そして少女は夢を見る   作:しんり

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第十三話

 目覚めてすぐ、足が動くのを確認できました。おはようございますこんにちは、水谷響でございます。

 戦争に終わりが近いと勘が告げています。いいえ、どちらかと言うならば確信というものでしょうね。

 

 昨日はご飯を食べる他は基本寝ていましたが、本日は朝起きたところ母は熱の下がった私をそれでも心配して学校を休みなさいと、念には念を入れて来週から学校にいこうねと言いました。

 「わかった」と頷いた私だけれど、微笑んだ母の……いいえ、暖かな平穏の裏にそれは足音をさせずに忍び寄ってきているようです。

 それはたぶん、その未来のひとつを識っているからこそ判じているのでしょう。私という存在は在れども、私の……私とアンデルセンという存在ではその未来を変じさせることは不可能というものです。それは、間違いなく。

 非力な子供の力では、その大きな運命の流れを変えることはできません。

 

「ほほう、随分中身が成長したではないか童子」

「王様」

 

 一人でも大丈夫だからと送り出した母が会社に出勤前に作りおいてくれていたお昼の食事をおえて部屋に戻った私を出迎えたのは、勉強机に座るアンデルセンとベッドに躊躇いなく寝転がって肘をついているギルガメッシュだった。

 思わずアンデルセンとギルガメッシュを見比べてしまったのは無理ないだろう。完全に不法侵入者だ。霊体化できるサーヴァントに鍵もへったくれもないですけど。

 結界なんて、一応部屋に張ってあっても効果は一度くらい攻撃を防ぐというだけのものだから入るのも容易だろうし。

 

「……聖杯戦争もだいぶ進んだみたいだけど、ここにきても良かったの?」

 

 座る場所はないかと仕方なくギルガメッシュが寝転ぶ足元近くのベッドの淵に腰をかけて、聞いてみたいことを聞いてみる。

 彼は金色の杯を寝ころんだまま傾けて中身を仰ぎ、愉しそうに笑って答えた。

 

「なに、我のマスターが代わったものでな。あやつは我が自由に動き回るのもまたよしとしている」

「そうなんだ。……じゃあ、遠坂のマスターさんは亡くなったんだね」

「ああ。見知らぬ人間の死を嘆くか? 響」

 

 英雄王が猛禽類みたいな鋭い視線を向けてくるが、私は首を傾げるだけです。だって、質問の意味が理解できないです。

 

「……知らない人の死を嘆くほど、私という人間は出来ていません」

「ほう、そうか。……では肉親ではどうだ?」

「お母さんたち、ですか? それは悲しいと思います。死は誰しもに訪れますが、やはり別離の時というのはどうしても悲しくなってしまうものです。私とて、それは例外ではありません」

 

 視線に負けることもなく、私はそう言います。しばらくじっと見つめられていましたが、何やら満足そうにギルガメッシュは頷きました。

 そして、私に杯を示して酌をしろと言ってきます。自由で勝手がすぎる王様です。

 

「やはり貴様は我の目に敵うに値する小娘よな。貴様ほどの素材が未だこの世に生まれ落ちるとは、中々この時代も悪くない! 何より、人の作った娯楽の品はよい。……まぁ剪定は必要であるとは思うがな」

 

 お酒を仰ぎつつのお言葉である。

 まったく、人間の作るものには価値は見出だしていながら増えすぎたからよくないなんて、横暴だと思うよね。

 まぁ私はそれが悪いとも言えませんが。 一応一人残らず殺すとは言ってないですからね。

 ……もし残らず殺すと言っても、世界の抑止力が働くでしょうけれど。

 それに私はわかります。彼は少なからず人の営みというのを愛していると。暴君ではありましたが、それでも敬われた王様です。人とは価値あるものを記し残してきた生き物ですからね。

 

「キャスター、貴様先の戦いで物語を綴っていただろう。完成はしたのか?」

「残念ながら未完成だ英雄王。しかし俺にしては珍しく今は筆が乗っている。完成まで二日といらんだろうよ」

「そうなんだ。でもアンデルセン、一番に見せるのは私だからね?」

「ああ、そのつもりだがマスター」

「なんだと? ……ふむ。では響、見終わったならば我に読み聞かせるがよい」

 

