力でね」
風「ふふふ、舞台だか土俵だか、あなたたちが用意した土台ごと壊してあげる」
霊「あなたには壊せないわ。一部とはいえ大結界、大妖怪にも手は出せない」
風「やはり裏があったわね。お仲間も文屋と八雲だけじゃないのでしょう。……ふふふ、自分の花を咲かせることのできる人は少ないわ、花を咲かせることは土の力なのだから」
霊「……私を咲かせたのはこの理想郷よ!さあ、花札との契約を交わせ、あんたの切り札を見せてみろ、風見幽香!」
風「これだけ挑発されたら乗るしかないわね。命令決闘とは、西洋の騎士か戦国の武士か」
霊「理想郷の競技者ね。三回勝負のお手付きは無し!……霊符『陰陽印』!!!」
風「呪符や護符もあるのかしら?……早速だけど季節外れの桜にお返ししてあげる。ふふふ、三精四季五行、60年の周期で巡れ、花符『理想郷の開花』」
シュババババババ……(弾幕音、グレイズ音)
文「霊夢さんが師匠の訓練から着想を経て、魔理沙さんがご友人に依頼し完成させたことは聞いていましたが」
藍「紫様が大結界を巫女に授けたことを忘れるな。あの風見幽香と対等に……いいや、そうなる仕掛けだったな」
城外
阿「……わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れくるかも」
魔「万葉集、大伴旅人だな。確かに雪か花弁かこれじゃあ分からんな」
椛「あの風見幽香に対して挑むなんて……本当に恐れ知らずな人だ、霊夢さん」
城上空
リグル「幽香……君の眼も鈍ったか?……巫女の口車にまんまと乗って笑っているんじゃ統治者として失格だよ。君ともここまでのようだね、残念だ」
城中庭
萃「うっひょ~!やっちまえ~博麗の巫女~!聖夜に花見酒だ~!」
人間の里
サニー「慧音先生、こっち来て見てくれ!」
慧「サニーミルク、こんな夜更けにいったい何を……見せ……なんてことだ、ルナサファイア、スターチャイルド、お前たちも里の皆を起こすのを手伝ってくれ!」
ルナ「合点!」
スター「承知!」
慧「……霊夢……」
貧民街
子「父さん、もう一回起きて!城の方が光っている!」
男「俺が帰った後に火事にでもなったのか?くだらん……」
城天上
ドドドーン・・・・・・(スペル終了音)
風「ふふふ、イメージの具現化とは、考えたわね」
霊「どうも」
風「妖怪が人間を喰らい、人間が妖怪を退治する。単純だった理想郷のルールも複雑になるのね」
霊「あんたの時代に適した形にするだけよ。これがその第一歩。大妖怪と巫女の演舞」
風「担がれたわけ。あなたは死者が出ない戦いをご所望らしいけれど、それは上手くいかないみたいね」
霊「……どうしてよ」
風「ふふふ、マリーゴールドの花言葉を知っている?」
霊「……知らないわよ」
風「『常に可愛らしい』」
藍「……!霊夢!危ない!」
文「霊夢さん、左!」
ボガン!(爆音)
霊「……ッ!きゃっ!……うぅ……」
風「直撃は逃れたみたいだけど、全身火傷で悶えて死になさい?ふふふ、あなたの負けね」
霊「……ぅぐ……づぁ……」
藍「霊夢!しっかりしろ!」
文「藍さん!いったいどうしたら……!」
風「思っていたよりも強力ね。クライアントの考えは分からないわ。……復讐なんて暗いこと考えたらダメよ。燃えて明るくならなくちゃ」
藍「くっ、紫様!」
文「あややややや!」
人間の里
サニー「どうしよう、霊夢さんが……」
ルナ「でも私たちはできることをしよう!」
スター「そうだよ、せっかくのみんなの頑張りを無駄にしないためにも」
サニー「そうだ、ルナとスターの言うとおりだ。よし!いっちょやってやろう!」
ルナ&スター「おう!」
子「ん?なんだあれ?」
三月精「号外だよ号外~~!」
子「天狗の新聞……?“博麗の巫女が帰ってきた”……?」
※人間の里……数千から数万の人々が暮らす理想郷最大規模の人間の集落、小さな山村などは理想郷内各地に点在しており、そこも人間の村の意味で人間の里と呼ばれることもあるが、主に認識されるのは上記一箇所のみである。霧雨店、寺子屋の他、繁華街、商店街、長屋街、貧困街、闇市などが存在する。街路や水路は整備されており、有識者や有力者による自治組織や、警察もある。霧の湖からは歩いて一時間ほどの距離で、妖怪の山や風見の城もよく見える。