そして少女は夢を見る   作:しんり

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第十二話

 夢の中に落ちていったと思ったら何故かあのマーリンに出会ってしまいました水谷響です。

 性格はまったくと言っていいほど違うのですが、似たものを感じてしまったのは誰にも言えやしませんね。言える相手もいませんけれど。

 彼と別れてから大分経ち、たぶん深夜から朝方にかけたどれかの時間で友人であるソラウと会うことはできました。繋がる前後は彼女以外とのラインを切っていたので基本的には完全に眠っている状態でしたが。

 

 疲労困憊の彼女ではありましたが、どうやらセイバーとランサーの一戦の約束をあの乱闘の最中にしており、会う直前にランサーが敗れたそうです。

 魔術師殺しのセイバー陣営の協力者(衛宮切嗣)対策として、防弾チョッキと、対物理障壁を張れる使いきり礼装を身につけた上で勝負に挑んだそうです。

 

 本当はあの乱闘の直後に倒れた私に駆け寄りたかったそうですが、英雄王がライダーのマスターに押し付けて帰っていくものだから出るに出られなかったとのこと。

 戦闘している近くに待機しているだなんて危ないと思うけれど、拠点が仮の物である以上守る上で離れている方が不安だと視認されない程度の距離にいたそうだ。

 距離があったとはいえ彼女に何事もなくてよかったです。

 

 それはそうとしても、ライダーのマスターにお礼を言いに行かないといけないな。ご迷惑をかけたこともお詫びしないと。

 改めて庇ってくれたことにもお礼を言おうっと。

 

 そう言ったらあんな無理矢理で無茶苦茶な結界を張ったんだから無理するなと言われてしまいました。

 優しい友人を持てて私は幸せです。

 婚約者さんに魔術師として興味を持たれたらしいですが、ソラウが『あなたほどの魔術師があんなにも才能のある子どもを調べたいとは言わないわね?』と凄んだらしいです。私の友人がこんなに強い。一応婚約者さんは聖杯戦争中の敵だし、ひとまずは対セイバー戦だと切り替えたらしいですが。

 

 まぁ、確かにあの結界は魔術回路フル回転のうえにアンデルセンの宝具による魂の拡張プラスをしてしまったので、肉体にかかった負荷も結界の張り方としても類を見ないだろう。魔術師から見ればそれはそれは気になることでしょうとも。それくらいはわかります。

 ん、肉体の負荷を考えるにもしかしたら起きても動けない可能性が……? いやいや、まだ考えないでおこう。

 

 ランサーが敗れたため、ソラウたちは早々に帰国してしまうとのことだ。

 ランサーが敗れたというのに射撃されたそうなので、礼装がなければ本当に危なかったらしい。

 婚約者がかの城を襲った際の魔術師殺しによって魔術回路めちゃくちゃになってしまったこともかなり問題だそうだ。

 次代に刻印を継ぐためにも殺されるよりも前に離れてしまうとのことで、すでに冬木から離れた他県に移っていると言っていた。

 聖杯戦争の途中だし、追ってはいかないはずだ。アサシンとランサーが脱落しただけだし、衛宮切嗣もその仲間も、そちらから手を離すことはできないはずだと踏んでいるそうです。

 それでも気を付けてねとはソラウに念押ししましたが。

 

 そしてお別れして、私の目が覚める。

 目覚めた、のだけども。

 

「マスター、目が覚めたのか」

「アンデルセン……おはよう?」

 

 アンデルセンに挨拶を返しながらベッドの横の時計を確認して、思わず呻いてしまった。

 なんと。お昼も近いではないか。

 

「魔力の不足で熱が出たようだ。お前の母が朝様子を見て慌てたようだが、休みをとって今はキッチンにいるぞ。どうする」

「ん……、そう、だねぇ」

 

 上体を起こして、足を動かそうとする。いいや、動かそうとしたのだけど。

 

「足、動かない……。無理しすぎたかなぁ……」

 

 自分の体を見下ろして確認するが、やはりうまく神経が接続できていない。魔力を動かして繋げてみるが、どうにも足は動く気配を見せない。

 

「ふむ、あんなに盛大な魔力行使をしておいて存外回復しているようだな。魔力の生成量が多いのかもしれないな。普通の人間とは並外れてるが」

 

 私が魔力を操作するのをまじまじと見ながら、アンデルセンはそう言った。

 その言葉に首を傾げて自分の体を見下ろすけれど、何時もよりは少ないなぁという程度しかわからない。

 

