そして少女は夢を見る   作:しんり

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第九話

 昨日一日寝たことで風邪も治り、キャスターと会うという予定も問題なく行えそうです。

 結局殆ど寝た状態だったのでハサンには心配をかけてしまいましたが、顔色が戻っていることに安心してくれたようで良かったです。

 心配をかけさせたいわけではありませんからね。

 

 柳洞寺のある円蔵山の麓まで着き、足を止めて山の上を見上げます。

 ……やはりお寺の山門まで遠いですね。

 

「……私がキャスターを呼んできます。マスターは少し休憩してください」

 

 先日は伯父の家に立ち寄ったりしていたのですが、今日は殆ど休むことなく直接こちらまで歩いてきたので少しばかり息があがってしまいました。

 学校に殆ど毎日通っていようと、疲れるものは疲れるのです。体力をつけたいとは思いますが、つかないものはつかないので仕方ありませんね。

 

 疲れた顔を隠せない私に見かねたハサンが出した提案に、頼むと頷いて私は階段の一番下の段にハンカチを敷いてそこに腰かけます。

 はぁ、と冬の空気に白く煙る息を吐き出しながら寒さにかじかむ手を擦り合わせる。

 そうしながらもぼんやりと澄みわたる冬空を見上げてぐす、と鼻をすする。

 

「はぁぁ……」

 

 手のひらに息を吐き出して僅かな暖をとって指を組み、肘を膝につけてじっと二人が下りてくるのを待ちます。

 びゅう、と吹き抜ける風が背中に垂れたマフラーの端を巻き上げる。

 自分の髪まで広がったかと思えば風は吹き止んで、服装の乱れだけが残ってしまいます。

 

 小さくため息をついて、乱れて頬にかかる髪を払い手櫛で簡単に整えているとふと視線を感じました。

 

「?」

 

 ぐるりと見回してみても人っ子ひとりいない。

 はて、と首を傾げて周辺を調べてみても何の影もない。

 気のせい、ですかね。…あまり過敏になりすぎても疲れるだけですし、明確な敵意以外は気にしないことにしましょう。

 浮かしかけた腰を落ち着けて再び空を眺めることにします。

 

 暫くそうしていると、話し声が聞こえてきたので立ち上がってハンカチを畳んで鞄に仕舞って振り返ります。

 

 私が見立てた服を纏ったハサンと、その隣に現代風の装いのキャスターがなにやら談笑しつつ石段を下りてきていました。

 ハサンには何度か私が学業に勤しむ間に街を回ってもらっていました。その中で二度程キャスターに会ったそうで、距離はとりつつも和やかに話せる程度には仲良くなったそうです。

 

「お待たせしました、マスター」

「待たせてごめんなさいね、響。それに買い物に付き合わせることになって」

 

 美しい顔を困ったように曇らせたキャスターに、私は首を振ります。

 

「いいえ、気にしていませんから、大丈夫です。……キャスター、その上着男物ですね。もしかして、葛木先生の物ですか?」

 

 少しだけからかいの色を乗せつつ話を変えると、彼女は可愛らしくも頬を薄く染めて「えぇ」と袖を引っ張りながら肯定した。

 嬉しそうな雰囲気から、かなり葛木のことを好いているのが窺い知れます。

 

「その、自分には着れない物だからとくださって……変じゃないかしら?」

 

 そわそわとした様子が、何となくハサンに被ってしまい、私は堪えきれず笑ってしまいました。

 そんな考えに気づかないサーヴァント二人は揃って私の顔を見つめ、そこに否定の色がないのを認めてほっとしたようです。本当に、存外仲良くなりましたね。

 

「ふふふ、仲睦まじいようで何よりです。さ、それじゃあ行きましょうか」

 

 今日はゆっくりと町を回ろうという話になっています。

 私にとっては今更だし、ハサンも一通りは覚えています。キャスターもある程度地形などは把握しているそうですが、それでも仕掛けをする場所を新しく見繕いたいとのことで。

 それを私たちと共に、というのは可笑しい話でしょうけれど…まぁ半分は違う理由ですからね。

 

 深山町でも人の通りが多い商店街を人避けの術をかけた状態で行き、住宅街の中に作られた小さな公園で休んだりしつつ何てことない学校でのあれこれについて語ります。

 葛木の話をせがまれたので主に私だけが話しているようなものですが、キャスターはそれでも楽しそうに相槌を打っています。

 ハサンもそんなキャスターの様子に微苦笑しているだけです。

 葛木ネタも尽きれば次は彼女も知っているお寺の息子である柳洞について話をします。それも終わればまた他の話題へと転じていく。

 

 話の間に印をつけたりとしていき、ある程度深山町を見て回ったかな、ということで新都に移動することに。

 バスに乗り込み、一番後ろの座席に座ります。

 

「本当に、車というものは便利よね」

 

 そわそわとして落ち着かない様子で外の景色やバスの内装を確認するキャスターに私は頷きます。

 

「確かに、歩くよりも早いし、小型の車でも二人以上は乗せられますからねぇ。遠くに行くにも便利ですしたくさん物も乗せられるし、文明の利器ですよね」

「そうね。錬金術から分かたれた技術、という認識でしたが。人の発展は本当に目覚ましいわ。……それでも、変わらないものもあるけれど……」

 

 少しばかり憂いを帯びた表情を浮かべたキャスターが視線を膝に落とす。

 隣のハサンもそれに同意するように小さく頷いて、そっと肩に頭を預けるように甘えてきました。

 私にはそれを否定することはできませんから、沈黙を返します。

 お互いの間に流れる深い沈黙に、暇を潰すようにハサンの頭を撫でればすりすり、と頭が動かされる。

 

