そして少女は夢を見る   作:しんり

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第七話

 とある教師に教材の運搬を願われ、腕の中に何冊もの本を抱えながらどうにか階段をあがると見知った同級生の姿がありました。

 

「間桐君?」 

 

 放課後で人が少ないとはいえあまりに不審な様子に思わず立ち止まって声をかけます。

 すると何かを覗き見るように廊下の向こうを見ていた彼はびくんと肩をはねさせ、勢いよく振り返ってきました。

 

「な、なんだ、水谷か。驚かせるんじゃないよ」

「ごめんね。どうしたの? ここ、一年の階だよね。……あ、妹さんがいるものね。なるほど」

「はぁ?! 何一人で納得してるんだよ! 僕は別に、桜のことなんかを気にしてる訳じゃない! ……というかお前こそ、衛宮の真似でもしてるのか?そんな大荷物持って」

 

 動揺したのを隠すためかウェーブがかった髪を気障ったらしい仕草で掻き上げて、笑みを浮かべて見せた同級生、間桐慎二君に私は苦笑する。

 実は彼とは中学の頃から異性の中では比較的良く話をする間柄なのです。勿論、彼の取り巻きほどではないですけれど。

 

 言う必要のないことだと思いますが補足しておくと、かつての災害で私の通っていた学校もなくなっていて、伯父の家に迎えられた後から深山町の方にある小学校に通いました。

 その後は以前言ったとおり一方的ではありますが、あまりに従兄弟と険悪な関係となってしまったので新都側の、今住んでいる教会近くにある祖父母の家で暮らすことになったのです。

 そして通っている小学校が深山町だったのでそのままそちらの中学に進み、この穂群原学園に進学し、今に至ります。

 

 なので彼の口にした衛宮君もまた、拾った人に違いがあっても同じような流れでしょう。いえ、本当は別に新都にある高校でも私はよかったのですけどね。

 とにかくその関係もあって新都の災害にあった可哀想な子供として扱われ、色々あって衛宮に庇われたりして彼とはただの同級生以上、友達未満のなんとも言えない繋がりを持っています。

 そして何かと私を気にかける衛宮と、とある時期からその友人となった間桐で話をするようになった、という経緯があります。

 それでも友達とは言い切れないのは、話をすることはあっても個人的に遊びに行ったりだとか家にお邪魔するだとか、そも学校外では会うこともないためです。

 

「衛宮君の真似というわけではないのだけど……たまたま先生に頼まれてしまってね。流石に先生からお願いされては、断れないじゃない?」

 

 逸れかかった思考を現在に巻き戻し、肩を上下させてどうしようもなかったのだとアピールして見せる。

 「ふーん」とやや流すように、興味ないというようにちらりと私の腕の中にあるそれを見た間桐は、数歩の距離を大股で近づいてきたかと思えば乱暴な動作で持っていた本の三分の二程を奪い取ってしまう。

 思わず瞬きを繰り返していると、少しだけ不機嫌な面持ちで「何だよ?」と言われた。

 何って、どちらかと言えば私の方がどうかしたのかと聞きたいのですけど。

 

「……ううん。ありがとう、間桐君。これ、資料室までなんだ」

 

 それでも、彼のことです。

 何だかんだ付き合いがいいので、今日は気が向いたということなのでしょう。

 流石に本を何冊も腕に抱えていると疲れたため、彼の行為はとても有り難いものです。

 

「ゲッ、こっから正反対じゃん。お前ついてない奴だな、相変わらず」

 

 呆れ半分に溜め息を吐いた間桐に、私は「そうかもね」と返して笑います。

 先生に教材の運搬を頼まれたのが私じゃなくて衛宮だったら、たぶん彼は手伝わず後ろを付いていきながら文句を言っていたでしょうね。

 いや……ここのところ彼は少し荒れている様子だったので怒って別の方向へと向かってしまうかもしれませんが。

 

「そういえばさぁ、こないだ……」

 

 彼の取り巻きのような華やいだものではないけれど、私と間桐は男女のそれよりどちらかと言うならば男同士のような雰囲気で隣り合って歩きながらとりとめのない話をします。

 私が聞き手に回ってばかりではあるものの、お喋りが好きな方である間桐は気にせず話を続けている。

 たまに口を挟むように反対のことを口にすれば「分かってないな」と馬鹿にしたように言われたりもしますけど、別に私は気にしないので概ね間桐との会話に不和は生じません。

 

 ただ、ひとつ問題があるとするならば私の背後を霊体化してついてくるハサンがこいつは嫌いと言っていることぐらいですかね。

 問題らしい問題でもないですが。そこは個人間の相性ですし。

 

「はぁ、誰かさんのせいで無駄な労働をして疲れたな」

「本当にありがとね、間桐君。そんなこと言いながらも手伝ってくれた君へのお礼に百円あげるから帰りにジュースでも買いなよ」

「フン、要らないよ、そんなもの。水谷に奢られるほど、僕が貧乏なわけないだろ」

「そう? まぁそう言うのなら今度のバレンタインデー、追加で一つ増やすことで手を打とうか」

「はいはい。なら今年は量産クッキーなんて手抜きはやめろよ。あ、タルトでもいいよ」

「じゃあチョコチップ入りのパウンドケーキにしておくね」

「また一個だけ辛子入りとかするのはやめろよ、お前」

「だからあれは事故なんだって」

 