「そう、なんだ? 自覚はあんまりないけど。……うん、でも今日は殆ど動けないかも。足、すごく痛い」

「そういえばギルガメッシュも少しばかりやってしまったかとでもいうような顔をしていたな。たいそう見物だったぞ、あれは」

 

 愉しそうなアンデルセンに笑って、体から力を抜いて横たわる。

 そんな私を見て、彼は私の勉強机に座った。何時もとは反対の場所に、何でだか笑みが浮かんでくる。

 見咎められたら拗ねられてしまいそうなので布団を口元に引き上げて視線を天井に向ける。

 

 途端に、眠気が再び襲ってきた。

 これはたぶん、一種の防衛反応なのだろう。魔力を回復するのに睡眠、食事は基本だ。その他の方法は押して知るべし。残る三大欲求である。私は前者二つの欲が大きいのですけどね。

 

「響、入るわよ」

「ん……」

 

 母の声に閉じかけた瞼を押し上げて、こてんと首を横に向ける。

 アンデルセンはすでに霊体化して姿を消してしまっていた。こういう時は素早いんだよね。

 

「起きていたのね、良かった……。もう、心配したのよ? まったく目が覚めないし熱もあるし……、時折咳き込んでいたから風邪だとは思うけど。昨日はウェイバー君が連れ帰ってくれたからよかったけど、疲れたからってベッド以外で寝るのはダメよ! いいわね?」

「……うん、ごめんねお母さん」

「体調が悪かったのなら早めに言うのよ? 響はそういうの言わないから心配だわ。でもウェイバー君にはお礼を言うのを忘れないようにね」

「うん……わかった」

 

 たぶんライダーのマスターさんが母に暗示でもかけたのだろう。

 そのわりに本名を名乗るのは迂闊というか、なんというか? いや、悪いこととは言わないけどね。

 

「さて、起きているのならすぐにお粥を持ってくるわね」

「はーい」

 

 優しく微笑みを残し、母が部屋を出ていく。

 それを見送って、喉の違和感を咳で追い出す。

 

「うぅ……風邪っていわれたら、気にしてなかった頭痛が戻ってきた。……魔力、もう少し普段から使うことにしよう」

『普段から魔術回路に魔力を殆ど通していないから痛むのだろうな。まぁそれでもあんなのができる俺のマスターは中々やらかしてる感はあるが』

「やらかしたとか、酷い言い様……」

 

 いやそれでも自覚がないわけでないよ、勿論。世の中の『普通』の魔術師からすれば研究したい一品ではあるだろうし。眼がいいわけではないが、彼らの目指すものを単一でなしえることが可能な存在など、現代にはそう存在しないだろうし。

 でもわざわざやろうとするのがよくわからないのですけどね、私には。

 

 すぐに戻ってくる足音が聞こえて、アンデルセンが口を閉ざす。

 私は部屋に入ってくるお母さんを見ながら上半身を起き上がらせる。

 

「はい響、自分で食べられそう?」

「うん、大丈夫だよ。お母さん、今日はごめんね」

「いいのよ、気にしなくて。じゃあまた後で器を取りにくるから、食べたらゆっくり寝るのよ。いいわね?」

「はぁい」

 

 頷いた私の膝の上にほかほかの丼が置かれる。

 背中が楽になるようにとクッションを置いてくれたので、少し力を抜いてもたれ掛かる。

 それを見てレンゲを渡され、それじゃあと私の頭を撫でて再び母は部屋を出ていった。たぶん、普段土日にしかできていない、それも時間がある時しかできない掃除をするつもりなのだろう。

 たんたん、と階段をおりていく音を聞いて、レンゲを器にいれる。

 

「ふぅ」

 

 あまり熱々のものは得意ではないので掬いあげたそれにふぅふぅと息を吹き掛けます。

 程よく冷めたらぱくりと口に含み軽く咀嚼して飲み込み、それを器が空になるまで繰り返すだけです。

 

 ちょっとずつ掬っては食べてとしていくけれど、段々と疲れてきて腕を上げるのも億劫だ。

 

「アンデルセーン? 腕疲れてきたから食べさせてくれたりとか、しない?」

 

 そこで椅子に座っているアンデルセンをちらりと窺うと、驚いた顔をした後フンと鼻で笑われた。

 

「馬鹿め、俺にその経験がないとでも思ったか? ……当然ないから謹んでさせてもらうとも! 物語を書くのにネタがあるのとないのでは雲泥の差だからな! ちなみに、対価として諸々をお前を参考に書いてもいいかマスター」