「……ふふ。本当に、あなたたちは仲がいいのね」

「ありがとうございます」

 

 素直にお礼を言えば、キャスターは私たちを見てくすりと微笑む。

 とても優しいそれに、私もまた笑みを返します。

 

 それからもぽつりぽつりと会話を交わし、新都駅で下車してショッピングモールのヴェルデに向かいます。

 手近なテナントに入るとキャスターが服を手に取りながらハサンと、私を見比べて首を傾げる。

 

「響はどんな服が好きなのかしら? アサシンは揃いの部分があると嬉しいと言っていたし、二人に合うものを探すのもいいかもしれないけれど」

「キャ、キャスター! それは言わないでほしいと……!」

「あら、そうだったかしら。ごめんなさいね、アサシン」

 

 慌てるハサンにキャスターがくすくすと笑う。

 釣られるように私も笑ってしまえば、ハサンは落ち着かない様子を見せ、しまいには拗ねたように顔を背けてしまいました。

 思わずキャスターと顔を見合わせてしまいましたが、彼女は緩く首を振って微笑みを浮かべる。

 ふ、と思い至った私は一瞬だけキャスターに目配せしてハサンの腕を引く。

 

「随分キャスターと仲良くなっていたんですね、アサシン。マスターちょっと寂しいなぁ?」

「ぅっ?!」

「そうかしら。私はアサシンとも仲良くしたいけれど、あなたとも仲良くしたいと思っていてよ? 響はとても可愛らしい顔立ちをしていますから、きっとどんな服も似合うわ。これとかどう?」

「そうですねぇ、これはきっと可愛い私のアサシンによく似合うかもしれませんねぇ?」

「そうかもしれないわね。ねぇアサシン? あなたのマスターがどうかと言っているのだし、試着してみましょうよ」

 

 ハサンをからかうようにやり取りすれば、見る間に耳まで赤く染め上げたハサンは口をへの字に曲げてキャスターが手に取ったそれを受け取って試着室に急ぎました。

 その後ろ姿を見送って、残された私たちはくすくすと笑ってしまいます。

 

「本当に、可愛らしいこと」

「私もそう思います」

 

 キャスターはにこりと笑い、他の服へと手を伸ばした。

 私もそれを横目に、なんとはなしに服に手をかける。

 

「……ねぇ響」

「はい?」

 

 呟くような呼び掛けに私はキャスターに顔を向けるけれど、彼女は視線をこちらには寄越さずに服を見つめている。

 

「私はあなたたちのこと、気に入ってしまったの。……だから、もし問題が起こりそうならば言ってくれて構わないわ」

 

 思わぬ言葉に手にした服を取り落としかけたものの、ハンガーラックにかけなおす。

 キャスターの言葉は、とても嬉しいものです。だから私は笑みを浮かべてお礼を言います。

 

「ありがとうございます、メディアさん。もし何かあってあなたにしか頼めなさそうであれば、その時はお願いします」

「えぇ。あなたにその気があるのならば、何時でも言ってちょうだい」

 

 やっと向けられた柔らかく細められた眼に、頷いて私から手を伸ばします。

 ぱちりと手を見て瞬くものだから、もう片方の手で頬を掻いて「ええと」と言葉を迷う。

 

「お約束の証に。停戦を約束し、アサシンに手を出さないでくれたこと、それに今日もこうして会ってくださったあなたを、私は信じています。だから……」

 

 目を見開いたキャスターは、やがて困ったという顔をして唇を引き結んだ。

 けれどすぐに仕方ないとばかりに肩を竦め、伸ばした手に手を重ねて微苦笑を浮かべる。

 

「本当に変わった、困った子だこと。でも、そうね。その信頼には、できる限り応えたいと思うわ」

 

 優しい目をするものだから私の方が困ってしまいますが、もう一度お礼を伝えて手をほどきます。

 「さて」と気を取り直したように一着手に取ったキャスターがにこにことしつつそれを手渡してくる。

 思わず苦笑してしまったところで、ハサンが試着室のカーテンを開く音がしました。

 

「おや? とてもよく似合ってるよ、アサシン」

「えぇ、とても可愛らしいわね」

 

 二人してあれこれとワインレッド色のワンピースに身を包んだハサンを褒めて褒めて褒めまくると、どんどんと俯いていってしまう。

 その反応がまた可愛くて笑ってしまうのだけど、私に渡された服を見て早く試着してみましょうと試着室に背中を押されてしまいました。

 キャスターは楽しそうに笑って、他の服を見ていると背中を向けてしまいます。まぁ、一緒にというのは無理な話ですしね。

 

 試着室のカーテンを閉める前にハサンの顔を下から覗くように見てみると、嬉しそうにはにかんでいました。

 視線が絡み合って更に頬を染め、照れ隠しのように「見ないでください」と蚊の鳴くような声でカーテンをさっと閉められてしまい、ついつい笑ってしまう。

 

 照れ屋なハサンが、とても可愛くて……もし普通の女友達というのがいたらこんな感じなのかな、とも思います。

 残念なことに私にはこういうことをできる友達、というものは出来ませんでしたから。だからハサンが来てからというもの、実は新鮮なことばかりです。

 

 出来ればもっとこの時間を続けていきたい、と思いますが……聖杯戦争が始まるまでもう日がありません。

 だから、私は残り少ない平穏を出来うる限り続けていきたいと、そう思っています。

 


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