 ふふん、と更に上機嫌になった英雄王に追加された酒壺を傾ける。

 まったく。何が彼の機嫌をそこまで上げるのか。……まぁたぶん新しく代わったマスターと、私たちキャスター陣営が愉しいからだろうけど。

 

「では書き終わったならば此度の聖杯戦争での貴様の役割は終わると言うわけか」

「まぁそうなるだろうと思うが」

「そうだね。アンデルセンってば書き終わったら座に帰るって最初の頃から言ってたもんねー。……あれ、でも王様、何時の間にそれ聞いたの? あの王様たちの宴のあと?」

 

 「そうだ」と、頷いた王様にやっぱり男同士の通じ合う何かがあったんだろうなと思う。

 

「さて、飲み終わったところでそろそろゆくとするか。響、そしてキャスター。終わりの時まで三日とないと我は予想している。ゆめ、約束を違えるでないぞ?」

 

 最後の一滴まで注いだ杯を一気に仰ぎ飲み干して、ギルガメッシュは高笑いと共に霊体化していきました。

 ついでに押し付けるように土産だとブランデー入りのチョコレートを貰ったのですが嫌がらせなのでしょうかね?

 それはアンデルセンにたぶん先払いの褒美って意味だと思うということで渡しました。私には食べられないから仕方ないですね。

 

「じゃあちょっと鳥形の使い魔作るのを手伝ってね、アンデルセン」

「何のために作る? 特に戦闘の気配もないだろう」

「ライダーのマスターさんにお礼の手紙を書こうと思ってね。月曜日まで外には出ないし、お母さんも出てほしくないみたいだから。せめて手紙でお礼をしようかと」

 

 私の発言に僅かに呆れたような顔をされたが、気にせず拙い文字で英文を紙に書いていきます。

 便箋は桜模様の優しい色合いです。日本の文化に触れてほしいですからね。時季じゃないのはわかっているのですが、手紙なのだからいいでしょう。

 折角ならライダーもマスターさんもこの地に伝わる物を見ておいて欲しいというただの私の我が儘だし。

 

 ギルガメッシュはこのまま最後まで進めば、きっと見ることになるでしょう。記録にある未来と相違がなければ、ですが。

 ソラウはもう帰ってしまいましたが、夢でなく現実でいつか見せる機会があればいいなとは思います。

 

「はい。ちょっと校正してね」

「俺は編集ではないぞ? いや、人の書くものを見るのが嫌いなわけではないが」

 

 書き終わったものを見せれば、アンデルセンはさっと目を通して文法が合ってないところを指摘してくれる。

 流石は童話作家。自分が言われただろうことを言ってくる。

 

「うん、ありがとう」

 

 合格をもらったので折りたたんで丸めて小筒に入れる。小筒は使い魔の作り方を応用してあります。アンデルセンと共同で作った鳥の使い魔の足に手紙を入れた小筒をリボンで何重か巻き付けてくくり、ライダーのマスターの元へ行くように命令する。

 そして窓を開けると勢いよく飛び立ち、見る間に青い空に溶け込んでいきました。

 

 折角だしと暇潰しをかねて使い魔の目を借りて冬木市を見下ろします。

 広がった景色は見慣れているはずなのに不思議と知らない場所を見ている気分だ。まぁ普段見ることのない景色だからだろうけど。

 

 しばらく飛び、使い魔はライダーのマスターがいるらしき木立の中に入っていく。使い魔と彼の繋がりをつなげたので迷うことはない。

 バサバサと小枝にとまって、眼下で寝袋に入って寝ているライダーのマスターが見える。

 しかし完全に寝入ってしまっている様子なので、ライダーがいないかと地面に降り立たせる。

 

『ライダー、イスカンダル王。いませんかー? キャスターのマスターです』

 

 少しだけ魔力を調整し、使い魔を通して声を発すると、ライダーは実体化して首を傾げた。

 使い魔を一度空に浮くように命令し、その肩に乗せると「おお」と驚いたような声があがる。

 

『母に出かけるのを禁止されちゃったから、かわりに使い魔でお手紙を届けにきたんです。この鳥にくくりつけてるので、取ってください。桜の便箋で、お二人に目で日本を知ってもらえたら嬉しいな』