 教材を置きながらそんなやり取りをしながら、資料室を出る。

 資料室の扉に鍵を差し込むと、くるりと背を向けて間桐は一人先に歩き出す。

 私はその隣に急ぐことなく「また明日ね」と声をかけるだけに留めると、片手をひらりと振り返されました。

 

 暫くの沈黙。そして人の気配が途絶えた頃合い。

 ハサンが気配は遮断したまま霊体化をわざわざ解いて言います。

 

「アレ、殺してもいいですか」

「ダメ。私のために怒ってくれるハサンはいい子だけど、彼のあれは最早性分だからねぇ、聞き流してくれたらいいんだよ。あ、別に嫌いなら嫌いなままで構わないけど」

 

 私や衛宮や、それから他のことをよく小馬鹿にする発言を繰り返す間桐ですので、私のことでハサンが怒っているのは明白です。

 何だか家以外ではハサンを拗ねさせてばかりの気がしますが、それでもダメなものはダメです。

 

「よしよし。それでも我慢して私の言うことを聞いてくれるハサンは本当にいい子だよ」

 

 紫色の髪に手を伸ばして撫でると唇を尖らせて拗ねられました。本当に可愛い子です。

 

「ふふふ、いい子ーいい子ー」

「うぅ……面白がっていませんか、響様」

 

 ずっと撫でていると照れと嬉しさからか頬を赤くしたハサンでしたが、もっとしてほしいとばかりに片膝をついて頭を傾けてきました。

 本当に可愛くて仕方ない子ですね。

 

「今日の晩御飯はハサンの好きなものにするとしましょう。何が好き?」

「あなたが作るものならば、何でも好きです」

 

 嬉しいことを言ってくれるのでお礼にその頭を抱えるように抱き締めます。

 

「響様……」

 

 不機嫌などなかったかのように幸せだと言わんばかりのほわっとした蕩けた声で名前を呼んできたハサンは、ゆっくり私の背中に手を回してきゅうっと優しく締め付けてくる。

 私は片手をそのまま肩に回し、もう片方の手で犬にするように頭をわしゃわしゃと撫で回す。

 紫の髪が乱れてあっちへこっちへと跳ねるけれど、そんなもの後で直せばいいことです。

 

 しかし、あまり長く霊体化を解いたままだと、いらない問題が起きてしまいそうですね。

 少しばかり惜しい気もしますが両手を離してその髪を手櫛で整えてやり、「ハサン」と名前を呼ぶ。

 上目に私を見上げたハサンは少しだけ口ごもり、小さな声で要望を口にした。

 

「……グラタンが、食べたいです」

「うんうん。了解しました」

 

 私の了承と共に腕から力を抜いたハサンが唇に笑みをのせて霊体化する。

 これは王様に気分ではなかったとか文句を言われようとも作るしかありませんね。

 何、王様とて美味しければ文句は言わないのですから、黙らせてしまえばいいのです。もう昔みたいに文句は言わせませんとも。

 

 そう考えるとなんだか面白く思えてきて、早く鍵を職員室に返しに行こうと資料室を後にする。その前に職員室に行く前に教室に寄って鞄を持ち、階段を上る手間を省きます。

 それから職員室の先生に声をかけて鍵を返却し終われば、後は素直に帰るだけ。

 

 運動部の部活の邪魔にならないようにグラウンドの周りを大回りに、けれど道の真ん中に出すぎて走り込みの邪魔にはならないように歩きつつ、何気なく周囲を眺める。

 すると、弓道場の方で赤い色が見えました。

 歩みは止めずに眺めると、それが二年生の中でも優等生と有名な遠坂凛だとはっきりと認識できます。

 遠坂さんは赤色の物を身につけているのをよく見かけるので、赤といえば……と思ったのですが思った通りですね。いえ、それが何だと言われてもそれまでなんですけど。

 あぁでも、間桐はなにかと遠坂について言っていたし、彼にとって目立つ存在というのは気に食わないのでしょうね、恐らくは。

 

 遠坂からも視線を外して、校門の方を向けば丁度よくグラウンドの外周を走る野球部が来たので端に寄ります。

 走り込みはグラウンドの外周か、校舎周りかのどちらかが使われていますが、タイミングによって二つの部がかち合って人数が多くなったりします。運動部の人は凄いなぁと感心してしまいますよね。私は運動が苦手ですし。

 

「ふっ、くしゅん!」

 

 鼻がむずむずとし、堪えきれないくしゃみをしてしまう。

 今日は生憎の曇り空で、寒さが足から体の芯まで染み込んできます。

 ずず、と鼻水をすすりつつ、風邪を引いてしまったかもしれないな、とぼんやりと考える。

 

『早く帰りましょう、響様。今日は特に冷え込んでますから』

『うん、そうだねぇ』

 

 明日は起きたら体温を計りましょうか。もしも風邪を引いていたら周りにも迷惑でしょうし。

 それに風邪を引くと王様が文句を言いながら家に居座るから、よくありません。

 

「あぁでも……もうなくなってた気がするし、マカロニを買わないとね」

 

 ついでに他の買う物を考えながら、校門を出て坂道をくだります。

 それに、そうだ。日曜日にキャスターと会えるか使い魔を送ろう。彼女とはもっと、話をしてみたいと思います。

 お互い聖杯戦争が本格的に始まっていないとはいえ、目立つべきではありませんが。それでも、彼女と話せば得られるものがある気がしますから。……戦わないという約束も、後一週間程のものですからね。

 それならばどれだけ時間がかかっても問題ないように日曜日に予定を組み込むのが一番です。

 


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