「なぁにそれ。アンデルセンってばほんと突然だね。どこで何の話を出すのかは知らないけど、私個人の名前出さないのと、個人の特定できる要素の排除は絶対だよ? 書いても面白いものになるとも思えないけど。ということで、ちゃんと冷まして食べさせてね」

 

 わかったと嬉々とした表情で頷いたアンデルセンが中身が半分ほどになった器とレンゲを受け取って、先程の私と同様に冷まして口にまで運んでくれる。

 うむうむ、手も疲れないし照れてるような何とも言えない顔をしているのを見るのはいい。アンデルセンは見目が少年だし、私もまだ幼いから、第三者視点が見たらきっと微笑ましい光景なんでしょうね。

 別に彼をからかって遊んでいるわけではないんですよ? いえ、そういう刹那的な楽しみは大事ですし反応を楽しんでいるのも確かですけど。

 

 さて、食べ終わったら少しだけ時間をおいて横になります。冗談半分にアンデルセンに添い寝するかと尋ねたら「貴様は娼婦か何かか!」と吐き捨てて霊体化されました。これは確実に照れと貞操観念の有無についての言葉だったのでしょうね。面白い反応です。

 

「ふふ、おやすみ、アンデルセン」

 

 返ってこない返事は想定の通り。

 そのまま目を閉じて、意識を精神へと落とし込みます。

 

  目を開いて何時もの白い空間であることを確認しましたら、まずすることは肉体のスキャンをすることです。

 ソラウに会う以外は寝ていたので、今からやることになりました。別にいつでもできることだしと後回しにしていたので仕方ありません。

 母はああ言ってましたが、基本的に体調管理はここで問題なくできております。

 ただ昨日のような事態は滅多に起きることのないことですから、自身の肉体の脆さが前面に出てしまいました。少しだけ反省です。

 

 いいえ、それはいいのです。

 確認したところ、魔力も消費量の三分の一ほど回復しているようで、後一日は大人しくしておけば確実に回復しそうです。

 発熱も今日の内に治まることでしょうし、頭痛も同様ですね。

 要は至る箇所の魔力が不足してしまったというだけですから。体内を循環するために供給が止まり、そういった現象が起きてしまうようですね。

 

 アンデルセンに書いてもらった効果を確認してみたら、魂の拡張に、魔力回復速度の向上と抗魔力の上昇となっていました。

 

 だからきっと戦闘での魔力の余波にライダーの固有結界の時よりも耐えられたのかもしれませんね。

 とはいえ、彼もまだ構想途中であったから中途な出来上がりになってしまったと嘆いているようですけれど。

 無理に頼んだのは私ですが、それでも聖杯戦争の終了に間に合う気がしませんのでそれでよかったのかもしれません。

 

 本当に最後まで書くことができるのかはわかりませんが、彼の書く物語を楽しみにしておきましょう。

 人の作るものに価値のないものなどありませんからね。

 

「ああ……駄目ですね。そろそろ精神も切り替えをしなければ」

 

 どうにも、昨日の戦闘の影響かはわかりませんが私の自意識が水谷響とは外れてきてしまっています。

 決して離れきるわけではないのですが、あまり家族を不安にさせるわけにもいきません。

 ベースの人格に近づくのも、魂に近づくのも、水谷響という子供には相応しくありませんから。改めて私の記憶を引き出さなかった記録にある、年頃の子供という情報をインストールしましょう。

 ……もしかしたら、ギルガメッシュは私のこの、人とは違う部分を確かめているのかもしれませんね。あくまでも予測の範囲を越えませんけれど。

 

 いや、でも間違ってはいないです。

 私は人らしい感情を備えてはいますが、根本的に全てを封じた私の記録を基にしたデータ群でなりたっています。そのどれも結局のところ私でしかありませんが。

 ただ、どうしても普通の人間とは違う……と思うので、見る人が見れば破綻している、と思われるのでしょうね。幾度かそんな記録があります。

 それでも、古い魂の記録から考えれば今の水谷響という私は随分と人らしく近づけているとは思いますけれど。

 

 さて、確認も済んだことですしそろそろ意識を眠りにつかせるとします。流石にこのままですと回復の速度も少しばかり下がってしまいますからね。

 

 起きてからすることといえば、だいたいの事情に通じているのは英雄王その人でしょうから、もし来たのならば話をしましょう。

 もし来なかったら、使い魔でライダーのマスターを探してみるといたしましょう。

 


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