そして少女は夢を見る   作:しんり

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第十話

 学校から帰宅した私を出迎えたのは青い槍兵でした。

 その少し後ろに立つハサンは仮面をしているので表情は見えませんが、疲れたような雰囲気を醸し出しています。

 思わずハサンとランサーを見比べて、最終的にランサーに視線を向けて首を傾げる。

 

「ただいま帰りました。……ランサー、アサシンに何かしましたか?」

「何にもしてねぇよ。言われた通り街を回ってただけだ」

 

 「な?」と親しげにハサンに笑いかけるランサーでしたが、彼女の視線はじとりとしたものです。

 ……本当に何もしてないんですよね?

 ハサンにも尋ねると一応との曖昧な返答が返ってきましたが、何もないならよしとすることにします。

 

「それで、今日も戻らないんですか、ランサー」

 

 問題があれば都度言ってくれればいいんです。そこら辺の遠慮はしないでくれていいんですよ、ハサン。

 念話でそう伝えつつも居間に移動してハサンの淹れたお茶をいただき、テレビ前のソファに寝転がったランサーに尋ねます。

 彼は寛いだ様子でテレビの電源を入れてチャンネルを切り替えつつ答える。

 

「教会にいても言峰の野郎に雑用させられるだけだからな。それよりはこっちで綺麗どころといる方が何万倍もいいだろ」

「私としてはマスターに近寄らないで欲しいのですが」

「はいはい」

 

 刺々しいハサンの言葉を受け流し、ランサーはクイズ番組でチャンネルを止めて、大きく欠伸をしました。

 私は飲み終わった湯飲みを洗い、その番組の音声を聞きながら晩御飯を作ることにします。

 

 今日は風が強くて寒かったし、鍋物にすることにします。

豆腐と野菜を一口大に切っていき、白菜は気持ち多めに。

 ハサンに頼んで机にカセットコンロと土鍋を用意してもらい火をかけて煮だったところに具材を入れて蓋をして更に煮ます。

 火の加減はハサンに任せることにして副菜の方の用意にとりかかります。とはいえ水気をきったほうれん草をおひたしにし、伯母にもらった揚げ物を器に移しかえるくらいのものですが。

 

 どうせその内ギルガメッシュも来るだろうと合わせて四人分のご飯をよそい、鍋を取り分ける器を机に置いていきます。

 

「今日は鍋か」

「はい。よそいますから、もう少し待ってくださいね、ギルガメッシュ」

 

 台所と往復して用意する間に来たギルガメッシュは何時もの定位置に座ります。

 その隣に椅子の距離を離してランサーが座りました。

 

 土鍋の蓋を開けて王様の分を取り分けてから手を合わせ食事の文句を口にします。

 自分の分はハサンが嬉々として取り分けてくれたのでお礼をいいつつ白菜を咀嚼。

 ……うん、味が染み込んであったかくて美味しいです。やはり冬は鍋物ですね。

 あ、でもおでんも捨てがたいです。この日曜日あたりはおでんにしましょうかね。

 

「旨い。これで酒でもあれば最高なんだがなぁ」

「それは何よりです。私は未成年なのでお酒は買えませんが、隣の王様に頼んでみてはいかがですか?」

 

 ランサーの言葉につい笑ってしまいながら言えば、見るからに嫌そうな顔をされます。

 ギルガメッシュも嫌そうな顔をしていました。まぁ予想した通りの反応です。

 二人とも性格的な相性が悪いようなので仕方ないことですよね。

 

「フン、貴様のような狗に飲ませる酒などないわ」

「テメェ、これ以上狗と侮辱するなら殺すぞ」

「はっ、ほざけ。貴様ではこの我に勝つことなど出来ぬわ」

 

 剣呑な空気になる男二人ですが、どちらともなく視線を外し無言で箸を進めます。

 話を振った私が悪かったのかもしれませんが、まぁ家で暴れられなければ何でもいいです。

 この二人の仲を取り持つなんて、私には不可能ですし。

 

「響様、取り分けます」

「あ、うん。ありがとう」

 

 ハサンは目の前の男二人には目もくれず楽しそうに私に甲斐甲斐しく世話をしてくれるので、これがまた更に何でもいいかと思わせるのです。

 本当にいい子ですよね、ハサン。いえ、決して現実逃避ではありませんよ?

 

「あぁ、今日もやってますね、ニュース。ああでも、やり始めた頃に比べてキャスターも大分加減しているようで」

 

 ニュースに番組が切り替わったテレビから聞こえてきた音声に、話題出しとして口にします。

 

 私と彼女は停戦していますが、そうした行為には関与しません。お互いの行動をとやかく言うのはどうかと思いますし。

ちなみにハサンとランサーは交代するように夜の街に出ているのですが、そこら辺はやぶ蛇とばかりに遠目に見るに留めているらしいです。

 ランサーは言峰からそう言われているようですし。ハサンは自分が手を出す話でもないという判断と私の考えからですね。

 

「フン、魔女というには随分と生温い手よな。だが、利用は出来そうだ」

「また言峰の野郎と企み事か? テメェらは人の嫌がることは嬉々としてやりやがるな、ホント」

 

 呆れたようなランサーの言葉に、ギルガメッシュは片目を顰める。

 それからすぐに何かを思いついたようにニヤリと笑いました。

 あくどい顔だしこれには関わりたくないなぁ思いつつも目を逸らすようにテレビの方を見ることにします。

 

