そして少女は夢を見る   作:しんり

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お久しぶりです。
今話あんまり進展はありません〜。
先の話を詰めるので次話投稿がまた忘れた頃になるかもしれない事も含めて先にお詫び申し上げます。


第三十四話

 

 黒煙が天高く空へと手を伸ばす中、城の門前で響はどこか物珍しい様子でその威容を見上げていた。

 こんなものだったろうかと過去の記憶を懐かしんでいるようでもある。実際、こんな感じだったかと思っているので間違いない。

 

「こういう時はお邪魔します、でいいんでしょうか?」

「知らん。お前の思う通りにしろ」

「うーんそこで丸投げもどうかと思いますけど。……では、とりあえず」

 

 ひとつ頷いた響は「ごめんくださぁい」とにこやかに笑みを浮かべながら、扉を開く。

 隣ではどうにも呆れた気配がするが、気にせず城内へと足を踏み入れる。

 

「よく来たわね、ヒビキ」

 

 それを真正面から迎えたイリヤスフィールは軽やかに微笑んだ。同時に、背後にいるよくわからないもの共々殺すべく魔術を行使する。

 だが、放たれたそれは響の体を貫くことなく眼前で霧散した。そんなものは無かったように呆気なく。

 

「お久しぶり、という程でもないですが……こんばんは、イリヤちゃん。今日はあなたと戦いに来ました。とはいえ、挨拶もなく先制攻撃をしてしまったわけですけれど」

「貴方達が森に入った時点でわかっていた事よ。なら、挨拶なんて不要じゃないかしら?」

「ふふ、そう仰るならそうなのかもしれませんね」

 

 攻撃などなかったかのように少女たちはくすくすと笑い合う。その表情に敵意は見られない。

 だが、それだけだ。敵意でなくても、戦う意思はある。

 

「バーサーカーが戻ってくるまでに、貴女を殺してあげる」

「貴女を無力化してしまいますが、恨まないでくださいね」

 

 二人の間で張り詰める空気に、金色の王は一人腕を組み愉しげに目を細めた。

 ギルガメッシュからしてみればこんなものはただの茶番だ。勝手に動く人形同士が遊んでどちらかが動かなくなるだけの、ままごとのようなもの。

 それでも確かな意思がある故に茶番劇としては悪くない。

 

 見物するように壁に背を預けたその姿に一先ず男に対する判断を先延ばし、イリヤは手を振り上げた。

 途端、空中に編まれた使い魔が剣へと変じ、振り下ろされた手を合図に舞い踊る。

 響は動じることなくそれを見上げ、足を踏み出す。

 

 ただ歩くだけの隙だらけな姿に飛びかかる剣が響の頬を、髪を、足を、腕を裂く。

 

「っ……!」

 

 そうして使い魔を放ち、剣を操りながら違和感に眉を寄せる。

 いいや違和感どころではない。これは。

 

「貴女の肉体、もう人から逸脱しているのではない、かしら……!」

「ふふ、そんな事はありませんよ」

 

 槍のように鋭く細い鋒が、腹の真ん中を貫いた。

 しかし、肉を貫いたはずのそれは地面に落ちる事もなく吸い込まれるように消失していく。柔い肉に取り込まれるかのように、閉じた穴の中へと溶けるように。あるいは、本当に消えてしまったかのように。

 傷口を閉じた腹から溢れた血も、服も、傷など残っていない。

 貫いたという確かな証は床に散った血液だけだ。それでも、人であることは違いないと淡く微笑みさえする響に、イリヤスフィールは僅かに足を引く。

 近づいてくるその姿に一瞬だけ判断に迷いが生じた。

 

「ただ確かに」

 

 くすり、と笑う声がする。

 

 それは刹那にも満たない隙。

 しかし瞬きひとつの間に、ふつりと糸が途切れた。

 

「私は人よりは物に近いですから」

 

 仕方ないですねと世間話のような気楽さで謳い、掌を貫く銀糸をするりと抜き取る。

 周囲に落ちた銀糸と針金を踏みながら足を進めた響は、固まったように自身を見上げるイリヤへと手を伸ばす。

 

「イリヤちゃんとは少し、似ているのかもしれませんね」

 

 両手で円やかな頬を優しく包み込む。

 そうして微笑まれてしまえば、何故だがひどく感情が揺らいだ。どこか、森のざわめきにも似ている。

 イリヤはそれが何か、理解できない。理解できるようなものではないのだろう、きっと。

 だから。

 

「だから」

 

 指先が優しく鼻梁をくすぐって、目尻を撫でる。

 けれど、抵抗しようとしても力は奮えない。いいやこれは、むしろ。

 

無効化(レジスト)されて――っ、違う、これ、は……」

 

 覗き込んでくる眼がキラキラと輝く。万華鏡の如く変化するように同じ色はなく。

 本当は、どうだろうか。イリヤの視点からはそう見えるだけで、違うのかもしれない。

 それとも、ああこれは、視認できる程の魔力? 何も感じないのに。何も。何も、知覚できないのに。

 吸い込まれるように、見入ってしまう。魅せられて、しまう。

 