「そうかそうか。余のマスター宛でよいのか?」

『うん、起きたら渡してください。それとライダーはこの使い魔を彼の眼が覚めるまで持ってると、少しは魔力を吸えますよ。私からのお礼です』

「うん? そんな礼をされることはしとらんがなぁ」

 

 首をしきりに傾げるライダーに軽く笑ってしまう。

 惚けたふりをしているのかと思いつつそれに答える。

 

『ギルガメッシュとバーサーカーたちの戦闘の余波を遮ってくれたから、そのお礼です。マスターさんは送ってくれたし庇ってくれたし、感謝感激です。マスターさんは私が倒れてもキャスターを倒すように言わなかったのもポイントアップですよ。本当にありがとうございます』

「よせよせ、その程度のこと気にせんでもよい! 幼げな戦いも知らぬ子供を害そうなどと思えぬしな。それにキャスターのマスター。お前は聖杯を望んでるようには見えなんだ。余がギルガメッシュを征した暁には余の臣下に下ってもよいぞ? あの英雄王にも一目おかれたあの魔術! あれがもうちと派手であれば文句なしだが。うむ、しかしキャスターめ共々物怖じしないところとか、その年頃にしては見所がある」

 

 楽しそうに笑い声をあげるライダーに、から笑いが浮かんでしまう。

 まったくもって、王様というのはどうしてこう個性が強いのかな? セイバーも遠目でみてもきりっとした美人だし。というのは話に脈略がないか。

 

『それはマスターさんに言ってあげてください。私も、アンデルセンも臣下にというのはお断りいたしますから。私にはそういうの考えてないですし。アンデルセンは……編集はもういらん、今は〆切に追われずにいられるのを堪能させろと言ってますので』

「そうか、残念だなぁ……。此度の聖杯戦争では振られてばかりだのぅ」

『まぁ……皆だいたいは何かしら望みを持ってたり仕える人がいたりとかしますからね。仕方ないですよ』

 

 そんな感じでライダーの肩に使い魔をとまらせたまま会話をします。

 現実でアンデルセンがああだこうだと文句をつけたりしてくるのに回線が混じったまま反論したりしてると「仲がいいのはよいことだ」と笑われたりした。

 私のサーヴァント殿は反論したいようだが、私は「そうでしょう」といっておいた。嫌味たっぷり皮肉たっぷりな言葉は返ってくるけど、本気で嫌がってはいないからアンデルセンはやっぱりツンデレだと思います。

 

 太陽がだいぶ傾いた頃、だいぶ使い魔の魔力が尽きてきたのもあってお別れします。

 きっと、彼とはもう会えない気がするので、ここで話すことができたのはある意味よかったかもしれない。

 ライダーのマスターも目が覚めそうなので、ちょうどいいだろう。

 

『またいつか、会えることを期待してます』

「おおさ。勝ち上がる余を遠くから見ておるがよい!」

『ギルガメッシュは強いと思います。だから……うん。ご武運を、征服王。私はどちらが勝とうが構いませんが、何にしてもあなたの心が晴れやかなまま終わるのを願ってます。それじゃあ、さようなら。マスターさん、ウェイバーさんにもよろしくお伝えください』

 

 そう残して、使い魔との接続を切る。その後は自爆させるだけなので周囲に被害の及ばない上空に行って自爆の命令をしておく。

 

 眼を開けて時計を見ればそろそろ姉が帰ってくる時間だなと思い横にしていた体を起こした。

 そこへちょうどよく部屋の扉が軽くノックされて、返事を待つことなくすぐに開く。

 ひょいと顔を覗かせた姉と数度会話をかわして、安心した顔をして姉は自分の部屋に戻っていった。母も姉も、心配性ですよね。

 それ自体はとても嬉しいし、くすぐったく思えます。

 

 気がついていないだけとはいえ、家族はこんな私を好いてくれていますから。感謝の念が絶えません。

 私もこの環境は、とてもよい、そして私の魂の記録の中では特に幸福なものだと思っています。

 

 少しでも長く、この生活が続けばとても嬉しいです。

 例え叶わないことだとしても、それでも願わずにはいられませんでした。

 


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