「ほう? まずは貴様を使い潰してやっても我は構わんぞ。…。そうだな、例えば響の守をするのはどうだ。それだけでは貴様にはそこまで損はないだろうが、言峰の命令も含めれば負荷になろうて」

 

 ギルガメッシュから零れた提案に、半分テレビに向いていた意識が一瞬で奪われてしまいました。

 それは私だけではなく、言われた本人であるランサーも私のサーヴァントであるハサンも同様だ。

 

「……はァ? どういう風の吹き回しだ、おい。……どっちかってぇと、オレが響に近づくのを厭っているのはアサシンだけじゃなく、テメェもだと思ってたが」

 

 訝しげな視線に、しかしギルガメッシュは答えることなく庫からお酒を取り出した。

 一瞬私に向いた視線から淹れろと言っているのがわかったので、一緒に取り出された金色の杯にお酒を注ぎます。

 

「うむ。響、他に何か酒の肴になるものを持て」

「え、えぇ? いいですが……少し時間かかりますよ?」

「それくらい構わん」

「わかりました」

 

 ギルガメッシュからの無茶振りには慣れていますが、今日は何だか変な感じです。

 

 台所に立って少し振り返ってみますが、声量を下げて何かを話しているようで結局何故なのかはわかりません。

 まぁそんなこともあるかなともやついた考えを首を振って追い払い、冷蔵庫を開けて作るものを考えます。

 出来るだけ簡単に作れるものを思い浮かべつつ、余っている物や弁当用に残してある材料を翌日に差し支えない程度に取り出して調理にかかる。

 

 三十分ほどかかりましたがテーブルに戻り、ギルガメッシュとランサーの前につまみを置いて、自分は残っているご飯を消化します。

 すっかり冷めてしまいましたが、不味くはありません。自分の作る慣れた味なので特別美味しいとも思うことはないですけどね。

 

「私が調理している間何やら話し込んでいたようでしたが、何かありましたか?」

 

 ギルガメッシュはいつも通りの様子ですが、ランサーは不機嫌な雰囲気でテレビを見ていますし、ハサンなんて酷い顔色をしています。

 

「ハサン、王様に変なことを言われたんですか? 顔色が真っ青ですよ?」

「……ぁ、……いいえ……なんでもありません。何も、言われていません、から」

 

 青ざめた顔のまま首を振ったハサンはガタッと立ち上がり「お皿を片付けます」と言って食べ終わって空になったお皿を抱えて台所へと逃げてしまいました。

 これは絶対目の前の王様が何か言ったのだろうと視線を送るとフンと鼻を鳴らされる。

 

「お前の案ずることではない。それよりも戻ったのならば酌をせよ」

「ですが……」

 

 心配になってハサンへと顔を向ける。

 カチャカチャと食器の擦れる音とザアザアと流れる水の音がする中に立つその背中は、元々細い彼女を頼りなく見せた。

 何を言われてあんな顔を浮かべたのだろうか。

 

「響」

 

 ぼんやりと見つめていると、ギルガメッシュから普段聞くことのない低く強い声で呼びかけられる。

 

 その声は大きくはないはずなのに思わずびくりと体が硬直してしまいました。

 そろそろと彼へと視線を戻すと、赤い瞳が無感動に私を見下ろしていた。

 その眼に見られると、どうしてか喉が渇いていくような錯覚さえ覚える。

 

「……わかりました。でも、今後はあまりあの子をいじめないでくださいね」

「フン。それは貴様の活躍次第だな」

 

 ニヤリと細められた眼差しに、強張った体から力を抜きます。

 ギルガメッシュのあの瞳は、あまり得意ではありません。

 知らずの内に詰めていた息を吐き出して、椅子を移動させてからお酌をすることにします。

 

「ああそうだ。喜べ響。お前に少しばかり、やってもらうことが出来たぞ」

「はい? 何ですか、藪から棒に。というか今日は何時もより……なんというか、唐突すぎません?」

 

 怪訝に思い、積み重なった疑念は鼻で笑い飛ばされてしまいます。

 どうにもこの王様は私の問い掛けに答えるつもりはないようです。

 けれどその愉しそうな顔に反して低く威圧感さえ感じる声音で囁いたギルガメッシュは、私の顔を見て更に嗤う。

 

「精々足掻くがよい、響。我は貴様の死を許さぬことを、ゆめ忘れるでない」

 

 言葉に困った私は、思わず視線をさ迷わせてしまいます。

 そうしてかち合ったランサーの、ギルガメッシュとはまた違う紅の瞳がぱちりと閉じられました。要はウインクというやつですね。

 反応に困ったので机に視線を落とすけれど、ギルガメッシュがとんと机を叩きます。

 

「そら、まだ足りぬぞ。注ぎ足せ」

「……はぁ。かしこまりました、王様」

 

 普段とは異なる王様の様子に、けれど考えるだけ無駄だと思い直すことにします。

 深く考えたところで、彼と私では全く異なる眼で物事を捉えているのだから解るはずもないことです。

 

 ため息ひとつで疑問を払い飛ばして、望まれるがまま取り出されたお酒を注ぎます。

 ……ところで、私のご飯が進まないのですがそんなこと考えてくれる、わけないですよね。

 とりあえず次と言われるまで話をふられても聞き役に徹しましょう。

 なに、残り少ないのですからすぐに食べ終わりますよ。だから頬を引っ張らないでください。子供じゃないんですから。

 




導入が長くなってしまいましたが、次話から原作に突入します。

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