「貴女のそれは、いただいていきますね。物の序で、というものです。……と、おや?」

 

 ぱちりと瞬いて、響は円やかで小さな顔から手を離す。途端に眩んだようにゆらりと傾いだ幼い体を抱きとめて、苦く笑みを浮かべた。

 どこか悪びれた様子で華奢な体を支えてギルガメッシュを振り返るが、金色の王は興味が失せたように欠伸をこぼしている。

 どこまでいっても好きにしろというその態度に困らないでもないが、響としてはちょうどいいのかと思い直す事にした。

 

「あまり、見過ぎてはいけませんよ、イリヤちゃん。私には貴女の負った責務(アインツベルンの願い)は叶えられませんが、貴女に束の間の夢を与えるくらいはしてあげられますから。どうかその泡沫を恨まないでくださいね」

 

 囁き、呆然と遠くを見つめる瞳に手をかざす。

 ゆるゆると瞼を閉ざしていくのを確認すれば、糸が切れたように力が抜けてかくりと首が動いた。

 

「さて」

 

 小さな体を抱き上げて、上階に視線を巡らせる。

 それから背後のギルガメッシュを見てみるが、顎を動かして構わない、行けと言われているようだ。

 ならば迷う必要もないか。そう心の中で呟いて、ホールの大階段を上がっていく。

 その途中で何かを思いついたように響は大きく口を開いた。

 

「えーと、すみませーん。メイドさんがた。イリヤちゃんを休ませたいのですが、どちらのお部屋に連れていけばよろしいですか?」

 

 返答は、ない。

 しかし階段を上がりきり、一歩、二歩。

 

 ――ヒュッ

 

 三歩目を踏み出そうとしてピタリと静止したその視界に、鈍い金属の輝きが広がっていた。

 ハルバードといえばよいのか。斧の穂先を突きつけられた響はこてんと首を傾げる。

 

「……イリヤを離せ」

 

 無表情ながらも睨みつけてくるメイドに、瞬きを返す。それから言うべき言葉を迷って、素直にはいと微笑む。

 離せ返せと言われなくても、響としては当然そのつもりだ。だが、彼女が、彼女たちが警戒するのも当然だという認識は持っている。

 だから響は微笑んで、敵意はないとアピールするように自然体で返事を返す。

 

「はい。貴女は……武器が邪魔でしょうし、後ろのメイドさんにお渡しすればよろしいですか?」

 

 斧から少し離れるように一歩を引いて振り返る響に、その背後で今にも飛びかかってきそうな形相をしたメイドが動きを止める。

 そうして見つめ合った数秒後、彼女たちは警戒心を残したままどうぞと腕を上げた中に収まっていた主を受け取った。

 無言でイリヤを守るようにそのまま距離を取るメイドと無表情なメイドに「では、外の勝負もつきそうですからこれで。イリヤちゃんによろしくお伝え下さい」とお辞儀と共に挨拶を残し、響は階段へと足を下ろす。

 

 とん、とん、と軽やかな足取りで少女が去っていく。

 それを見やるメイド――セラの胸中はなんとも形容し難いもので満たされていた。

 イリヤ()からは戦いに関しては手出し無用だと命じられている。だがそれでも、ここでこの女()を逃してもいいものだろうか。この、ちぐはぐとした違和感だらけの存在を。

 

「これでよろしかったですか?」

「フン。つまらん結末ではあるが、貴様にしては上々という事にしてやる」

「あはは、ありがとうございます」

 

 くすくすと笑う背中は既に階下にあり、遠いはずなのに耳元で聞こえてくるような錯覚がある。

 どうしてだろう。何故だろう。何故、何故その姿が近く、しかし遥かに遠く思えるのか。汎然とした距離感は違和感からやがて嫌悪へと変じていく。

 

 だがそれは、響にとっては関係のない事だ。

 聖杯戦争にも影響の少ない感情(思い)

 故に少女は振り返る事もなく、アインツベルンの城を去っていく。

 

「……ああ、終わったのですね、ランサー」

 

 ポツリと呟いて響が微笑む。

 

 その顔を眺めて、ギルガメッシュは目を細めた。

 赤い瞳が視る先。それはきっと、そう遠くない結末なのだろう。

 けれど響は彼の瞳に視えたものを確認する事はない。確認したところで響は受け入れるだけだ。

 だが、金色の王が求めているのはそうではないと知っている。求めに応じるだけでは満足し得ないのだと知っているからこそ。

 

「――ギルガメッシュ。明日は間桐君のお勉強に行くのでご飯は作り置きしましょうか? それとも、言峰さんのところで食べますか?」

 

 別れの挨拶を済ませて、響はあっさりと日常を口にする。それは望むところなのかさてどうなのか、ギルガメッシュは鼻で笑い飛ばした。

 楽しめるならばよい、と。そういうように。


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